閑話 一方その頃
今回短めです
「おそと~おそと~」
アンゼが自分で考えた歌を口ずさみ歩いている。それをルフとシャイネは微笑ましそうに聞いている。
ルフはいつものようにアンゼの肩に乗り、シャイネはアンゼと手を繋いでいる。三人から少しだけ離れた場所には、ボディーガードが控えている。
ディノとレアが城へ向かった後、午前中は屋敷で大人しくしていたアンゼが外に行きたいと言い出した。元気のいい子供がずっと屋内にいれるわけもなく、大人たちは仕方ないかと許可を出した。
有名所はディノと一緒に見て回ったので、今日はただの散歩だ。ふらふらと歩いて見て回り、最後は子供が集まる広場でアンゼを子供たちと遊ばせようというのがルフとシャイネの考えだ。
「あら? もしかしてシャイネさん?」
正面から歩いてきた親子連れに、シャイネが声をかけられる。
一瞬誰だろうと思ったシャイネだが、すぐに思い出せた。
「エリッサさん。お久しぶりです」
ディノが子供の頃とは違い、すっかり母親の顔つきになったエリッサに頭を下げる。
「久しぶり。今日は王都になにか用事で?」
「当主様がお城へ行く用事があって、そのお供として来たのですよ」
「当主様交代したって聞いたけど、それ関係でお城に行ったのかしら?」
「カルホさんから聞いてないんですか? 任命式があるんですよ」
「聞いてなかったわ。そうなの任命式がねー。
新たに当主になったのはレアミス様でいいのよね?」
「はい」
「以前会った時親切にしてくださって、人が出来てると思ったものだわ。
今もお変わりになられてないようで安心だわ」
小さくとも礼儀正しく賢こそうな様子には驚かされたものだと、懐かしげに思い出している。
「確かに変わってはいませんけど、どうしてそう思ったの?」
「え? だってお子さんを伴っての同行を認めてくださったのでしょう?」
「お子さん? ……あ」
シャイネの視線が下がりアンゼを捉える。見られた側のアンゼは不思議そうに見上げている。
「この子は私の子じゃなくて、ディノール様のご息女なのです」
「ディノール様の? ディノール様どこかへ静養に行ったとか、帰ってこられたの。
というかディノール様って二十歳前、だったわよね? 見たところ五歳前後、ずいぶん早くに子供をつくられたのねぇ」
貴族ってそういうものなのだろうかと、エリッサは内心考えている。
なんとなくエリッサの考えていることをシャイネは察するも、特に指摘することなく勘違いさせたままにする。
「エリッサさんの隣のお子さんは下の子ですか?」
「ええ、今年で九歳なの。上の子は十になったわ。やんちゃに育って困ってるのよ」
そうは言うものの元気に育ってくれたことを喜ぶ表情を浮かべている。
子供は挨拶なさいと頭を下げさせられている。
そんな様子をアンゼは少しだけ羨ましそうに見ていたが、すぐにそういった感情は消えた。母親はいないが父はいるし、兄姉代わりはたくさんいて寂しさを感じる暇はなかったのだ。
買い物の続きをするからと去っていく親子を見送り、一行は散歩を再開する。
「あ、ネコー!」
アンゼは路地へと続く影で涼を取っている猫に気づき駆け寄る。
白黒半々模様の猫は人に慣れているのか、近寄ってきたアンゼから逃げることなく寝転んでいる。
「さわっていいのかな?」
「いいんじゃない?」
ルフの言葉に押されるように、そっと腹に触れる。触れた瞬間、猫は顔を上げてアンゼを見る。害意がないことを確認したのか、顔をコテンと下げる。
ふわふわーと十分感触を楽しみ、バイバイと告げてシャイネの横に戻る。
「アンゼ様は猫がお好きですか?」
「ネコもイヌも好きだよ!」
「触れそうな奴らを見つけたら絶対触りに行くからね」
危なそうな犬猫はディノやルフが近づけさせないし、アンゼ自身が近づかない。なんとなく大人しい犬猫がわかるらしい。
「飼いたいとは思わないのですか?」
それにはアンゼの代わりにルフが答える。
「思ってると思うよ。でも私たちあちこち行ってたからね、連れまわせない。
魔物との戦いにも耐えられるよう訓練された動物ならディノも許可するんだろうけど、普通の動物は無理だよ。
一度怪我した子犬を拾ったことあって飼いたいって言ったけど、ディノがそういった理由で駄目だって言ったんだ」
その犬は、近くにあった村で飼ってくれる人を見つけ渡した。
村に着くまでの二日間、アンゼはその子犬をとても可愛がったので分かれる時アンゼが大泣きして、ディノとルフは宥めるのにすごく苦労したのだ。
「屋敷に犬か猫がいればよかったのですが」
以前はいた。ディノの生みの親ホリィが小さい頃から飼っていた犬が。
公爵家に一緒に連れてきた時点でかなりの老齢であったため既に死んでいる。ホリィが死んだすぐ後に主人を追うように死んだのだ。
ディノも見知っていてはいるが今は忘れている。接点がそれほどなかったため記憶に残っておらず、指摘されなければ忘れたままだ。
「ウマさんがいるよ!」
ディノやアンゼが飼っているというわけではないが、いつでも触れるので満足していたりする。
特に気に入っているのが、ディノに乗せてもらった馬だ。アンゼが近寄ると嫌がるどころか、むしろ触れと近づいてくるのが嬉しいのだ。
毎日厩舎に通うおかげで、そこで働く人々とは顔見知りになっているアンゼだ。
それを知ったレアとディノは、近いうちにアンゼ用の子馬でも用意しようかと話し合っていた。
歩く一行の目に目的地である広場が見えた。離れていても子供たちの笑い声が聞こえてくる。
その声に惹かれるようにアンゼの表情もうきうきとしたものになる。
「私はあちらのベンチにいますから」
「うん」
シャイネはベンチの一つに向かい、護衛たちは広場周辺に見回りに向かう。
アンゼは子供たちに混ざろうとして足を止めた。少し離れた位置でじっと子供たちを見ている、同年代くらいの女の子に気づいたのだ。
子供たちへと向かうのを変更し、その女の子に近づく。クリーム色の肩までの髪をツーサイドアップにして、黒に近い灰色の目を持ち、どこか大人しそうな雰囲気をまとっている。
近づいてきたアンゼに戸惑った表情を見せている。
「みんなといっしょにあそばないの?」
首を傾げ聞いてくるアンゼから、目を逸らすように俯く。
「まぜてくれないもん」
一度頼んで拒否されたのだろう。それでも諦めきれず少し離れたところから見てたのか。
拒否された理由をルフは察することができた。目の前の少女は魔族なのだ。見た目は人間そのものだが、雰囲気がどことなく違う。それを子供たちは敏感に感じ取って拒絶したのだろうと推測する。
アンゼが反応しないのは、日頃から様々な人と接していてここらの子供たちに比べ視野が広くなっているからだ。魔物を見るのは日常茶飯事だし、最も親しい一人のルフは人外だ。それらに比べたら魔族など気にならない。
「じゃあわたしとあそぶ?」
「……いいの?」
「うん」
女の子はアンゼの言葉に嬉しそうな顔となった。
アンゼが女の子を誘ったのは寂しさを共感できたからだ。ディノたちと一緒にあちこち旅をしていて、余所者ということで仲間はずれにされたことがあったのだ。その時の寂しさを覚えているから、遊ぼうと誘った。二人でできることは少ないが、一人でいるよりはましなのだ。
「わたしはアンゼリータ。アンゼでいいよ」
「わたしはシャロット。シャロって呼んで」
隠れているルフのことは紹介しない。隠れている時は誰にも言わないようディノから言い含められているのだ。
「なにしてあそぼうか。ふたりだからできること少ないねー」
「うん。あ、えっとねひも持ってる」
ポケットから両端を結んだ毛糸を取り出す。
「あやとりができるね」
アンゼの言葉にシャロは不思議そうに首を傾げた。
「あやとり知ってるの?」
「パパがおしえてくれたよ?」
シャロが不思議そうな表情になったのは、ここに来るまでに立ち寄った村や街では誰も知らなかったからだ。
そのことを気にかけず、知ってるのなら話は早いと一番最初の形を作り、アンゼに差し出す。
少女二人が小さな手でチョコチョコと毛糸の形を変えていく。パターンがループしたり、形がおかしくなって続けられないといったことを繰り返しながらも、それなりに楽しんでいる。
そんな様子を離れた位置からシャイネは微笑ましそうに見ている。
シャロを迎えに来た男女二人組みが広場入り口に来ているのだが、笑顔を見せているシャロを見て驚いている。今日も寂しそうな表情で一人でいるのだろうと思っていたのだ。どうやって慰めようかと思っていたところにあの笑顔だ、邪魔する気にはなれず気配を抑えてベンチに座り、シャロたちの様子を見る。
二人組みは自分たちが異質だと自覚があり、目立たないよう気配を抑えるのが当然だという考えを持っている。その考えはシャロにはまだ理解しづらいもので、故に子供たちに混ざれないといった状況が生まれた。
あやとりが終わり、お喋りも楽しみ、もういいだろうと判断した二人組みがシャロに近寄る。
「シャロ、帰るよ」
「あ、お姉ちゃん。もう少しだめ?」
上目遣いに聞いてくるシャロにすまなさそうな表情を向ける。
「出発の準備をしないといけないから。ごめんね、せっかく友達ができたのに」
「ううん」
首を横に振り、シャロはアンゼを見る。
「もうかえらないと。あそんでくれてありがとう」
「たのしかったよ」
「わたしも」
シャロは姉と呼んだ女と手を繋ぐ。バイバイと手を振り去っていく。
女は一度振り返り、アンゼに遊んでくれてありがとねと告げた。その時視線が一瞬ルフへと向けられる。それにアンゼは気づかず、ルフは偶然だろうと判断した。
残されたアンゼは仲の良い二人を少し見送り、シャイネの元へ駆けて行く。
「ただいま!」
「おかえりなさい。楽しかったですか?」
「うん!」
本当に楽しんだとわかる眩しいほどの笑みを浮かべた。
それは良かったとシャイネも笑みを浮かべる。
そしてあの二人のように手を繋ぎ屋敷へと帰っていく。
アンゼは一日だけの友達の話や猫に触ったことをお土産に抱える。大人にとっては何気ないことだが、アンゼにとっては大きな出来事。ディノやレアにそれらを話すことを楽しみにしている。
「シャロ、楽しかったか?」
姉と上機嫌そうに歩くシャロを、口を笑みの形に変えた男が聞く。
それにシャロは頷いた。
「もう少し早くあの子に出会えたらよかったな」
「それは言っても仕方ないことでしょう」
「まあ、そうだがな。ここでの思い出が悪いものだけで終わるよりはましか」
よかったなと、シャロの頭を撫でる。シャロは目を細めて受け入れる。
「しかし珍しい子供だったな」
「そうなのですか?」
「おそらくだが、肩に精霊がいたぞ」
男はルフの姿を捉えたわけではない。力をアンゼの肩当たりに感じ取った。それが以前見た精霊と似ていると気づいたのだ。
「あの子の肩になにか感じましたが精霊だったのですか。たしかに珍しいですね」
「契約を交わしているようには見えなかったな。おそらく野良精霊が懐いて一緒にいるか、契約者が護衛として一緒につけていたか」
「シャロはあの子にどこかかわったこと感じた?」
「かわったこと? ……あやとり、わたしの知らないあやとりのかたち知ってたよ」
「あやとりを知っていること自体、珍しいことよね」
だがそれだけの情報では詳しいことはわからず、風変わりな子供という印象を抜け出すことはない。
「お姉ちゃんはおしごとどうだったの?」
「上々といったところね。標的は絞れたし。餌としても戦力としても期待ができるわ」
ホルクトーケ公爵で決まりかしら、といった最後の部分はシャロに聞き取れないほど小声で呟く。
男の耳は微かに聞き取っており、心の中で同意する。
そして男は空を見上げる。浮かんだ雲、青い空、それらのさらに先を見ている。
そこでははるか昔から続く戦いが今でも起きていて、それを男は知っている。すぐに終わるようなことでもないことも。
「失敗か」
付き従った部下からの報告を受けたコッソクスは誰もいなくなった部屋で呟く。
部外者にコッソクスがここにいると知られないよう、常に地下部屋で寝起きしていた。
自身の家から出たコッソクスが潜んだのは、権力奪取失敗も考えこっそりと買っていた古い屋敷だ。
再起を考えての逃げ場所ではない。部下たちはそう思っているようだが、コッソクスは一泡吹かせるための隠れ家と考えていた。
公爵に害意を示し家を出た時点で再起など不可能とわかっていた。万が一レアを退けることができても王家からはただの反逆者と見られるだけだ。つてを頼れば多少の権力は発揮できるだろうが、その程度の権力で王に認められるよう根回しをすることなどできはしない。
「次はどこかを……そうなると戦力を集めて……資金的にこれで最後か」
しばらくこれからの行動を考え、顔を上げる。
傷つけられたプライドの借りは絶対に返すと、暗い思いが込められた声が部屋の空気に消えていく。