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セプティモゲート―聖者の黙示録―  作者: 佐川クロム
第一部 黄泉門
11/14

第1章 麗しき射手(8)

 音の持つエネルギーを異なるエネルギーに変換し、それを望み通りの形で使用する魔能。

 それを巧に操る魔能者との戦いは妖魔との戦いとは比べ物にならないほど苛烈なものになるだろう。

 肉弾戦は不可能と悟ると、晴也は般若面の者との間合いを取った。

 お互いの拳がお互いの射程距離外になった頃に、般若面の者が口を開いた。


「どうやら君たちは大人しく従ってくれそうにないみたいだ。こんなことはしたくなかったが……力で従わせるしかあるまい!!」


 般若面の者はそう言うと、体勢を低くして右手を勢いよく屋上の床に叩きつけた。

 その刹那、コンクリートの地面を伝う衝撃と、空気を伝う振動とが晴也と梓の身体を襲う。

 突然の揺れに自立することが困難になった2人はその場に座り込むようにして堪えようとする。

 それでも強烈な2方向からの振動に2人の身体は大きく揺さぶられる。

 それから僅かな時間のあと、ガラスのようなものが割れる音が連続した。

 先ほど聞こえた同じような音はこの技が原因だったのか。

 恐らくは共振現象によって窓ガラスが割れたのだろう。

 揺れが止まり、頭がクラクラしながらも立ち上がった晴也が言う。


「妖魔を放ったのもお前か? どうしてそんなことを!」

「君たちを……正確には神村梓を誘い出し、魔能に覚醒させるためさ。別にもう1人は君でなくてもよかった、解傷を持つモノなら誰でも、ね!」


 言い終わるが早いか、未だ焦点の合わない晴也に突然、正面からの衝撃が加わり身体が数メートルほど吹き飛ばされた。


 足が地面から離れる瞬間に、地面に対して運動エネルギーに変換された音エネルギーを放ち、その反動を利用して初速度をできる限り高める。

 そして片足が接地するその瞬間瞬間に、足元から進行方向に向けて先ほどのように音エネルギーから変換された運動エネルギーを放って加速度を増大させる。

 この2つの行程の相乗効果によって爆発的なスピードを得ることで相手が知覚するよりも早く移動することが可能になる。

 そのうえ移動時に発生する音も全て運動エネルギーに変換される為、音によって察知されることもない。

 そして得られたスピードを利用しての近接攻撃。

 この一連の流れこそが、晴也を襲った衝撃の正体だった。


 肋骨の僅かに下の辺りに走る強烈な鈍痛と、コンクリートの地面に打ち付けられた衝撃が同時に晴也の身体を突き上げる。

 当たりどころが悪ければ、肋骨の2、3本は今頃使い物にならなくなっていたかもしれない。

 幸いにもそれは免れたが、肺にも相当の衝撃が到達していたらしく、呼吸する度に痛みが身体中を駆け巡る。

 数回呼吸した後に口の中にジワリと鉄のような味が滲み、それから数回呼吸した後に数倍の濃度の鉄の味が口の中を余すところなく満たしてゆく。

 遅れてやってきた鉄の味をした液体が喉を伝って晴也の口腔へと流れ出した。

 それが血であると気づいたのは、すでに口内の血が屋上の床に吐き出された後だった。

 辺りに血の海が広がり、口元から口内に残っていた血が小川のように滴り落ちる。

 意識が、薄れていく――

 このまま、こんな所で死んでしまうのか?

 もうダメだ、そう思ったそのときに、梓の声によって意識が引き戻された。


「ダメよ、阿倍野君!! こんな所で死んじゃダメ!!」


 晴也の瞳にその映像が映し出されることはなかったが、涙を流し天を仰ぐようにして懇願する梓の姿があった。

 晴也の心の中で、梓の言葉が何度もリピートされる。

 そうだ、こんな所で死んでちゃ今まで生きてきた意味がないよな。

 こんなときまで苦しみから逃げてちゃダメだよな。

 それに……委員長ともまた明日って言ったじゃないか。

 約束、破っちゃ悪いよな。あんなに気にかけてくれてるってのに。

 風間のことも、応援するって言ったっけ。

 みんなの為にも、こんな所で死んじゃ――ダメだ。

 逃げてちゃダメなんだ。立ち向かわないと。

 そうさ……もう、逃げ出さない!!


 僅かに残った意識で前方を睨みつけるように凝視すると、先ほどまで晴也のいた位置に般若面の者が悠々と立っている。

 梓はというと、般若面の者に向けて弓矢を構えている。


 神村さんも戦おうとしてる。

 僕だって戦いたい。力になりたい。

 なのに――身体が言うことを聞いてくれない。

 思い通りに、動いてくれない。

 身体が自由に動かせないってこんなにも……もどかしいモノなのか。


 必死で身体を起き上がらせようとするが、思ったよりもダメージが大きくて自由に動かせない。

 動かそうとすると、身体中に激痛が走る。


 どうして……動いてくれないんだよ。

 動けよ、動いてくれよ!!

 今動かないで、いつ動くっていうんだ……


 身体が痛みと倦怠感によって縛り付けられて動かせない。

 自らの不甲斐なさに意気消沈していると、頭の中に聞いたこともない男の声が鳴り響いた。

 遂に幻聴まで聞こえるようになったのだろうか。

 その声は、晴也に語りかけてくる。

 そして意識が全てその声に注がれ、瞼が静かに閉じられた。


 真っ白な空間。

 そこに佇むのは晴也ただ1人。

 他には何者の姿も見えない。

 思索を巡らせていると、先ほどと同じ声が聞こえてきた。


『汝、生を望むか?』


 謎の声からの晴也への問いかけ。

 それに晴也は答えようとするが、声が出せない。

 その代わりに、頭の中に自分の思考が声となって再生される。


 ――生を望むか、だって? 当然だ。望むに決まっている!!


『汝、力を望むか?』


 新たな問いが晴也に投げかけられる。

 どうやら、頭の中に想像するだけで謎の声との会話ができるようだ。


 ――誰かを、救えるのなら……そのためなら、力を望む。


 そう考える晴也頭の中には、梓の姿が映し出されていた。


『ならば、我と契約を結ぶか?』


 ――契約? その前に聞かせてくれ、お前が何者なのか。


『我は他化自在天たげじざいてんの王、伊舎那天いざなてんなり』


 ――そうか。で、契約というのは?


『我が汝に力を貸す代わりに、汝が我が願いを叶えることだ』


 ――願いを叶える?


『そうだ。我が願い、それは――力を悪用する者の粛清だ』


 力を望め悪用する者、その言葉で目の前にいた般若面の者の姿が思い出される。


 ――わかった。契約しよう、伊舎那天!!


『良かろう。しかし、汝は既にこの場を打開でき得る力を手にしている。まずはその力、使いこなして見せよ』


 ――でも、身体が……


『案ずるな。汝が生を望んだそのときより、既に傷は癒えておる。さあ、生を望め!! 力を望め!! そして、その双眸を開くのだ!!』


 その声がトリガーとなり、意識は現実に引き戻される。

 長い時間が経ったように思われたが、梓にも般若面の者にも動きは見られない。

 あれは……一体、何だったんだ。

 と、気がつくと身体を襲っていた痛みや倦怠感が感じられなくなっていた。

 どうやら伊舎那天の言っていたことは間違いではないらしい。

 だが……この状況を打開でき得る力って何なのだろうか。

 晴也の思考を阻害するように般若面の者が言葉を発する。


「どうした、まさか驚いているのか? 私が一本踏鞴のように高速に移動したにもかかわらず、傷一つ負っていないことに」


 自ら問いかけておきながら、晴也の答えを待たずに言葉を続ける。

 実際、晴也もそこまで思考が及んでいなかったのでどちらにせよ答えるのは不可能だったのだが。


「それは当然だよ。移動に伴う熱エネルギーは移動時に発生する音エネルギーから変換された運動エネルギーによって全て相殺されているのだからな」


 勝ち誇ったように般若面の者は言う。

 それが、晴也の思考の手助けをするとも知らずに。


 そんなことも知らずに般若面の者はトドメを刺さんと、晴也に向かって歩み寄る。

 コツ、コツ、コツと一歩一歩確実に足音が迫ってくる。

 死を伴う足音、死神の足音が。

 晴也の身体を掴むことができる位置へたどり着くと、そこで足音は鳴り止んだ。


「神村梓の覚醒、それが達成された今、君をどうしようと構わない。上からの指示は神村梓を覚醒させることだけだったからな」


 そう言いながら、腰を低くして晴也の顔を見つめる般若面の者。

 晴也の生死を自らが司っている、自分は晴也にとっての神だ。まるでそう言いたげな目で晴也のことを凝視する。


「元から君たちが仲間になってくれるとは思っていないさ。今回はただ、その圧倒的な力の差を見せつけようとしただけだ」


 晴也の首を掴もうと、手袋に覆われた右腕をおもむろに近づける。


「阿倍野君! 逃げて、阿倍野君!」


 それを見た梓がなんとか晴也を逃げさせようと大声で叫んだ。

 声が枯れてしまいそうになる程の大音量。

 それでも、晴也の身体が動くことはなかった。


「愚かにも私に対抗しようとしたその勇気は認めるが……しかし! 君の切れるその頭は少々厄介なんだよ。だから……すまないがここで、死んでもらう!」


 そう言って晴也の制服の襟を掴もうと腕を伸ばす。

 その瞬間、般若面の者は突然手首を掴まれてそれを阻止された。

 それは般若面の者にとっては予想外の出来事だった。

 晴也の首を掴もうと手を延ばしたら、まさか自分の腕が掴まれるとは思ってもいない事態だ。

 どうしてあれほどのダメージを受けていながら動ける!!

 あまりの事態に般若面の者は歯ぎしりをしていた。


「どういうことだ! 何故、どうして!」


 狼狽する般若面の者。

 今までと声も、般若面から覗く目の色も明らかに違っている。

 晴也への恐怖すら感じられる声だ。

 恐れおののくように、般若面の者は晴也から離れようとする。

 しかし、晴也の手によって掴まれているせいで離れることができない。


「なあ、お前……要らないことまで喋りすぎじゃないかな?」


 そう言って般若面の者の腕を支えに起き上がると、晴也の方から突き放すようにして腕の拘束を解く。


「ごめん心配かけたね、神村さん。でも、僕は大丈夫だから安心して」


 梓の方を向いて晴也はそう言った。


「良かった、生きてて良かった。わたしの目の前で人が死ぬのは……もうイヤだったから……」


 涙の雫が一粒、梓の頬を伝いながら瞳から零れ落ちる。

 梓はそれを指で拭うと、誰にも聞こえないように呟いた。「バカ……」と。



「……ッ!」


 般若面の者は晴也に反論することができなかった。

 晴也の言うことは事実なのだから反論したところで意味はないが。


「おかげで、攻略法がわかったよ!」


 そう言いながら左手に握りこぶしを作り、そこに渾身の力を込める。

 それを見た般若面の者が声を震わせながら言う。


「ハハハッ……殴りかかってきたところで……また、同じ目に遭うだけ……だぞ……」

「誰が殴るなんて言った!! 僕が見つけた攻略法はこれだ!!」


 左手を空気を殴るようにフックの要領で振るうと、限界に到達すると拳を解き放つ。

 拳に込められていた力がそのままの軌道で般若面の者へと向かって行く。

 一本踏鞴と呼ばれた妖魔を倒すときに使ったのと同じ技だ。

 やはり同じように、しばらくすると般若面の者は左腕を抑えて苦しむ素振りを見せた。


「お前自分で言ったよな? エネルギーを変換してるって。つまりそれは、物理的なエネルギーを伴った攻撃はお前には通用しないってことだ。逆に言えば、物理的なエネルギーでなければ攻撃は通用するってことだよ!!」


 般若面の者が纏っていたコートの左腕の部分に焼け焦げたような穴が空いているのがわかる。

 相手もさすがのもので僅かな時間の内に晴也によってもたらされた状況を理解したようで、今は平然とその場に立っている。


「チッ……やられたよ。まさか私の力を逆手に取られるとはな。しかし、同じ攻撃は二度も通用せんぞ?」


 般若面の者は再び屋上の床に右手を叩きつけると、振動と衝撃を放った。


「こっちだって同じ攻撃は効かない!!」


 晴也も同じように左手を地面に叩きつける。

 すると、ちょうど晴也と般若面の者の中間地点でコンクリートの地面が隆起してそこで衝撃が食い止められた。

 振動は食い止められなかったものの、大したダメージにはならない。


「その力、陰陽術か!!」


 晴也の使用した技を見て般若面の者が叫ぶ。


「そんなこと……知るかよ!!」


 晴也も、叫ぶ。


「自らの力も把握せずに戦いに臨むとは……笑止!!」


 般若面の者からまたも技が放たれる。

 今度の技は空気を伝っての振動による攻撃のようだ。


「そんなの、戦ってる内に理解すればいいだろ!!」


 振動が晴也に伝わり切る前に、2人の中間地点で金属音が鳴り響き技が食い止められる。

 晴也の力によって般若面の者の技が妨害されたのだ。


「あり得ない、あり得ないぞ! 音速に匹敵する速さで私の攻撃を理解するなど!!」

「理解するも何も、お前が地面に手をついたら衝撃、何もしなかったら振動がこっちに来てるだけじゃないか。モーション見てからでも充分間に合う! それにお前は神村さんには手出しできない。だから僕にしか攻撃が来ないのもわかりきってる!」


 それからも2人の間で技の応酬は繰り広げられた。

 般若面の者が技を放ち、晴也がそれを技で阻害する。

 2人の身体が少しずつ緑の光で覆われ始めた。

 エクトプラズム発光と呼ばれる現象の現れだ。

 般若面の者は、この状態が危険だと重々承知しながらも技を放つのを止めない。

 放って、止められの繰り返しが何度も行われたが、それにも終止符が打たれる。


「ちょっと……2人して熱くなりすぎだよね。おかげで……気づかれずに攻撃できるけど」


 梓は弓を構えると、般若面の者に狙いを定めた。

 矢が刺さっても死なない程度の場所を慎重に狙う。

 いくら攻撃されたとはいえ、人を射るのにはやはり抵抗がある。

 緊張と恐怖から矢を握る手が震えているのがわかる。

 そして狙いが定まると、晴也に声をかける。


「危ない、阿倍野君!!」


 本当なら声をかけない方が良かったのだろうが、晴也の安全を優先すると声をかけざるを得なかった。

 そうすると、相手は必ず梓の声に気づくことになる。

 しかし、それはそれで梓にとって好都合でもあった。

 相手への警告と、相手の虚をつくのには必要だったからだ。

 そして、梓の思惑通りに般若面の者は声に気づいた。


「性懲りもなく矢で攻撃を試みるか……阿倍野晴也といい、君といい、面白い者ばかりだな!!」


 矢は静かに梓の手を離れる。

 空気を裂きながら、夜の闇の中を泳いで渡る矢。

 それは般若面の者に接近すると3つに分裂してみせた。

 銀色に輝く矢と、その横を並走するように飛ぶ一対の光の矢。

 妖魔を倒す際にも使用された技だ。

 般若面の者は当然の如くそれらの矢を食い止めようと、音壁を展開させた。

 しかし、結果としては銀の矢一本を食い止めたのみである。残る2つの矢は般若面の者が纏うコートの両肘の辺りを掠めると、地面に着弾する寸前に姿を消した。


「な……何なんだ、この2人は!!」


 納得のいかない般若面の者は、この上なく狼狽してみせた。

 狂者の如きその姿は、哀れでもあった。

 気でも狂ったのか、当初の目的を忘れて般若面の者は梓に掴みかかろうとした。

 しかし、どこからともなく聞こえてきたそれを制止する声によって抑え込まれる。


「その辺にしときなよ……哀れだぜ、今のアンタの姿はよぉ……」


 若い男の声。

 今までその存在を感じられなかったのに、どうして。


「誰だ!」

「誰?」


 梓と晴也がほぼ同じタイミングで声を上げた。


「仲がいいねぇ……羨ましいぜ」


 それを聞いて、再び男の声が聞こえてきた。


「その声……甘川国麿あまがわくにまろ、だな?」


 声の主の名と思しき名前を、般若面の者が呟いた。


 般若面の者の言葉と共に、謎の声の主は姿を現した。

 般若面の者のすぐ隣に。

 そしてこう言った。


「そうそう、その通り。オレの名前は甘川だ。甘川国麿、以後お見知りおきを……とか言っとけばいいか? にしてもダッセェ名乗り方だよなオイ!!」

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