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妹可愛さに家を出た  作者: 赤雪トナ
帰郷
12/19

王都へ出発

 屋敷に戻り、馬を兵たちに任せて、俺とヤザックは報告のためレアの部屋に来た。

 ノックをすると中から返事が聞こえてくる。

 中に入ると書類を手に持ったレアがこっちを見ている。補佐のためいつも近くにいるガーウェンは出かけているのか、この場にいない。


「お帰りなさい」

「ただいま」

「ただいま戻りました」


 軽く返す俺と違いヤザックは敬礼して返答する。

 手に持っていた書類をレアへ差し出す。それを受け取ったレアは、向こうの様子をヤザックに聞く。

 ヤザックは問いかけられる質問にキビキビと答えていき、それにレアは満足そうに頷いている。


「お疲れ様でした。あなたも部下も休みを取り、疲れを癒してください。下がっていいですよ」

「はっ」


 ヤザックは一礼し、部屋から出て行く。扉の向こうから遠ざかる足音が聞こえてくる。

 扉が閉まり三秒ほどして、レアの表情に柔らかなものが混ざる。


「兄さん、お帰りなさい。無事でなにより」

「ただいま。ちょっと予想外のことがあったけど、兵たちの活躍もあって怪我なく戻ってこれたよ」

「ラドンウルフが二匹出たんだったね。それの戦闘に参加するなんて、話を聞きながら魂が凍る思いだったよ」

「そうは見えなかったけど」


 ヤザックとの会話を思い返してみても、落ち着いた様子だったことしか記憶にない。


「それは部下の手前、慌てた様子を見せるわけにはいかないから。

 ああ見えても心の中じゃ、一喜一憂していたの! ただでさえ無理しないか心配していたのに、強い魔物との戦いに参加したって聞いてどれだけ慌てたか」


 そう言ってレアは少し頬を膨らませる。

 こういった表情になると幼さが前面に出てくるなぁ。

 思わずレアの頭を撫でる。手は払われず、しばらくそのままでいた。

 表情にどことなく嬉しげなものが見え、満足しただろうと思ったので手を止める。


「ん……ゴウロからの報告書読んじゃうから、そこに座ってて」

「わかった」


 レアは持っていた仕事の書類を置いて、報告書を取り出し目を通していく。

 さっきみたいな表情もいいけど、今の凛とした表情もいいな。

 俺の視線に気づいたのか、レアがこっちを見てどうしたのかと聞いてくる。


「仕事中の真面目な表情も可愛いなと」

「なに言ってるの」


 レアは視線を書類に戻す。照れているのだろう、頬がわずかに朱に染まっている。

 そういった表情を見ているうちにレアは書類を読み終わり、こっちを見る。


「ゴウロが感謝と謝罪を言ってくれと書いていたわ」

「感謝はなんとなくわかるけど謝罪?」


 感謝は魂術でのフォローだろう。そういった感謝は散々受け取ったから報告書に書かなくてよかったのに。


「謝罪は礼を失した態度のことらしいよ。

 噂を鵜呑みにして接したことを謝りたいって」

「態度が硬かったのはそのせいなのか」

「そうなんだろうね」

「それが理由なら特に不快に思うことはないな」

「そう思われるように動いていた兄さんの責任ともいえるし」

「だなぁ……そろそろアンゼのところに行って来る」

「王都へは明後日に出発だからね。

 あとで出発のための準備してもらうから」

「なにか特別に準備することある? ただ旅の用意するだけでいい?」

「旅の準備はこっちでしてる。やることは向こうで着る服の仕上げとか、礼儀作法の確認とか、任命式のスケジュールの報告とかいろいろよ」


 思わずめんどくさいと思ってしまった。口に出したら説教なのはわかっているので頷くのみだ。


「あと少しで仕事終わるから。終わったら一緒にそういった準備するからね」

「了解」


 頷いて部屋を出る。掃除をしていたメイドたちにアンゼのいる場所を聞き、いる場所に向かう。母上と一緒に庭にいるらしい。

 庭に出ると、アンゼと母上とシャイネとルフが植木鉢に水をやっていた。


「ただいまー」

「あ、パパ!」


 声をかけるとアンゼが走り寄ってきて、勢いよく抱きついてきた。

 しゃがんでアンゼを抱き、そのまま抱き上げる。年々重くなってきてるなぁ。


「お帰りなさい」

「お帰りなさいませ」

「お帰りー」


 三者三様の出迎えを受ける。


「さっきまでなにしてたんだ?」

「パパが出かけた後、お花を植えたの! それにお水をあげてたんだよ。まだ芽がでないの、いつでるかな?」


 身振りを交えて一生懸命説明してくる。

 母上、以前の約束果たしてくれたんだ。


「そろそろじゃないでしょうか? 聞いた話だとそんな感じでしたね」

「ほんと!?」


 シャイネの言葉に大きく反応する。

 

「なんの花植えたの? ひまわり?」

「いえ、マリーゴールドですよ。せっかくだから新しいものを植えてみようと思って」


 母上もアンゼと一緒に花の成長を楽しみたかったのかな。

 俺も小学校で植えたなぁ。花言葉は信頼とか悲しみだっけか? ほかには朝顔も定番だろう。


「綺麗な花が咲くといいな?」

「うん!」

「あ、でもしばらく世話できないか」

「どうして?」


 アンゼが首を傾げてくる。


「王都に一緒に行こうと思って」


 大きな都市を見せたいのだ。でも発芽が楽しみで残るっていうなら、それも仕方ないかな。


「どうするアンゼ、一緒に行く? それとも留守番する?」

「えっと、どっちがいいかなぁ」


 王都も行ってみたいけど、発芽も楽しみといった感じで悩んでいるのがよくわかる。

 そのアンゼの頭にポテンとルフが着地する。


「アンゼ、アンゼ。植木鉢をよくみてごらん。小さくだけど芽が出てきてるよ」


 見やすいように鉢を持ち上げる。それを覗き込んだアンゼの表情がぱっと輝いた。

 土を持ち上げている、緑の小さな葉を見つけたのだ。雑草の可能性もあると思ったけど、種を植えた位置らしいので間違いないのだろう。


「芽がでたー!」

「出てるねー。おっとそんなにはしゃいだら落ちるぞ」


 持ってる鉢をテーブルの上に置いて、アンゼを下ろす。

 アンゼはテーブルにしがみついて、鉢を見ている。


「これでアンゼも一緒に来るかな?」

「おそらく。お嬢様の荷物も準備しておきます」

「シャイネにもついてきてもらおうかな。アンゼの世話役として」


 小さい頃に俺の世話役としてついてきてもらったように。

 シャイネもそのことを思い出しのか、懐かしげな表情になる。

 カルホとかエリッサとか元気にしてるかなぁ。王都の屋敷で働いていた二人はその縁が元で結婚した。今では二児の親だ。その子供たちはアンゼの五歳上だっけか。

 エリッサは子育てに専念するため引退したけど、カルホは俺が屋敷を出る前はまだ向こうで働いていた。

 

「私がついて行ってもいいのでしょうか?」

「一応レアに確認するけど、大丈夫だと思うな。アンゼ連れて行くなら誰かしら付き添いは必要だし」


 これに納得したようで、シャイネはわかりましたと一礼する。

 レアが来るまで皆で雑談して過ごす。天気はいいし、のんびり過ごすにはちょうどよかった。

 そうやって一時間弱ほど経ち、レアがやってきた。


「遅くなりました。急な用件が一件入ってしまって」

「まだ仕事あるなら待つぞ?」

「いえ、終わらせてきましたから」


 無理してないならいいんだけど。

 椅子に座り、シャイネが差し出したお茶を飲むレアに、アンゼとシャイネの王都同行のこと話す。予想通りあっさりと許可が出た。

 三十分ほど仕事の休憩も兼ねてのんびりしたレアに連れられて、針子が待っている部屋にやってきた。

 レアのドレスの最終調整もするらしい。


「ディノール様、こちらが王都で着ていただくことになる服となります」


 針子五人が二着ずつ上着を持ち、立っている。同じ型の服はない。


「レア、十着もいるの?」

「気に入らないデザインがあった時のために、それだけ用意しました」

「そんな我侭言うつもりはないんだけどね。必要なのは何着くらいだろう?」

「予備も含めて六着あれば十分でしょう」

「じゃあ……右から六つ持っていくことにしよう」

「……あっさりですね」


 針子の一人が思わずといった感じで漏らす。表情を見ると他の針子も似たような感想を持っているんだろう。

 でもそんなこと言われてもねぇ、どれも大した違いはないように見えるんだよ。だからいい加減に選ぶしかないさ。

 それに針子もプロだ。変なものは出さないはず。だったらどれ選んでも同じじゃないかな。

 そんな俺の心境を読み取ったか、レアが選ぶと言い出した。


「ではとりあえず全部着てみましょうか、最初はこれをどうぞ兄上」


 着替えを手伝おうとする針子に必要ないと断り、上着を脱ぐ。

 少し冷たいシャツに腕を通し、上着を羽織る。


「どうだ?」

「あ、えっと」


 パクパクと口を開くだけなレア。ほのかに顔が赤くなってる?


「どした? 思った以上に似合わなかったか? 遠慮ない感想言っていいぞ?」

「いきなり裸にならないでください!」


 おう!? 怒られた。

 裸って言っても、上半身だけなんだから怒らなくても。

 針子は平気だろうと見回してみると、皆顔が赤くなってた。……初心な人が多いな。


「次から気をつけます」

「そうしてくださいっ」


 怒られた後、脱いで着てを繰り返し全部に袖を通した。どれもサイズが極端に違うということはなかった。

 全部見終わったレアが指示を出し、必要ない服を仕舞わせていく。

 次にズボンをはく。こっちは一着のみはいて、あとはこれにあわせてサイズを調整すればいい。

 装飾品もあるらしいけど、これは身に着けずレアのセンスで選ばれていく。楽でいいね。

 一通り俺の分を終わらせて、裾直しなどの調整のため持っていかれる。

 

「これで俺の分は終わりで、次はレアの?」

「はい。といっても先日選んでおいたので、実際に着て最終確認するだけです」


 俺の服を持っていった針子たちが、今度はドレスを持って入ってくる。

 アフタヌーンドレス、カクテルドレス、イブニングドレスそれぞれ三種類ずつと公爵家当主としての正装をあわせて十着だ。


「では着替えてきますね」


 大きなついたての向こうから衣擦れの音が聞こえてくる。

 ここに護衛兵がいればレアの人気ぶりを考えると、不敬だとわかりつつも覗きたいと考える奴がいそうだな。俺もちょっと覗いてみたい。そんなことすれば信頼が地に落ちるのでしないけどな。針子とか使用人からの評判が落ちるのは今更だけど、レアからの信頼がなくなるのは勘弁だ。

 そんなことをつらつらと考えていると、ついたての影からレアが姿を現した。

 普段はポニーテールにしている髪は下ろされ、流れるままにされている。前髪上部に銀でできた小さめのティアラがのっている。ドレスの色は白で、飾りはそれほど多くないシンプルな作りとなっている。


「……どうですか?」


 おずおずといった感じで聞いてくる。感想は一つしかない。


「綺麗だよ。似合ってる。でも首が寂しいと思うんだけど」

「ネックレスつける予定です……似合ってるって綺麗だって言われた」


 ネックレスつける予定だったんだな。指摘するまでもなかったか。あと後半なんて言ったんだろ? 小声になって聞き取れなかった。


「つ、次のドレス着てきます」


 そういってレアは慌ててついたての向こうに消えた。

 よく考えたら俺に見せる必要ないような気がする。俺的には着飾ったレアを見れて眼福なんだけど。センスとかはレアが上回ってるし。意見は参考になりそうにないぞ?

 本当は着る必要もなく体に当てるくらいでよかったのだが、コミュニケーション不足解消のため俺一人だけに開かれたファッションショーだとは、ついに気づくことはなかった俺だった。

 俺がレアの考えに気づかずとも、感想言ってもらえ褒めてもらえたので満足だったようだ。

 上機嫌に衣装合わせは終わり、次は礼儀作法の確認だ。これはレアの仕事部屋で行うらしい。そっちにスケジュール表があるからだとか。

 始めに口調、そして王に対する受け答え、面前での動作などなど、式典で必要と思われるものを次々と行っていく。

 さすがに三年以上使ってないと、ところどころ忘れる部分もあって指摘される。そういったところを思い出しつつ、修正する。一度覚えたものだし、修正はわりと楽だった。

 そうやって懐かしい作業をこなしていると、ドアがノックされた。


「どうぞ」


 レアの許可を受け、ドアが開き入ってきたのはミシュだ。


「失礼します。あらディノール様もいらしたんですねー」

「式典関連で一緒にいたんだ」

「そうなのですか……ああそうだ、お出かけしてらしたんですよね。おかえりなさいませ」


 言いながらいつもと同じように微笑みを浮かべ、ゆっくりと一礼してくる。


「うん、ただいま」

「ミシュはなにか用事があってきたのですか?」

「仕事というわけではありません。クッキーを焼いてきたので一緒に休憩でもどうかと思いまして」


 バスケットを胸元まで上げて見せる。


「……休憩しましょうか」


 レアは少し考えて、一度休憩するのもいいと判断したようだ。その判断は俺にとっても助かるものだった。

 テーブルにミシュお手製のクッキーが並ぶ。並んでいるのはマーブルクッキーとレーズンクッキーと茶葉のクッキーだ。

 この三種類の中なら、茶葉のクッキーが一番好きだな。


「どうですか? 上手く出来たと思うのですが」

「美味しいよ。特に茶葉のクッキーが好き。レアはどう思う?」

「美味しいね。私はレーズンかな」

「よかったです。ところでマーブルを選ばなかったのは形が変だからですか?」


 そんなことはないんだけど。レアも同じようで否定している。


「見た目がおかしいって色合いがずれてるものがあるってこと?」

「はい。どうしてもきちんと揃わないんです」


 たしか揃える方法があったような? どんなだっけか……なんかの漫画で見たんだよな。


「あ、そうだ。色のついたクッキー生地とそうでないものを切る前に並べて冷やして固めれば、切る時にずれがでないんじゃなかったかな」

「切る前に冷やすですか……なるほどいいかもしれません。今度やってみます」

「兄さん、どこでそのような知識を得たの? やっぱり旅先で?」

「まあね」


 本当のこと言うわけにはいかず、誤魔化した。

 お茶を飲み、クッキーを食べ、雑談を続けていく。


「そうだ、ディノール様お聞きしたいことが」

「なに?」

「オリジナルの魔法ってどのように生み出したのですか?

 お爺様から、一つオリジナルの魔法を生み出せと課題を出されたのですが、どうすればいいのかさっぱりなんです。

 それができたら仕事を私一人に任せるということなのですが……」


 俺の場合はオリジナルってわけじゃないし、アドバイスしにくいな。


「そうだね、あったら便利だなって感じのことを魔法にしたら?

 俺の魔法剣もそんな感じで生まれたんだ」


 必要は発明の母だっけか。


「あったら便利ですか」


 浮かべていた笑みを消して、難しげな顔となり悩み始める。

 難しく考えたら空回りするだけだと思うな。ヒントという一例でも出してみようか。


「例えば、窓枠とか棚の上に溜まる埃を綺麗に掃除できる魔法とか便利じゃない?

 今だとはたきで床に落としてから箒で集めるよね? あれって小さな埃を吸い込んで咳き込むことになって不衛生でもあるから、落さずに掃除できたらいいと思うな」

「なるほど、そう言った感じで考えるのですね」


 感心して頷くミシュの横で、レアが首を傾げた。


「私はそういった発想は浮かばないよ」


 レアはそうだろう。掃除はメイドたちがするんだから。家事関連では発想しにくいんじゃないかと思う。

 レアの場合なら、事務関連で考えさせたら思いつきそうだ。判子を押した書類が、勝手に決裁済みの箱に入る魔法とか便利そうだ。

 それを言うとレアも頷いた。


「たしかに便利かもしれない。でもそれくらいなら自分でするけど」

「まあ、一例だしね。ほかは一目見て書類の内容が全部わかる魔法とか、書類を複製する魔法とか、書類の内容で大事な部分が目立つようになる魔法とか」

「あったら便利そう。というかよくそんなに思いつくね」

「仕事しながら思ったことだし」


 そう思ってるなら生み出せばいいのかもしれないが無理だ。必要な言語キーや言語キーをどういった組み合わせにすればいいのか今ところ想像すらできない。こんな状態では作れやしない。作りたいのならもっと知識を深めた方がいい。

 

「駄目です。どのように掃除するかいまいち想像できません」

「わりと簡単だと思うんだけどな。とりあえず作成可能かどうかは置いといて、想像だけしてみるのも手だよ。

 決まった物だけにくっつく粘液ボールとか、埃とか軽いものだけ吸い込む小さな竜巻を作るとかね」


 埃だけ燃やす炎とかもいいかなって思ったけど、それだと燃えカスが残ると思って言わずにおいた。


「はぁーそういった魔法にすればいいんですね。挑戦してみます」

「えっとそれでいいの? 兄さんの案そのままだけど」

「お爺様は誰かの力を借りてはいけないとは言っていませんでしたし、むしろ実践した者に話を聞くのもいいと薦めていた節があります。

 竜巻の方を作るとしたら言語キーはどうなるでしょう? 風は当然として、風を渦巻きにするために変化も必要。あとは範囲と規模と選択くらいかな?」

「維持も必要かも。ほかは自由に動かしたいなら操作もか?」

「魔法構成は風と変化を最初に置いて、次に操作と選択を同列、その次に範囲と規模を同列、維持を最後でいいと思う?」


 言語キーは先頭に書いたものが一番効力が強く出る。竜巻を使って効果を出したいんだから風と変化を最初に置くのは当然だな。勝手に動かれたら困るし吸い込む物の判別もつけたいから操作と選択を二番目に置くのもわかる。範囲は効果の及ぼす広さで、規模は竜巻の大きさを決めるため、維持は魔法がいつまでもつか。規模を二番目と同列に持っていって、維持と範囲を同列にした方がいいかも。

 基本は(風 変化)(操作 選択 規模)(範囲 維持)で決まりかな。

 ここからさらに言語キーを手前と奥に置く順番もしくは上下にするか決め、イメージ通りの効果が出るまで試行することになる。言語キーが増えれば、組み合わせも増えるので試行回数は増加し、必要魔力も増える。魔力消費関係で言語キーの少ない初級氣術でさえ、完成に十日かかることも珍しくない。人海戦術でいけばそのかぎりではないんだけど。

 頭の中の考えをミシュに話し、魔法談義は進む。

 十分ほど会話が弾んだところで、レアがつまらなさそうにクッキーをつついているのに気づいた。

 ミシュと視線が合い、互いにしまったと思っているとわかった。


「あ、ごめん。レアほったらかしてたな」

「ごめんなさい。つい集中しちゃって」

「楽しそうだったね」

「レアも一年くらい魔法学に習熟すればこれくらいは話せるようになるさ」

 

 なんていったって天才だからね。


「一年はいいすぎだと思うのですが」

「いやいやレアの才をもってすれば、それくらいで俺たちと同じところに到達できるさ。俺はそう確信してる」

「……ありがと」


 照れて頬を赤く染め礼を言ってくるレア。不機嫌なのはどこかへ吹っ飛んだみたいだ。ある意味安い子だな。

 

「私はそろそろ戻りますね。ディノール様アドバイスありがとうございました」


 きりがいいと判断したんだろう、言いながらミシュは立ち上がる。

 また話しましょう、と言ってバスケットを持って部屋から出て行った。


「追い出しちゃったかな?」


 ドアを見てレアがポツリと漏らす。


「ちょうどいいと思ったんじゃない? 十分休んだし、クッキーもほとんどなくなってたし」

「そうかな? うん、私たちも再開しましょう」


 レアの表情と雰囲気が仕事モードへと切り替わり、休み前の続きから始める。

 作法などの確認作業は順調に進み、問題ないだろうと合格点をもらえた。

 そうして準備は整い、出発の日がやってきた。


 朝食を食べ終わり、兵たちの準備が整った後、使用人の一人が出発できると呼びに来た。荷物を馬車の座席下に積み込み、俺たちも乗り込む。

 中は六人乗りでくつろげるように作られており、四人だと広々としている。簡単な飾りつけがされていて、馬車内部だと思わせないような作りとなっている。座席はソファーのようで、座り心地はよい。

 馬車は二台で、一台は俺たちの乗っているもの、もう一台は食料や傷薬といった必要品を載せている。警備のための兵は三十人だ。全員が騎兵で実力も上位の者ばかりらしい。

 俺とアンゼとシャイネとルフは先に馬車に乗り込み、レアは護衛たちに一声かけてから乗り込んできた。母上は留守番だ。父さんが生きていた頃から、あまり王都へと行ってなかったのだけど、当主も変わり本格的に行く必要性を感じなくなったらしく、楽させてもらうわと笑顔で言っていた。

 外から出発という声が聞こえてきて、馬の足音が聞こえてきた。すぐに馬車も動き出した。

 

「パパ、いつも乗ってるばしゃみたいにゆれないね」

「公爵の乗る馬車だからなぁ。そこらの馬車とは比べ物にならないよ」

「他の馬車ってそこまで揺れるの? 私これ以外の馬車に乗ったことなくてわからなくて」

「うん、すごくゆれる時があってたのしいよ!」


 乗り物酔いする人には辛い乗り物だけどね。


「すごく揺れるって客や荷物は大丈夫なの?」

「たまに駄目な時があるな。でもそんなのは本当に時々だ。土砂崩れや魔物が暴れて道が荒れた時くらい。荒れすぎてる時はある程度片付けられるまで出発を見合わせる」

「報告書で荷物の到着が遅れたって書かれてることがあるけど、そういったことが原因なんだね」


 うんうんと頷くレアを見ていると、アンゼがクイクイと服を引っ張る。


「おそと見たい」

「外? って言ってもな」


 通常の馬車ならば乗降口から外が見える。でもこの馬車は安全のためか窓はない。貴人護衛用なので、外から中が見えたり、なにかが投げ込めるような作りにはなっていないのだ。空気穴が天井に開いているけど、小さすぎてそこから見ることなんて無理だ。


「ちょっと無理だな。昼とかに休憩するだろうし、その時外見ような?」

「ぜったいだよ?」

「約束だ」


 じゃあそれまでパパの膝の上にいる、と言うアンゼを抱き上げ載せる。


「マジックミラー開発できんかな?」

「ディノなにそれ?」


 思わず出た呟きに、アンゼの肩に座っているルフが反応する。


「外からは見えないけど、内側からは外が見えるガラス」

「そんなのあるんだ。初めて聞いたよ兄さん」


 あー前世の知識だしな。テキトーに誤魔化しておこう。


「前読んだ本に出てきた、滅びた文明にあった道具の一つだよ」

「そんなのがあったんだ」


 感心するルフと同じ反応をレアとシャイネも見せている。


「どうにかして再現できんかなぁ。魔法で同じ効果を持つ幻かなんかをガラスに貼り付けるとか。

 そうすりゃ外の異変がすぐわかるようになる。窓ガラスは分厚く作ったうえで、硬度を増す魔法でもかければ防御的には十分だろうし」


 光を弾く銀の幻影をガラスに貼り付けたらいいのかね? 光全部弾くと真っ暗になるのか? 目が捉えている画像は光が元だったような? 科学だか化学だか、もううろ覚えだわ。


「私は専門外なのですが、できたら便利そうですね」

「ミシュと高度っぽい魔法の話ししてたし兄さんできる?」


 シャイネに同意したレアが聞いてくる。そう聞いてくるってことは実現したら有益だと判断したっぽいな。


「暇をみつけて作ってみようかな。時間かければ似たようなものはできるだろうさ」


 家に帰ってミシュに協力してもらって、家にある魔法関連の本を見ながらならできるんじゃないかと思う。今ここで作れてっのは無理。そこまで魔法知識は深くない。というか手元になにも資料ない状態で作れってのは、誰にでも難題か。

 マジックミラーの話はここまでで、とりとめのない話題に移っていく。そうして昼食のため移動が止まる。

 約束通り、アンゼとルフと一緒に外を散歩する。その間に昼食が作られた。レアは移動中のことを護衛の隊長に聞いていた。特に異変はなかったらしい。シャイネは昼食作りの手伝いをしていた。

 昼食を食べ終わり、再び馬車に乗り込む。少し話していたが、アンゼはお昼寝の時間となり、シャイネの膝枕で眠りだす。少しだけある揺れは眠りを誘う心地よいリズムとなっているらしい。体が小さいこともありアンゼが寝そべっても座席の幅には余裕があった。膝枕をしているシャイネの表情は母性に満ち溢れていた。


「今のうちに話しておきたいことがあります」


 真面目な話なのだろう、地が出せる状況なのに公爵モードになっている。


「アンゼが起きてたら話せないこと?」

「小さい子に聞かせたくないことでもありますし、家ではなくここならば間違っても盗み聞きされていることはないと思うので」

「それほどに重要なこと?」

「重要というか、できれば隠しておきたいことですから」


 話したい内容がわからん。

 そんな俺の表情を読み取ったか、クスリと小さな笑みを漏らして話し出す。

 

「話したいことは、兄上が戻ってきた時にあった下克上の事後処理です。あんなことがあったとはできれば隠しておきたいですからね。知られれば家臣に余計な不安を抱かせるだけです。

 あの場にいた者たちは公爵への反抗を企てました。それに対し私は罰を与える必要があり、それを行いました。

 一部の者以外は下した罰は同じものです」


 どんなだろうな。レアの性格から言って一族郎党皆殺しってことはないだろう。そんなことしたら噂がミッツァの街に満ち溢れているはずだ。

 

「やったことは当主の交代及び引退、役職の移動、財産の一部没収、それとこちらの命令を聞かせることです」

「ガーウェンに教えられたことから考えてみると、結構軽めな罰?」


 当主に逆らったんだから、公爵家からの追放もあり得るんじゃなかろうか。


「公爵家に残したんだな」

「あの場にいた十名以上の者たちを追い出してしまうと、穴が開いてしまい運営が滞ってしまいますのでできませんでした。

 ですがそのままで置いておくという選択肢はありませんから、役職を解きました。引退もさせてますから、継いだ者が別の場所で働くことになっても不都合はありません。むしろいきなり前任者と同じ働きをしろという方が無茶でしょう。

 空いた場所には、父上が育てていた後進を置きました。少々経験不足ですが、なんとか前任者に劣らない働きはできると判断しています。

 今のところ不慣れ故の作業速度低下ということ以外は、不都合は起きていません」

「当主交代で新たにやってきた人たちは真面目に働いてる?」

「はい。失態を晒せば家が潰れるとガーウェンが噂を流したおかげで」


 実際潰れてもおかしくはなかったんだ。潰れなかったことを幸運と思って、頑張ってほしいな。そうすればレアが少しは楽になるだろ。

 

「勤務態度は良いと使用人の間でも話されています」


 シャイネたち使用人の前でも真面目なら今のところは安心かな? 慣れてきたらどうなるかが今後の注目点か。


「次に財産没収です。これはそれぞれの家から一定額を差し出させました。それに際し地元地域の税を引き上げ補填としないよう忠告しました。監視もこれまで以上に放つことにしました。

 もし税引き上げや領民から金銭の巻上げに相当する行為を行った場合、家がなくなる可能性があるとも告げました」


 下克上をやった本人の責が領民に降りかからないようにか。疑問も異論もない。

 まあ生活が苦しくなるほど搾り取るといったことはしないだろう、レアならば。

 

「そうやって集まった臨時収入は橋や道の整備作成に回すことになっています」

「通りやすくなれば、人の行き来も増えるだろうし、そうすればお金も動いて、経済もそれなりに活性化するってことであってる?」

「はい。以前からやってみたくはあったのですが、見習いだったので大きなことはできませんでしたし、予算の都合もつきませんでした。今回の臨時収入は助かりました」


 元々があぶく銭だから無駄になっても懐はいたくない。利益がでないことを恐れる必要もないか。

 元旅人からしてみれば歩きやすい道ができるのは助かることだ。

 道や橋は国とって必要なもの、ある程度の整備はしなければならないことだしな。ちょっと大々的にやるってことだけか。

 お金を出した者たちのとっても丸損ということではないだろうから、説明すれば反感は少しくらい減るだろう、たぶん。

 あ、あと屋根のある建物もあったら便利だな。暖炉かカマドを置いて、昼時や雨の時に使えるような場所。本格的な建物でなくてもいいから、あとで提案してみよう。


「そういやどれくらいの収入になったんだ?」

「うちの一年分の予算と同額です」

「……わりと大金じゃない?」

「ええ。私も少し驚きました。

 各家の収入を計算し、罰として相応しい金額を集めたらそのようなことに」

 

 罰金を払った家は十以上だし、集めればそれくらいにはなるのか。

 たしか予算って千億ゼン以上だっけか……途方もねえな。


「その話はこれくらいにして、次に命令を聞かせるというものになりますが、これは監査役を受け入れさせました」

「どんなことを調べたんだ?」

「主にお金関連ですね。使ってもいないのに使ったと言い公爵家に支払う額を誤魔化しているので、一度本格的に調べたかったのです」

「少しくらいの着服は仕方ないんじゃないか?」

「いけません!」


 俺の言葉に怒ったように見えたレアだが、すぐに表情を緩める。


「と言いたいところですが、少しだけならば見逃しています。父上やガーウェンからもガチガチに束縛するのはよくないとアドバイスを受けていますから。

 ですが、そういった『少し』を超える額になると無視はできません。ただ私服を肥やし贅沢をしたいというだけならば百歩譲って大目に見て厳重注意で済ませるんですが、この前のような下克上といった騒動のために貯められては私も領民も迷惑です。

 そういったことに使われていないか調べるため監査役を受け入れさせました」

「レアは公爵って立場にいるんだし、こういった機会でなくとも監査っていれられるんじゃ?」

「年一回の監査はありますよ。ですがそういった監査では詳しい調査は無理ですね。詳しく調べたいということは、なんらかの疑いを持っていると相手に知らせることになったり、内部干渉と受け取られます。反感が生まれる可能性は避けたいのですよ。私は穏便に領地経営したいですから。

 今回は下克上を企てた者たちがほかになにか企んでないかという理由を盾に、詳しく調査することにしたのです。実際に楯突いたのですから、断りにくいです。むしろ無実を証明するため進んで受け入れるでしょう」


 断ればなにか企んでますと主張するような状況だな。これは断れない。


「あとついでに主要道路に手を加えることも通達しましたね」


 さっきの道路の件だな。これについて文句はでないだろう。道が使いやすくなるんだから、反対する方が馬鹿だ。


「とりあえず伝えることはこれくらい? ほかになにかある?」

「あります。先ほど引退させたと言いましたが、二名こちらがなにか言う前に自ら退いた者がいます」


 退いたってことは俺みたいに執着しなかった人がいることか。誰だ? というか名前を言われてもわかりそうにないが。

 そんな予想とは裏腹にレアが口に出した二名は、覚えがある名前だった。


「ミハエルとコッソクスです」

「……ほんとに?」


 俺の問いにレアはコクリと頷いた。

 地位に執着しなかったのか、あの二人。ありえないだろう? コッソクスとは少し付き合いがあって簡単に地位を捨てそうにない奴と判断を下せる。ミハエルも地位とかに執着するから下克上を起こしたんだろう?

 そんな二人が簡単に退いた? なにか裏があるとしか思えん。


「二人は今何してるんだろう」

「二人とも家を出たようです」

「家を出た? どこに行ったかは?」

「ミハエルは王都へと、コッソクスは行方知れずです。ですがコッソクスは家を出る際、大量の金銭を持ち出したようです。監査役が金庫などを調べ、お金や高級品がなくなっていることを確認しています」


 逃げた? 持ち出したお金を使って他国で地位を買うつもりか?


「もしかするとコッソクスは自分の領地にいるかもしれません。足跡が綺麗になくなっているので、潜伏している可能性もあります」

「他国に逃げ出せば、多少なりとも目撃証言が出るか」

「はい。以後も情報収集は続けていきます。

 これくらいですね、あの騒動に関わる話は」


 俺が学校のことを考えたり、ビグウルフ討伐についていっている間に色々こなしてたんだな。

 これのほかに本来の仕事もしていたんだろうから、お疲れ様だよほんとに。


「人間の世界はめんどくさいわね」

「精霊から見るとそうかもしれませんね」


 手短に切って捨てたルフにレアは苦笑を浮かべている。

 苦笑を微笑みに変えて、レアは公爵モードからリラックスモードへと移り変わる。


 斥候による情報や先制攻撃のおかげで旅は何事もなく順調に進む。途中で村や町はあったのだが、補給のみ行い滞在することはなかった。レアがいるとわかれば挨拶しようと村長や町長に留められる。そういったことが繰り返されれば式典に遅刻することになるかもしれないのだ。主役が遅刻するわけにはいかず、ほぼ素通りすることになった。

 そして俺たちは予定していた日に王都に到着した。


「お帰りなさいませ」


 先触れの兵が到着を知らせたから、門から玄関の間に使用人たちがずらっと並び頭を下げている。

 その様子を見たアンゼが驚き抱きついてくる。大丈夫だと頭を撫でると、服を掴む力が緩まった。


「ただいま。しばらく世話になります」


 そう答え歩き出すレアの後ろをついていく。

 顔を上げた使用人たちが俺の顔を見て、驚いた様子を見せる。視線が少し鬱陶しいけど無視する。

 こっちではあまり威張り散らすといったことはしなかったから、視線に含まれる感情はほとんど驚き一色だ。

 驚きを見せなかったのは執事の長とメイドの長だけだ。この二人にはレアから俺が来ることを知らされていたらしい。


「お久しぶりです、ディノール様」

「うん。久しぶり、お世話になります。ほらアンゼも挨拶して」

「えと、おせわになります」


 俺やアンゼの真似をして、ペコリと頭を下げた。


「ようこそいらっしゃいました、アンゼお嬢様。本宅と同じようにゆったりお過ごしください」


 執事長とメイド長は笑みを浮かべつつ、レアにしたように丁寧に頭を下げる。おそらく俺のことと同時に、アンゼのことも知らせたのだろう。

 どうすればと見上げてくるアンゼのフォローをしながら懐かしき屋敷へと入る。

 案内された部屋は昔から使っていたところだ。シャイネがいるので、昔のように世話役がつくことはなかった。

 今日は旅の疲れをとるため屋敷でのんびりする。明日以降の予定で明確に決まっているのは、明々後日の式典くらいだ。

 ほかは一応、レアはあちこちに顔を出すことになっていて、俺たちは観光となっている。

 一度王都をゆっくり見て回りたいというレアの願いにより、明後日の観光は昼からになる。それまでに顔出しを済ませるらしい。

 あちこち見て回り、母上や親しい人たちへのお土産を買ったり、露店の料理を食いまくったりして過ごし式典の日が来た。


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