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妹可愛さに家を出た  作者: 赤雪トナ
帰郷
10/19

懐かしい友との再会

 帰ってきてから一週間経った。

 下克上を狙った貴族たちのちょっかいもなく、平穏に過ごせている。もしかしたら貴族たちはなにか仕掛けてきているのかもしれないけど、俺はなにも知らない。レアたちが上手く対処しているのか、本当になにも行動を起こしていないのか。わかっていることはこの一週間で騒動など一回も起きなかったということ。

 平穏無事な一週間をどう過ごしたかというと、レアとアンゼの相手していた記憶がほとんどだ。

 アンゼはともかくレアもべったりだったのは驚き通り越して、少し罪悪感が湧いたな。それだけ兄妹のコミュニケーションに飢えていたということ。作戦のためだったし、あの態度を貫き通したことに後悔はない。でももう少し兄離れしてもいいんじゃないかと思えるくらいに、べったりだからなぁ。

 でも実はレアにくっつかれて、


「すごく嬉しかったりするんだけどね」

「急にどうしたんです?」


 思わず零れ落ちた思いを聞いて、目の前に座っている母上が驚いている。

 

「いえ、レアが昔みたいにべったりで嬉しいなと」

「あの子はあなたが大好きですからね。

 あなたに邪険にされていた期間は、表には出ていませんでしたが落ち込んでいましたよ。

 仲良くできなかった期間分を取り戻そうと、くっついて回っているのでしょうね」

「まあ、現状は俺としても歓迎できますから迷惑とかではありません。たまに息抜きしたくなる時はありますが」


 そんな時はアンゼの相手をレアに任せて、俺は母上に相手してもらっているのだ。

 母上はいつでもお茶を出して、微笑みを浮かべ歓迎してくれる。無理に会話を弾ませる必要もなく、まったりとした時間を過ごすことができ、落ち着くのだ。

 レアたちと過ごす時間は嫌いじゃないが、こっちの雰囲気もいいものだ。


「私も時間は余り気味ですし、相手してもらえるのは嬉しいわ」

「時間余ってるんで?」


 そういや普段なにしてるんだろう。


「ええ、私にも仕事が回されることはありますが、それは忙しい時期のみ。平常時はすることなくて手持ち無沙汰なのですよ。

 だから庭に小さな畑を作って、ハーブなどを自作して時間を潰しているくらいです。

 でも最近はアンゼちゃんが遊びに来てくれるから、以前より楽しく過ごせていますね」

「畑を自分でですか、貴族の奥様がするこっちゃないですねー」

「もとが平民ですからね。今のような暮らしは窮屈に感じることもあります」


 秘密ですよと人差し指を唇に当てウィンクをしてくる。……似合うな。シャイネも母上も、というかこの世界全員にいえることだけど、若々しくて年齢を疑うわ。魔力が若々しさを保っているんだろうか?


「窮屈ってのはわかりますね。俺も家を出て気ままに暮らしたから」

「同意見の人がいて嬉しいわ。

 お茶のおかわりはどう? これも自作なの、よかったら感想聞かせてもらえる?」


 普通に市販のものだと思って飲んでた。本当にイメージする公爵夫人らしくないなぁ。それともこっちの世界だと、母上がスタンダードなんだろうか。

 社交界で自作した野菜やハーブを持ち寄って品評する奥様方。どんな肥料がよかったか、日焼けして大変だったなどと話し合う。……ないな。


「さすがに最高級と呼ばれるものには劣るけど、美味しいですね。市販のものだと思ってました。

 ただ苦味が気になるかな? 味を引き立たせる苦味じゃなくて、風味を邪魔してるだけになってますね」

「時間があるから、本を読んだりしていろいろと研究してみたの。

 メイドさんたちは私に遠慮してか飲んでくれないし、飲んでも美味しい褒めるばかり。だからあなたのように素直に感想言ってもらえるのは助かるわ」

「ハーブのほかになにを作って?」

「ヒマワリくらいね。見た目もいいし、種は食用になるし」

「今度種植える時、アンゼも誘ってもらえません? あの子花を育てたことないから、いい経験になると思う」

「大歓迎ですよ。その時が楽しみだわ」


 あまりに楽しみで注意が散漫になったのか、お茶を注ごうして注ぐ位置を間違えてしまっている。保温の魔法がかけられたポットから流れたお茶は熱い。テーブルを伝ったとはいえ、軽度の火傷する可能性も!

 なんて暢気に解説してる場合じゃない!


「熱っ!?」

「大丈夫ですか母上! 誰か!」


 大声を出して使用人を呼びつつ母上に近づいて、水を魔法で呼び出し母上の太ももに流水を当てる。火傷の初期対処って流水にさらすで合ってたはずだよな?


「なにかご用事……どうされたのですか!?」

「ポットの中身をこぼしたんだ。火傷してるかもしれないから、医者を呼んできて」

「わかりました、すぐに!」


 俺の頼みを聞いてメイドは急ぎ足で部屋を出て行った。


「ディノの動き早かったですね」

「外にいた時は怪我は日常茶飯事でしたから。

 それにしても床が水浸し……すみません」


 絨毯が水吸ってびちゃびちゃだ。今も水は出してるから、濡れた範囲は広がってるし。


「かまいませんよ。治療のためですし、もとはといえば私の不注意が原因ですからね」

 

 メイドに頼んで三分もせずに、小さい頃から世話になっている医者がやってくる。流水を止め、医者と立ち位置を交代した。

 魔力が切れる前に医者がやってきて助かった。魔力の残り半分になってるからね。

 医者の指示で、メイドが母上のスカートを捲り上げ太ももを外気に晒す。元は真っ白だったのだろう肌は、今は赤くなっている。そこに医者の指が触れ、母上はピクンと小さく体を揺らす。


「火傷まではいってませんね。すぐに冷やしたこともよかったのでしょう。一応薬は塗っておきます。一日も経てば完治するでしょうね」


 そう言って医者はちゃちゃっと治療をすませた。

 治療が終わったことを確認しメイドがスカートを元に戻す。心配でずっと見てたけど、部屋出てた方がよかったのかも? スカート捲り上げられたところを見られるのは恥ずかしかったかもしれない。いやもう遅いけどね。思い返してみるとセクシーだった。

 

「奥様、着替えましょう」

「そうですね」

「じゃあ、俺外に出てますね」


 さすがに着替えまで見るわけにはいかんだろ。

 廊下に出て窓から外を見る。ここからは兵たちの訓練風景がよく見える。気合が入ってるなと思ったら、レアが訓練場に出てたのか。でも兵たちを見てはいない。アンゼと一緒に砂で遊んでいる。懐かしいな。ん? よく見たらルフが砂でできた城の中にいる? 崩れたりしたら砂まみれだろうに。まあ、三人とも楽しそうだしそれくらいの失敗は笑い話ですむんだろうな。

 そうやって遊ぶ様子を見ているうちに着替えが終わり、お茶会を再開ために部屋に戻る。

 三人の様子を母上に伝えると、母上も懐かしげな表情となった。

 

 翌日、いつものようにレアの仕事を手伝っていると部屋がノックされ、兵二人が入ってきた。一人はゴウロで、もう一人は明るい茶の長髪と同色の目を持つ美人さんな女兵士だ。女兵士は顔を赤らめレアを見ている。……百合の気があるのか?


「なにか急用ですか?」

「領内巡回兵たちがビグウルフの群れを発見し、今そこにいる兵たちでは少々数が足らず増援を頼んできたのです」


 領内巡回兵とは、兵の三つの業務の内の一つだ。その名の通り、領内を見て回っている。仕事は各地の魔物を退治したり、街や村の様子を視察すること。魔物退治は、規模の大きなものや緊急を要するものしかしていない。手当たり次第に退治してしまうと冒険者や傭兵たちの仕事を奪ってしまうことになるからだ。

 ほかに都市防衛と訓練兼休養の仕事がある。

 あとビグウルフはビッグなウルフ。つまり通常の狼より大きな狼だ。通常の二倍の体を持つだけで、危険度は跳ね上がる。俺は三度ほど戦ったことがある。一対一ならば負けはないけど、一度に五匹だと苦戦して、十匹になると確実に負ける。


「そう。その情報を持ってきたのはあなたですか?」

「は、はい!」


 視線を向けられた女兵士がびくんっと体を跳ねさせ大きく返事を返す。

 さっきは百合とか言ったけど、ただ緊張してただけなのかも?


「あっちにいる人数と必要とされる人数はどれくらいになりますか」

「向こうには通常通り四人の兵がいました。今は私が抜けているので三人でビグウルフたちを見張っているはずです。

 必要人数は、班長が言うには最低でも五人はほしいと」

「では訓練している者たちから十名出しましょう」

「ありがとうございます!」

「レアミス様」

「なんですかゴウロ」

「私も行きます。ビグウルフたちがいる近くに公爵家と懇意にしている町があります。事態の説明のために、地位の高い者が向かった方が先方も安心するかと」

「町の名前は?」


 レアの問いに女兵士が町の名を口に出す。それを聞いてレアは表情をわずかに歪めた。


「今あそこが被害にあうのは避けたいですね。ちょっとこれから必要になるから。

 私が……いや任命式の準備があるから動けない、となると」


 考え込んでいたレアの視線が俺に向いた。


「兄上」

「なにかな?」

「私の手紙を持ってゴウロたちと共に行ってもらいたいのです。

 どうかお願いできませんか?」


 躊躇いがちに頼んでくる。


「いいよ。俺がいなきゃできない仕事ってないよね?」

「はい」


 だろうなぁ。あったら行けとは言わないか。


「だったら問題ないさ」

「すみません。

 それともう一つお願いが」

「ほかになにかあるの?」

「十日で帰ってきてほしいのです。なのでビグウルフ討伐が途中でもこっちに戻ってきてください。その旨は手紙にも書いておきます。兄上がいなくなっても、先方に不安を与えることはないでしょう。

 あなたたちも兄上がそう動くつもりでいてください」


 ゴウロと女兵士は頷いた。


「十日後になにか用事あったっけ?」

「一緒に王都に行ってもらいます。私の公爵任命式が近々あるのです」

 

 話を聞いている兵二人がおめでとうございますと、レアの公爵就任を称えている。


「それってレアだけ行けばいいんじゃ?」


 俺が行く必要感じられないんだけど。


「王様に帰ってきたことを知らせないと駄目です。

 父上が王様には事情を話していたので、心配されていました。だから兄上本人から無事帰ってきたことを告げてください」

「王様に話してたのか」

「説明しておかなくては駄目なことでしょう」


 そうなのかな? 跡取りはちゃんと屋敷にいるし、俺は貴族辞めたつもりでもいたから、一般人が旅に出ただけってことだろう?

 そう思って首を傾げる俺を見て、レアは溜息一つ吐いた。


「国外で公爵家の関係者が死んだりしたら、国際問題に発展する可能性があるんです。それがその国になにも問題がなくても。

 兄上は自身で思っているよりも価値が高いということを自覚すべきです。

 軽はずみな行動はいらない問題を起こすことになるということも、よく覚えておいてくださいね」

「ここでめんどくさいとか言ったら、すごい説教されるんだろうなぁ」

「もちろんです」


 真面目な顔で頷かれたので、心に刻んでおこう。でも忘れるかもしれない。


「話が少しずれたけど、俺が気をつけるべきは十日で帰ってくるってことだよね?」

「はい。少しだけならば遅れてもかまわないのですが、その場合は急いで王都に行く準備をすることになります。慌しすぎて心労が溜まることになりかねません」


 心労とかは避けたいから、遅刻はしないようにしよう。

 

「ゴウロは知っているだろうが、そっちの兵は知らないかもしれないから自己紹介しておく。

 レアの兄で、ディノールと言う。これからしばらく世話になる」


 兵二人に一礼する。世話になるのだから挨拶は必要だろう。

 ゴウロは苦々しげな顔をしていて、もう一人の方は慌てて敬礼している。


「わ、私はっルディネーシャ・グリンと言います!

 親しい人たちからはルドと呼ばれていますってこっちは言わなくてもいいことでした! すみませんっ」


 余計なことを言ったとあわあわと慌てた様子で、勢いよく頭を下げた。一拍遅れて髪が下に垂れる。


「そんな慌てなくても。顔も上げてくれ」


 今度は勢いよく頭が上げられ、真っ直ぐ背筋を伸ばしこっちを見ている。もっと楽にすればいいのに。

 動きがきびきびしすぎなのは、緊張してるせいなんだろうか。

 しかしルドか……懐かしい名前だ。小さい頃の友達と同じ名前。でもあっちは男だった。

 顔も違う……ん?


「ど、どうかされましたか?」


 じっと顔を見られていることで、なにかしでかしたかと目に不安の色が浮かんでいる。


「兄上?」

「んー……もしかして小さい頃に金持ちの子供の友達っていた?」

「私にですか?」


 ルディネーシャの問いに、俺は頷く。


「はい、確かにいました。でも十才辺りから会わなくなりました」

「その友達に文字とか教えてもらってた?」

「どうしてご存知なのですか?」


 ルドに双子の妹っていたっけ? そんな話は聞いてない、よな? だとしたら本人なのか?


「その友達の名前ディノって言ったり?」

「はい」

「兄上、もしかしてルディネーシャと友達だったのですか?」


 レアが言いたいこと言ってくれた。

 その言葉に頷く。そしてその頷きにルドがすごく驚いている。


「え!? ディノ!? そう言われれば似てる。

 でも公爵家と知り合うってそんなありえない、というか!?」


 ルドはなにかに気づいたように、再度勢いよく頭を下げた。


「数々のご無礼申し訳ありません!」


 どこか悲鳴じみた謝罪だった。

 でも無礼って言われても思い当たるとこないんだけど。


「無礼ってなにかされたっけ?」

「無知な子供の頃のこととはいえ、強引に遊びに誘ったりと貴族様に取る態度ではありませんでした」

「ああ、そんなこと」


 もう何年も前のこととはいえ、それが原因で罰せられると思ったんだろうな。

 無礼をそんなこと扱いされ、ルドは表情は不安そうなものから戸惑いへと変化した。


「もともと俺が身分明かしてないんだから、どんな態度も気にしないよ。

 あの頃のことは楽しい思い出として残ってて、不平不満なんか少しもないぞ。罰するつもりなんか少しもないから、安心していい。それに俺は今でもお前たちのことは友達だと思ってる」


 子供時代の数少ない友達だからなぁ。


「それは光栄です! と答えればいいのでしょうか?」


 敬礼しつつもちょこんと首を傾げている。


「光栄ってのは大げさだと思うな」

「二人とも始めに見て互いのことをわからなかったのですか?」


 疑問に思ったことをレアが聞いてきた。


「私はまさか公爵家縁の者だとは思わず、想像にすらしていませんでした」

「俺はルドは男だと思ってたから」

「男ですか? どこからどう見ても女性に見えるんですが」


 今はそうだけど昔は男にも見えたし、ルドから男だと紹介されてたんだ。


「それは私が男だと名乗って、そのまま修正しなかったからです」

「どうしてそのようなことを? あ、言いたくなければ言わなくてもいいですよ」

「大層な理由はありませんし、もう終わったことですから。

 十年以上前この街で誘拐が多発していたことはご存知でしょうか?」


 そんなことが起きてたのか。まったく気づかなかった。


「資料で見た記憶があるわ」

「私は覚えていますよ」


 黙々と書類を処理していたガーウェンが、手を止めて会話に参加してくる。


「盗賊が街の人間をさらい、とある魔法使いに売っていた事件ですね。その魔法使いは手に入れた人間を実験に使って死なせていました。

 誘拐の被害はこの街に留まらず、領地内に広まっていました。

 事態を重く見た先代当主ガディノ様が、王様に救援要請を出して、特別対策班の活躍で魔法使いの死を持って事件は解決しました。

 これが事件の簡単な概要です。

 そしてこの事件に便乗するように、誘拐を行い人買いに売りつける者もいました。

 そういった者はディノール様を囮とした網にかかって、全員処刑されましたね」


 ……囮て。初めて聞いたんですが。


「えっと俺を囮にするように指示を出したのは父さん?」

「はい。公爵家跡取りが街に出ているとわざと情報を流すように指示して、ディノール様をさらおうとした犯罪者を捕まえ、街の治安上昇を狙いました。

 その効果は大きかったです」

「それは大きいでしょうね。公爵跡取りを手に入れれば、望みは思うがままだって誰もが考えるわ。

 実行する前に思いとどまる人がほとんどでしょうけど。

 資料に囮のことは載ってなかったけど、載せられることではないわね」


 呆れたようなレアの言葉が部屋に響く。兵二人は子供を囮にした先代の大胆な作戦に絶句している。

 もしかしたら子供の頃に聞いた喧嘩騒ぎのいくつかは、捕縛劇だったのかもなぁ。

 

「思いもしなかった話が聞けたけど、まあそれは置いといてルドの話に戻そう。

 どうして性別を偽ってたんだ?」

「誘拐されないようにです。

 誘拐されている人は外見の優れた女性が多くて、親が私もさらわれるんじゃないかって心配して、男装させて性別を偽るように言い聞かされてました」

「誘拐騒ぎってずっと続いてたわけじゃないよね?」


 ガーウェンに聞くと、頷きを返された。


「だとしたら騒ぎに一段落ついた時教えてくれてもよかったんじゃ?」

「言いそびれまして」


 そう言ってルドは、あははと軽く苦笑いを浮かべた。

 それなら仕方ないな。気づかなかった俺も悪いんだろう。


「納得したし、話を元に戻そうか」

「そうですね。といっても自己紹介は終えたことですし、あとは明日の集合時間と場所、移動手段を話すくらいですか。

 集合時間は早朝、場所は訓練場でいいでしょう。移動手段は全員馬。

 兄上の馬もこちらで用意しておきます。その馬を今後も使ってください」


 幼い頃から乗っていた馬は今も生きているんだが、年で長時間走り続けるのは難しいんだよな。それをレアも知っていたんだろう。

 愛馬には今でも乗っている。でもアンゼと一緒に乗って、ゆっくり歩く程度で済ませている。そういった乗り方ならばまだまだ現役だ。


「受け取りは朝に訓練場で?」

「はい。コンロールに言っておきますので、彼から受け取ってください」


 コンロールは馬の世話役だ。俺と同じ年で、メイド長の子供でもある。小さい頃時々メイド長について屋敷に来ていた。俺たちの遊び相手になればと連れてきていたらしいが、俺は演技していたせいで近寄りがたく、レアにも雰囲気に気圧されて近づけなかったと聞いている。俺が感じているような存在感ではなく、いいところの子供といったことを敏感に感じ取って、近寄れなかったんだろう。

 小器用さがなくていろいろな職をクビにされていて、メイド長のコネで屋敷の下働きをしていた。それがある日、馬の世話の手伝いをすることになり、楽しく世話できたことで熱心に世話をし始め、その熱意を認められて世話役として働くようになった。才もあったようで、今では一端の仕事ができるようになったのだと、久々に会って聞いた。

 俺がいない間、愛馬の世話をしてくれていたのもコンロールだ。そのことに礼を言うと、すごく恐縮していた。当たり前のことをしていたというセリフに好感が持てた。

 実際、仕事をこなしていただけなのだから当たり前のことをしていたというのはわかる。でも愛馬の毛並みが綺麗で、元気な姿を見ることができて嬉しいのだから、好感も抱けるというもの。


 書類仕事を早めに切り上げ、明日の準備のために私室に戻る。

 シャイネと一緒に部屋にいたアンゼとルフに、仕事に出てくると告げて、準備を整えていった。

 二人とも留守番は何度も経験があるので、慣れたものだ。寂しがることもなく、どこに何しに行くのか聞いてきた。それにレアから頼まれたと前置きして、内容を語っていく。

 

「シャイネやレアや母上の言うことをよく聞いて、我侭はほどほどにね」


 我侭言うなとは言わない。子供にそれは無理だろうし、度が過ぎるようなものはルフが嗜める。そこら辺は二年以上一緒にいることで、信頼できるようになっている。


「うん」

「シャイネはこの子たちの世話よろしく。ルフがいるから大丈夫だろうけど」

「かしこまりました。若様も怪我などなさらぬよう」

「油断さえしなければ大丈夫だろうさ。

 あ、ルフには魔剣預けとくよ。使わないだろうけど、保険として渡しておいた方がいいだろう?」

「そうね、念には念を入れておいた方がいいわね」

 

 保険という部分に同意のようで、ルフは俺の提案に頷いた。

 渡すのは風属性の魔剣。この中の魔力を吸収すると、ルフは一時的に中学生と同程度の大きさになり、なんのサポートもなしに自身の力を振るうことができる。

 これは霊石が手元になかった時に霊術が必要になり、代わりに使えないかと実行してみた結果わかったことだ。どうしてそんなことになるかは解明できていないけど、便利なのでよしとしている。

 魔剣が完成していると、力を使い続けて十五分、力を使わずにいると三日ほど大きな体でいられる。でも今回置いていくのは未完成なのでそこまで効果は持続しない。出来具合から推測して、力を使い続けて十分弱、力を使わずに二日弱といった感じだ。


「テーブルの上に置いとくから。持ち運びはシャイネに頼んで」


 他の魔剣は袋に包んでクローゼットの中に入れておこう。今回は腕利きの兵が何人もして必要なさそうだし。


「わかった。まあ、屋敷で過ごしている分には出番はないでしょうね」

 

 シャイネも手伝ってくれたので、準備は早く終わった。

 余った時間は留守にする分だけ、アンゼを構いたおした。賑やかな雰囲気につられてか母上が現れ、さらに賑やかになり、仕事を終えたレアも加わって煩いほどに盛り上がった。

 遊び終わった後、構いすぎて疲れたアンゼがぐったりしていた。はしゃぎすぎたな、反省。


「おはようございます、若様」

「おはよう」


 夜が明けて起こしにきたシャイネに挨拶を返す。

 横腹にしがみついて寝ているアンゼを起こし、ベッドから出る。

 俺が着替えている間に、シャイネがアンゼを着替えさせた。水兵が着るような白のセーラー服で、下は同色のキュロットだ。胸の辺りに水色の大きなリボンがくっついている。


「パパーリボンー」


 髪を梳いてもらったアンゼがリボン片手に近寄ってくる。

 留守にするせいか、少し甘え気味だ。


「今日はツインテールでいい?」

「うん!」


 元気な返事は聞いていて清清しいね。

 鼻歌なんか歌いながら、ちょちょいっとリボンを結んでいく。何度もやってるから慣れたもんだ。仲間に教えてもらい、今ではシニョンとかもできるようになった。

 

「完成。うん、可愛い」


 梳いた髪を乱さないよう軽く頭を撫でる。それにアンゼは嬉しげに笑った。

 俺がアンゼの相手をしている間に、手の空いたシャイネはルフを起こしていた。

 ルフもアンゼに合わせるように髪を整えていく。けれどもまったく同じは芸がないと思ったのか、ツーサイドアップにしていた。


「ルフのそれも可愛いな」

「そ、ありがと」


 逸らした横顔の頬がほのかに赤くなっているところを見ると、照れてるみたいだ。それを指摘はしない。以前指摘して、照れ隠しですごく罵倒された。本心からでないとわかっているけど、ちょっと精神的に凹むので同じ轍を踏むつもりはない。

 朝食を食べた後、レアと一緒に訓練場に向かう。

 そこには派遣に選ばれた兵たちと馬がすでに揃っていた。コンロールもいて、馬の手綱を握っていた。そばにいる黒毛の馬が俺の使う馬なのだろう。

 ゴウロと話し合うことがあるというレアに、コンロールに挨拶してくると告げてそばを離れる。


「おはよう」

「おはようございます」

「そいつが俺が乗る馬?」

「はい。気性の穏やかな子で、よほどひどい扱いをしないかぎりは暴れるようなことはありません」


 よろしくと馬に声をかけて、首を撫でる。よく手入れされているようで、毛の感触がさらさらとしていて気持ちいい。

 世話するうえでの注意点を聞いて、手綱をもらう。


「この子をよろしくお願いします」


 コンロールにとって子供のようなものなんだろう。少し寂しげな表情になっている。


「手荒に扱わないと誓うよ。

 俺のいない間、あの子の世話を頼む」


 愛馬のことを頼むと、コンロールはしっかり頷いた。

 これで用事の終わったコンロールは、ほかの馬の世話をすると言って厩舎に戻っていった。

 それを見ていたのらしいレアが俺を呼んだ。

 手綱を軽く引くと、馬は素直についてくる。馬の気質もあったのだろうが、コンロールの調教もあって、初対面の人間の言うことを聞くようになったのだろう。

 

「兄上、これが昨日言った手紙です。向こうについたら門番にこれを見せれば、通してくれますから。あとは町長に渡してください」


 家紋の描かれた蝋で便箋の開け口が止められている手紙をもらい、鞄の底にしまい込む。

 

「怪我などしないよう、気をつけてくださいね」

「これだけの兵に守られるんだし、大丈夫さ」


 俺の言葉にそうですねと頷いたレアは、兵たちにも同じように怪我なく任務を終えるよう言って見送りの挨拶とした。

 ゴウロの騎乗という掛け声に従い、皆一斉に馬に乗る。

 ゴウロが先頭に出て進み始め、それに兵たちは従っていく。俺は集団の真ん中にいるように指示されて、それに従っている。隣には知り合いってことで世話役となったルドがいる。


「目的地ってここから何日くらいだっけ?」

「このペースだと……明後日の午前中には到着します」


 馬を使い潰すわけにはいかないから、全速力で進んでいるわけではない。長距離を踏破するため急ぎ足といった程度だ。だから口を開く余裕もあり、会話もできる。


「口調畏まったものにしなくてもいいよ?」

「いえ、そんな恐れ多いことできません!」

「じゃあ、周りに人いない時くらいは昔の話し方にしてくれない?

 友達にそんな畏まった話し方されるのは寂しいものがあるからさ」

「……周りに人がいない時だけですよ」


 寂しげな表情から本心からそう言ってると判断したルドは、こっそりと同意してくれた。

 道中見かけた魔物を無視して、俺たちは目的地に急ぐ。集団で急ぎ気味で移動している俺たちを襲う魔物もおらず、旅はスムーズだ。

 

「ん゛ーっ」


 馬を降り、ぐっと伸びをしたり、柔軟運動をしている。

 今は休憩時間だ。さすがに馬も人もずっと移動しっぱなしというわけにはいかない。


「大丈夫ですか? 療養から帰ってきたと聞いてますが」

「病気の方はすっかりよくなってるよ。

 馬に乗っての長時間の移動って初めてだから、ちょっとだけ疲れたんだ」


 いつもは歩きだからなぁ。知らず知らずの内に余計な力を入れてたみたいだ。


「いつもは馬車でしょうし、無理もありませんね」

「いやいつもは歩きなんだけどね」


 俺が冒険者として生活していたことをルドは知らないんだっけ。だったら移動手段が馬車って思うのも無理ないか。

 というか俺の素性って正式に発表したっけ? 屋敷を出て三年しか経ってないし、改めて知らせるまでもないって判断したのかもなぁ。


「そうなんですか。貴族の移動の基本って馬車と思ってました」


 その認識で間違ってないけどね。でも俺貴族として過ごしてなかったし。

 

「それにしても人づてに聞いてた印象とまったく違いますよね、ディノール様」

「どんな風に俺のこと聞いてた?」


 ルドは聞いていた印象を口に出していった。それは俺が誘導した通りのもので、傲慢だとか礼儀がなっていないとか偉ぶっているだとかだ。


「そういった風に聞いてたから、ディノール様がディノだとわかった時、昔の礼を失した対応を思い出して、それを理由にどんないちゃもんつけられるか怖くなりましたね」

「ああーだからあの悲鳴染みた謝罪」

「でも気にしなくていいって言われるし、どうなっているんでしょうか? 伝え聞いた人物像とはまるで別人です」

「まあ、そこらへんはちょっとした理由があるんだ。聞かないでもらえると助かる」

「わかりました」


 素直だ。やっぱり公爵関係者ってことで萎縮している部分もあるんだろうな。じきに慣れるといいけど。


「俺も聞きたいことがあるんだ」

「なんでしょうか?」

「どうして兵士になったんだ? 兵士になるのが夢だったとか?」


 ルドは否定するように首を横に振る。


「いえ、そういう訳では。お金のためです。

 ディノール様と遊ばなくなってすぐに父さんが病死して、母さんが一生懸命働いて、私も手伝っていたんです。そうして母さんは一年二年と頑張っていたのですが、四年目に長年の疲れがいっきにきて、倒れてしまいました。

 その時倒れた位置が悪く、足に大きな怪我をしてしまい。治療に長時間を必要としたんです。

 そして治療費と生活費を私が稼ぐことになりました。それまでの仕事では、到底暮らしていけないとわかりきっていたので職を変えようと探してみたのですが、そうそういい仕事はなく、最後の手段としていた娼婦になるしかないと思っていた時、公爵家で兵士を募集していると聞きました。

 詳しい話を聞くと給料が良かったので、身体能力には自信もありましたし、面接に挑戦してみようと思い公爵家の門を叩いたというわけです」


 それで見事に受かったのか。そういや遊んでいた時、鬼ごっことか強かったもんなぁ。

 感心していると、ルドは苦笑を浮かべた。

 

「まあ身体能力だけで残れるほど甘い面接ではなかったのですが。

 試験官の一人だったレアミス様に、必死すぎる様子を疑問に思われて理由を聞かれ話したところ、特別枠として拾い上げられました」

「レアは優秀だけど、甘いところあるからな。納得できる話だ」


 ただ誰にでも手を伸ばすわけじゃない。ルドに光るものを見て、チャンスを与えたってところかな。

 今もルドが兵士として働いているってことは、努力を怠らずにいるってことなんだろう。


「レアミス様にはいくら感謝しても足りません」

「だろうな。その気持ちを忘れずに、レアに尽くしてやってくれ。不出来な兄からの頼みだ」

「はい」

 

 即答とは頼もしい。


「そろそろ休憩終わりです。いつでも出発できるように馬の近くにいましょう」


 周りを見ると皆も動き出している。

 すぐにゴウロが皆に声をかけ、俺たちは再び馬上へと上がる。

 予定通りに旅は進み、ルドが予想した通りの時間で目的地に到着した。


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