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妹可愛さに家を出た  作者: 赤雪トナ
帰郷
7/19

政略結婚をぶち壊せ


 あーる晴れた、ひーる下がりってか。市場に続いてはないけど。

 この道を通るのは三年ぶりか。あの時はいっきに駆け抜けて周囲を見る暇がなかったな。今ならば落ち着いて回りを見ていられるかと言うと、そうでもないけど。

 まさか父さんが死んだとは。そろそろ様子を見に戻ろうかって思ってた矢先だからな。もう少し早めに帰ればよかったか。


「パパ?」

「どしたアンゼ?」

「ノルが浮かない顔しているから、アンゼは気にしてるんだよ」


 ノルというのは俺の偽名だ。家出してるんだから、見つからないために名前をそのままにしておくはずがない。旅に出ている間はノル・アウスと名乗ってた。


「あーごめんごめん、大丈夫。ちょっと気になることがあるだけ」


 俺のことをパパと呼んだ五才児は、俺の娘アンゼリータ・センボル。肩を越すあたりで切り揃えられた黒髪に赤い目を持つ可愛い子だ。今は知人からもらった獣耳をつけた帽子を被っている。

 アンゼの気持ちを代弁したのが、風の精霊のルフ。エメラルドグリーンの膝まで届く長髪に、空色の目を持ち、純白のドレスを身にまとった小さなレディ。俺とアンゼと通常の契約をしている。

 二人ともこの三年で出会った。


 娘といっても実子ではなく、養子だ。旅を始めて約一年経った頃、魔物に襲われた小さな商隊と出くわした。その時の唯一の生き残りがアンゼなのだ。息も絶え絶えの母親に抱かれていた。その母親に俺はアンゼのことを頼まれた。

 近くにあった街の警備兵に商隊のことを知らせ、アンゼの今後を話し合った。話し合いの結果は孤児院に入れるというものでしかなかったが。最後の頼みを聞いた者としては、このまま孤児院に入れて放っておくというのはいい気分がしなかった。どういった孤児院か見に行った時、あまりいい雰囲気は感じ取れなかったし。そこで引き取ると申し出た。

 それが最善かはわからなかったけど、育っていく様子を間近で見ることが母親の頼みに応えるのではと思ったのだ。その申し出を聞いて、物好きなという顔はされたものの、反対はされずアンゼは俺の子になった。

 もともと母一人子一人だったらしく、俺のことは迎えに来た父親だと思っているみたいだ。いつか本当のことを話すつもりだが、それまでは勘違いさせたままでいようと思う。


 ルフとの出会いは、アンゼと会ってから半年ほど後、小さな村三つにまたがるアクシデントに巻き込まれた時だ。

 たまたま訪れた村で、精霊を無理矢理従え好き勝手していた冒険者崩れの精霊使いと出会い、そいつが俺のことも力ずくで従えようとしたので応戦しなんとか打ち破った。

 無理矢理従わせられていた精霊がルフだった。解放すると礼だと言って契約を交わし、行くところがないのでついてくるということになった。人間に嫌な目に合わされていたのに、俺についてくることを不思議に思ったから、そこんとことどうなのか聞くと、魔力がいい匂いだから大丈夫だと判断したという答えが返ってきた。

 匂いで善悪判断できるそうなのだが、それならなぜ無理矢理従わせられるようなことになったのか? 有無を言わさず捕まって薬で真名を聞き出された、ということらしい。

 そういった無理矢理な関係だったので、本来の威力を出せない霊術を使っていて、俺でもなんとか勝てた。無制限に魔法を使ってくるのが一番厳しかったことだ。

 同行されて困るような旅でもないので一緒に行くことになった。争いが苦手な様子らしかったから、アンゼの子守りを主に頼んでいる。アンゼのことも気に入ったらしく、楽しそうに遊ぶ姿を何度も見ている。


「気になることって後始末放り出してきたこと?」


 アンゼの頭からふわりと浮かび、俺の目の前に飛んできて問う。

 それも気にはなるけどね。でもたまには自分たちで後始末やれよとも思う。


「そっちも少し気になるけど。久々に家に帰るから、どうなるやらと」

「おじいちゃんとかおばあちゃんいる?」

「お爺ちゃんはいないけど、お婆ちゃんとお姉ちゃんならいるな」


 母上はまだまだお婆ちゃんって年じゃないけどな。たしか今年で三十五才だっけか。

 いきなり子供連れ帰ったら驚くだろなぁ。というか入れてもらえるだろうか?

 

「あとどれくらいで家につくの?」

「この先の街でミッツァ行きの馬車に乗ってだから、だいたい四日くらいか。この前の村で乗合馬車に乗れたらよかったんだけどな。タイミング悪く出発した後だったからなぁ」


 ミッツァというのが実家のある都市の名前だ。公爵家の本拠地なだけあって国内有数の規模を誇る。


「馬車かぁ。姿隠さなくと駄目だから嫌だわ」


 下がったテンションと同じように、ルフの高度も下がっていく。


「じろじろ見られたいなら隠さなくてもいいんだぞ?」

「そうなのよね。精霊が珍しいからって、あんなに見続けることないじゃんって思うわ」

「ルフがかわいいからみんな見るんだよ」

「アンゼは優しいし、嬉しいこと言ってくれるね!」


 再びアンゼの頭部に着地して抱きつく。


「まあ、確かに見た目の可愛さも注目集める要因の一つだろうな」

「ほ、誉めたってなにもでないわよ」

 

 おー照れとる照れとる。


「俺にも抱きついてくれないのか? アンゼと対応が違うじゃないか」

「子供の純真無垢な心から出た言葉と、大人の計算づくめの言葉じゃ感動の大きさが違うの。

 それに私は体を安売りするつもりはないわ」

「やすうり?」


 アンゼが首を傾げ、頭に乗っていたルフが肩に落ちる。


「アンゼはまだ知らなくていいことよ。もう少し大きくなったら教えてあげる」

「うん」

「教えんでいい」


 なんというか人間の世界に染まりすぎじゃないか、この精霊。

 会った頃はこうじゃなかったから、連れまわした俺が原因なのか?


 ちょうど客を集め出した乗り合い馬車に乗り、俺たちはミッツァを目指す。

 途中で魔物に出くわすという旅をしていたらおなじみのイベントにも遭いつつ、それ以外は大きなアクシデントもなく到着した。

 思わず懐かしげに見渡してみたけど、三年じゃ劇的な変化はなかった。


「ここがパパの育った街だよ」

「おおきいところだねー」

「はぐれないよう抱き上げておこうか」


 重くなったなこの子も。病気になることなく健やか育ってくれて嬉しいよ。


「今まで行った街の中で一二を争う規模ね」

「ここは公爵家がある街だから、規模が大きいのは当然だな」


 先祖が物流の流れや土地の質、周囲の危険性を考慮して作った街。公爵のお膝元ってことで人も集まるから、大きくなりやすい。

 それを先祖が守り発展させてきた。レアならさらに発展させていくかもだな。


「観光はあとでいいだろう? 先に家に顔出しときたい」


 二人ともそれでいいようで頷きを返してくる。

 商店街を抜け、高級住宅街へ。


「道はこっちであってるの? なんだか立派な造りの家が並んでるわよ」

「これくらいで驚いてたら、到着した時もっと驚くかもな」


 今は姿を消しているから、驚く様子は見れない。ちょっと残念だ。

 そうして十五分足らずで目的地に到着した。立っている門番に見覚えないから、すぐに入ることはできそうにないな。

 それにしても門番たちちょっと緊張気味だな?


「すみません」

「なんだ? ここを公爵家と知って近づいてきたのか?」


 今の俺は冒険者姿なので、胡散臭い視線を向けられた。普通は冒険者が公爵家に用事なんてないから当然か。


「ええ、この街で生まれ育ちましたから。

 それでですね、ここにいるセイルマンかフィゾという人を呼んできてもらいたいんです。

 別れも告げずに飛び出した弟子が会いたがっている、と伝えてもらえればわかると思いますので」

「フィゾさんの弟子なのか。わかった、ちょっと行ってこよう。勝手に入ろうとするなよ」

「強行突破なんてする気はないですよ」


 ほかにも門番はいるんだし、入ろうとすればすぐに止められる。


「今日なにかあるんで?」


 そばにいた門番に緊張の理由を聞いてみる。


「どうしてそう思う?」

「なんだか緊張しているように見えたので」

「わかるか。

 客が来ているのだ。それも複数」

「あーなるほど。お偉いさんになにかあったら大変だから気合入れてると」

「そういうことだ」


 貴族か金持ちが何人も来ている、か。なんの用事だろうな。今の時期に複数が集まることなんてなかったはずだ。トラブルでも起きたか?

 起きていること気にしつつ待つこと十数分、慌てた様子でフィゾが走ってきた。呼びに行った門番も、なんだかわからない様子で一緒に走ってきた。


「久しぶりです、師匠」

「若様! 挨拶は後回しで! 急いで一緒に来てください!」

「は?」 


 ちょ!? 腕を引っ張るな! アンゼが落ちる!? 門番たちも呆然としてるだろ!

 

「なんでそんな慌ててるんだ!?」

「ゆっくり事情を説明している暇はありません!

 分家と派閥の暴走、レアミス様の当主交代、レアミス様望まぬ結婚、もう少しで結婚の必要書類にサイン!」

 

 は? なにがどうなってんの!? 望まぬ結婚って、そうならないように動いたんだぞ俺!?


「この部屋の中で話し合いが行われています! 

 どうか阻止してください!」


 情報少なすぎだろ! でもなにもしないって選択肢はない! なにせ妹大好き兄だから!


「シャイネにこの子の面倒見させておいて。荷物も頼む。

 ルフ! アンゼが不安がらないよう、姿現しておいて。アンゼ! パパちょっと頑張ってくる!」

「いってらっしゃい」

「アンゼのことは任せて」


 そう言って送り出してくれるアンゼとルフの頭を一撫でして、扉を蹴り開ける。


「兄さん!?」

「「「若君!?」」」

「ただいま、レア」


 表情には出てないけどレア焦ってんな。こういった公式の場では兄上って呼んで公私の区別つけてんのに。

 それにしても見覚えのある顔がちらほらと。


「……まさか」

「ん? お前はたしか分家の長の息子か?」

 

 レアに負けず劣らず焦った顔になっているな。


「兄上」


 落ち着いたか。


「療養地からの急ぎの帰還お疲れ様です。体に障りはしませんでしたか?」

「少し疲れたくらいだ」

「そうですか。予定よりも早くの帰還、体が健康になったとはいえ負担がかかっていないか心配しました」


 出て行った理由を、療養地に行ったってことにしたのか?


「体は充分に健康に戻った。魔物と戦えるくらいにな。

 それよりも急ぎ戻って来いとだけ連絡があり、事情は何一つ知らないのだ。説明してもらえるか?」


 これで話が食い違っても誤魔化しがきくはず。


「では最初に言っておかないといけないことがあります。

 父上が死にました」

「それはここに来るまでに知った」

「体の負担にならないよう知らせずにいましたが、隠しておけるものではありませんね。

 父上が死に、私が当主代理となり領地経営を行ってきました」

「レアミスが引き継ぐのは当然だな。しかし代理とは? お前を当主にするのではなかったのか?」


 そうしてくれって手紙に書いたんだけど。


「父上の死が急で、引継ぎなどに時間がかかり、王家から正式な任命はまだなのです。

 各方面に話を通すなど、準備にも時間がかかりますので」

「なるほど。だがこれまでの話で俺を急いで呼び戻すはないな。

 帰還を促すにしても、任命式に間に合うよう連絡をよこせばいいのだから」

「ええ、そうするつもりでした。できるだけ長く向こうで体を休めてもらいたかったので。

 無理に帰ってきてもらったのは、分家や派閥の者たちに原因があります」

「ほう」


 じろりと彼らに視線を向けると、目を合わせないよう顔を背ける者多数。

 見返してきたのは、ミハエルとコッソクスは始めとした少数だ。ミハエルは苦々しく、コッソクスは余裕の表情を崩していない。

 俺の観察力がもっと高ければ、コッソクスの瞳の奥にある喜びの色を見つけられたかもしれない。


「彼らは私を庶民の血を持つ半端者と呼び、能力にも疑問を抱き、当主として相応しくないと」

「流れる血を誇ってどうする、先祖の偉業は先祖のもの。他者の誇りを自らのものと誇るのに意味はない。自らの行いを誇れよ。

 それよりも後半部分もう一度言ってくれるか?」


 信じられないことを聞いた気がするんだ。


「私の能力に疑問を抱いたという部分ですか?」

「やっぱりそう言ったのか」


 こいつら馬鹿か? 馬鹿だろう? 馬鹿だな。


「揃いも揃ってレアミス以下のお前らが、レアミスの代役をこなせるわけないだろ」


 おや? なんか視線が集まったぞ? しかも険しいものばかり。


「あ、兄上? そういう言い方は皆さんに失礼なのでは?」


 敵と言ってもいい連中に労わるようなことを言うなんて、うちの妹は優しすぎるだろ。


「なにかおかしなこと言ったか?」


 事実だと思うんだけど。

 本気で首を傾げる俺に、レアミスが嬉しげで呆れた複雑な視線をよこした。


「我らを愚弄するのですか?」

「愚弄してんのはそっちだろう。

 レアミスの能力に疑問を抱いたってどのへんにだ」

「公爵死亡の報を領民に流したことですよ。フォローなく、領民を不安がらせました」

「ほかには?」

「治安が悪くなっています」

「どういうふうに?」


 ミッツァに来るまでに治安の悪さは感じなかったが。


「ここ二年、魔物による被害が増えてきているのですよ」

「それって自然災害の類で、レアミスに落ち度はないだろ。盗賊が増したとか、街中での犯罪が増えたとか人災ならいざ知らず。

 ちなみにレアミス、どういた対応をとっている?」

「冒険者に緊急の討伐依頼を出し、公爵家でも私兵を雇い各地の警備に当たらせています。

 兵を雇う際には、王家に魔物増加の情報と一緒に対応策として兵力増加の案を提出。許可も下りています。

 これらの対応は父上と一緒に話し合ったものです」

「この対応に文句ある奴はいるのか?」


 異論の声は出ない。まあ、いないだろうな。父さんの策ともいえるんだ。代理じゃない本当の公爵に文句つけるなんて無理だろ。


「でミハエルほかには?」

「……」

 

 だんまりか?


「これだけなのか? お前らが能力に疑惑を抱いた点は。

 もう一度言うけど馬鹿だなお前ら」

「もう一度って兄上。一度も言ってませんが?」

「あ、心の中で馬鹿だと連呼したのを実際に口に出したと勘違いしてたな」


 すまんと言いそうになり止める。この場合謝っても、どちらにしろ貶してることには変わらない。すでに何度か貶してるから、言ってもたいして心証は変わらないだろうが。


「完璧を求める求められるというのはわかる。しかし実際に完璧なんざありゃしない。どれだけ失敗を減らせるか、そういった方向で努力するしかないだろ。

 それでレアミスの失態は父上の件だけ。対してお前らはどれだけ失敗している? なんの失敗もしてないとは言わせないぞ。そんだけ優秀なら広く名が知られてるはずだからな。

 ミハエルお前はどうなんだ? 失敗してないと言えるのか?」

「私にも失敗はあります。それは認めます。ですが私とレアミス様では立場が違う。レアミス様は公爵として、より多くの者たちの暮らしを背負っております。一つの失敗が多くの領民を路頭に迷わせることになりかねない」

「お前ならばレアミス以上に上手くでき、領民の暮らしを守れると?」

「絶対の自信はありませんが」

「矛盾してんな? そこはレアミスに完璧を求めたんだから、お前もそうあるべきじゃないか」


 でも正直者であることは認めよう。


「ここは決定的な証拠を出して、認めさせるとしようかね」

「兄上、そのようなものがあるのですか?」

「あるんじゃないか? 父上の部屋に。万が一を考えて遺書くらい用意しとくだろ。

 というか父上の部屋を整理しなかったのか?」

「必要書類以外は触っていません。

 兄上が帰ってきたら部屋を探れ、というのが父上の遺言ですから」


 いつ帰ってくるかわからなかったのに、そんな遺言残すなと。十年後とかに帰ってきてたらどうする気だったんだ。もしかするとレア可愛さに、早めに帰ってくると予想していたのか?


「じゃあ早速行ってみよう。

 お前らも父上の遺言で、レアミスを当主に指定してたら反対できないだろ。

 先代とはいえ、正真正銘公爵の言葉なんだから」

 

 渋々と頷いてるなぁ。ほとんどの者たちが諦め顔だ。

 表面上変わってないのはコッソクスくらいだ。

 

「俺とレアミスで行ってくるから、この部屋で待ってろ」

「どうしてです? 公爵というものの今後を示すものを探すのでしょう? 私たちもついてきます」


 動こうとするミハエルを俺は手で制した。


「分家の分際で公爵の私室に入るつもりか? 分を弁えろ」

「そうするとあなた方も入れないのでは?」

「俺たちは家族として、遺品の探しに行くんだ」

「屁理屈ではないでしょうか?」

「入る理由になるから屁理屈でもいいだろ。

 お前らもなにか入る理由になる屁理屈探してみるか?」

「……いえ止めておきます」

 

 ここで無理矢理なものでも理由を思いつけるような奴が大物なんだろう。

 引き下がったミハエルたちを置いて、父さんの私室に向おうとしてガーウェンに止められた。

 内ポケットから鍵を取り出し、こっちへ差し出してくる。


「若様。こちらの鍵をどうぞ」

「これは?」

「おそらく遺書が入っていると思われる机の引出しの鍵でございます。

 昔、大事なものをしまっておくための鍵の予備だと、当主様からお預かりしました」


 礼を言って、鍵を受け取り、部屋を出る。

 父さんの部屋に行く途中で、レアが話しかけてくる。


「兄さん」

「ん?」

「おかえりなさい」

「ただいま。帰ってきたら、いきなりこんなことになってて驚いた」


 なんかこっちをじっと見てるな? 少しだけ驚いてるか?


「本当に演技だったのですね」


 余所余所しさや刺々しさがないから驚いたのかな。


「そのこと父さんに教えてもらったのか?」

「はい。あとで覚悟してくださいね」


 おおうっ!? 妙なプレッシャーがレアから発せられてる。しかも拳を握りしてめる、なんで?

 理由がわからないまま、父さんの部屋に到着する。


「机だっけか」

「たしかに頑丈な鍵をつけられた引出しがあったはず。何度か父上になぜ鍵がつけてあるのか、尋ねたこともあります」


 机の引出し、上からいーちにぃさんの四番目か。鍵を入れてクルリでカチャン。

 さて中身はぁー……これかな? 大きめの封筒に俺とレアの名前が書いてある。

 封筒のほかに色々と入ってんな?


「ん?」


 小さい頃にあげた似顔絵、懐かしいなぁ。ほかにお土産にってあげた筆もか。見慣れないものはレアがあげたり、母さんや母上があげたものかな? 思い出が一杯詰まってる。たしかに父さんにとって大事なものがたくさんしまってある。

 ほかの物は触らず、封筒だけを取り出す。


「これだと思うけどレアはどうだ?」


 確認のためか引き出しの中を確認して、レアも同意する。


「今ここで開けるか?」

「そうすると中身をすりかえたと思われるかもしれません」

「そっか」


 戻ろうかと言った俺に、レアは話があると引き止める。


「お父様の死についてです」

「この場で言うってことは、訳ありなのか?」

「病死や事故死ではありません。暗殺です。犯人はあの場にいる者たちの可能性が高いです。

 どうして殺したのか、その理由はいまだわからずです」

「…………暗殺!?」


 理解するのに少しだけ時間がかかった。

 理解したらしたで、カッと怒りが湧いてくる。公爵家跡取りとして育てられたため、感情のまま動かぬよう教育されている。だが今のレアの言葉はそんな感情制御など簡単に乗り越えてきた。

 怒りのまま動こうとした俺の腕をレアが掴んで止める。

 

「放せ!」

「駄目です! 怒りはもっともです! 私だって暗殺と知った時怒りが湧きました。

 けれども犯人がわかっていない現状で、感情に任せたまま動いてもなんの解決にもなりません!」

 

 決して放すまいと力を込め掴まれた部分の痛みのおかげで、少し頭が冷える。おかげで怒りを心の奥に押し込めることができた。


「……すまん。感情のまま動かないと約束するから手を放してくれ」


 真意を探るためか、俺の目をじっと覗き込んでくる。

 そして五秒ほどして納得したか、手は放された。

 赤くなった部分を擦りつつ、父さんの死について考える。

 公爵を殺すには、厳重な守りを突破しなくちゃならない。無計画で殺せるような人物ではないのだ。だから衝動的にってことはない。なにか目的があるはずだ。

 既にレアミスやガーウェンが調べているはずで、その二人が調査できていないってことは犯人は相当なやり手なのか? 単純な目的ならば、とっくの昔に二人が調べ上げているはずだから、根が深いのかもしれない。


「兄さんがなにか思いつくかもと思って話したけど、その様子だと思い当たる節はない?」

「頼りにならなくてすまんな。だが諦めるつもりはないぞ」

「私もそう。とりあえず今日できることは彼らの動きをよく見ておくことくらいかな」


 長く時間をかけるのも怪しまれるので、話はこれくらいにして父さんの私室を出る。

 今回の件で一番利益がありそうなのはレアの結婚相手だな。そういやレアと結婚しようしたのは誰だ?


「レアは誰と結婚する予定だったんだ?」

「知らなかったの?」

「事前にもらえた情報が少なすぎて」

「分家の長の一人、ミハエル・サザンジット」

「あいつか。どんな奴だっけ? 分家の子供だってことしか覚えてない」


 あいつも今回の主役の一人だったか。だから代表者のように話してたんだな。


「特にこれといった特徴はないと思う。半年前に分家を継いで、不平不満といった問題を出さずに仕事を行ってる。

 能力的にはそれなりに優秀で、貴族としては普通なんじゃないかな」

「そこそこ出世欲があり、利益拡大を考え、平民を下に見てる?」

「私が集めた情報だとそう。一つ修正するなら、出世欲はそれなりじゃなくて強い部類かも」


 問題なく仕事を進めているってことは、先代の仕事ぶりから方針を変えずにいるのかな。考えとしては保守的っぽい。

 そんな奴が当主暗殺なんて過激なことできるのかねぇ?

 出世欲の強さを誰かに刺激されて、陣頭に立ってると考えた方がいいかもしれないな。となると怪しいのは、ミハエルの回りにいる奴か。

 回りにいた奴で知ってるのは、コッソクスと他数名。そういや分家の長のもう一人はいなかったような?


「ジェミファ婆さんはどうしたんだ? 俺がいない間に長を引退したのか?」

「お婆様はサポートに回ってくれています。引退はまだかと。そろそろ六十五だからのんびり暮らしたいとは言ってるけど」


 穏やかな気性故か、家は落ち着いていて、子供たちも現状を維持したいから、婆さんに長を続けてもらってるんだっけか。

 鋭いところがあるから、演技がばれないようにって会うことを避けてたなぁ。

 あの婆さんは最初からレア側だったし、いまさらレアが不利になるようなことに参加はしないか。


 暗殺について考えつつ歩き、客室に到着。

 この封筒が狙いどおりのものだといいけどね。


「待たせた。遺言らしきものがあった、それをここで開封しよう」

「その前に遺言を見せてもらっても?」

「勝手に開けるなよ?」


 破いたり燃やしたりと処分しようとしたら、自分はやましいところがありますと宣言するようなものだからな。そこまで馬鹿じゃないだろう。

 レアに持っている封筒を渡すように言う。ミハエルは渡された封筒を四方八方から観察し、隣にいる貴族にも見せる。


「一度開けられたり、作ったばかりというわけではなさそうですね」

「そんな怪しい真似はせんよ。互いにそこまで馬鹿じゃないだろ」


 馬鹿という部分でミハエルは顔を引くつかせる。さっき馬鹿と言ったことを気にしてるらしい。

 返してもらった封筒をレアに渡す。


「では開けます」


 ペーパーナイフで蝋で止めてある部分を切り、中身を取り出す。

 中には手紙と真新しい肩章が入っていた。

 レアが肩章の裏地を見てみると、そこには朱糸でレアミスの名が縫いこまれていた。

 周囲の貴族たちは肩章を見て、ざわめいた。

 この肩章は公爵だけが着けることを許された型だ。そしてホルクトーケ家の家紋が入っている。以前見た父さんが着けていた肩章とは少しだけデザインが異なる。つまり新しい当主のための肩章ということだろう。

 なぜ貴族たちが驚いたかだが、この肩章は勝手に作ってはいけないのだ。王家の許しがあって初めて作ることができる。ということは父さんは生前に、王家にレアのための肩章を作る許可をもらっていたということ。つまりレアは、王家から既に次期公爵として認められていたということだ。

 

「決定打が出たな。

 王家の決定に文句ある奴は出て来い」


 そんなことすれば、領地も地位も取り上げられるだけだが。

 当然の如く誰も異論のある奴はいなかったとさ。

 反旗を翻したにしては、甘いところがあることや往生際がいいといった疑問は残るが、さっさとお帰り願おう。

 ガーウェンと協力し、追い立てるように貴族たちを玄関へと向わせる。

 最後に出て行くコッソクスに声をかけられた。こいつは終始変わらず笑顔だったな。


「お久しぶりですな」

「久しぶり」

「急に体調を崩され、心配しておりました。ですがもう心配いらないようですね」

「たぶんな。人がいつ死ぬのかなんてわからないものだ」

「そうですね。公爵様もまだ若いと言ってもよかったですからな」

「……そうだな」

 

 押し込めた怒りの思いが揺れる。

 落ち着け。ここで怒っちゃ駄目だ。


「では私も失礼します」

「ああ」

「そうそう」


 玄関を出て少し歩き、コッソクスが振り返る。


「若様、お変わりになられましたな?」

 

 ん? 笑顔は変わってないけど、受ける印象がどこか違う。少し硬さが混じってる?


「向こうで色々あったからな」

「そうですか。では本当に失礼致します。またいつかお会いしましょう」


 今度は振り返らずに馬車まで歩いていった。

 

「あの方は要注意かもしれません」


 隣にいるガーウェンが去っていく馬車から視線を動かさずに言う。


「理由は?」

「勘としか。ですがなにか他の皆様とは違った感じを受けました」

「父さんと一緒に長年貴族に接してきたガーウェンが言うんだ。なにか違うんだろうな」

「調べておきます」

「無理はしないようにな」

「承知。

 それはそうと若様、いえいつまでも若様と言い続けるのは失礼ですね。

 ディノ―ル様、お帰りなさいませ。ご帰還心よりお待ちしておりました」

「ただいま。

 父さんの死後、レアを支えてくれて礼を言う。本当にありがとう」


 たぶんレア一人でも仕事はこなせたかもしれない。でもガーウェンがサポートすることで、だいぶ楽になっていたと思う。レアも感謝しているはずだ。


「ガディノ様に頼まれましたので。それに私は僅かながら力を貸しただけ。頑張ったのはレアミス様ですよ」

「そっか。これからもレアを支えてあげてくれ」

「はい。ディノ―ル様もこれからはそばにいるのでしょう?」

「俺? 俺がいなくともレアは大丈夫だろ。何日か滞在したら、また出て行くつもりだぞ?」


 え? なにその地雷踏みやがった、みたいな表情?


「一発で済みそうもありませんねこれは」

「なんのこと?」

「私からはなんとも。

 あえて言うなら、打撲の相が出ているといったところでしょうか」


 なにそのピンポイントな予測。ガーウェンって占いできたっけ?

 そんなことを話して、先ほどの客室に戻る。


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