ばれたからには仕方がない
それまでの日常に魔法の勉強が加わり、時間は流れていく。
十才からはあまり街に出なくなった。同年代のルドたちが働き始めて忙しくなり、一緒に遊べる時間が減ったからだ。外に出ても散歩して街の様子を眺めるくらいだ。時間が余った分、実力を伸ばすことに専念する。
そうして過ごすうちに、困ったことが起きた。普段は駄目息子として演技しているため、誰かに見られての練習に本腰を入れられないのだ。まだまだ未熟で、一人で練習するよりも誰かの指導を受けていたほうが実力は伸びていく。真面目に指導を受けたいが、演技している手前できない。でも実力は伸ばしたい。そんな板ばさみ状態になって悩んでいる時、ミシュを部屋の外に出したセイルマンから問われた。『どうして演技しているのか』と。
「どうして演技していると思う?
演技する必要などないじゃないか」
どうして見破られたんだろう?
「若様は今でも測定器を触っていますね? その測定器から放たれる明かりの色が、私に演技だと疑わせたのですよ」
「色って今も変わらず、コバルトブルーじゃないか。なんの変化もないのに怪しまれるのか?」
「最初に魔法について教えた時、色については省きましたな? あれはわざとなのですよ。
色はその人物の気質を表しているのです」
気質……それって性格とかか。あ、なるほどだから怪しんだのか。
素行が悪くなっているのに、そうだと測定器の色が示していなかった。行動はどんどん誉められたものではなくなっていくのに、色に変化はない。そりゃ色の意味を知ってれば怪しむか。
魔力が増えてないか、未練がましく触ってるんじゃなかった。
「でもなんで今なんだ? 聞くなら学び始めた頃に聞けばいいだろ」
「悩んでいたのがわかったからですよ。演じることに悩みを抱いているのではないかと思い、今ならば問いに答えてもらえるのではと思ったのです」
「悩んでいるのばれてたのか」
セイルマンの予測した悩みの内容がややずれてるけどね。
「集中しきれていませんからな。若様とそれなりに付き合いの長い者ならば、気付いていると思いますぞ」
そっか。どうすっかな。
事前に聞いたことを黙っておけるか聞いて、了承したら話してもいいかな。
「演技してるのは認めよう。でもなぜかという部分は、聞いた話を黙っているという約束がなければ話さない。
約束は守れる?」
「……こちらも理由によっては当主に話すつもりでいるのですが。
そうですな……その理由は公爵家に害を及ぼすものですか? その返答で聞くか聞かないか決めようと思います」
「害を及ぼすか……どうだろう。将来的にはこの家にとって利益になると確信は持っているんだけどね。最初の方は揺れる可能性がなきにしもあらず、といった感じだ」
跡取りが家からいなくなったら、間違いなく騒ぎになるだろうから嘘ではない。
「ふーむ、判断が難しい情報ですなぁ。
本当に将来利益があるのですかな?」
「断言できる」
断言した俺の目をセイルマンはじっと見続ける。それに瞬きもせず、視線もそらさず見返す。
「……決めました。聞きましょう、そして黙っておきましょう」
こちらとしてもその選択は助かるかな。魔法の習得に真面目に取り組んでも、成果はあまり上がっていないと偽った話をしてくれそうだ。
ついでにフィゾにも黙っていてくれるか聞いてみよか。フィゾってのは剣の家庭教師だ。黙っていてくれるなら、セイルマンと一緒に理由を話そう。
というかフィゾは演技のこと気付いているのだろうか? まずはそこの確認だな。
「じゃあ、次回話すよ」
「今日でないので?」
「フィゾにも話を聞くか聞いてくる」
「そうですか。では明日この部屋で話すということでよろしいですか?」
「明日の用事は?」
「特には」
「わかったよ」
今日はこれで勉強は終わり、部屋から出た足でフィゾを探しに行く。
剣の訓練はすでに終わっているから、帰ったかもしれない。いるとしたら兵舎か訓練場か。
何度か見かけたことのある兵がいるな、聞いてみよ。
「おい、フィゾはどこにいるか知らないか?」
「あ、若様」
横柄な聞き方したおかげか、兵の表情が硬い。最近は丁寧に聞いてもいい顔をしなくなってきたけどね。長年の成果が出てます。
フィゾは軽く体を動かしていたようで、少し休憩してから帰るのだと、兵たちに話したらしい。それが今から三十分以上前なので、休憩しているのではないかということだ。
兵士の言葉に従って訓練場に行ってみると、木陰にフィゾがいて、立ち上がろうとしていた。十分休んだので、帰るのだろう。
駆け寄って呼び止める。
「フィゾ」
「ん? 若様。なにか御用ですか?」
「あー、えっと」
なんて切り出そう。少しは考えてから話し掛けるべきだったか。
「どうしたのです?」
もういいや、上手い考え浮かばないし直球で行こう。近くに兵がいないことを確認して口を開く。
「フィゾはさ、俺が演じてるの気付いてた?」
「ええ、まあ。確信はありませんでしたが、違和感はありましたね」
違和感ね。父さんや母上も違和感を感じてたのだろうか?
もしそうだとしたら、子供のことをよく見ているということでちょっと嬉しいかな。こんなこと感じるなんて、精神年齢下がってるのか?
「それを問おうとは思わなかった?」
「何度かそれとなく聞きましたが?」
え? 本当? 全然気付かなかった。そんなことあったっけ? 思い出せない。
「理由を黙っていてくれるなら、話すと言ったら聞く?」
「どうして話す気になられたのです?」
「セイルマンに聞かれたのさ。どうして演技をしているのかと。
それで理由を話すことになったんだけど、どうせならフィゾも一緒にいた方が俺としては都合がいいんだ」
「公爵家に都合が悪い理由ならば、当主に告げますぞ」
「セイルマンと同じこと言うんだな」
「当然でしょう。公爵様に忠誠を誓っている身ですから」
セイルマンに言った時と同じように、いずれ利益がでるだろうと言うと、黙っていることを了承した。
明日の昼食後、セイルマンの部屋に集合することを告げ、フィゾと別れた。
そして次の日の昼食後、俺とフィゾはセイルマンの部屋に向かった。
部屋に入った時、フィゾがクローゼットの方をちらりと見たけど、なにか気になるものでもあったのかな。
ミシュはレアのところなのか、それとも屋敷に来ていないのか、部屋にはいない。
椅子に座り、出されたお茶を一口飲んで、口を開く。
「演じていた理由だけど、結論から言うと家督をレアに譲るため」
「「……っ!?」」
おー驚いてる驚いてる。
先に我に返ったのはセイルマンだった。
「どうしてそんなこと?」
「レアが優秀だから」
「できがいいとはミシュから聞いたことありますが。まだまだ幼い子供ですよ? そんなこと判断するには早すぎるかと」
「そこが不思議なんだよ」
「不思議ですか?」
なにが不思議なのかわからないのだろう、セイルマンが聞き返してくる。フィゾも同じ思いらしく、目に疑問の色が浮かんでいる。
「見てわからない? レアってすごいよ?
俺は初めてレアを見た時、圧倒された。自然とこの子は俺を超える器なんだなって感じたし、今でもその感じは変わってない」
「私もレアお嬢様を拝見したことはありますが、そこまで圧倒されたことはありませんよ?」
フィゾはそうなんだ。セイルマンを見ると、同じ意見らしい。
「誰かがそのようなことを言っているのも聞いたこともありません」
付け加えるようにフィゾが言う。
「でも実際、レアは優秀なんだろう? ミシュはそう言っているとさっき言ったじゃないか」
「それはそうなんですが」
納得していない様子のセイルマン。
「とりあえず、優秀かどうかは置いておきましょう。
家督を譲るために演技する必要はないのではと思うのです。若様が当主から譲られた時、辞退すればいのではと思うのです」
疑問に思ったことを聞いてくるフィゾ。
「確実にレアに継いでもらうためだよ。
レアに嫌われておけば、長男を差し置いて継ぐことに躊躇いを覚えないはず。自分勝手でプライドばかり高い能無しを演じておけば、家臣たちもレアの当主就任を喜んで受け入れるはず。駄目息子を演じておけば、父さんもレアを指名することを考えるはず。
止めに跡取りという立場を考えずに家を出たら、俺に跡取りとしての自覚なしとして判断して、レアの当主就任は確定だね」
「「「はあっ!?」」」
二人ともすっごく驚いている。なんかもう一人驚いた声がしたような気がするけど、気のせいだろ。
「家を出るってなにを考えているのですか!?」
「フィゾ、顔近い。なに考えてるってレアの当主就任。それと」
「本気ですか?」
続きを遮られた。レアと家督争いしたくないって言おうと思ったのに。ボンクラ息子の方が扱いやすいと思って、俺を傀儡に担ぎ出そうと考える人いると思うんだよね。
「本気も本気。外で生きていけるように、剣を習い、魔法にも手を出した」
「……魔法に関しては興味本位だと思っておりましたが」
習い出した理由が家をでるためとは思っていなかったセイルマンが、搾り出すように声を出した。興味本位にしては熱心だと怪しまなかったのかねぇ。
ここまで驚いてもらえると爽快だ。
「若様、申し訳ありませんが約束は守れそうにありませぬ。
当主に報告させてもらいます」
「ちょっと待ったフィゾ!」
いまさらなに言ってんだ!?
「跡取りが出奔を考えているなどっ。公爵家に不利益しかもたらさないことです!」
「だからレアがいるから公爵家は大丈夫だって!」
「若様は確信を持っているとしても、私は信じられません」
分らず屋め。
「話を聞いていると若様も聡明でいらっしゃる。若様が継いだとしても当家の将来は明るいと思われるのですが」
セイルマンもレアの当主就任に反対なのか?
「領民のより良い生活を望むのなら、優れた人物がトップに立つべきだ。
俺が聡明とかいうけど、多少頭が回るだけで内政とかなにをすればいいのか検討もつかん」
「それはいまだ学んでいないからでしょう?」
「そうかもしれんが、俺が皆を導いている姿などイメージできん」
「始めは戸惑いがあるかもしれませんが、仕事をこなしていくうちに慣れてくるのでは?」
「それだったらレアも同じことが言えるだろ」
「このまま話してても平行線だと思われますな」
俺もそう思う。いざとなれば当主の座についても仕事しないと言って脅そうかと思ってるけど。
家臣の者たちが仕事をしても、最終決定権は当主にある。決定を拒めば仕事はスムーズにいかず、領内は乱れ、色々と家にも不都合が出てくる。本物の役立たずの誕生だ。
こう言われれば二人とも、俺の考えを無碍にはできまい。
これを言って脅す前にちょっと譲歩しておこうか。
「ここで一つ提案だ」
二人の視線が先を促す。
「二人はレアが優秀かわからないから俺を止めてる、そう考えてもいいんだな?」
「いえ、レアお嬢様が優秀でも若様には家を出てもらいたくはないんですが」
フィゾ、そんなこと言うと話が進まないだろ。
もう一度強く同じことを聞くと、二人は渋々ながら頷いた。
「そこでだ。レアの12才の誕生日が来るまでに、レアが当主として見込みがあるかどうか見極めるってのはどうだ?
見込みがなければ、俺は大人しく家に居続けよう」
どうだ! これを拒否するようなら脅すことも辞さないぞ?
「十二才まで、あと四年弱ですか。それまでの間に……。
若様はそれでいいのですか? 不利でしょう?」
「不利か?」
セイルマンはどうして俺が不利だなんて思ったんだ?
「普通に考えれば、十二才の若者に一つの組織を任せるのは無理があると判断しますぞ?」
「私も同じ意見です。レア様が優秀だとしても、その時期はまだまだ学ぶことばかりで、才能の輝きを周囲に見せつけることは無理かと」
なるほど判断の時期が早すぎるのではってことか。
二人とも甘いな。俺がレアに感じている才は、そんじょそこらの天才とは一線を画している。
「俺は確信しているよ。十二才でもレアは領内の状態を現状維持くらいならやってみせると」
並外れて優秀だと思っているからこそ、俺は野望を捨ててレアに家督を譲ろうと考えたんだ。レアが可愛いって思いももちろんある。
レアになにも感じてなけば、今ごろ当主になって好き勝手やろうなんて考えながら一生懸命勉強とか頑張ってるって。
「そこまで信じておられるのですか」
「当たり前」
セイルマンの言葉に胸張って即答だ。
「わかりました私はその譲歩に同意しましょう。フィゾ殿はどうする?」
「……いいでしょう。十二才までですな?」
「うん」
「それまではここでの会話は胸に秘めておきます」
譲歩の案に納得してくれて良かったよ。
「ああ、フィゾ。頼みがあるんだ」
「頼みですか?」
「剣の稽古を別のところでやりたい。兵士に一生懸命やっているところを見られたくはないから。
真面目なんて評価を得たくはない」
「演技に必要だからですか。仕方ありませんね、わかりました。今日から別のところでやりましょう」
「ありがとう、師匠」
俺が師匠と言うと、フィゾはポカンと間の抜けた表情となった。
「急にどうされのです?」
「いや二人には素で接しても大丈夫だろう? だから以前から心の中で言ってた呼び方をしただけだが?
教えてもらっているんだから、敬うのは当然だと思ってね。
セイルマンのことも心の中で先生と呼んでいる」」
俺とフィゾの会話を聞き、セイルマンがなにか思い出したかのような表情となる。
「……メイドの一人が、以前の若様は礼儀正しかったと言っておったが本当のことだったんですな」
「そうでしたな。剣の稽古を始めたばかりの頃はきちんとしていたこと覚えています。
少しずつ変わってきたので、以前がそうであったと忘れかけていた」
演技成功の巻ってね。
二人がこっちを見たので、にやりと笑みを返す。
「となると演技は六才を過ぎた頃には既に始まっていたのですか?」
「その通りだよフィゾ。その頃から少しずつね」
「若様」
「なに? セイルマン」
「いったいいつ頃からレア様に後継ぎの座を譲ろうと考えられたのですか?」
「レアを見た瞬間」
微妙な顔になったセイルマン。
「若様その時三才かそこらでしょう? 幼児の考えることではないと思うのですよ。
若様も天才の一人では?」
俺はただ前世の知識があるだけなんだけどね。そんなこと言っても信じてもらえないだろうから言わない。
それに前世の知識が跡取りとして役立つかというと、そうでもないしね。
「俺ことはどうでもいいさ。もう一回言っておくけど、俺が演技していること黙っておいてよ」
二人は頷く。
もう話すことないかなと思ったら、セイルマンが口を開く。
「お嬢様に大きな才能を感じられたという話ですが、それはお嬢様だけではなくほかの人にも感じられるのですか?」
「感じ取れるのはレアのみ。ほかの人の才は感じない。なんでレアの才を感じ取れるかは俺にもさっぱりだよ」
「不思議ですな」
「いつか理由がわかるかもしれないし、わからないままなのかもしれないな」
俺としてはどっちでもいいんだ。レアが可愛いってことに変わりはない。
これで用事は終わりと部屋を出ようとして、セイルマンに呼び止められた。
「若様に一つ謝らなくてはならないことがあるのです」
「謝る?」
頷いたセイルマンは、クローゼットに向けて出てくるよう声をかけた。
すぐにクローゼットが内側から押し開けられた。
「ミシュじゃないか」
「実はミシュに隠れて話を聞かせていたのです。
家督に関する重要なこととは思いもせず、勝手な振舞い申し訳ない」
「ミシュも聞いた話を黙っているなら、別に怒りはしないよ」
俺が家を出るって言った時、三人の声がしたのは聞き間違いじゃなかったんだな。それにフィゾがクローゼットを気にしたのは、ミシュの気配を捉えたからか。
「それは約束させます」
ミシュ自身も頷いている。
「ところでどうして話を聞かせたんだ?」
「ミシュは演技に騙されておりまして、常々若様のことを良くは言っていなかったのですよ」
ミシュはセイルマンを祖父として魔法使いとして尊敬している。その祖父に、雇い主の息子とはいえ横柄な態度をとることが我慢ならなかったということらしい。
あとはレアと比較して、いい印象をもたなかったと。
「公爵家に少しでも関係する者としては、その態度はまずいと思い、今日の会話で印象を変えてもらおうと思っておったのです」
「俺としてはしてやったりな状態だったわけだ」
そのままでよかったのに。
俺の駄目さがきらりと光り、レアにより大きな好印象をもった。まさに狙いどおりじゃないか。
「ミシュ、もう一度言うけど黙っててよ? 特にレアには」
うっかり話された日にゃ、確実に母上経由から父さんに情報が流れる。
「はい、黙っています。
でもディノ―ル様はそれでいいんですか? 公爵ってすごく偉い立場で、その地位を羨む人もきっといるのに、自分から捨てるような真似して」
「その方法が一番レアが幸せになると思うから」
当主になれば優れた能力を思うがまま揮えて窮屈な思いをしないだろうし、政略結婚とかできなさそうじゃん? 当主を他家に差し出すなんてできるわけない。
自由に結婚とかは難しいだろうけど、当主になれば選ぶ側に回れるし、選択の幅も広がると思うんだ。
「俺がここに居残ると、扱いやすいと判断して俺を推す人も出てくるかもしれない。そうなると家督を巡ってレアと争う羽目になるかも。
それは妹大好きな兄としては嫌な展開なんだよ。だからそうなる可能性は低くとも、出て行った方がいいと考えた」
「でもそれはディノール様の考えの押し付けだと思う」
「……それを否定はできない。でも始めて何年も経ってるんだ、いまさら止めない。止める気もないよ。
もっといい方法思いつきはしないし、これでレアが幸せになれると思ってるから」
ついでに領民も。
「本当にレアミス様のことが大事なんですね」
「当たり前。大事な大事な宝物さ」
そうですかと言って、ミシュは柔らかな笑みを浮かべた。
それで話は終わったと判断し、今度こそ部屋を出て行く。
剣の稽古はいつもの訓練場ではなく、室内訓練場で行われるようになった。誰にも見られないおかげで稽古に励めるようになり、悩みは解決した。伸び悩んでいたことが嘘のように、実力が上がっていく。協力者を得たことは正解だった。
魔法の習得も順調に進み、最近は魂術もいくつか習得した。あと誰にも告げず密かにオリジナル魔法も開発しようと研究を始めている。成果が出るのはいつごろになるだろうか。
旅に必要と思われる知識も本からだがどんどん吸収していき、家を出る準備は着々と進んでいる。