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妹可愛さに家を出た  作者: 赤雪トナ
家出前
2/19

近くと遠くへおでかけ

 七才になったよ。

 そろそろ社交界デビューするんだとか。父さんの話だと、十日後くらいにある貴族同士の情報交換会に連れて行くんだって。緊張と期待とめんどそうだっていう思いが混ざってる。会う貴族がいい人ばっかりだといいんだけど。無茶な願いだよなー。

 最近はレアの誘いを少しずつ断るようになってきた。忙しいとかなんとか理由をつけてね。悲しそうな顔されると前言撤回して、遊びに付き合いたくなるんだけど、そこはなんとか我慢している。目的のためにも、いつまでも親しくしてるわけにはいかないからね。

 あと忙しいって言ってもそれは嘘なんで、ぽっかり空いた時間にすることがない。その空いた時間に、俺は屋敷を抜け出すようになった。いい加減、街を出歩きたい。この年まで自分の住んでる街を出歩いたことないって変だろう? 変に決まってる。というわけで街に行き出したんだ。

 長時間屋敷から出てると心配かけるので、出歩くのは行き来を含めて二時間が限度。一度四時間ほど留守にしていたら、使用人たちが屋敷のあちこちを探し回るなんて一騒動が起きた。それから時間には気をつけるようにしている。

 そんなわけで今日も屋敷を抜け出した。

 

「おーい」


 住宅街にある広場で遊んでいる子供たちに声をかける。


「今日は来れたのディノ」

「来れたよ」

「金持ちの子供ともなると習い事とか大変そうだね」

「覚える必要ないんじゃないかってのたくさんあるからなぁ」


 オニゴッコから離れて話しかけてきたこいつはルド。明るい茶髪と同じ色の目を持つ美少年といってもいい中性的な容姿、将来はもてまくるだろう。ここらの子供たちのリーダー格だ。

 初めて街に来て会った子供で、そのまま友達一号になった奴でもある。

 最初に服装から金持ちの子供だと勘違いされ、そのままにしている。服装はかなり地味目のものを選んで外に出たんだけど、それでも質の良さで平民の子供とは思われなかったらしい。


「混ざる?」

「うん」


 ルドと一緒に子供たちの輪の中に入る。

 やることはただただ駆け回るだけなんだけど、貴族とか考えずに自由に過ごせるだけで楽しい。

 屋敷での暮らしが恵まれたものだってのはわかってる。でも息が詰まるのも事実。そういった中で溜まったストレスが、走るだけでも発散されていくのが感じられる。

 何年もあとに魔法の先生から聞いた話で、俺は父さんたちに守られていたことを知る。父さんは俺が屋敷を抜け出していたことを知っていたのだ。それも最初から。そんな俺を止めることなく、護衛をつけて自由に振舞わせていたのは、自分も何度か屋敷を抜け出して遊んだことがあるから。それと平民と触れ合うことで、いずれ統治することになる対象のことを知ってもらいたいから。といった理由があったらしい。

 聞いた時は理解のある父親をありがたく思ったが、今の俺はそんなこと欠片も知らずに遊び呆けている。


「ふあー、休憩休憩。

 相変わらずルドは速いな」

「そう?」


 俺の言葉に、ルドは不思議そうに首を傾げている。でもほかの皆は俺と同意見のようで、頷いている。

 三十分以上ずっと走りっぱなしは疲れるし喉も乾く。キコキコとポンプを動かし水を飲む。

 そうポンプがあるんだ。初めて見た時は驚いたもんだ。屋敷内に井戸はあったけど、ポンプは見なかったし。使用人たちは滑車を使わず、魔法を使って水を出している。

 今まで過ごしてきて、中世に魔法がプラスされた感じと思っていた。だから技術もそれ相応だと思ってたんだ。でも街に出てみると、そこかしこにある程度進んだ技術の欠片が見える。

 洗濯物を見ればブラジャーが干されてるし、屋敷の調理場近くを通ると瓶詰めを見かけることがある。数は多くはないけど、ゴムタイヤの車輪も見たことある。たしかこれらは中世にはなかったはず。

 それでいて文化が進んでいるかといえば、そうでもない。以前ルドたちに聞いて、平民で文字の読み書きができる者はとても少ないとわかっている。当たり前のように奴隷制度がある。

 こういったアンバランスさに頭を抱えたことは懐かしい思い出だ。


「生き返るー」


 乾きを癒して、ルドたちと交代する。


「最近はどんな勉強したの?」

「礼儀作法とか、貴族の歴史とか」

「そこらは興味湧かないなぁ」

「だろうね。俺もだよ」


 そういった知識と違って、文字の読み書きには興味示したんだっけ。それで文字と簡単な単語を土に書いて教えたことがあった。思いのほか覚えがよく、文字は完全に習得したし、自分の名前や身の回りの物の名も覚えている。簡単な読み書きでもできれば、役に立つだろうから無駄にはならないだろうね。


「じゃあ計算とかどう? 足し算引き算はわかるだろうけど、掛け算割り算に筆算とかある」

「どんなの?」


 少しは興味あるのかな。

 子供たちを集めて、計算の授業を始める。果物の数などの具体例を上げて足し算から始めて、掛け算までいかずに帰る時間が来た。三桁四桁の計算に躓いたので、掛け算割り算はできなかったのだ。

 よくよく考えたら、下は幼稚園で上は小学二年生の子供たちなんだよな。それを踏まえると教えた知識は少し難しかったのかなぁと思ったり。

 まあ、今はわからなくともいつか思い出して役立てば教えたかいがあるってもんだな。

 まだ遊ぶというルドたちに別れを告げて、屋敷に戻る。護衛があとをつけているとも知らないで、ばれずにすんだことにほっと胸を撫で下ろす。

 

 

 時は流れて、情報交換会のため王都に向けて出発する日が来た。

 ここホルクトーケ領ミッツァの街から王都までは、乗り合い馬車で八日ほどらしい。今回俺らは自前の馬車を使う。その馬車の性能や馬の質は民間のものよりいいようで、かかる時間は六日で済むと聞いた。客の乗り降りなどに時間を取られないことも、時間短縮に繋がっている。

 王都に向かうメンバーは、俺と父さんと使用人四名と精鋭の護衛十名の計十六人だ。

 レアも一緒に来たがっていた。でも父さんが許可せず、母上と一緒に留守番となった。父さんが考えを変えないとわかりレアは、俺に連れてってという涙目の視線を向け、それに気づかない振りをするのにすごく気力を使った。視線を合わせたら、耐え切れなかっただろうな。

 母上に抱きついたレアと母上と使用人たちに、見送られ俺たちは王都へと出発する。

 俺はシャイネともう一人のメイドに挟まれて座り、父さんは秘書役も兼ねている執事ガーウェンと色々話している。それは馬車の外に広がっているであろう果樹園の状況だったり、街の治安についてだったり、暇潰しになる話だった。

 あと一人の使用人は御者として外にいる。この人には役割がもう一つあって、それは魔法で馬の疲れを癒すことだ。このおかげで馬の交換をすることなく、王都へと到着できる。

 

 魔物や賊の襲撃を乗り越えて、無事に王都に到着した。途中で寄った街を歩き回ってみたかったけど、それは許されなかったので窓から街の様子を見るにとどめた。それでもそれなりに楽しめた。

 護衛たちの精鋭の名は伊達ではなく、誰一人欠けることなく護衛をやり遂げた。

 父さんも彼らを誇らしく思ったのか、褒めて苦労を労う。褒められた護衛たちは誇らしげに胸を張っていた。

 王都入り口を守る門番に入る手続きを取り、俺たちは王都にある別宅に向かっている。さすが公爵家ということなのか、列をなして待っている一般人とは違い、手続きにほとんど時間がかからなかった。

 護衛の一人が先触れに走り、屋敷前に着くと別宅を管理していた者たちが玄関前に勢ぞろいしていた。馬車から父さんが姿を現すと一斉に頭を下げる別宅の使用人たち。


「お久しぶりでございますガディノ様」

「うむ、久しぶりだなカイルド。かわりないか?」

「はい。王都もこの屋敷も何事もなく。

 そちらはご子息様でしょうか?」

「ああ、ディノールだ。お前は赤子の頃に見たきりだったか」

「はい。大きくなられて」

「ここ二年は病弱な状態からも脱し、やんちゃなところも出てきおった」

「そうでございますか。少々活発的でも健康なのは良いことです」

「そうだな」


 二人が挨拶している間に、別宅見てみよう。

 本宅より少し小さいかな? 装飾とかは負けてなさそうだ。兵の訓練場はない。警備のための兵自体少ないっぽい。王城から巡回兵が出てるんだろうから、それほど多くなくていいんだろうな。


「若様。当主様たちが屋敷へ歩き出しましたよ」

「え、あ、ほんとだ。ありがとシャイネ」


 シャイネと一緒に屋敷に入る。別宅付きのメイドに俺の部屋を教えてもらい、シャイネと一緒に向かう。

 シャイネが荷解きをしている間、部屋を見て回る。それほど見るべきところのない普通の部屋だった。

 すぐに見終わり、窓から外の風景を見る。一番目立つのは城だ。全体的に青い。青い石材で作られてんのかな。今まで見た建物の中で、一番大きく一番歴史を感じさせる。

 荷解きを終えたシャイネが話しかけてくる。


「若様、お城を見ているのですか?」

「うん。あれどれくらい前から建ってるんだろ」

「わかりません。大規模な修復工事が五十年前にあったことは知っていますが」

「古そうだし、あちこちがたがきてたんだろね」


 二人で外を見ていたら、ドアがノックされた。 

 入ってきたのは一組の男女だ。一人はシャイネよりも年上な二十歳半ばの黒髪のメイドで、もう一人は三十近くで茶髪の兵士だ。


「なにか御用でしょうか?」


 シャイネが問う。


「滞在期間中、ディノール様の世話を手伝うよう命じられた者です。

 私はエリッサと申します」

「私は近くで護衛をするよう命じられました。

 カルホと申します。

 短い間ですが、エリッサ共々よろしくお願いします」


 苦しゅうないよきにはからえ、とか言ったほうがいいんだろか。

 どうでもいいことに悩む俺をほっといて、シャイネも自己紹介をする。


「そうですか。

 私は若様の世話を任じられているシャイネと申します。

 王都は初めて来るので至らぬところがあるでしょう、どうかフォローをよろしくお願いします」


 頭を下げあってる三人の横で、俺はこれからどうしようか考えていた。

 屋敷探索でもしたら暇潰せるかな。ずっと馬車に乗りっぱなしでじっとしてたから、体動かしたいしちょうどいいよね。

 

「とりあえず、屋敷内を案内してほしいんだけど」

「わかりました」


 エリッサの先導で屋敷内を回り始める。

 調理場など子供が興味を抱きそうにない場所は省いていたので、そういったところも紹介してもらう。

 与えられた自室と同じように、特にこれといった場所はなかった。本宅にあって、こちらにはないものがあるとわかったくらいだ。

 庭も回って、自室に戻る。案内や護衛に頭を下げ礼を言うと、エリッサとカルホは慌てつつ少し驚いた表情を見せた。


「なんで驚いてるんだろ? シャイネわかる?」

「頭を下げたからだと」

「でも本宅の皆は驚かないよ」

「慣れてますから。

 奥様の教育のおかげか、若様たちは私たち使用人にも気をかけてくださいますが、多くの貴族様は礼は言っても頭は下げません」

「そんなもんなんだ」


 エリッサとカルホが、シャイネの言葉にうんうんと頷いている。

 母上の教育のおかげってのもあるけど、前世的にもこういう場合は礼の一つも言うってのが思考に染み込んでるからなぁ。

 こんな小さい子供の礼に驚いたり、シャイネたち大人が礼を尽くしたりしてくると、つくづく貴族なんだなと思う。それをむず痒くも思う。三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。礼をつくされることにいつまでたっても過敏に反応してしまう。少しは慣れたつもりなんだけど。


「こちらでは軽々しく頭を下げない方がいいでしょう。

 いちいち騒がれるのも迷惑でしょうし」


 自然と頭下げちゃいそうだけどね。


「覚えとく。話を変えるよ。

 今日は無理だろうけど、明日くらい王都の観光ってできるかな? 護衛が難しいとかで無理なら行けなくてもいいんだけど」

「……可能ですが、自由に行動はできないものと思ってください」


 観光できるか、ということにはカルホが答える。


「どれくらいまでなら自由に動けるの?」

「行くとすると、安全のためお金持ちの子息風に変装してもらい、我ら護衛で周りを囲みます。

 どこかの店に長時間の滞在は無理でしょう。ただ見て回るだけと思ってください」

「そっか」


 できるのはウィンドウショッピングのみと。

 それでもいいかな。屋敷でじっとしてるよりは楽しそうだし。

 ん? どうしてカルホはまた驚いてるの?

 

「カルホはどうして驚いているのさ」

「いえ、私の言っていることを理解してるようなので」

「理解したことを驚かれるって」

「私が若様と同じ年の頃は『滞在』と言われてもどういった意味なのか理解できなかったと思うのです」


 子供らしくないってことに対して驚いたのかな?

 そういう突っ込みは初めてだ。本宅の皆はスルーしてるのか、指摘してこなかったし。

 できるだけ子供らしくは振舞っているつもりだけど、やっぱり隙はある。子供らしく動こうと改めて思っても、完璧にはできないし。

 きっと本宅の皆は、小さい頃からこうだった俺と接して、そういった子供なんだろうと思っているのかな。


「それは若様が優秀だからです。

 庶民の子供とは違い、教育を受けているので大人びているように感じられるのでしょう」


 シャイネはそう思っているのか。

 それにカルホたちは納得した様子を見せた。小さい頃から教育を受けた子供が近くにいないので、比較できずにそうなんだろうと判断したっぽい。

 深く考えないのは、こちらとしては大いに助かる。

 大きくなるにつれて、シャイネの感想を裏切る行動をしなくちゃいけないのはちょっと残念だな。

 レアのためだから止めはしないけど。


「見るだけでいいから、観光できるようにしておいて」

「わかりました」


 のちほどほかの護衛が動けるように話し合っておきます、と言ってカルホは頷いた。


「この後の予定はどうなってるの?

 なにもないなら四人でトランプでもしたいな」


 シャイネは別宅での仕事が俺の世話なので相手してくれるだろう。二人はどうかな? 二人とも時間が取れるようで、四人で遊ぶことになった。まあ、当主の子供の頼みを断るって選択肢はなかったとも言えるのだが。

 遊んだのはババ抜き。始めはエリッサとカルホが手加減していた。大人びているとはいえ、負けたら不機嫌になって癇癪を起こすかもと思ったらしい。それをシャイネが少し不機嫌な顔で注意した。負けたくらいで若様は癇癪起こさないと。シャイネとは何度も遊んでいるから、俺が負けても不機嫌にならないと知っているのだ。

 シャイネの注意のあとは、負けるようになった。それを見て平然としている俺を見て、二人はシャイネの言葉が本当だったと肩に力を抜いて遊ぶようになった。


 一夜明けた。枕がかわったからといって眠れなくなるなんてことはなく、熟睡だった。寂しいかもとシャイネが添い寝したけど、いつも一人で寝ているから寂しくはないよ。シャイネは美人だから一緒に寝れて嬉しいけどね。

 今日の夕方から情報交換会に行くことになっている。それまではまた自由に過ごせるので、昨日言っていた観光に行くことにした。

 変装というか、いつも着ているものよりも一段質の低いものを着て裏門から出る。ついてくるのは、私服に着替えたシャイネと短剣を懐に忍ばせた護衛二人。少し離れた場所にもう一人護衛がいるらしいが、ぱっと見いるようには見えない。素人かつ子供に気配を悟られるようなら、護衛として失格だろうから気づけないのは当然っていや当然。


「若様、どんな場所を見たいですか?」


 カルホが聞いてくる。


「これといってリクエストはないかな。

 んー……さすが王都って思えるようなところとかある?」

「中央広場から正面に見る城でしょうか?

 見慣れていればそうでもないですが、初めて見た人には中々迫力あるように見えるらしいです」

「じゃあそこで、あとは護衛しづらい場所をなるべく避けて、ちょこちょこと」

「わかりました。では行きましょう」

「あ、そうだ」

「どうしました?」

「レアにお土産買ってあげたいから、リボンかなにか買えるところに寄ってほしい」


 カルホは少しだけ考え込み頷いた。そこに行って危険はないかを考えたんだろうな。

 俺のペースに合わせて歩き始める。人は地元よりも多い。かといって歩きづらいってほどじゃない。前世での初詣に行った時の人の多さに比べたら、どうってことはない。あっちは人が集まりすぎで、比較しても意味ないか。

 

「そういえば若様は王女様にお会いしたことはあります?」


 黙って歩くのも暇なんだろう、もう一人の護衛が話しかけてくる。


「父さんから今四歳の王女様がいるとは聞いてるけど、会ったことはないよ。

 城に行ったこともないし」


 王都に来るのは今回が初めてなんだ。向こうから挨拶にでも来ない限りは、会う機会はない。


「そうだったのですか」

「こいつは最近雇われたばかりで、若様がこっちに来たことがないと知りませんからね。

 そろそろ到着しますよ」


 ほらとカルホが指差す先には大きな広場があり、そこの先に城の正面入り口へと続く通りがある。視線を上げると雑誌で見たことあるような古く雰囲気のある城が見えた。

 間近で見るとより迫力あるなぁ。俺とシャイネのほかにも、何人か呆けたように見上げている人がいる。ここが地球なら、写メ音がカシャカシャ煩いと思われる。

 

「どうです若様、立派でしょう」

「お前が自慢してどうする」


 カルホが同僚の頭を軽く叩いている。


「たしかに立派ですから、威張りたくなる気持ちもわかりますけどね」

 

 苦笑を浮かべたシャイネが同意している。

 満足したし、次行ってみよう。あ、その前に屋台で売ってる焼き鳥が気になる。焦げたタレの香りでよだれが出そうだ。

 シャイネの服の裾をくいっと引っ張り屋台を指差す。

 

「シャイネシャイネ、あれ食べたい」

「焼き鳥ですか?」

「うん」

「どうしましょう」


 シャイネが屋台をじっと見ながら悩み始めた。考え込むことか?


「焼き鳥くらい食べてもいいんじゃないのか?」

「そうは言いますが、もし食べて腹痛でも起こしたら若様が苦しむことになりますし、許可した私や屋台の主人になんらかの罰が与えられるかもしれないと思うと簡単には許可は出せません」


 なるほどーってめんどくさ! 焼き鳥一つ食べるのにも気を使う必要があるのか。

 というか屋敷から抜け出した時、何度か食べ物口にしたけど、あれって今の話から考えたら危ないことだったんだな。

 腹が痛くならなくてよかったよ、ほんとに。次から気をつけておこう。


「シャイネに迷惑かかるならやめとくよ」

「ありがとうございます。

 夕食に鳥料理を頼みますので、それで我慢してくださいますか。

 あ、夕食は情報交換会の方で食べるのでしたね」

「明日のご飯いずれかにお願いしといて」

「わかりました。必ず伝えておきます」


 本当は後ろ髪引かれる思いなんだけど、シャイネに迷惑はかけたくないしね。

 こんなことで好きなメイドさんがいなくなるのは嫌だ。

 焼き鳥のことは忘れて、レアのお土産探そう。

 

 焼き鳥の匂いに別れを告げて、広場から去る。

 カルホが道行く人に、貴族たちが通う雑貨屋のありかを聞き、そこに向かう。

 シャイネとも相談しながら、赤地に銀刺繍の入ったリボンを買う。ついでに母上にも花の彫刻がされている手鏡を買う。シャイネにもなにか買おうかと聞いたんだけど、遠慮してなにも買えなかった。日頃世話になってる礼をしたかったんだけどな。

 いつか自分で自由にお金を扱えるようになった時、こっそりなにか買って渡そうか。驚くだろうな、その日が楽しみだ。

 

 あちこちと歩き回って屋敷に戻り、少しのんびりして、再び出かける準備を始める。

 シャイネに手伝ってもらい、正装に着替える。着ることになった服は、背中側の裾が膝まである前の閉じない黒い上着、同じく黒のベスト、白のシャツ、黒のキュロットだ。首には、紺地に鳥の模様が描かれたスカーフをネクタイのように巻いている。

 シャイネは良く似合っていますよと言うけど、鏡を見ても着慣れていない感が出まくっている。何度か着れば似合うようになるのだろうか。

 父さんの服は俺と上着の色が違うだけ。赤黒い、ワインレッドって言うんだっけ? それが良く似合っていた。スカーフも上着に合わせたワインレッドだ。肩には公爵ということを示す肩章がくっついている。あと俺が靴なのに対し、父さんは膝下まであるロングブーツだった。

 情報交換会にはシャイネは一緒に来ない。馬車まで見送られ、そこで別れる。

 一緒に来るのは、ガーウェンと御者と護衛の二人だ。

 父さんとガーウェンは情報交換の最終確認なのか、話し合っていて話しかけるのは躊躇う。御者は当然の如く外で、護衛もまた外。着くまで暇だった。外を見ようにも安全を考えて、窓なんかない。小さい窓があるにはあるけど、それは御者と話すため用のもので、風景が見えるようなものじゃない。

 早く着かないかなと思いつつ、安全のためゆっくりと進む馬車の中で、暇を持て余すこと三十分。馬車の速度が落ちる感じがしたかと思うと、御者がそろそろ到着だと知らせてきた。


「段差にお気をつけてください」


 御者の手を借りて、馬車から降りる。

 回りを見ると、うちの馬車以外に何台も馬車が並んでいる。そしてそこらにいる人々がこっちに視線を向けている。


「どうしたディノール?」


 集まる視線に少し押され気味の俺に父さんが話しかけてきた。


「たくさんの人たちから見られてる」

「公爵家だからな。良くも悪くも目立つ。

 しかししっかりしているように見えて、お前も人見知りするのだな」


 安心させるためか笑みを浮かべ、頭を撫でてくる。

 見上げた父さんの表情は、ほのかに安堵の色が混じっているような気がした。


「父のそばにいれば何事も起きないさ、安心しなさい」

「うん」


 さあ行こうと促され、今回の会場である屋敷に入る。

 エントランスホールを通り、大きな扉の前に立つ警備兵に名前や爵位を確認される。

 確認が終わり、扉が開かれる。同時に、


「ホルクトーケ公爵家のおなりです!」


 と大部屋全体に響く声で、俺たちの到着を知らせる。

 ざわりと雰囲気が揺らぎ、再び視線が集まった。

 後ずさりそうな俺の背を父さんが軽く押し、歩き出す。置いていかれないよう、すぐ後をついていく。歩幅の差を考えて歩いてくれてるから置いていかれることはない。

 まずは同じ爵位の者たちに挨拶するつもりなのか、すれ違う者たちに歩きながら挨拶しつつも、歩みを止めない。


「やあ、果実の。到着したね」

「こんばんは」

「やあ、穀物の、野菜の」


 一つのテーブルを占領している男女が父さんに挨拶してくる。男の方は父さんよりも年上で大体四十後半くらい、女の方は同い年かな?

 この二人も公爵家なら、男の方はカレグレ・テゴワ・アイワン・ゲダで、女の方はライラ・サンザ・スキルニア・オコホンだったはず。

 果実のとか穀物のとかってのはなんだろう? こういったことは習ってないからわからない。


「そっちが息子さんかな?」


 品定めするような色が少し混ざった視線を向けてきた。他家の跡取りだから気になるんだろう。


「ああ、ディノール、こちらの二人に挨拶しなさい」

「はい。

 ホルクトーケ家当主ガディノの長子ディノール・アウシュラー・サヤイバス・ホルクトーケと申します。

 カレグレ様ライラ様、以後お見知りおきを」


 頭を下げる。挨拶ってこれであってんだよね? これで間違ってたら、あの練習の日々はなんだったのかと。


「ほー堂々とした挨拶ではないか」

「本当に、これならば将来は安泰なのではないですか?」


 良かった悪い印象は与えなかったみたいだ。


「まだまだ学ぶべきことはたくさんありますよ。

 それに多くの注目を集めることに慣れていないようでしてね、ここに来た時も集まる視線に少しびくついて」


 そうは言うけど子供を褒められて嬉しいのか、声色に嬉しげなものが感じられる。

 それを察した二人は軽く苦笑を浮かべている。


「可愛い気がありますわね。

 うちの子はもう慣れてしまって、そういった反応は見せなくなってしまいましたわ」

「うちのもそうだな

 まあ、こういった催しに参加するようになって十年以上だ、慣れてもらわなければ困るというものだが」

「グイード君はそろそろ結婚を考える時期でしょう? 相手はいるのですか?」


 グイードというのはカレグレ様の子供だったはず。確か二十過ぎだったかな。

 父さんの質問にカレグレ様は笑って答える。


「ああ、ようやく結婚する気になったようでな。以前から仲の良かった伯爵家の娘さんを娶るのだと先月報告されたよ」


 仲の良かった人と結婚ということは政略結婚とかじゃないんだろうか。それともそういった面も考えて、グイードという人は結婚相手を選んだんだろうか。

 まあ仲の良かった人と結婚できるんだから、いいことだよね。


「そうですか、それはめでたいことですね」

「おめでとうございます」


 父さんとライラ様が息子さんの結婚を祝う。


「うむ。一つ肩の荷が下りた思いだ。

 孫の顔が早く見たいとせっついたが、それは早すぎると妻たちに諭されてしまったよ。

 そういうあやつらも、赤子用の衣服のことを楽しげに話していたのだがなぁ」


 あっはっはっと笑っていて明らかに上機嫌だ。

 結局誰もが楽しみにしてるらしい。

 話は雑談から情報交換に移っていく。そうなるとすることがなくて暇なんだけど、それを予測していたガーウェンがサンドイッチなどの軽食を取ってきてくれた。

 食べながら話に耳を傾ける。今年の作物の出来はどうだとか、市場の流れがどうだとか、値段調整がどうだとか、魔物や賊の動向がどうだとか話している。そこに先ほどまでの和やかさはなく、真剣な表情でそして互いの腹の内を探るような目をして話している。

 家を継ぐとしたら、こういった腹芸もできなくちゃいけないんだろう。さっさと継ぐことを諦めてよかったのかもしれない。政略を楽しそうとは思えないからね。

 多少の腹芸はできるようになると思うけど、相手の情報の真偽を読み取ったり、自身の発言の影響をいちいち考えたりしながら話し合うなんてできそうにない。

 食べ終わり、ほかになにか持ってくるか聞いてくるガーウェンに飲み物だけを頼み、引き続きぼんやりと話を聞く。

 そういった状況が三十分近く続き、いい加減飽きてきた頃、三人の話は終わった。


「ここまでにしておこうか。

 他に話し合う者たちもいることだしな」

「そうしましょう。

 それにしてもディノール君は大人しかったですわね。退屈だったでしょうに」

「いつもは腕白なんですけどね。

 妹のレアミスと一緒に服を盛大に汚して遊びまわることも珍しくないですから。まあ最近はその回数も減ってきましたが」

「子供はそれくらい元気な方がいい」


 カレグレ様が立ち上がり、ではなと言って去っていく。ライラ様も、またいずれと言って去っていった。


「俺たちも行こう。

 派閥の者たちが首を長くして待っている」


 テーブルに誰もいなくなり俺たちも立ち上がる。


「父上父上」


 こういった公式の場では父さんではなく、父上と呼ぶようにしている。


「ん? どうした」

「聞きたいことがあるんだ。

 果実のって呼ばれてたけど、あれなに?」

「あれか、あれはな……うん、なんというか略称といえばいいのか。

 ホルクトーケ公爵やゲダ公爵などと呼ばれるのをめんどくさがった先祖がそう呼ぶように言い初めて、それが今でも残っているんだ。

 互いに公爵だからな、略称で呼んでも失礼には当たらないし、伝統だからと今でも呼び合っている。

 いずれはディノもそう呼ばれるようになるだろう。

 それ関係で俺は果実公と、カレグレ殿は野菜公と、ライラ殿は穀物公と呼ばれている」

「そうだったんだ」


 疑問を晴らして次に向かった場所には、すでに集団ができていた。

 俺たちというか父さんが近づくと話し合いが止まり、ざあっと椅子までの道が開く。モーゼだモーゼ!


「やあ皆、久しぶりだな」


 父さんの言葉に次々と皆も挨拶を返していく。

 用意された椅子に父さんが座り、その横に俺の分も用意されたので、俺も座る。


「果実公、そちらは跡継ぎ殿ですか?」

「ああ、そうだ。名前はディノール」


 椅子から立ち、よろしくお願いしますと頭を下げた。

 賢そうだしっかりしてなさるなどと、次々に声が上がる。

 また嬉しげな様子を見せるかなと、父さんを見上げる。でも特に表情を変えていなかった。

 今の俺には見抜けなかったが、父さんはお世辞で言っていると見抜いたのだ。だから大きな反応はみせず、一言ありがとうと礼を言うに止めた。


「ディノール」

「うん?」

「あちらに子供たちの集団が見えるだろう。また暇になるだろうから、あそこに行ってなさい」


 父さんが指差した先に、世話係の大人と十才以下の子供たちが集まっている場所がある。集団といっても十人もいないけど。こちらの集団ともあまり離れていない。

 子供に聞かせるには躊躇われるようなことを話すので、俺が離された。そのことに当然の如く俺は気づかず、父さんの言葉をそのまま信じた。


「わかった」


 椅子から立って、一礼してから離れる。

 近づいてきた俺に気づいた世話係の一人が、子供たちに混ざる前に話しかけてくる。


「こんばんは」

「こんばんは」

「名前を教えてもらえますか?」

「フルネームで?」


 この返しに少し驚いた様子を見せたが、すぐにそれを消して頷いた。


「ディノール・アウシュラー・サヤイバス・ホルクトーケです」

「公爵様の……」


 なにか都合が悪いんだろうか?

 ちょこんと首を傾げた俺を見て、世話係は失礼しましたと頭を下げる。


「今こちらで遊んでいるのはトランプですね。混ざることを希望するのなら、私から申し出ますが?」

「遊んでいるの邪魔しちゃ悪いから、別にいいよ」

「では絵本でもお読みになられますか?」

「そうだね。そうするよ」

「少々お待ちください」


 そう言って世話係は絵本を取りに離れていった。

 

「空いてる椅子にでも座っとこ」


 トランプをしているテーブルではない、もう一つのテーブルの方に向かう。

 そこには本を見ている子供と、ゆっくりとしたペースでおやつを食べている子供の二人がいる。二人とも男で、年齢は同じか少し上? 座っているから身長から推し測ることもできない。

 椅子をずらす音で、二人の視線がこっちに向く。本を見ている方はすぐに興味をなくしたのか、本に視線を戻す。お菓子を食べている方はじっとこっちを見ている。


「なに?」


 聞いてみるけど答えは返ってこない。

 そのかわりに焼きプリンを一つこちらに押してくる。本の子の前にもある。

 近くに来たからおすそわけってことかな?


「もらっていいの?」

「うん」

「ありがとう」


 お礼を言ったら、またお菓子を食べ始めた。

 焼きプリンを食べている途中で、世話係が三冊の絵本を持ってきた。


「お待たせしました。ここに置いていきます。

 ほかになにか用事があれば、いつでも申し付けてください」

「じゃあ、水を一杯お願いします」

「水でよろしいのですか? 紅茶やジュースなど揃えていますが」

「水でかまわないよ」


 わかりましたと一礼し、すぐに水を持ってきて静かに絵本の横に置いた。

 ありがとうと一言告げて、絵本を読み始める。

 内容はどこかの伝承を元にしたもので、どれも見たことなかったけど、文字が少ないため二十分ほどで読み終わった。

 

「ほかの持ってきてもらうかな」


 世話係に頼もうと視線を動かし、同じテーブルで絵本を読んでいる子の前にある本で視線が止まる。

 読んでないみたいだし、一冊借りれるかな。

 隣まで近づき、肩をちょんとつつく。

 迷惑そうな表情を隠さずに、こっちを見る。


「この本借りていい?」

「本は持ってきてもらったじゃないか」

「あれはもう読んだ」

「……これならもう読んだから持っていっていい」

「ありがと」


 借りることのできた本を持って、元の場所に戻る。

 タイトルは「リムルイート悪魔戦記」、百五十前の悪魔襲来の話みたいだ。歴史書ではなくて、子供向けに脚色も入った児童文学本かな。

 ざっと眺めて、十分読むことができるとわかったので、最初から読んでいく。

 リーダーのウィーナ・バッシと先祖であるハンボ・アウシュラーが悪魔退治を決意するところから始まる。

 この決意の前に悪魔による村壊滅があったらしいけど、子供の教育のことを考えてか削られてる。英雄の根底にあったのが復讐だって知らせたくないのかな。

 村を出発した二人は、悪魔と共に戦う仲間と出会っていき、ウィーナが結婚することになる王子とも出会う。

 この後は精霊や名工の力を借りて作られた剣を持って、悪魔との戦いに挑み、見事封じることに成功する。

 そして王子との結婚で締めくくられる。

 端折られた部分や表現が変えられた部分を探すなどで、中々楽しく読むことができた。


「面白かった?」


 楽しげに読んでたことが気になったのか、本を読んでいた子が視線をこちらに向けて聞いてくる。


「間違い探しみたいで楽しめたよ」

「間違い探し?」

「封印の剣を作る時に、精霊の力を借りたところとか」

「それって違うの?」


 あれ? 知らないのか。歴史の勉強の時に教えてもらわなかったのかな。


「この本だと剣を作る最初から最後まで力を借りたって思えるけど、本当は鉱石を溶かす時だけだよ、精霊の力を借りたの」


 炉の温度じゃ溶かせなくて、かといって魔法だと微調整がきかなくて、精霊に細かな温度調整してもらったらしい。


「そうだったんだ」

「若様、当主様がお呼びです」


 ガーウェンが声をかけてくる。いきなり背後に立って驚かすような真似はせず、見える位置に立ってから声をかけてきた。


「話し合い終わった?」

「ええ、つつがなく」

「そう。これありがと。じゃあまたどこかで」


 借りていた本を、本の子の前に置いて父さんの元へ向かう。

 このテーブルで一緒になった二人とは、以後もこういった場で出会い、友達になる。

 お菓子の子がグレンス、本の子がライミット。二人とも男爵家の跡取りだ。

 二人の親はうちの派閥に所属しているけど立場が低い。はっきり言っていてもいなくてもいい。当人たちも目立とうとは思っていないらしい。派閥に所属しているのも、一応どこかに所属していた方がいいからという軽い理由だった。

 だからか俺に気に入られるようにと子供に言い聞かすようなことはなく、こちらとしても気軽な友人関係を築くことができた。

 まあ積極的な交流じゃなくて、集まりで会ったら雑談する程度だけど。二人のほかにも付き合いのある人たちはできる。俺から近寄った者ではなく、あちらから公爵家に伝を持ちたくて近づいてきた者たちだ。そちらには偉ぶった態度で接し、友達とまでは呼べないほどほどの距離を保った。いずれ公爵家を出て行くのだから、親しくなる必要がないのだ。


「誰か友達はできたか?」


 馬車へと戻る時、父さんが聞いてきた。

 それに首を横に振って否定する。


「人見知りしてたし、当然といえば当然かもな」

「父さんが初めて来た時は友達できた?」

「そうだなぁ……友達とまではいかないが親しくなった人はいたな。今でも交流あるぞ。

 今後もこういった場に連れてくるから、慣れたら友達ができるだろう」


 どのような人物と友になるのか楽しみだ、と父さんは笑っている。

 俺としてはあまり交友を広げるつもりはないんだけど、父さんが楽しみにしてるなら少しは友達作る努力でもしようかな。できるならプライドが高い奴とか、そんな厄介なのは避けたい。

 

 馬車の外からは平民の歓声嬌声怒声などが聞こえてくる。王都だけあって日が暮れても賑やからしい。どんな風景なのかすっごく気になるけど、窓がないから見れない。これも安全のためと諦めて、屋敷に到着するのを待つ。

 屋敷に帰り着いたのは、出発して三時間を過ぎた頃のこと。

 無意識に緊張していたのか、屋敷に入ってシャイネの顔を見るとほっとした。


「どうでした、初めての社交の場は」


 俺の着替えを手伝いつつ、聞いてくる。


「知らず知らずのうちに緊張してたみたい。

 公爵様たちへの顔合わせだけで済んでよかったよ」

「お疲れ様でした」

「うん。大したことしてないんだけど、少し疲れた」

「すぐにお休みになられます?」

「そうするよ」


 パジャマに着替え、歯を磨いた後、シャイネにおやすみと言って寝る。


 次の日とそのまた次の日の昼過ぎまで、ここに滞在して本宅へと帰る。

 すぐに帰らないのは父さんが用事を済ませるのを待っていたからだ。

 用事は二つある。一つは城に行って王に挨拶し、書類を渡したり細々とした報告をすること。もう一つは情報交換会といったおおっぴらな場で、話せないようなことをここ別宅で話し合った。

 そのどちらにも俺は参加していない。城には呼ばれていないので行けないし、秘密の情報交換会に参加するにはまだ早いからだ。

 屋敷に来た客にちょっと挨拶しただけで、あとはシャイネやエリッサたち使用人とのんびり過ごしていた。

 家庭教師いないから勉強もなくて、暇だった。

 あまりに暇だったので、本を読んで自習したり、カルホに剣の稽古をつけてもらったくらいだ。さすがに屋敷から抜け出しはしない。常にシャイネがそばにいるからでもあるし、こっちで騒動起こすとすごい怒られると思ったから。


 別宅の使用人たちに見送られ、俺たちは本宅に帰る。

 次に、エリッサやカルホたちに会うのはいつかな。一年は間を置かないと思う。父さんがまた連れてくるって言ってたし。

 別宅の人たちにも悪い印象持たせるべきだろうか? ずっと別宅勤務なら意識しなくてもいいだろうけど、そこんとこどうなんだろ。いい働きしてたら、本宅勤務に配置換えとかありそうだし。今度誰かに聞いてみるかな。

 

 帰りも行きと変わらず、少しの襲撃があったくらいで無事に到着できた。護衛の皆さんお疲れ様です。

 帰ってきた俺たちに気づいたレアが玄関を開けて、走り寄って来る。表情は満面の笑みだ。やっぱりうちの妹は世界一可愛いな! 情報交換会には、レア以上の女の子はいなかった。


「おかえりなさい!」


 走ってきた勢いのまま父さんに抱きついた。

 抱きつかれた父さんは、レアの頭を撫でつつ嬉しげに笑っている。


「ただいま。元気にしてたか?」

「うん!」

「いい返事だ。

 ディノにもおかえりって言ってあげなさい」


 そう言って父さんはレアの背をこちらに押す。そのまま自身は近寄ってきた母上と抱擁を交わす。


「おかえりなさい!」

「ただいま。

 これお土産だ。シャイネにも選ぶの手伝ってもらったから礼を言っておくんだぞ」


 小箱に入れたリボンを渡す。

 早速レアは小箱を開けて、リボンを手に取る。


「ありがとう!」


 気に入ってくれたようでなにより。


「レア、お土産をもらったの? 良かったわね」

「母上、ただいま」

「はい、おかえりなさい」

「かあさま、つけてつけて!」


 今つけているリボンを解いて、お土産のリボンをつけてと頼んでいる。そこまで気にいてくれたのか、買ってきて良かった。

 風に吹かれて、さらさらと流れているレアの綺麗な金髪を母上は整えて、ポニーテールになるようリボンを結ぶ。最後にちょいちょいと修正して完成した。


「よく似合っていますよ」


 母上のその言葉にレアは上機嫌となる。幸せそうな顔に周囲の人間も微笑ましさを隠しきれない様子だ。


「母上にも手鏡を」

「私にもあるのですね。ありがとう。大切にしますよ」


 差し出した小箱を、大事そうに胸に抱く。

 お土産を渡し終えたことで、初めての王都お出かけがようやく終わった気がする。

 大した失敗もなく済んで本当によかった。

 待てよ? 出来が悪い息子を演じるつもりなんだから、ここで安堵するのは間違いなんじゃ? 失敗したり屋敷から抜け出して騒ぎを起こした方が良かったのかもしれない。

 緊張とか雰囲気に押されて、真面目に過ごしてしまった……つ、次から頑張るとしよう。

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