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妹可愛さに家を出た  作者: 赤雪トナ
帰郷
19/19

休養日

 謝罪したあと気が緩んで、体から力が抜ける。屋敷に戻ってくるまでに休んだけど、それでも足りないほどの疲れだったのだろう。

 よりかかる重さが増したことでレアは俺の状態を察したのか、母上に頼んで両側から支えてソファーに座らせてくれる。

 母上がつけているかすかな香水の香りが鼻をくすぐる。


「すぐにマルクルさんが来るからね」


 俺の隣に座ったレアが心配そうに頬に触れてくる。アンゼも近寄ってきて心配そうな視線を向けてくる。

 これ以上心配させるのは兄として親として情けない。

 アンゼに手招きして抱き上げ、太腿に座らせる。首筋に顔をうずめてくるので、ゆっくりと頭を撫でる。一緒に旅をしてきたから怪我自体は見慣れているけど、それでも心配はするということなのだろう。俺だってアンゼが怪我したら動揺するしな。

 少し羨ましげな顔を見せたレアの頭にも手を乗せる。とたんに嬉しげな表情にかわった。


「そう心配しなくてもいい。痛む部分はあるけど、マルクルも大丈夫だって判断するさ」

「そうだといいんだけど」


 小さい頃から診てくれているマルクルの腕はレアも信頼しているはずだ。そのマルクルが大丈夫だと言えば心配も晴れるだろう。

 母上にも笑みを向けて、心配を晴らしておく。

 そうしているとシャイネがマルクルを連れて部屋に入ってきた。


「マルクル、兄さんをっ」

「はいはい、わかっていますからそんなに興奮しないでください。それとアンゼ様をお願いしていいですか」


 マルクルの言葉に頷いて、俺からアンゼを受け取る。


「じゃあディノール様、どこが痛むか答えてくださいねー」

「あいよ」


 主に痛いのは腹だ。骨に異常があるんだろう、でも我慢できる痛みだから折れてはないと思う。

 俺の返答を聞きつつ、マルクルは診察用の氣術で全身を見て、触れる。

 やっぱりあばらを触れられたときが一番痛かったな。


「打撲と裂傷がほとんどで、一番のひどい部分はあばらにひびが入っているところですな。前者は既に治療済みですから、私がすべきはひびの治療です。これも治療用の魂術を使えば三日で完治するでしょう」

「見えない部分に重大な怪我を負っているということはないのですね?」


 母上の確認にマルクルはしっかりと頷いて、それを見た皆がほっとした表情を浮かべた。脳に異常があったりしてなくて俺も安心だ。


「ではディノール様の部屋に治療用の魂術を設置してきますので失礼します」

「ありがとう」


 俺の礼に笑みを返して部屋を出ていった。

 マルクルが使う治療用の魂術って俺が使うものと同じかな。参考用に寝る前に見とこう。


「兄さん、どうして頷いたの?」

「マルクルが使う魂術を見て勉強しておこうと思ったんだよ」

「ああ、兄さんも魂術を使うのでしたね」

「そうだよ。さて部屋に戻って着替えてこよう。シャイネ、体をふきたいから準備お願い」

「わかりました」

「私もお風呂で水を浴びてこようかな」


 母上とルフにアンゼを頼み、部屋を出る。

 レアは使用人にタオルなどを頼み、着替えを取るため自室に入っていった。

 俺も部屋に入ろうと思っていると廊下に向こうからマルクルがやってくるのが見えた。丸めた紙を持ってるな。あれが治療用の魂術かね?


「ああ、ディノール様。これから設置するところですよ」

「ありがとう。中へどうぞ」

「これはこれは」


 扉を開けてやると、恐縮ですななんて言いながら部屋に入っていった。

 シャイネ来るし開けたままでいいかな。

 中に入ると、マルクルが早速紙を広げて、魂術を使う準備をしていた。

 俺が使う治療用のものとは違うな。おそらく今必要としている効果から考えて個人専用の魂術なんだろう。


「俺が根源魔力流しましょうか? 今日はもう氣術も魂術も使わないでしょうし」

「根源魔力扱えたのですか?」

「ええ、俺も魂術は使いますし」

「ではお願いします」


 立ち上がったマルクルのかわりにしゃがんで紙に触れる。

 ほいよっと。

 陣の様子をじっと見たマルクルが満足そうに頷いている。


「うんうん大丈夫ですね。あとはあの円の部分に水を入れたコップを置いてもらえれば発動しますから」

「これって個人治療用?」

「そうですよ」


 個人治療用は持ってないからほしい。


「これの資料ってある? あったら見せてほしいんだけど。かわりに俺の知ってる魂術を教えるんで」

「そうですね、まあかまわないかな。ディノール様の使うものはどのようなものですか」

「マルクルに役立ちそうなのは、環境調節と多人数治療と疲労回復と魔力回復くらい」

「その中でしたら環境調節をお願いします」


 患者さんがどんな季節でも安定して過ごせるようにって感じかな。

 明日資料を医務室に持っていくと言ったらマルクルは頷いて部屋から出ていった。

 タイミングよくシャイネが桶とタオルを持って入ってくる。

 服を脱いだけど、シャイネはレアと違って照れた反応を見せない。昔から着替えを手伝ってたから見慣れているんだろう。ちょっと見てみたい。どうすれば。

 なんて思ってタオルで体をふいているとシャイネが手を差し出してくる。


「背中はおまかせください」

「頼んだ」


 渡したタオルを洗って、背中に当てる。


「力加減はいかがでしょう。怪我にひびいていませんか?」

「大丈夫」


 シャイネが微笑んだ気配がした。

 ふきおわって服を着る。


「俺はここでやることがあるから」

「わかりました。お茶かなにかお持ちしましょうか」

「頼む」


 シャイネは一礼して脱いだ服を持って部屋から出ていく。

 さてマルクルに渡す魂術を書いてしまおう。

 書いている最中にレアが来て、明日以降のスケジュールを話しながらの作業になった。

 ベッドに腰かけて、足をぷらんぷらんと動かしている姿は可愛い。脳内ハードディスクに画像の追加だ。


「明日は完全休日で、その後二日は家からでずに軽めの書類仕事。訓練は完治するまでなしです」


 え? 一番最後はちょっと困る。


「あ、不満そうな顔になりましたね。でも駄目です」


 人差し指を交差させながら言ってくる。


「でも一日さぼると取り返すのにさぼった以上の日数がかかるんだよ」

「私も剣を使うからわかります。でもっ無理して変な癖がついたら矯正にもっと時間かかりますよ。それに万が一悪化したらと思うと」


 視線を落とし心配そうな雰囲気をまとう。

 ……ただでさえ傭兵たちとの戦闘で心配させて、これ以上心配させるのは駄目だな。


「わかった。稽古はなしだ。でもでかけるくらいは許してくれよ」

「どこに行くんです?」

「赤馬隊のやつらの顔を見てくる」

「それくらいなら」


 了解を得られてよかったよかった。さて陣を描いていこう。


「ちょっと集中するから静かにね」

「うん」


 数分集中してペンを動かす。

 見直しはあとにして、ペンを置く。


「一応これで終わりだ。皆のところに行こうか」


 立ち上がった俺のそばにきて支えるように手を背中に当てるレア。

 そこまでしなくても歩くのに不都合ないんだけどな。屋敷に帰るまでに歩いてたのはレアも知ってるだろうに。

 まあ、親切心からの行動だろうし甘えようか。遠慮しない方が嬉しそうだしな。


 夜が明けて、朝食を食べたらアンゼとルフを連れて屋敷を出る。治療陣の効果か、昨日よりもずっと楽だ。

 赤馬隊の泊まる宿の従業員に声をかけて、あいつらの泊まる部屋の扉を叩く。

 ガイクルじゃなくて少し眠そうなドワーフが出てきた。

 このドワーフも赤馬隊のメンバーで最年長だ。最年長といっても二十八才ほどで、ドワーフとしては若い。あちこちに出かけて様々なものを見聞きして、いつか仲間の元に帰り、各地の様子を聞かせるという役職についていると聞いたことがある。


「なんじゃ? ノルじゃねか」

「ちわっす、ヤダツさん」

「ノルっ挨拶はきちんとしないと駄目でしょ! アンゼが真似するわ」


 アンゼの頭の上に座ったままルフが叱ってくる。

 そんな様子を見てヤダツは懐かしげに笑う。 


「相も変わらず尻に敷かれておるの。それで今日はなんの用だ」

「特にこれといった用事はない。ただ暇ができたから顔を見に来たんだ」

「タイミングが悪かったな。ガイクルとナィチは荷物を届けに馬で出かけてるし、ほかの奴らも警備の仕事か夜警を終えて寝てるいる。ムクールとジテンドは暇しているはずだからあいつらの相手をしてやったらどうだ」

「そうすっかね」


 寝るというヤダツに別れを告げて、まずは部屋にいるらしいジテンドに声をかける。


「誰です……あ、先生。おはようございます」

「おはよう。ちょっと顔を見に来たんだ。時間はあるしなにか魔法関連で聞きたいことがあるなら答えるぞ」

「あー、じゃあお願いしましょうか。外でいいですか? 寝てる人いるんで」

「いいぞー」


 宿の裏に回って、そこで話を始める。

 アンゼはルフを相手に追いかけっこをやっている。

 地面に文字を書いて説明していると、散歩に行っていたらしいムクールがアンゼたちのはしゃぐ声を聞きつけてやってきた。


「やっぱりいた!」


 アンゼの頭をなでてから、嬉しそうな顔をして近寄ってくる。


「師匠、おはようございます」

「おはよう」

「こんな時間からどうしたんすか」


 時間ができたから会いにきたというと満面の笑みを浮かべた。

 ぶんぶんと振られる犬の尻尾が見えた気がする。


「だったら模擬戦っ模擬戦の相手してほしいっす!」

「あ、駄目駄目」


 ムクールの提案を聞いたルフが遊びを一時中断して止めるにくる。


「どうしてですか」

「ノルってば今あばらにひびが入ってて、激しい運動は止められているんだよ」

「ひび?」


 どうしてそんな怪我をとジテンドとムクールが視線で尋ねてきた。

 全部話すわけにはいかないから、適当に誤魔化すか。


「家の用事で離れたところにある村に行って、そこを襲っていた盗賊と戦闘になって、複数に囲まれたとき腹にいいものをもらった」

「それなら仕方ないっすね」


 残念そうではあるが、諦めてくれた。


「先生のほかに戦える人いなかったですか?」

「いたよ。運悪く囲まれてな。家から支給されたいい鎧を着てなかったら骨折れてたろうな」

「その盗賊は全部捕まったんです?」

「そう聞いているな。俺が休んでいる間に後始末は終わったから詳しいことまでは聞いていない」


 俺とジテンドが話し出すと、ムクールはアンゼたちの相手を始める。

 そのまま少し遊んだムクールはこちらの話が一段落ついたのを見ると、素振りの様子を見てほしいと頼んでくる。

 それくらいなら大丈夫なんで引き受けた。

 ジテンドも軽く運動すると言い、自室から剣を取ってくる。

 二人の素振りを見ながら、アドバイスする。アドバイスといってもたいしたことはできないけどな。俺自身が修行中なのに、指導などおこがましいのだ。


「師匠。一撃で大きなダメージを与えられるような奥義とかないっすか?」

「そんなものがあるなら俺が知りたい。馬鹿言ってないで基礎磨け」

「基礎ばっかり磨いてどうするんすか」

「俺が以前読んだ書物にはこう書かれていた。我が一振りは斬断の刃。振り続けた年月が刃の重さと鋭さを生み出した。故に俺は死ぬまで剣を振る。いつの日か全てを断つために」

「おーっかっけー!」

「かっこいいだろう? これを言った人物は若い頃から死ぬまで自身が得意な型の素振りを続けたんだと。その袈裟切りは、鉄を切り、炎すら両断してみせたそうだ。つまり基礎を必殺技に昇華させたんだな。基礎を極めたらこうなるっていう良い例だ」

「基礎大事!」


 真剣な表情で素振りに戻るムクール。


「わかってくれたようで嬉しいよ」


 まあ嘘なんだけど。そんなことを言った人物なんていない。地球にいた頃に読んだ漫画にそんなことが描かれていた。

 基礎が大事というのは本当だ。レアの立ち振る舞いを見ているとよくわかる。ただの素振りが美しいのだ。まっすぐな背筋、乱れない足運び、それらが生み出す力を剣に伝える腕の振り。戦うための動作が、見惚れるものになる。

 優れた才と真面目にこなした基礎が合わさって生み出されるレアの一振りは、技といえる代物になっている。

 日々の鍛練で脳内ハードディスクに画像が溜まって嬉しい悲鳴を上げているよ。

 稽古風景を思い返しているとジテンドに声をかけられた。


「先生、魔法に奥義とか秘奥とかってあるんです?」

「魔法か……命をかけて使う大魂術は禁術だし……王家とか魔法の名家が継承してそうなものがそれに当たるんじゃないか?」

「継承されているものってどんなものがあるか知ってます?」

「知らん。ただ噂で、森を壊さずに二つにわけたなんてことを聞いたことがある。それが魔法によるものらしい」


 旅先で聞いた噂だ。森の中をつっきる道を作りたかったが、そこに住む魔物が強くて手を出しあぐねていたら、工事の責任者が男を連れて来て魔法でどうにかしたらしい。

 酒の席だったんで法螺だと思われていたが、本当なら奥義や秘奥と呼べるものだろう。


 ディノールが言ったもの以外にはこの国の王族が所有する封印術がある。かつての悪魔が暴れた際、それを封じ、今も封じ続けている。

 ほかに、古今東西の知識が保管されている場所に意識をつなげるアクセスという魔法や大昔に作られたという鉄巨人を動かす制御術といったものがある。

 これらは知られると世の中に混乱をもたらすということで秘されている。

 封印術はそれを元に解放術でも作られれば大変なことになるし、知識を引き出す魔法も隠しておきたい秘密がばれることがある。制御術も鉄巨人が暴れ出しでもしたら目も当てられない。


「先生の魔法剣とかも秘奥といったものに分類されそうですよね」

「魔法剣、魔力剣、魔合剣までなら技術。魔造剣、魔創剣は秘奥って感じじゃないか」

「魔合剣も秘奥に分類していいと思いますよ。先生はセンスあるから苦労しないだけで、俺が闘いで使おうとしたら長期間練習が必要になります」


 俺自身が扱いやすいように作り上げた技術だからってのも他人が扱いにくい理由なんだろうな。


「噂話じゃなくて明確にとびぬけた効果の魔法はどういったものがあるんでしょう?」

「ダメージでいうと、魂術の光雷砲。効果といった面でみると、魂術の停止陣。ぱっと思いつくのはこの二つだな。どちらも術式は知らないからやってみせることはできないが」


 詳しい効果についても求められたので話す。

 光雷砲は極太の光線をまっすぐに打ち出す代物で、以前戦った特上のラドンウルフに二発も当てれば確殺できる程度のダメージを発生させることができる。ただまっすぐにしか攻撃できないため、当てるには工夫が必要になる。

 停止陣は、陣の中の生物無生物どちらでも約一ヶ月時間を止める魂術だ。ただし直径二メートルの円に収まるものといった感じで硬貨範囲が狭い。くわえて陣の中にいる者が抵抗の意思を持っていると効果時間が減る。主に重傷者重病人の延命措置として使われる。


「停止陣は傭兵なんかしていたら覚えておきたい魂術ですね」

「そうだな。これ一つあれば死者が確実に減る」


 ジテンドとムクールの相手をしていたら昼に近くなる。

 昼を一緒にと誘われたが、家で準備しているだろうから断り帰る。

 昼食後、アンゼの相手を少しして昼寝させ、空いた時間にミシュたちの仕事部屋へと足を運ぶ。


「あら、どうしたんですか?」


 紙になにかを書き込んでいたミシュが手を止めて何用か聞いてくる。セイルマンも俺が以前渡した本から顔を上げてこちらを見てくる。


「魔法関連の勉強でもしようと思って、本を読みに」

「そうでしたか。この部屋で読んでいきます?」

「そうさせもらう」


 本棚に近づき、読んだことのない本を探す。

 贅沢を言うなら魂術関連のものがいいが、見たものばかりだった。ほかのものをと視線を動かし、特定条件下によって効果が左右される魔法について書かれた本に興味が湧いたのでそれを引き抜く。

 実験とその結果に著者が思ったことについて書かれている。雨の中で火の氣術を使った場合というわかりやすいものから、火山で身体能力を上げる氣術という関連性のなさそうなものまで幅広く実験をしている。

 使われている魔法は主に氣術で、魂術も少々、霊術は皆無だ。いつか精霊と契約して霊術の実験もしてみたいとあとがきに書かれていた。出版日が十年前なんで、今は精霊をみつけているかもしれない。

 一段落ついたところを見計らったのかセイルマンが話しかけてくる。


「ディノール様、この部分についてお聞きしたいのですが」

「どれどれ」


 セイルマンが指差したのは魔合剣の安定化に関連したところで、俺が感覚でやっている部分だった。


「そこか説明が難しいな。おそらく個人個人で捉え方が違う部分だと思う。魔法剣と魔力剣に同じ魔力量を使っても安定はしないのはたしか。俺は最初魔法剣を使って、そのあとに魔力剣に使う魔力量を微調整することで、これは安定するんじゃないかって感覚を掴んだ。同時にやらないと失敗するから、感覚を掴むだけの練習になるね」

「明確にこれだけ魔力を使えば大丈夫といったことはないのですか?」

「弟子にやらせてみたことがある。炎の槍を飛ばす氣術と突風を起こす氣術、前者を使う際の魔力を魔法剣に、後者を使う際の魔力を魔力剣にって感じで具体例をあげても失敗したよ」

「そうですか。自分にあった魔力量をみつけるのが魔合剣を使うコツなのですな」

「いつかこれを発表する頃にはもっと楽な方法が見つかっているかもしれない」


 俺の想像もしない方法で魔合剣を行使する奴がいたらいいなと切に思う。俺の技量も上がるかもしれないからな。

 しばらくは発表する気がないんで、自分だけで試行錯誤するしかないだろうが。

 セイルマンと話していると、ミシュが書類を書く手を止めて、こっちに近寄ってきた。


「若様、これを見ていただけますか」


 真剣な表情のミシュから渡されたものにざっと目を通す。以前から相談されていた掃除用の魔法だった。

 あちこちと手直しされていて、実際に使っても問題なさそうだ。


「俺には問題点は見つからないな」


 そう言うとミシュはぱっと花開いたような笑顔を見せる。

 俺から返された書類を今度はセイルマンに渡して、評価してもらう。

 書類に目を通したセイルマンも頷く。


「おかしなところはない。あとは何日か実際に使ってみて問題がでなければ課題はクリアじゃの」

「わかった」

「役目交代の時期が迫ってきたな。交代したら先生は実家でのんびり過ごすと言ってたか」

「ええ、ミシュに子供でもいればその子に魔法の知識を授けたのでしょうが、恋人を作る気配もなく。死ぬまでに曾孫の顔を見られるのか心配ですな」

「誰かいい人いないのか?」


 ミシュに視線を向けると、誤魔化すように笑っていた。


「出会いがなくてですね。家族以外で一番付き合いのある男性はディノール様です」

「若様さえよければミシュを妾にもらってもらいたいものですな」

「そんなことになったら当主様が不機嫌になりそうです」

「ああ、なんとなく想像つく」


 そう言ってセイルマンはしみじみと頷いた。

 結婚かーすでにアンゼっていう子供がいるからあまりそこら辺の意識をしてないんだよな。というか妾って、正妻じゃないのか。

 貴族との結婚だから正妻になるという考えは最初から捨てたのかね?


「レアは寂しがるだろうけど、祝ってくれる気がするぞ」

「そうでしょうか、ディノール様のことをとても慕っていますから、とられたと思ってしまうかもしませぬ」

「私もそう思います」

「そこまでレアの心が狭いとは思えないけど」

「当主様にとって、あなたのことは特別ですからな」

「演技してまともな接触が減って、さらに屋敷を出て接触すらなかったわけで、その分の時間をまだまだ取り戻せていないと考えると思いますよ」

「満足したら穏便な結婚ができるのだろうか?」


 俺の言葉に二人は首を傾げた。なんでだ。


「満足するのでしょうか?」

「今の様子だといつまでも手放すことはなさそうです」


 いつまでもときたか。それはそれで嬉しくはあるんだけど、いずれやってくるであろうレアの旦那さんに嫉妬されそうでもある。

 旦那さんか、後継ぎのこともあるし、寂しいけど早く結婚はすべきだろう。誰か目をつけている奴はいるんだろうか。


「俺ばかりに執着するのも公爵家としては困りものだろう。後継ぎとか考えないといけないし」

「そこらへんの話を聞いたことありませんが、なにかしら考えているのではないでしょうか」


 考えている……まあ優秀だし考えてないわけないか。


「レアのことは置いとくとして、ミシュは兵とか使用人と出会いがありそうだけど、そういった中で出会いはなかった?」

「挨拶くらいですねー。そもそも当主様に視線が行く人ばかりですし。この屋敷で出会いを探すのは難しいと常々考えています」

「うちの妹が美人でごめんね?」

「あははー」


 軽く笑って溜息を吐いたミシュ。

 ミシュも地球での記憶がある俺からすると美人と言っていいんだけどな。周囲に同レベルが多いからなぁ。

 会話が雑談に移り出したので、ここらで勉強は終わりにしよう。

 二人にまた来ると言い、部屋を出る。

 アンゼは起きているだろう。こっちに来なかったということは、母上のところに行ってるか?

 ノックして返事を待って入る。 母上とアンゼとルフとシャイネが部屋にいた。

 ルフはテーブルの上に座り、ほかの三人は椅子に座っている。


「ああ、やっぱりいた」

「パパ!」


 真剣な顔でテーブルに向かっていたアンゼが、顔を上げて嬉しそうにこっちを見る。


「おはよう。なにしているんだ?」

「おばあちゃんに文字を教えてもらってるの」

「へー、勉強中ってことか偉いな」


 アンゼの前にある紙には名前がいくつも書き込まれている。

 頭を撫でて褒めると照れたように笑う。


「自分の名前が書けるようになったのか?」

「うん!」


 見ててと言ってアンゼはゆっくり自分の名前を書いた。

 俺が地球で生きていた頃、初めて名前を書いたのはいつだったか。もう覚えてないなぁ。

 アンゼの文字は綺麗とはいえないが、読める程度には書けていて、誇らしげに見せてくる。

 練習に使った紙も今名前を書いた紙も宝物として保管しておかないと。


「よく書けてる。ほかにはなにか習った?」

「パパの名前とかルフの名前とか」

「そっかそっか。それも見せてほしいな」


 頷いたアンゼは一生懸命にペンを動かす。

 それを見つつ、母上にどうして名前を書き始めたのか聞く。


「特別な理由はありませんよ。文字に興味を示していたから名前を書いてみると聞いたら頷いたので教えてみただけです」

「文字に興味……本を読みたいと思ったのかな」


 子供向けの本を探してみよう。

 そんなことを考えた俺の肩にルフが飛んできて座る。


「文字を書けることが大人と思って、自分もできるようになりたいって憧れたのよ」

「憧れかー、アンゼは早く大人になりたいということか」

「子供ってそういうものじゃない? 早く大きくなりたいって」

「精霊の子供でも似たようなことを言うのですか?」


 静かに微笑んでいたシャイネが疑問を口に出す。


「精霊は生まれたばかりの頃は里で過ごすんだよ。ある程度知識を得るまでは里から出られなくてね。その頃が人でいう子供時代って感じかな。早く世界を飛び回りたいって言う子は多かった」


 初めて聞く精霊の生態にシャイネだけではなく、母上も感心したように耳を傾けている。

 アンゼに服を引っ張られ、文字を見せられる。

 間違っている場所はなく、褒めて抱き上げ、アンゼが座っていた椅子に俺が座り、太腿にアンゼを座らせる。

 えへへと笑顔を向けてくる我が子が可愛い。


「シャイネ、お茶を頼める?」

「承知いたしました」


 アンゼが俺の手に自身の手を絡めてきたんで、握ったり包んだりして相手しつつ母上に話しかける。


「レアに婚約者っているんです?」

「突然どうしたのですか?」


 意外なことを聞かれたとばかりに母上は驚いた様子を見せた。


「ミシュと先生と話していてそういった話題が出たんですよ。それでちょっと気になって」

「誰かと婚約したという話は聞いたことありませんね。先代もよその家に話をもちかけたと言っていませんでしたから」


 ということは結婚とかの話が出たのは、俺が帰ってきたときののっとり話が初めてなのか? それはなんというか寂しい話だな。とはいえ積極的にそういった話が出ていたとしても可愛い妹を持っていかれるようで嫌だ。


「パーティーに出て気になる人ができたという話もないので?」

「ええ。というかあの子が一番気にしていたのはあなたです。ほかの殿方を気にする暇もなかったのでしょうね。あなたが帰ってきた今は、甘えることが一番なはずですから、やはりほかの殿方に目が向かないでしょう」


 俺から言った方がいいのかな。

 そんな俺の考えを察したのか、母上は釘を刺すように言ってくる。


「あなたから勧めてはいけませんよ。やっと甘えることができるのに、それを疎ましく思っていると受け取るかもしれませんからね」

「俺から言わなくていいのならありがたいことです。可愛い妹をとられるのは嫌だし。でもほっといたらいつまでも後継者問題が解決しそうにないと思うのですよ」

「いざとなったら分家から後継ぎを選んで徹底的に教育かしら」

「ディノール様の子供をと考えているかもしれません」


 シャイネの発言に、その可能性もあると母上は頷く。

 俺の子供なぁ、アンゼは貴族にするつもりがないし、今後子供を作るようなことがあるのかね?

 相手がいないから子供云々以前の話なんだけどな。


「俺が結婚とかなったらアンゼが不機嫌になるってミシュたちが言ってたよ」


 シャイネと母上が納得したような表情になる。二人も納得しちゃうかー。

 そんなタイミングで扉がノックされて、レアの声が聞こえてきた。仕事を終えて皆が集まっているここに来たんだろう。

 シャイネが扉を開けて、レアを招き入れる。

 結婚については母上たちが話さないようにした方がいいと言ってたから、さっきまでの話題はここで終わりだな。


「集まってなにをしていたの?」

「母上たちがアンゼに文字を教えていたんだ。レアの名前もかけるようになったんだよ。これがそうだ」


 レアミスと書かれた紙を渡すと、レアは笑みを浮かべてアンゼの頭をなでる。

 このあとは夕食まで、レアがアンゼにリクエストされたものをデフォルメした絵を描いて、それを名前をアンゼが覚えていくという遊びと勉強が混ざったことをやって過ごすことになった。

 レアが描いたいくつもの絵は紐でとじられ本になり、アンゼお気に入りの品となった。

少し話題になってたみたいなんで書いてみました

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