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セプティモゲート―聖者の黙示録―  作者: 佐川クロム
第一部 黄泉門
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第1章 麗しき射手(9)

「あ、もしかして自分で言っといて何言ってんのこいつ? とか思っただろ。はい正解、それ正解だから。そう思うのが普通だよね、うん」


 謎の声の主は突然姿を現したかと思うと、突然わけのわからないことを言い出した。


 目の前の男は変わった容貌をしていた。

 天パ混じりのショートヘア。そのところどころが白く染められている。

 しかし、その染め方は毛先だけだったり広範囲だったり頭頂部から毛先の中央部分だけだったりとまばらである。

 身長は170センチほどで、スラっとした体格の男だ。お世辞にも筋肉質な体つきとは言い難い。

 服装は白地に左肩から右脇腹にかけて弧を描くように黒いラインがプリントされた半袖のTシャツに、ダメージジーンズ。

 そこに通された革製のベルトには悪魔と天使の彫刻された金具があしらわれている。悪趣味な装飾品だ。

 右腕にはアナログの、左腕にはデジタルの腕時計というなんとも奇妙な状態だ。

 年齢はおそらく20歳前後だろうと推測される。

 そんな見た目から受ける印象は、「奇妙」そのものだった。


 そんな風貌の男が突然目の前に現れたのでは、晴也も梓も戸惑いを隠せない。

 それは、般若面の者とて同じことだった。

 更に意味不明な言動のせいで、尚更戸惑ってしまう。

 そんな中、般若面の者が初めに口を開いた。


「何をしに来た甘川……」


 突然現れた男に対しての言葉だ。

 2人の言動からして、知り合いか仲間といった関係なのだろう。

 だが、それにしては些かお互いの言動に棘があるように思われるが。


「何って、そうそう。アンタを連れ戻しに来たんだよね。上からの命令でよ、ちょっと暴れすぎじゃねぇかってことらしいぜ」


 甘川と呼ばれた男はアナログの腕時計を注視しながら般若面の者の問いに答えた。

 端から見れば相手をバカにしているようにしか見えない行動だ。

 しかし、すでに呆れているのか般若面の者はそれを咎めるどころか意にも介していないようだった。


「上からの命令だと? 何だって上はお前のような奇人を遣いに寄越したんだ」


 般若面の者は乱れたコートを整えながら更に問い質した。

 甘川の言うことが信用できない、そのように感じ取ることもできる言い方だ。

 甘川の方もそれに気づいたらしく、こう言った。

 

「どうした、オレの言うことが信じれねぇっての? 当然っちゃ、当然だけどさぁ……やっぱり凹んじまうよなぁ!!」


 言い終わるが早いか、甘川は般若面の者を鋭い眼光で睨みつけたかと思うと、両手のひらから緑色半透明の輪のようなものを放った。

 それは一直線に般若面の者をめがけて空気中を走り抜けると、腕の辺りで口を開くように輪の一部が開く。

 手錠のような状態になったそれは般若面の者の腕を捕らえると、やはり手錠のように閉じた。

 般若面の者の腕は自由が利かなくなってしまった。


「ちっ……貴様何をするつもりだ、甘川!!」


 晴也と梓の2人に話しかける時よりも幾分鋭い口調で甘川に言う。

 その間にも般若面の者は甘川に対して空気を伝う振動による攻撃、音振を放つ。

 間一髪、甘川は目の前に緑色半透明の風を巻き起こしてそれを受け止めた。


「だからさぁ、言ってんじゃねぇか。アンタを連れ戻しに来たってよぉ!!」


 そう言うと甘川は攻勢に出ようとした。

 先ほどまで防御に使用していた風を手で手繰り寄せると、ソフトボール大の球形になったそれを両手のひらの上で浮かばせる。

 風の球は辺りの空気を取り込んで大きさを増していく。

 ソフトボール大だったそれはハンドボール大になった。


「おい、お前ら仲間同士じゃないのかよ!」


 甘川と般若面の者とのやりとりを見ていた晴也が声を上げた。

 無意識の内にズボンの右ポケットを手が押さえている。


「あぁ? なんなの、お前。今いいところなんだよねぇ……邪魔すんならさぁ、お前も一緒に痛めつけてやるぜ!!」


 行動を邪魔された甘川は攻撃の対象に晴也も捉えた。

 甘川は舌打ちをすると同時に手のひらの上で浮かんでいた風の球を握りつぶす。

 すると、握力によって崩壊したそれはたちまち姿を変えた。

 右手では握り拳の各指と指の間から姿を見せる短く鋭い突起物はRPG等でいう爪のようであり、拳の両サイドからは伸びる薄く平たいナイフのようなものが姿を見せる。

 対する左手では緑色半透明のトンファー状に姿を変えていた。

 いつ攻撃をしかけられてもおかしくない。


 しかし、対する晴也は武器を持ち合わせていない。対抗するための魔能も発動までにラグがある。

 これでは圧倒的に不利な状況だ。

 梓は弓と矢を持ってはいるが、できることなら梓には戦って欲しくないと晴也は考える。

 ならば、自分の力でどうにかする以外には方法は残されていない。


「神村さんは下がってて」


 梓に下がるように促すと、反対に晴也は甘川の方に向かって歩みを進める。

 戦闘経験は一本踏鞴との戦いと先ほどの般若面の者との戦いのみ。

 運動神経もそれ程よくはないと自覚している。

 勝てる見込みはほとんどない。

 だが、それでも戦うしか方法はない。


「やってやる、やってやるよ!!」


 甘川への宣戦布告の言葉を発する。それには、自分自身に気合を入れるという意味も込められていた。


「いいねぇ……いい!! 精々オレを楽しませてくれよ、阿倍野晴也!!」


 そう言い放つと、甘川は勢いよく地面を蹴り飛ばして晴也に接近してきた。

 風を纏った突進が迫りくる。

 追い風を発生させてそれを利用することによって相当の速さで移動しているようだ。

 そのあまりの速さに防御の体勢を取る暇もなく、すれ違いざまに左手に持ったトンファーによる一撃が後方から晴也の左脇腹を直撃する。

 その瞬間に甘川の狂気にまみれた残忍な笑みが晴也の瞳に映る。

 冷酷極まりない無慈悲な仮面が目に焼き付いて離れようとしない。

 それによってもたらされた恐怖があまりにも大きいのだろうか、痛みを感じることすら忘れてしまったらしい。

 あれ程の威力で打撃が叩き込まれたというのに一切の痛みが感じられないとは。

 だが、そのおかげでまだ戦えそうだ。

 左手に握り拳を作りそこに力を込める。妖魔や般若面の者との戦闘で使用した技の発動前の構えだ。

 拳に精神を集中させる。

 甘川が再度攻撃しようとしてきたその瞬間、そここそがチャンス。そう信じて待ち構える。


「おいおいどうしたぁ!! びびってなんにもできねぇのか?」


 反撃をしてこない晴也に痺れを切らしたのか、甘川は人の精神を逆撫でするような口調で声を張り上げた。

 相変わらずの狂気に支配された笑みを顔に留まらせたまま。

 しかし、それでもなお晴也からの反撃がくる様子はない。


「威勢だけはいい、結局はお前も口だけのガキかよ……あーあ、つまんねぇな。まぁ、最後までこのオレに付き合ってもらうがな!!」


 待ちくたびれた甘川はついに動きを見せた。

 先ほどと同じように地面を蹴り飛ばし、晴也に急接近をしかける。

 やはり追い風を発生させた上での急加速。

 だが、晴也はそれを避けようとはしなかった。

 ただ、極限まで精神を集中させた左拳を右手のひらに叩きつける。晴也が取った行動はそれだけだった。

 左拳から右手を伝って身体を何かが包み込むような感覚が晴也を襲う。

 しかし、それは不快感を伴うものではなくむしろ保護されているという安心感を伴うものだった。


 甘川は晴也に最接近したその瞬間、爪状に変形した風で切り裂こうと右腕を振り上げた。

 そして間髪容れずに腕は勢い良く降り下げられ、晴也を右肩から背中の中央にかけて切り裂く。


 ――はずだった。


 というのは風でできた爪が晴也の身体に触れようとしたその瞬間、突如としてその姿を消したからだ。

 甘川としては予測外の出来事だった。


「これは……そうか、そういうことかっ!! まさか陰陽術をこのような形で使うとはっ!! 前言撤回、おもしろい、おもしろいぞ阿倍野晴也!!」


 しかし、甘川はそのことに動揺するどころかこの状況を楽しんでいるようだった。


「あらゆる空間に存在する木・火・土・ごん・水の五要素の増幅・半減を得意とする陰陽術。それを利用して金の属性を可視化寸前まで増幅してオレの風爪から身を守るとはな……なかなか面白いことをやってくれるじゃねぇか!!」


 言いながら甘川は晴也と距離を取る。


「まだやるのか、甘川とかいう男!」


 甘川の方に向き直って晴也がそう言う。


「ここからが楽しいんじゃねぇか!! お前ももっと楽しめよ、力と力のぶつかり合うこの快感をさぁっ!!」


 甘川は左手に持っていた風で作られたトンファーを右手に持ち変えると手のひらの中でそれを握りつぶした。

 崩壊した風は甘川の腕を包み込むように移動する。


「僕にはお前の言っていることが理解できない!! 戦いが楽しいだって? そんなのどうかしてる!!」


 甘川の言葉に反論しながら晴也は左手の拳に力を込める。

 ――僕がこの男に敵うのか?

 晴也が頭の中でそう呟くと、脳の中に直接声が響く。伊舎那天だ。


『自らの力を信じよ。負傷することは気にするな。先刻のように我が即座に回復してやろう』


 ――なら、さっき甘川の攻撃を受けても痛みを感じなかったのは……


『そうだ。この際伝えておくが、汝は可能性をすぐそばに宿している。もっとも今回それは必要ないとは思うが……さあ、己が力を信じて行け!!』


 意識が現実に引き戻される。

 伊舎那天の言っていた可能性とやらが気になるが今はそれどころではない。

 前方の甘川は口角を上げてニヤリと笑う。

 それを見て晴也は歯を強く噛み締める。

 それが開戦の合図だった。


「行くぞ、阿倍野晴也ぁぁ!!」


 先に動いたのは甘川の方だった。

 風を利用して一瞬の内に晴也の目の前に姿を現す。

 防御する暇など与えてくれそうにない。

 次の瞬間、風を纏った甘川の右腕が晴也の腹部を直撃した。

 衝撃の加わった一瞬だけ全身に痛みが走るが、すぐに痛みは消えてなくなる。

 伊舎那天の言っていたことは嘘じゃないようだ。


 反撃しようと晴也も左腕を振るうが、利き腕ではないためうまく扱えない。

 勢い良くふるった腕も空を切るばかりで標的の甘川には掠りすらしない。


「魔能は使えるようだが肉弾戦はイマイチみたいだな!!」


 隙をついて放たれた回し蹴りが晴也の右腕を蹂躙する。

 伊舎那天の力がなければおそらく骨が折れていただろう。


 攻撃が当たったという実感はあるのに痛がる素振りを見せない晴也に対して甘川は不信感を抱いた。

 強がっているだけか、それとも……

 ――まぁ、どっちにせよぶっ潰すのは変わりないがどう考えてもおかしい……手加減したつもりはないのにまるでダメージを負っていないみたいじゃねぇか


「ちっ……こんなところであの力を使いたかねぇんだよな……」


 晴也に聞こえないように甘川は呟く。


「まだ終わってないぞ!!」


 甘川が気を抜いた一瞬の隙をついて晴也が攻撃に出る。

 左腕を大きく振るって甘川に殴りかかった。

 晴也の動きに気づいた甘川は右腕で殴りかかり防御しようとする。


 晴也の左拳と甘川の右拳が正面から衝突し轟音を鳴り響かせる。


 拳同士の衝突の瞬間、2人はお互いから何かを感じ取った。


 ――僕と同じ力……まさか!

 ――オレと同じ力だと? まさか、な


 衝突したそのとき、一瞬ではあるが2人の背後から人影のようなものが覗いたように思われる。

 しかし、すぐに消え去ってしまったためにその真偽は確かめようがない。


 衝突の衝撃で2人は吹き飛ばされてコンクリートの床に身体を叩きつけられる。


「これだよこれ!! この痛み、戦いの痛みこそが生きている実感をオレに与えてくれる!!」


 起き上がりながら時折笑いを挟んで甘川が言う。

 そして高笑いをしながら続ける。


「生きてる、確かにオレは生きているぞ!! そうだ……これこそが生というもの!!」

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