表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹可愛さに家を出た  作者: 赤雪トナ
帰郷
11/19

ハプニングには慣れたもの……対処できるかどうかは別として

 町のそばにはルドと同じ班の兵士が三人いて、到着したこっちに気づき一人が近づいてきた。

 そのままゴウロに話しかけている。上司が来たので、これまでの情報を渡しているのだろう。

 話し終わったら、ゴウロと一緒に町長のところに行くとしようか。


「この後、町長のところに行くことになってるけど、ルドはどうする? ついてくる?」

「私が行ったところで役には立てないでしょうから、ここに残っています」

「そう。じゃあ行ってくるよ」


 報告を受け終えたらしいゴウロに近づく。


「ゴウロ、町長のところに行こう」

「わかりました」


 返答する口調に相変わらず苦いものが混ざっている。でも仕事に私情は挟まない性質なのだろう、拒むことなく町長の家までの案内をしてくれる。

 思っていることを表情に出さないでくれると、助かるんだけど。本当になんで嫌われてるんだろう? レアの仕事の邪魔になるなら、一回話し合う必要があるかもな。支障がないならその必要はないけど。互いの立場の差で、嫌がらせとかはされないだろうし。

 ゴウロの背を追いながら、町を眺めていく。それほど大きな町ではないと思う。人口はたぶん千人に届くか届かないかってとこか。村というには大きく、街というには小さい。特徴的な建物とかない、旅をしている間によく見た感じの町だ。住人の多くが町の周りにある畑に出ているのだろう、人の通りは少ない。

 そんなことを思いつつ歩いていると、町長宅に到着したらしい。


「ディノール様、手紙を」

「ほい」


 手に持っていた手紙をゴウロに渡し、ゴウロは門番に見せる。

 手紙についている公爵家の家紋を確認した門番の一人が、案内役となり俺たちは家の中に入る。

 通された客室でたいして待つことなく、家主がやってきた。

 立ち上がり、一礼する。


「どうぞお座りください。というか私など平民に礼などなさらずとも」

「挨拶は円滑なコミュニケーションの基本ですから」

「いやはや、その通りですな」


 町長が向かいのソファーに座り、俺たちと向かい合う形となる。


「渡された手紙にはあなたはレアミス様の兄上でいらっしゃると書かれていましたが」

「ええ、そうです。ここにきた目的とかも手紙に書かれていたと思いますが……書いてましたよね?」

「はい。ビグウルフの討伐を公爵家の私兵が請け負うので、その援助を頼むと」

「そうですね。俺がここにきたのは手紙を届けるためと、挨拶だけ。ほかにこれといって用事はないので、顔を合わせた時点で俺の目的は果たしたことになる。

 あとはゴウロと援助内容について話し合ってください」

「手紙にはあなたのことを頼むと書かれていましたが?」

「頼む、ですか? これといって思い当たる節はないのですけどね」

「ディノール様の滞在中の世話をここに頼んでいるのですよ」


 レアに話しを聞いていたらしいゴウロが説明する。


「滞在中の世話? なんで?」

「なんでと申されましても。一般の宿に泊まらせられないとレアミス様は考えられたのではないかと」

「俺はほかの兵と一緒に野宿するつもりなんだけど」

 

 そうしないとビグウルフが襲撃かけてきたら、対応できないじゃん。


「ディノール様、ここはレアミス様の考えに従ってもらえますか。

 レアミス様も言っておられたでしょう、軽はずみな行動は慎むようにと」


 めんどくさっ。でもここで下手したら町長さんの責任になるってことだよな……仕方ないか。

 町長を見て、頭を下げる。


「少し世話になる」

「十分なおもてなしできるかわかりませんが」

「では私はこれで」


 そう言って立ったゴウロに話しかける。

 

「兵たちはどう過ごすんだ? 宿をとるのか?」

「何日も前からここにいた者たちを休ませるために宿は取りますが、基本的に野宿です。

 町のすぐそばにテントを張り、そこを拠点にするつもりです。

 今のところ援助に関しては要望はないので、話す必要はありません。しいていうなら薪や水を分けてもらいたいってところです」


 ゴウロの言葉に町長はわかりましたと頷いた。


「あとでそっちに行くから」

「どうしてですか? ディノール様の仕事は終わったのですから、ここでのんびり休んでいてください」

「俺もビグウルフ討伐に参加する。

 レアに止められてはいないから参加することに文句は言わせないぞ。手紙にも参加するなと書かれていないはずだ」


 町長を見ると頷く。もしかすると書いてあるかもって少し心配してたけど、書いてなかったんだな、よかった。


「今さっきも言いましたが」

「軽はずみってわけじゃない。ビグウルフとは何度か戦って苦戦しないとわかっているから。

 心配ならルドをお目付け役につけてくれればいい」

「どうして参加しようと思われたのです」

「体動かさないと鈍るし、最近魔物と戦ってなかったから勘も鈍る。

 鈍ったものを取り戻すのは大変なんだ。それはゴウロもわかるだろう?」

「……わかりました。ルディネーシャにもそのように伝えておきます」

 

 不承不承といった感じで頷き、ゴウロは部屋を出て行った。部屋の準備を命じてきますと言って町長も出て行く。

 やっぱり貴族ってのは性に合わないな。まだそんなに時間は経ってないのに、苦労はあるものの自由に動けていた冒険者時代が懐かしく思える。

 

「大怪我しても町長やゴウロたちには害が及ばない、自業自得って念書でも準備しとこうかな」


 それがいいと一人で頷いて、案内された部屋で正式な手順に則り、書類を作っていく。有効期間は滞在中のみ、としっかり明記しておく。ないとは思うけど悪用される可能性も捨てきれないからね。

 作ったそれにフルネームでサインして、町長に渡す。念書を受け取った町長は戸惑っていたけど、使わないだろうけど保険として持っておくようにと説得し、大事な書類として保管してもらった。


「では兵たちのところに行ってきます」

「お気をつけて。そうだ、昼食はどうされますか?」

「町中に食べ物屋ってありますよね?」

「はい」

「だったらそこでなにか食べますから、準備はしなくていいですよ」

「わかりました。いってらっしゃいませ」


 町長に見送られて出発する。

 行きに見逃したなにかがみつかるかなと思いつつ、のんびり歩いていく。

 やはり特に変わったものはなく、代わりにみつけた定食屋に入る。少し早いが昼食にするつもりだ。

 店内には客はおらず、店主が暇そうに掃除をしている。声をかけると少し驚いたような表情となったが、威勢よく歓迎してきて注文を聞かれた。お勧めを聞いて、それを頼む。人がいない分だけ早く料理が出てきて、食べ終わるのにそれほど時間はかからなかった。

 店主の声を背に店を出て、町の入り口を目指す。


 兵たちは町のすぐそばにテントを張っている。

 近くにいた兵にルドとゴウロの所在を聞き、そちらへ向かう。話しかけた兵は首を傾げていた。

 その理由は俺にはわかっている。彼は以前レアにくっついてモグラ討伐に行った時、仲の良かった兵だ。変装していたので向こうはこっちのことがわからない。唯一聞き覚えのある声が少し疑問を抱かせたんだろう。


「あ、いた」


 一人で歩いているルドを発見。声をかける前に、向こうも俺に気づいたみたいだ。


「ディノール様」

「やあ、ゴウロからもう話は聞いてる?」

「はい。ビグウルフ討伐に参加すると。そして護衛として私が付くようにと」

「護衛ってわけじゃないんだけど」


 ゴウロからしてみれば当然の処置なんだろうが。


「腕を鈍らせたくないから参加するんだ。ビグウルフとは何度か戦ってるんで、よほどのことがないかぎりは怪我はしないよ」

「そうなんですか? というかどうして戦闘経験があるのか聞きたいんですけど。病気療養のために家を出たはずじゃ?」

「そういうことになってる、とだけ言っておくよ」

「聞いてはいけないことなんですね」


 理解してくれて助かる。


「となればディノール様がどれだけの技量を持っているのか知りたいのですが」

「模擬戦やってみる?」

「よろしければ」


 一応ゴウロに許可は取っておこう。

 無事に許可はもらえ、どうせなら兵全員に実力を知らせておくということになり、兵たちに囲まれて模擬戦をすることになった。

 目の前には棒を構えたルドがいる。ルドの武器はショートスピアだが、模擬戦に使えるわけもなく同じ長さの代用品を町の住人から借りている。俺も木剣ではなく、剣と同じ長さの棒を使う。さすがに誰もここまで木剣を持ってきてはいなかった。町にも代用品はなく、代わりにこれを使うことになった。

 とりあえずは剣の腕だけでいいかな。魔法を使えるとは伝えてあるけど。

 ゴウロの宣言で始まる。

 一分間ほど互いに動かず見合ったままだった。俺は様子見なんだけど、ルドは貴族ってことで手を出しあぐねているっぽい。なのでこっちから手を出すことにした。それをきっかけにルドも動く。こちらに合わせてかルドも魔法は使わない。どんな魔法を使えるかは聞いてない。でも戦闘系の魔法の一つや二つは使えるだろうから、使ってないのはこっちに合わせているんだろう。

 模擬戦の結果は俺の勝ち。何度かヒヤッとする場面はあったけど、武器を扱い始めたのはこちらの方が早いんだ。この勝ちは予想できたものだった。

 もしかしたらルドも天才の可能性があるかもと思っていたが、そんなことはなく俺たち凡人と同じ努力で鍛え上げた技だった。それでもかなりの努力をしているようで、公爵家の私兵として最低限の力量は持っているように感じられた。

 模擬戦の結果を見た兵たちは、俺の噂に惑わされているようで首を傾げつつ、警戒などの仕事にもどっていく。

 ゴウロの表情にもかすかな戸惑いが見えていた。


「どうだった俺の実力は」

「はい、参りました」

「俺もそれなりに鍛えてあるからね」

「噂とは当てにならないものですね。ディノール様には才はないって聞いていました」

「噂ってのはそんなもんだよ」


 噂を広げたことをすっとぼけ、そう答えた俺に同意するようにルドは頷いている。


「対戦中魔法使わなかったのは俺に合わせたから?」

「私は戦闘に役立つような魔法は覚えてませんから、使いたくとも使えないんです。

 体力作りや槍の技量を上げることに集中していましたか。それに師匠となる人や教本も手元にありませんし」

「じゃあ魔法が使えるって言ってたのは、日常生活に役立つ魔法を使えるって言ってた?」

「はい。明かりや小さな火や凍らせるといったものですね」

「戦闘用も覚えてるんだって思い込んでた」

「だから魔法使わなかったんですか? 私が使わないから」

「うん。今回は武器の技量のみを推し量るつもりなのかなって。

 でも使えないのか……俺でいいなら教えるよ? たくさん習得してるし」


 俺の基本魔力だけじゃ使えないものも念のために習得したため、本当にたくさんの魔法をみにつけた。根源魔力を使えば使用可能だから、旅をしてて何度も使っているんで無意味にはなっていない。

 あと魔法を教えることも経験ある。傭兵仲間に教えていたからだ。彼らは俺が教える以前は、先輩や同じ傭兵にお金を払って習得していた。

 ただ魂術に関しては習得している人は少なかった。氣術よりも複雑なので、覚えようとする人が少ない。それと苦労して覚えた分だけ求めるお金も多くなり、そこまでして習得しようとする人が少ないせいでもある。

 うちの傭兵団も魂術を習得していたのは俺だけだった。俺が使えるので、率先して覚えようとする奴もいなかった。


「ほんとですか!? 嬉しいな。ありがとうございます。あ、でもお金が」

「別にいらないよ。ずっと教え続けるんじゃなく、習得したいものを三つくらい教えるだけだし」


 合計百個の内の三つだ。しかも攻撃用だけで。生活用や補助も合わせると覚えている魔法は二百を超える。

 その程度教えたくらいでお金を取るつもりはない。


「貸し一つって覚えておいて」

「ちょっと怖いですね。ただより高いものはないですから」


 そうだね。それでも無茶なこと言うつもりは、今のところはないけどね。


「それでどんなものを取得したい?」

「そーですね……盾と遠距離攻撃と遠見かな?」


 盾は自身の前方に固定されるタイプと全方位を囲むタイプ、自身の前方の空間に固定されるタイプがある。堅さは前方固定、空間固定、全方位の順に脆くなっていく。どれも二重三重に重ねることも可能。これは魔力量の関係で俺には無理。空間固定は足場にもなる。

 といった具合に手持ちの魔法からチョイスしたものを説明していく。

 説明した中からルドが選んだのは、空間固定の盾、炎球、上空から地上を見下ろす遠見だ。どれも氣術の中では中級に位置する。


「その三つを魔法を紙に書いて渡すよ。明日になると思う

 とりあえず自分で練習してみて、わからないところがあったら聞きにくればいい」

「本当にありがとうございます」


 そう言って頭を下げたルドのお腹が鳴る。顔を上げたルドの頬に、恥ずかしさからか朱が走っていた。


「そういや昼ご飯まだだったね」


 ルドを探す時に昼食の準備をしている兵を見かけたのだ。


「えっと、ディノール様は?」

「俺はここに来る前に定食屋で食べてきた」

「貴族が定食屋」

「レアは知らないけど、俺は普通に行くぞ?」

「口に合うのですか?」

「店を出すくらいだから、どこも一定のランクは超えてるだろ? だから問題ない」


 昼食の香りが漂ってきた。そろそろできるっぽいな。

 お腹を減らしたルドを食事へ向かわせ、俺は陣地の中を歩き回る。兵とすれ違うが、声をかけられることはない。かといって無視されているわけでなく、一礼はされる。

 大体一巡りして、陣地内がどんな感じかわかった。


「これは一仕事できたかな?」


 用事ができてゴウロを探し始める。昼食を食べている連中に聞き、見張り台を作っているところへと向かう。

 もうそろそろ完成しそうな見張り台のすぐそばで、部下と話しているゴウロがいる。

 会話が終わったところで話しかける。


「ディノール様どうされました?」

「ちょっと聞きたいことがあって」

「私に答えられることならば」

「この陣地に魂術の治癒陣か休息陣って設置してある?」


 この二つはその名の通りの効果を持つ魂術だ。治癒陣は瞬間的に傷を癒すのではなく、自然治癒を倍以上の速度にする。もう一つの休息陣の効果は疲れを短時間でとるというものだ。治癒陣は効果範囲にいるだけで治療が進み、休息陣はその場に腰を落ち着けてじっとしている必要がある。

 どちらも今回のように拠点を決めて討伐に向かう際、あればすごく便利な魂術だ。

 一通り見て回って、見える範囲にはこの魂術の準備をしているようには見えなかった。テントの中までは調べてないので、そこで準備している可能性もあるんだが。


「いえ魂術を使える者は同行していないので設置はしていません。

 不便と思われるかもしれませんが、無い袖は振れませんのでご了承願います」

「じゃあ、俺が設置しとくよ。陣地内に作っておけばいいね?」

「あ、はい。作ってもらえるのならばありがたいのですが、魂術使えたのですか」

「先生の書斎には魂術の本もあったから。

 用件はそれだけだから、邪魔したな」


 去る俺の背を、ゴウロが戸惑いの表情で見ていたことを俺は本人の口から後に聞かされることになる。


「さってとちゃちゃっと作ろうか」


 今回作るのは休息陣の方だ。二つ同時は俺には無理なのだ。

 休息陣にしたのは、今回戦うことになるビグウルフ相手に大きな傷を負うこともないだろうと思ったから。

 見て回った時にいい条件の場所をみつけておいた。魂術を使う際には、風水みたいに方角や位置に注意する必要があったりする。休息陣もそういったものの一つだ。

 テントを固定する鉄棒の余りを一つ借りて、地面に術言語を書いていく。風が吹いた程度で消えないよう、しっかりと地面をひっかいていく。

 陣を書いている際中に、人が集まってきた。その人たちを代表する形でルドが近寄ってくる。おそらく世話係ってことで、なにをしているのか聞きに行けってことになったんだろうな。


「なにをしてるんです? いえなんらかの魔法の準備をしてるのだとはわかるんですけど」

「魂術の休息陣ってやつを発動させようと準備中」


 得られる効果を周囲に聞こえるように説明する。


「魂術も使えたんですか?」

「うん。先生の書斎に教本あったしね」


 書きながら、ゴウロに言ったことと同じことを言う。

 話しながら陣を書き上げる。あとは陣の三箇所に媒介として石と水を置いて、根源魔力を注げば準備完了だ。

 これで今日の魂術は打ち止めだ。どういうわけか根源魔力を使えるのは一回のみだ。一度二回使ったことがある。その時はすごい虚脱感を感じると同時に気を失った。魔力に関しては俺はとことん駄目らしい。

 使った石と水は特別なものでなくていい。特別なものでもいいけど、そっちは十五日以上効果を持続させたい場合だ。こっちの陣の効力を持たせたいのなら、一日一回水の交換をしないといけない。交換することで陣は三日間効力を保ち続ける。効果範囲は半径二十メートルだから、陣地を覆える。


「今日は発動させなくていいよね? たいして疲れてないだろうし」

「はい。明日の朝くらいに発動させればいいかと。最初に使うのは徹夜組と思います」


 了解了解。明日の朝に来て最後の仕上げといこう。

 これで今日できることは終わったかな。見張りに立とうにも許可はおりないだろうし、町に戻るか。散策した後、教える魔法を紙に書き写したり、素振りとかの訓練して時間潰そう。


「んじゃ、帰る。誰も陣には触れさせないで」

「はい、わかりました」


 明日も念のためにチェックするつもりだけど、陣作成に失敗してたら発動失敗どころか根源魔力が暴走して、体調を崩す人がたくさん出ることになる。

 ルドや兵たちに見送られて、町に戻る。予定通り町を散策してみたものの面白そうなものはなく、お土産によさげなものもなかった。


 夜が明け、朝食を町長宅で食べさせてもらい、兵たちの陣地に移動する。

 休息陣にミスがないか見て、魔力が陣に馴染んでいることを確認し発動させた後、ルドを探す。魔法に鋭い感覚を持つ者ならば、陣地を覆った薄い魔力に気づけるだろう。


「おはよう、ルド」

「おはようございます」

「今日はどんなふうに動くんだ? ビグウルフを探してあちこちに出歩く?」

「いえ、囮を使っておびき寄せることになってます。

 すでに何人かが囮用の家畜を買いに行っています」

「そうなんだ。その人たちが帰ってきたらすぐに動き出す?」

「はい。でも本当に参加するんですか?」

「そうだけど?」

「そうですか。止めても無駄そうなので止めませんが、無茶だけはしないでくださいね? 友達が怪我するのは嫌だし」

「予想外のことさえなければ大丈夫」


 あ、なんだかフラグ立てたような気もするな。依頼を受けると三割程度の確率で、予想外のことが起きるんだよなぁ。主人公体質というやつだろうか? 俺が主人公ってのはないな。主人公ってのはレアにこそピッタリな言葉だし。

 まあ今回は実力者揃いだし、多少のハプニングくらいはなんとかなるさ。きっと多分。

 

「これを渡しとくよ」

「昨日言ってた魔法ですか! ありがとうございます!」


 喜んでもらえると、書いたかいがあるってもんだ。

 ルドは渡された紙を読んでいき、疑問に思ったところを聞いていくる。それに答えていると、家畜を買いに行っていた兵が戻ってきた。買ってきた家畜は乳の出が悪くなった牛だった。町を守るために必要と話したら、安めに買えたらしい。

 それを連れてビグウルフがいるっぽい場所まで行く。ゴウロがルドの班員から得た情報を元に絞り込んだのだと、ルドが言っていた。

 囮を仕込む場所は荒地で、三百メートルほど離れた場所に森が見える。周りにはちらほらと姿を隠すのによさげな大岩がある。

 杭を地に打ちつけそれに牛を繋ぐ。そして俺たちはその場から離れて、匂いでいることがばれないように風向きに注意して、隠れていく。俺とルドも近くにあった岩陰に隠れてビグウルフを待つ。

 風の向きが変わるたび兵たちは立ち位置を変えて、風上に立たないよう気をつけていく。

 場所が悪いのか、運がないのか、それともこっちのことを察知しているのかビグウルフたちは姿を見せず、初日は成果ゼロだった。囮として使った牛を連れ帰り、その日の仕事は終わった。


 二日目、今日も同じ場所でビグウルフを待つ。午前中はなんの反応もない。だが午後にビグウルフが七匹姿を現した。

 さあ戦おうと思ってたら、三人の兵が素早く近づいてあっという間に倒してしまった。手伝おうにも苦戦はしていなかったから、手を出すのはかえって邪魔になりそうだったので、戦うところを見てるしかなかった。

 ビグウルフが団体でこないかぎり、俺が戦う状況なんてなさそうだった。


 そんな考えを天が汲み取ったのか、次の日ビグウルフは団体でやってきた、おまけを引き連れて。

 二十五匹のビグウルフの中に、一匹だけ体格が違う奴がいる。ライオンよりも若干大きいか。

 これって一昨日立てたフラグに関連してんのかね。この程度のハプニングなら、何度も経験して慌てることもない。

 

「ラドンって言ったっけ? ラドンウルフ」

「あれのこと知ってるんですか?」


 ルドの言葉に頷く。

 ラドンとは獣型魔物の特殊成長した姿を示す言葉。

 通常は一定の大きさになると成長は止まる。ところがラドン種は成長が止まらず、老いによる衰えもなく死ぬまで大きくなり続ける。十分な栄養を取る必要があるという条件付きだが。


「群れのリーダーで、ビグウルフよりも強いってとこ」

「ビグウルフと違った行動をしたりは?」

「しないはず。基本的にはビグウルフと同じなんだ。強さの段階が上がっているだけで」

「あ……ラドンウルフは隊長が相手するそうです」

「使いが来たわけでもないのに、なんでわかったんだ?」

「音を立てられない状況でも情報を伝えられるように、指の形で簡単な会話ができるように訓練受けていますから」

「手話か。なるほど」

「手話って言うんですかこれ」


 名前は知らなかったのか。まあ知らなくても問題はないな。


「ビグウルフの相手をしに行こうか」

「はい!」


 視界の先ではゴウロがすでに突撃していた。

 兵たちも後に続けと動き出している。

 俺たちも隠れていた岩から動き、ビグウルフを相手していく。以前戦ったビグウルフと同じくらいの強さで、苦戦はせず倒すのに一分もかからない。ルドも同じようで怪我なく戦いを終わらせた。

 ゴウロはさすがに瞬殺とはいかないようで、まだ戦っている。でも優勢に見えるから加勢はしなくてよさそうだ。


「ちょっと物足りないな」

「楽に終わるのはいいことだと思いますよ。同意する思いもありますけど」


 ルドの言葉の端が消えるか消えないかといった時、森側から凄まじい殺気が発せられた。冷たい風を全身に叩きつけられたみたいだ。

 それを感じ取ったのは俺だけではない。兵全員が森へと勢いよく顔を向ける。

 ゴウロもその一人で、出来た隙を見逃さずラドンウルフは、ゴウロの肩へと牙を突き立てた。上げる悲鳴。そちらを見たいが、殺気の主から目を離せられない。

 そこにいたのもラドンウルフ。だがこっちでゴウロと戦っている個体とは大きさが違った。象に近い巨体を持っている。巨体を覆う毛皮は赤黒く、獲物と自身の血を全身に浴び続け、あの色合いになったのだろうとなんとなく頭に浮かんだ。


「……ディノール様」


 隣から震えたルドの声がする。


「あれもラドンウルフというものですか?」

「……たぶんな。あれだけ大きいとどれだけ生きたのか。強さも推測できん」


 ビグウルフ七匹を引き連れて、少しずつ近づいてくるラドンウルフに見入って、身動きできない。存在感と殺気がすごい。こんな殺気久しぶりだ。


「……でもいつまでも怖がってばかりじゃ駄目だ」

 

 震える手をぐっと握る。精一杯の力で握ったため、爪が皮膚を突き破りそうで痛い。おかげで怖さを少し紛らわせて、動けるようになった。


「戦うんですか?」

「戦わないと俺たちの背後には町がある。そこに住む人たちを守らないと」


 戦うという選択肢しかないだろう? 逃げるなんてもってのほか。町民を見捨てられないし。そんなことをすればレアの名に傷がつく。公爵として立ったばかりのこの時期に、失態を犯させるなんてことはさせたくない。

 俺の言葉で、自分たちの背後の町があるということを思い出したのか、恐怖に飲まれていた兵たちは動き出す。誇りに火をつけて、恐怖を跳ね除け、戦いに向けて闘志を漲らせていく。

 そんな兵たちの闘志に反応したか、ラドンウルフは低く唸る。


「皆どうして戦おうって気になれるんですか?」

 

 ルドはいまだ恐怖で震え、その場から動けていない。


「自分たちが最後の盾だとわかったからじゃないか? ここが絶対防衛線だと理解したんだ。

 公爵家の兵は領民を守るために存在している。そのことを誇りに思えば、ここでなにもせずにいるなんてことはできない。だから彼らは動き出した」

「負ける可能性の方が高いのに?」

「でもなにかせずにはいられないんだと思う。ここで死ぬかもしれないってことは彼らも理解はしてるんじゃないかな」


 武器を持つ手が僅かに震えてたりするし、顔色もいいとは言えない。


「ディノール様も覚悟決めて?」

「いや俺は怖がってるよ。でもあいつの力を削ぐだろう手段があるから」


 奥の手を見せたくないって言ってる場合じゃないよね。俺の攻撃で効果がありそうなのは、奥の手しかないし。

 効果的な手段があるという言葉を他の兵たちも聞いたのか、視線が集まる。注目を集めたのはちょうどいい。レアのために利用させてもらう。


「手段はあるけど、五分ほど時間が必要。

 だからお前たちに頼む。五分時間を稼いでくれ。

 お前たちならばできると信じている! レアの下に集い、日々精進してきたお前たちなら!

 領民は公爵であるレアの子供も同じ。子供を傷つけられて、嘆くレアの姿を見たくはないだろう?」


 俺に強さを保証されても何も感じないだろうが、レアの名を出されれば反応せざるを得ないだろう。事実、目に力強い光が宿る。

 その輝きを同意とみて、俺は剣先をラドンウルフに向け、兵たちに命じる。


「行け! レアの兵たちよ! 鍛え上げた力は魔物に容易く蹴散らされるものではないと思い知らせてやれ!」


 腹の底からの雄叫びを上げ兵たちは、武器を振りかざしてラドンウルフへと向かっていく。ラドンウルフは姿勢をわずかに低くし、向かってくる兵たちを待ち構える。


「……私も行きます」


 少し声を震わせつつもルドが言う。


「大丈夫?」

「はい、とは言い切れません。でも仲間たちとともに戦わなくちゃ、生き残っても後悔しそうだからっ!」

「じゃあ五分よろしく頼む」

「はい。ディノール様もよろしくお願いします」


 ショートスピアを握り締めたルドが、恐怖を振り払うためか声を張り上げ突っ込んでいく。

 ちらりと見たかぎりでは、明らかに劣勢。戦い始めて一分も立っていないのに肩で息をしている者もいる。それでもただ蹂躙されるだけというわけじゃないのは、さすがと言っていいのだろう。ラドンウルフが魔法の盾を叩き割っている様子から、並ではない攻撃なのだろうとわかる。


「こんなことなら魔創剣持ってくるんだった」


 ビグウルフ相手だからってなめてかかるんじゃなかった、と愚痴りながら剣の腹を見ていく。

 これから使おうと思っているのは、俺の切り札の中で二番目に威力のあるもの。名は魔造剣。

 剣の腹にそれを使うための術言語を書き込んでいる。剣を買ったら一番に書き込むようにしている。今回のような、いざという時にとても役立つからだ。

 書き漏らしがないか、どこか消えていないかをチェックして魔造剣発動準備に移る。

 体中の魔力を手に集め、手を通して剣に刻んだ術言語に流していく。すると刀身が白く曇っていく。これは冷気が刀身を冷やしているためだ。刻んだ術言語の中に氷属性のものがあるから、こういった現象が起きる。

 次に発する魔力を、基本魔力から根源魔力に切り替える。そしてその魔力も手を通して、剣に注いでいく。この時、急いで注いでしまうと根源魔力が溢れ出て、魔造剣発動に失敗ということになる。

 

「……これでよし」


 周囲の音が遠のくくらい集中し、慎重に魔力を注いだ。ここまでで五分弱だ。誰かにフォローしてもらわなければ、戦闘中に使えるものではない。普段は戦闘前に準備を終わらせるようにしている。

 刀身に込めた根源魔力が外へと出ようと暴れている。それを抑えているのは刀身を覆っている基本魔力で、いつまでも抑えきれない。魔造剣は短期決戦用の一度きりの技だ。

 手に持っている剣からは、軽く氷点下を超える冷風が発せられている。根源魔力が刀身の冷気に影響を受けて、氷属性に染まったせいだ。手には簡単な対魔力防護膜を張っているので凍傷になる心配はない。でも腕や胴体までは防御していないので、さっさと手放すにかぎる。


「あとはラドンウルフの死角から奇襲か」

 

 防御の上から致命傷を負いそうな攻撃を必死に避けて、時に庇い合っている兵を囮にして、ラドンウルフの気を引かないよう注意しつつ移動していく。

 側面を回り、とりあえず斜め後ろに移動はできた。急な動きを見せれば察知されるだろうから、これまでと同じく慎重に進み、ここだという場所でいっきに距離を詰め刺すだけだ。

 焦らないように、自身に言い聞かせて少しずつ距離を詰めていく。その間にも兵が吹っ飛ばされ、叩きつけられ、斬り飛ばされている。その様子は他人事として見ることができていたが、ルドに爪が迫る様子には焦りを我慢できなくなった。


「やらせるか!」


 関わりの少ない兵のピンチは気にしないことができても、さすがに友達がピンチなのは見過ごせなかった。

 ラドンウルフの動きを読まずに攻撃をしかけたので、刺す場所は選べない。どこでもいいから刺さってルドのピンチを救え、と剣を突き出した。

 刺してすぐに離れて、剣から逃げる。近くにいては巻き込まれる可能性もあるのだ。

 

「浅いか!?」


 ルドのピンチに声を出したことで背後から攻撃を仕掛けているとばれ、ラドンウルフはこちらを確認するために動いた。そのせいで刺さりが浅くなる。

 刺さった箇所は左後ろの太腿。刺さった瞬間剣から今までとは比較にならない冷気が発生する。それに驚いたラドンウルフは激しく動き、刺さっていた剣はその動作で粉々に砕け散った。もともと魔力を溜め込み過ぎてぼろぼろになっていたのだ。だからちょっとした衝撃でも砕け散る。

 魔造剣がもたらした結果は、左後ろ足の完全凍結+右後ろ足と背中の体温低下だ。ついでに周囲にいた兵たちにも冷気を吹き付けていた。完全に刺さっていれば後ろの両足を凍らせることが可能だったはずだ。それを惜しく思うけど、ルドの無事な姿を見て仕事は果たせたと思うことにした。


「寒さによる体力低下と左後ろ足が使えなくなったから動きは鈍った! 今がチャンスだっ殺せ!」


 といった俺の言葉に従うまでもなく、兵たちは今が一番のチャンスだと判断し死角に回り込み、攻撃を仕掛けていく。

 怪我を無視して無理矢理体を動かしていく様は、まさに死力を尽くすというに相応しかった。

 次々と刺さる武器、それを振り払うかのように暴れるラドンウルフ。弾かれ倒れ伏し、それでも武器を手に体に力を込めて立ち上がる兵たち。

 俺はそれを見ているだけだ。手持ちの武器はないし、魔造剣で基本魔力も根源魔力も使用限界に達している。できることはないのだ。

 そんな繰り返しにも終わりがくる。体力低下と足の使用不可に加え、血の流し過ぎで動きが明らかに衰えた。そこにとどめと兵たちが次々に武器を突き刺し、ラドンウルフは断末魔の一吠えを周囲に響かせ、動きを止めた。

 一瞬静まり返り、兵たちの雄叫びが周囲に響く。それは町まで届き、町民を何事かと慌てさせたらしい。

 もう一匹のラドンウルフとそれに協力してゴウロと戦っていたビグウルフたちは、群れの長の死に動きを止め、次の瞬間には逃げ出し始めた。

 逃走するまでの瞬間に生まれた隙を、今まで防戦一方で耐え続けていたゴウロは逃さず、ラドンウルフと三匹のビグウルフを叩き斬った。逃げおおせたのは僅か四匹だった。

 

「終わった」


 大きく息を吐いて地面に仰向けに倒れる。ほかの兵たちも同じように倒れている。

 どの顔も生き残ったこと、勝ったことを喜んでいる。

 十五分ほど感慨に浸りつつ休憩したのち皆動き出す。今日はこれ以上戦うのは無理なので、逃げたビグウルフを追うことはせず、陣地に戻る準備を始める。

 互いに支えあっている者がほとんどで、短いながらも激戦だったとよくわかる。

 手当て受ける者、手当てをする者、倒したラドンウルフたちから使える素材を剥いでいく者がいる。

 それを見ていたらあちこちと傷のあるゴウロが近づいてきた。


「ディノール様、頼みたいことがあります」

「なに?」

「陣地に戻ったら治癒陣を使ってもらいたいのです」


 怪我人がたくさんいるから気持ちはわかるが、


「無理」

「どうしてですか? もしや兵の怪我程度使うに値しないと仰られるのですか!?」


 ゴウロにとって俺はどれだけ評価が低いのか。囮にしたんだから治癒陣くらいは使うさ。


「根源魔力がもう空っぽ。だから陣自体は作れても発動できない。だから無理って言ったんだ」

「……そうでしたか。無礼な発言お許しを」

「聞かなかったことにするさ。

 根源魔力を扱える兵はいないんだっけ?」

「はい」

「ルドを呼んできてくれる? ちょっと教えてみる。それで扱えるようになったら、ルドに根源魔力を注いでもらえばいい」


 少しだけ考え込んだゴウロはすぐに頷いた。


「わかりました。

 ルディネーシャ! こっちに来い!」


 少し離れた位置で治療の手伝いをしていたルドを呼ぶ。

 呼ばれたルドは走ってこっちに来た。

 

「副隊長、なにか用事でしょうか?」

「ディノール様から根源魔力の扱いを教えてもらえ。扱えるようになれば陣地に戻って、治癒陣を使ってもらえるのだ」

「わかりました。ディノール様から根源魔力の扱いを教えてもらいます!」

「頼んだ」


 そう言ってゴウロはこっちに一礼して、ほかの者たちを手伝うため離れていった。


「ディノール様よろしくお願いします」

「とりあえず座って」

「はい」


 真正面に崩れた胡坐で座る。一度ルドの体全体を見て、擦り傷以外にたいした怪我がないようで安心した。


「どうされました?」

「いや、怪我がないようでよかったなと。

 お疲れ様。互いに生き残ってよかった」

「はい。死者がでなくてよかったです。

 あと多分ですが、助けてもらったんですよね? 動きを止めたラドンウルフの向こうにちらりと攻撃していたディノール様が見えました」

「贔屓になるんだろうけどね。でも友達だから、大怪我を負うようなことになってほしくなかった」

「ありがとうございます。おかげでこうして無事でいられます」

「どういたしまして」


 いつまでも無関係なことを話してるわけにはいかないか。

 根源魔力の扱い方の授業といこう。扱い方はそう難しいことじゃない。魔力の引き出し元をちょいっと変えるだけ。電車の線路のように右から左の線路へと切り替えるって感じで、俺は使ってる。

 でもその替え方が掴み辛いらしく、感覚を掴むのに手間取る人がいるとのこと。俺もよくわからず三日ほど悩んだ。結局、今まで魔力を引き出していたところからずらして引き出すようにと意識して、徐々に感覚を掴んでいった。

 その経験からいうと、基本魔力の大元は頭からきているから、そこ以外から魔力を引き出すように意識すればいいんじゃないかなと思う。実際には根源魔力も頭から引き出されているので、理解は難しいだろうなぁ。説明しようとすると感覚的説明になってしまい、誰もが説明や文章化しようとしてもどかしい思いをすることになる。

 今の説明もあくまで俺の感覚からの引き出し方だから、他の人に適用されるかはわからない。

 こういったことを説明し、ルドに実践してもらう。案の定、完全には理解できていないようで難しい顔で魔力を引き出そうとしている。

 帰還準備が終わっても、ルドは引き出せないでいた。そしてそのまま難しい顔で帰ることになる。


 陣地に戻った俺はそのまま治癒陣作成に入り、ルドはその傍で根源魔力を引き出そうと頑張っている。ほかの兵たちは本格的な治療を行うため、町に医者を呼びに行き、ついでに薬や包帯なども仕入れにいった。

 

「どうですか? ルディネーシャは」


 一通りの指示を出し終えたゴウロが近づいてきて成果を聞いてくる。


「駄目じゃないかな? 半日もかけずに根源魔力を使えるようになるってのはすごい困難なことだぞ」

「そう、ですか」


 溜息を吐くゴウロ。重傷の部下もいるし、心配なんだろう。

 ……俺が使うしかないか。五時間も眠れば少しは回復するし、それと今も少し残ってる根源魔力を使えば、ぶっ倒れるなんてことは起きないはず。使ったあと十時間は確実に眠りっぱなしになるだろうけど。

 陣と根源魔力が馴染むのに三時間ほどかかって、発動はだいたい夜の九時くらいか。それまでは医者と自身の自然治癒力で頑張ってもらうしかないな。

 このことをざっと話して、テントで休ませてもらう。





 テントへと去っていくディノールを見て、ゴウロは難しい顔をしている。

 自身の中のディノール像と今回の任務で見たディノールとの差異に悩んでいるのだ。

 ゴウロはディノールを軽蔑していた。それは同僚や屋敷で下働きする人たちから聞いたディノールが、尊敬するに値しない人物だったからだ。

 ゴウロにとってレアミスは子供の命を救ってくれた恩人だ。その恩人に害をなす存在を尊敬などできはしなかった。

 直接会ったことのない人物を情報だけで判断するということは、普段のゴウロならばしない。しかしレアミスは命を投げ捨ててでも仕える人物だと強く思っていて、その気概が冷静な判断力を奪っていた。

 任務の最中も相手は公爵家の者だからという思いで丁寧に接していたが、心の中では敬意は欠片も払ってなかった。

 今ゴウロは盛大に困惑している。自身で勝手に作ったディノールのイメージが、実際に接したディノールのことを認めようとしないのだ。


「頭が固いとは言われていたが、ここまでとは」


 どうしたものかと溜息を吐くゴウロ。


「ルディネーシャは、今回の任務でディノール様のことをどう思った?」

「そうですね、変わってないなと」

「変わってない?」

「はい。昔から私たちに文字とか計算とか教えてくれてましたし、態度も気安いものでした」


 計算ができ文字を読めるおかげで、働くようになって色々と助かったのだ。それは当時の子供たちの誰もが、感謝していることだった。


「昔から教えたりしていたのか、そういえばそんなことを話していたな。

 ……間違っているのはどうやら俺の方らしい。染み付いたイメージを拭うのは難しいが、やらねばならないのだろうな」


 現在の評価はディノールの自業自得だ。それを改善しようと動いていない時点で、ゴウロが悩むのは筋違いなのだろう。ゴウロは頭が固く生真面目なのだ。だからいらない苦労も背負い込む。

 元々不信感を与えるように動いてたのはディノールなので、この気苦労などはディノール自身が負うべきものだ。

 

「なんとなく難しく考えすぎているのではと思います」


 ゴウロがなにを悩んでいるのかわからないなりにルディネーシャは、ゴウロの現状を推測した。


「副隊長」

「なんだ?」

「ディノール様の警護に立っておきます」

「そうだな。安全だとは思うが、一応警護は立てておいたほうがいいか。

 ではディノール様が起きるまで、お守りするように」

「はい」


 夕暮れ前までディノールは眠る。自然に目を覚まし、量は多くないものの回復した根源魔力を確認し、治癒陣に注ぐ。

 必要分注ぐと、ディノールはいきなり気絶しないまでも、まともに行動できるような状態ではなくなった。ルディネーシャに肩を貸してもらい再びテントで横になる。眠る前に、いつになったら起こしてくれと指示を出し、睡魔に身を任せた。陣に根源魔力が馴染むのに三時間ほど。馴染んですぐに発動できるよう、ルディネーシャに起こしてもらうのだ。

 そして時間は進み、月が指定した木にかかる頃ディノールは起こしてもらい、ルディネーシャの肩を借りて陣の前に立つ。





「これでいい」

「お疲れ様です。しかし本当に大丈夫ですか?」


 何度目の問いだろうな。それだけ顔色が悪いってことなんだろうけど。


「なんとかね。眠れば治るよ。町長さんの家まで戻るのは辛いから、またテントで寝させてもらうから」


 睡眠時間は十分とっているのに、まだ寝たりない。休息陣のおかげで疲れは取れてのに体が休息を求めてる。変な感じだ。


「はい。それは大丈夫です。

 皆もディノール様に感謝しています。ラドンウルフ討伐のきっかけを作ったことといい魂術といい、非常に助かっていると」

「感謝されるようなことじゃないよ」


 俺にとっては借りを返しただけなのだから。


「明日の朝食の時間になっても起きてこなかったら起こして」

「わかりました」

「朝には治ってると思うけどね。

 じゃ、おやすみ」

「良い夢を」


 ルディネーシャの声を合図に、深く深く意識の底に潜っていった。そこで夢も見ずに休息を取る。

 朝になり、兵たちの動く音で目を覚ます。意識ははっきりしていて、倦怠感もなく、体のどこもおかしくはない。


「治った治った」


 と言っても何日かは魂術使わずにおいた方がいいか。

 お腹減ったし、朝飯食べられるかな?


「おはようございます!」


 びっくりしたぁ。テントを出てすぐに、見知らぬ兵にいきなり元気よく挨拶された。


「お、おはよう。

 こんなとこでなにしてるんだ?」

「なにって警護ですが。

 ルディネーシャが立っていると言っていたのですが、徹夜はきつかろうと副隊長命令で夜の内に交代しました」

「そ、それはお疲れ様」


 警護って必要なのかねぇ。陣地内は安全だろう?


「あ、そうだ。ありがとうございました!」

「何に対しての礼なのかさっぱりだ」

「二つの陣です。あれのおかげで昨日の疲れもとれ、傷も治りました!

 重傷者も夜の内に症状が楽になって、穏やかな休息をとれていました」

「そのことか。気にしなくていい。

 それより、もう朝ご飯って食べられる?」

「まだですね。作り始めたばかりだと。言えばパンかなにかもらえると思いますが。

 ただ貴族様の口に合わないかもしれません」

「町の食堂や屋台とかで食べたこともあるし、そこらへんは大丈夫さ」

「屋台?」


 驚いてるな。そんなに珍しいことなのかねぇ。

 パンの一つでももらえるならと調理場に向かう。そこに行くまで、着いてからも兵たちに礼を言われまくった。

 昨日までと違い、兵たちと距離が近くなった。これは認められたってことかな。

 でも少し罪悪感があるな。俺のために利用して、さらにいい感情を獲得したってことになるし。……ちょっと居心地が悪い。

 もういい時間だからミッツァに帰ろっと。そうと決まれば、ゴウロにそのことを話してと。

 近くを通った兵にゴウロの居場所を聞き、笑顔で返ってきた反応から逃げるように足早に移動する。

 朝早くからの訪問に驚くゴウロに、帰ることを告げる。元々帰ることになっていたので、反対されることはなかった。ただついでに書類を持って帰って、レアに提出してほしいと頼みを受けた。その程度ならばと引き受ける。急いで書類をまとめるので、俺は世話になった町長に挨拶してきたらどうかと言われ、もっともだと思ったのでそれに従う。

 早くに帰る俺に、なにか粗相したのかと慌てている町長を宥めることになった。町長を落ち着かせてお礼を言って陣地に戻るのに、一時間近く時間がかかったとは思わなかった。


「時間かかりましたな?」

「誤解されて」

 

 ゴウロに経緯を軽く説明すると納得した。


「これが渡してもらいたい書類です。どうぞ」

「わかった」

 

 すぐにリュックにしまってと。


「ディノール様の護衛に、ヤザック班をつけますので、彼らとともにミッツァへとお戻りください」


 ヤザック班ってルドの所属する班だったはず。


「人手足りる? 忙しいなら俺一人でもいいんだけど」

「二つの陣のおかげで十分足りています。

 それに護衛もなしに送り帰しますと、私どもがレアミス様にお叱りを受けますので」


 護衛もなしに動くなど貴族らしくもないってことね。まあ仕方ないか。


「わかった。彼らの準備は終わってる?」

「ええ、十分な時間がありましたから」


 町長の件でか。

 ゴウロと一緒に馬を置いているところに向かうと、ヤザック班がすでにいた。馬は町の厩舎に置かせてもらっていた。ビグウルフ討伐に集中するため世話もしてもらっていた。


「ヤザック班、帰還準備は終わっているな?」


 ゴウロの問いに皆短く声を揃えて応えた。

 町の入り口まで馬を引いて行き、そこから騎乗する。


「では出発します」


 班長のヤザックの先導で俺たちはミッツァへと出発する。

 一度振り返ると、ゴウロがまだ見送っていた。

 帰還の旅は、一度だけ魔物との戦闘があったほかは順調に進んだ。戦闘は俺が手を出すまでもなく、ヤザックたち三人で終わった。ビグウルフよりも手ごわい熊の魔物だったが、三人はたいして苦戦する様子も見せず勝った。

 そうして懐かしのというわけでもないが、ミッツァの街影が遠目に見え、旅の終わりを感じさせた。

 すぐに出ることになるということを思い出すまで、俺はちょっとした感傷に浸っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ