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妹可愛さに家を出た  作者: 赤雪トナ
家出前
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これまでの軌跡、これからの軌跡

 金の姫騎士、精霊の友、機神騎手、赤の剣豪などなど。

 これらの名を馳せた偉人がいた時代に、セカンドキーパーと呼ばれた者がいた。

 どこまでいっても一番にはなれず二番手にいたことから、周囲の者にそう呼ばれた者だ。

 これより語るのはそんな彼の人生の一部。

 様々な人と接して、様々な事に関わった、騒がしき騒動の日々。

 偶然か、神々の悪戯か、特異な人生を送るはめになった彼の生き様をとくとご覧あれ。





「おはようございます若様、朝ですよ」


 聞きなれたメイドの声が、寝ぼけた頭に心地よく入ってくる。

 英語にかぎりなく近い言語は、何年も聞いているうちに完全に聞き取れるようになった。

 ぱちりと目を開けて体の調子を確認する。一年前までの虚弱さが嘘のように今日も調子がいい。


「おはよう、シャイネ」


 ベッドから体を起こし、すぐそばにいる可愛らしいメイドに挨拶を返す。

 彼女はシャイネ。今年で勤続四年目に突入した、亜麻色の長髪の女。年齢は17才のはず。目つきが鋭くてややきつい感じを受けるけど、性格のほうはそうでもない。今年から俺専属になった。もともと俺専属みたいなものだったけど。

 シャイネが準備してくれた服を一人で着込み、おかしい箇所がないか確認してもらう。

 異性を前にしての着替えを恥ずかしいと思う気持ちはあるが、見た目が見た目なのでなんの問題もないだろう。本来ならば、着替えすら手伝ってもらう立場でかつ見た目年齢なのだから。

 こう言い方をしているから予想ついたかもしれない。

 そう、実は転生して二度目の人生送っている最中なんだ。


 生れ落ちてはや六年。前世の年齢も合わせたら三十年と少し。

 夜空が強く光り輝いた日に生まれたなんて背景を持っているけど、転生したという以外はそこまで特殊ではない人生。

 思い返せば今にいたるまで早かったようで、思い出がたっぷり詰まった六年だった。

 まさか小説のようなことが自身に起こるとは。そういったことが起きたと理解した時は、驚き戸惑い呆れなどなど、様々な感情が一度に沸き起こった。だけど周囲の人間から見たら、ただ赤子がぐずってるだけだったという。

 事態を理解できたのは一才を過ぎて、自意識がはっきりし出した頃。といっても認識できただけで、難しいことは考えられなかった。脳の処理が意識に追いつかず、すぐにブレーカーが落ちたように眠ってしまったのだから。


 気絶を繰り返し、両親にはよく眠る子だと思われつつ時間が流れ、あれこれ考えられるようになったのは、二才になる三ヶ月ほど前だ。

 生まれ変わりというやつか、欠けた記憶はあるものの、ある程度の記憶を持ったまま転生するなんて夢にも思わなかった。

 どうしてこんなことになったのか、まったく予想つかない。なので神様の気まぐれということで保留して、次に考えたのは死んだ時のことを思い返すこと。

 死ぬ間際のことは思い出せなかったけど、その前のことは思い出せたから、なんとなく予想ついた。

 いつ思い返してもちょっとだけへこむ。自業自得、これが一番良く似合う言葉。悪いことしたわけじゃない、準備万端すぎただけだ。

 インフルエンザにかかって、会社にしばらく休むと連絡して、友達にも感染するからくるなと連絡した。そのせいで、意識を失っても誰も助けに来ず、そのまま死亡という過程を辿ったんだろう。

 インフルエンザで死ぬ可能性はあると聞いたことあるんだけど、まさか自分が該当するなんて。一人暮らしって怖いね。

 死ぬ寸前のことまで記憶してないのは運がいいんだろう。高熱などで苦しんだけど、死ぬ間際の苦しみまでは知覚できずにすんだから。

 赤子になっているという現実のおかげで、現状を理解せざるを得ず、未練とも早く別れられた。

 他人よりも有利に人生を再出発できるということで、なんとか幸運だと思い、こうなったら前世の分まで人生謳歌してやるぜと気合を入れた。生まれは貴族の公爵家で勝ち組だし、かなり明るい未来が待っていると簡単に予想できた。

 まあ、この意気込みは三才を過ぎた頃に起きた出来事がきっかけで、方向転換をせざるを得ないわけなんだが。後悔はしてないな。


「どうかされました?」


 物思いに耽って反応の鈍い俺に、シャイネが小首を傾げ声をかけてきた。


「んーん、少し眠かっただけ」


 やや幼げに演技して返答する。演技するのは怪しまれないためだけど、完璧にできてるわけじゃないから、年のわりにはしっかりした子だという認識をされている。前世で役者をやってたわけじゃないし、ここらが演技できる限界だろう。ずっと演技してれば、上手になるかもしれないけどね。


「そうですか。食事の準備ができていますよ。当主様たちもお待ちでしょうから、参りましょう」


 シャイネと一緒に部屋を出て、彼女の背にたれた右に左に動く尾のような髪の毛先を見つつ、食堂に向う。

 食堂に入ると、焼きたてのパンの香りや取れたて果物の甘りが鼻を刺激する。


「おはよう、ディノ」

「父さん、母上、レア、おはようございます」


 挨拶をしてきた父さんに挨拶を返し、その隣にいる2人にも挨拶をする。


「おはよう、ディノ。ほらレアもお兄ちゃんに」

「おはよう、にいさま」

「おはよ」


 少しぶっきらぼうに返答し,椅子に座る。これも仕方なく演技しているのだ。

 本当はかまいたくて仕方がない。だって可愛い妹なのだ。綺麗な蜂蜜色の金髪、極上の宝石のような碧眼で、透きとおるような白磁の肌、リボンでちょこんとポニーテールにされている。容姿は、将来絶対に美人となると確信を持てる。今はまだ幼いから美しいというよりはとても愛らしい。

 そんなレアに「にいさまにいさま」と甘えられたら、誰だって愛しく思うさっ。思わないとは言わせない!

 こんなに大事に思ってるのに、ぶっきらぼうに接する必要があるのか。それにはきちんとしたわけがある。

 この子に公爵家を継がせたいのだ。

 そう思ったのは、この子が生まれてきて初めて顔合わせした時にまで時間を遡る。


 レアが生まれて、シャイネとは違うメイドに手を引かれて、初めてレアを見た時の衝撃は今でもよく覚えている。

 扉を開いて始めに感じたのは、押し返されるような圧迫感。けれどそれは一瞬だけで、戸惑いを感じつつ部屋に足を踏み入れ、レアを見た。そして一目で、あの衝撃が誰から発せられたのか悟った。

 まるで天に燦然と輝く太陽みたいだと、俺なんかとはまるで違う、圧倒される存在感がそこにあった。

 この子は俺の器をはるかに超える傑物だと、無理矢理にでも納得させられた。

 このように感じたのは俺だけのようで、その場にいた皆は圧倒される俺を不思議そうな顔で見ていた。初めての妹で戸惑っているんだろうと、勘違いしてくれたらしい。生まれたばかりの赤子に圧倒されているなんて普通は思わないわな。

 その日からしばらくは、可愛いという思いと溢れる才気が妬ましいという思いが両立していた。だが徐々に可愛いという思いが勝り、嫉妬は気にならないくらいに小さくなった。小さくなっただけで未だ燻ってはいるけど、再燃して大きくなることはないと思う。たぶんね。

 嫉妬が小さくなってから、レアを大事にしたいなと思うようになり、どうしたらレアが満足できる人生が送れるか考えた。

 考えつづけて、出た結果が公爵家の主になってもらうこと、といったものだった。才能を万全に振るえて、望まない政略結婚をせずにすむ。貴族という恵まれつつも不自由が付きまとう環境で、自身の身の振り方をある程度自由に決めることができるのは、きっとレアにとっていいことだと思ったのだ。

 それに前世の常識が抜けきれず、こちらの常識と比べるとずれた感覚を持つ俺よりも、レアが当主になったほうが、領民も幸せになれるだろうと思う。

 実際、領地経営を教えられても上手くいきそうにないし、家臣に丸投げになりそうだと思う。そうなると家臣の派閥に余計な問題を生じさせ、レアに負担をかけることになるかも。それは嫌だ。

 なのでそんなことなる前に手を打とうと、動き始めている。

 その一つが、レアにぶっきらぼうな態度を取り始めるといったものだ。いきなり態度を変えると怪しまれるから、少しずつ距離を置くようにしていくつもり。

 嫌われて、レアが継承権の譲渡を躊躇わないように仕向ける。ほかには習い事で、たいした結果を残さず、優秀ではないと判断してもらう。これによりほかの者たちも、レアが継ぐことに納得するだろう。さらには家臣たちにも尊大な態度を見せて、心証を悪くする。

 こういったことをしなくとも、レアの成長過程で皆がレアの優秀性を理解すれば、問題なくいきそうではある。でもすべてが俺の思い通りに行くかもわからないから、演技しておいて損はないはずだ。


 いるかどうかもわからない神に祈りを捧げて、美味しい朝食を食べていく。

 レアの母上に手伝ってもらい食べている様子に和みながら、朝食を終える。

 このあとの予定は、文字の読み書きと国の歴史の勉強だ。そして午後は剣と貴族作法の稽古。それらはがっつり組み込まれているわけじゃないので、面倒だとは思わない。作法だけはいまいち理解できないところもあるけどね。

 一人で自室に戻って、そのまま待っていれば二十分ほどで家庭教師役として選ばれた初老の家臣がやってきた。


「若様、前回までで文字は教え終わりました。ですので、今日は大文字と小文字をきちんと覚えているかを最初にやりましょう」

「わかった」


 渡された紙に、大文字から順番にアルファベットを書いていく。

 時々思い出す振りをししつつ、早いとはいえないペースで書き上げる。

 完成したアルファベットは、前世に覚えたアルファベットとほぼ同じだった。違いは、ところどころ欠けている部分や向きに違いがあるということ。

 例えばFの上部の横線がなかったり、Cの開いた部分が下向きになっている。

 まったく知らない文字が追加されているなんてことはなく、一時期昔のイギリスかアメリカにでも転生したのかと思っていた。でもメイドの一人が魔法を使っているところを見て、異世界か魔法の存在する平行世界なんだろうと考えを改めた。


「完成しましたか?」

「したよ」


 解答用紙を家庭教師に渡す。

 それにざっと目を通した、家庭教師は一つ頷く。


「よくできました。一つも間違いはありません。

 ただしもう少し丁寧に書けるよう心がけてください。将来書類を作った時、字が汚くて読み違いが起き、仕事に問題が発生するなんてことも起きる可能性がありますから」


 前世から字は汚いほうだったから、これを直すは大変かもなぁ。


「がんばってみます」

「ええ、汚いよりは綺麗なほうが見栄えもいいですからね。

 では次は,名前を書いてみましょう。

 私が書きますから、それを真似てください。ディノール・アウシュラー・センボル・ホルクトーケっと。

 こう書きます」


 家庭教師が紙に書いた俺の名を真似て書く。

 ディノールが名前で、アウシュラーは父方の家名。センボルは母方の家名で、ホルクトーケは治める領地の名前だ。

 ちなみに前世の名前は白崎拓也。ミドルネームになんか縁のない、一般庶民出身だ。職業も家電店の下っ端正社員、お偉いさんとの駆け引きなんか経験したことはない。


「書けたようですね。では何度か書いて覚えてください」


 指示に頷き、十回書いて暗記する。


「名前は覚えたようですね。

 あとは簡単な単語をいくつか覚えたら、文字の勉強は終わりましょう」


 そう言った家庭教師はさらさらと単語を書き出していく。

 見覚えのあるもの、意味を忘れてしまっているもの、知らないものがずらりと三十個並んでいる。


「上から順に、果物、テーブル、ベッド」


 家庭教師は一つ一つを指差して、意味を告げていく。

 英語は苦手だったんだけどなぁ。そうも言ってられんか。その場かぎりの暗記でどうにかなる受験と違って、身に付けないと生活に直に響いてくるし。頑張って覚えないと。

 小さく溜息を吐いたあと、気合を入れて覚え始める。幸いなことに、この体のスペックのおかげか、子供の柔軟な頭のおかげか、前世よりもすいすいと覚えることができ、一般的な文章の読み書きに困ることはなかった。


 単語の勉強が終わったあとは、少し休憩をいれて、そのまま同じ家庭教師から歴史を教わる。


「前回までで神暦からエグザディア暦に至るまでのざっとした出来事を話しましたが、覚えていますか?」

「えっと、神様となにかの大きな戦いがあった神暦、悪魔が原因で滅んだ古代暦、今の五大王国の原型ができて始まったエクザディア暦。あとはこれらの間にある空白の白暦」

「よくできました。

 神と対立した存在は、昔から研究されますが、今なお解明はされていません。そしてその戦いは今も続いてます」

「どうして終わってないとわかるの?」

「夜空をときおり光が走ることがあるのはご存知ですよね?」


 流れ星にしては大きな光がぱっと光り消えるってのは何度か見たけど。あれって神関連の出来事だったんだ?

 俺が頷いたのを見て、家庭教師は続ける。


「あの光は神と何者かが戦い起きていると言い伝えられています。

 確かな話ではありませんが、大きな光が夜空を広く染めたあと、神が敵に押され地上近くまで降りてきたことが一度あったのだとか。その姿は我々とはまったく違っていたようです」


 俺が生まれた時も大きく光ったそうだから、降りてきたのかな。


「姿を見たのはその一度だけ?」

「はい。その一度も確かなものではありません。なのでこれが神だと描いた絵はないのです」

「へー」

「次は古代暦に現れた悪魔です。

 こちらは神や神に対立しているものと違い、存在を確認されています。悪魔による被害が出るので、当然といえば当然ですね。

 大昔にいた悪魔の王のような強大な存在が、現代にいないことは幸いと言えるでしょう」

「倒されたの?」

「詳しいことはなにも。ただ現れた悪魔の中に圧倒的な力の持ち主がいなかったことが長く続いたことから、死んだのではと考えられるようになりました」

「そうなんだ」


 確信を持ってないってことは、生きて悪魔に指示を出していることもあり得るんだ。

 なんというか実際に神やら悪魔やらがいるというのは、話に聞くだけでも妙な気分になる。神はいるなんて言ったら、後ろ指さされそうなところから来たせいなんだろうね。


「エグザディア暦の少し前には、人と魔族との大きな戦いがあり、魔族を東に追いやったことで、人間は平穏を得て五ヶ所に集まり暮らすようになりました。

 その五ヶ所が今の平原国、森林国、砂国、山国、湖水国です。国が滅ぶことがあっても、人々はよそに集まることなく、そこで新しい国を生みだすということを繰り返してきました」

「動かないのはなんで?」

「住みやすい場所なのでしょう」


 なるほど。わざわざ住みにくい場所に行こうとは思わないわな。住み心地が悪いなら、最初にそこに国を作ろうとは思わないだろうし。


「じゃあ、魔族ってどんなの?」

「魔族はですね、姿形は私たちと似てます。ですがものの捉え方考え方が、違うのですよ」


 それって個性の違いで言い表せるんじゃ?


「昔は争ってましたが、今は近寄らなければ、揉め事になることはありません。

 それがわかっているので、魔族の自分たちの土地から出てくることはありません。

 変わり者の魔族がたまに世界中を旅しているようで、見る機会があるとしたらそういった魔族と会うことだけでしょう。魔族との戦争が起これば敵として見ることもあるんでしょうが、もう百年以上戦争は起きていません」

「旅をしている魔族がいるって言ってたけど、その人たちを魔族だって気付けるものなの?」

「勘のいい人なら、どことなく違うとわかるそうですね。それくらい私たちと似てるということなのでしょう」


 争った理由ってもしかして近親憎悪?


「さて今日の本題であるエグザディア暦に入ってからの出来事を話しましょう。

 今日はわが国リムルイート平原国について学びましょうか」


 建国は二百五十年前だったはず。それ以前の国は王の力が弱まり、貴族が好き勝手やってて、それを問題視した一部の貴族が民を扇動して貴族たちを打ち倒したと聞いた。

 そして当時の王は自身で王家を終わりにして、助けてくれたリーダー格に新たな国を作り出すことを助言した。

 王の助言を受け入れたリーダー格と仲間が中心となり、新しい国を生み出した。それが現在のリムルイート。

 これでいいか聞くと家庭教師は感心した表情で頷いた。

 って感心させたらまずいじゃないか。だめだめだと思わせないと。次からわざと間違えないと。


「わが国で起きた一番大きな出来事というと百五十年前の大悪魔襲来です」

「大悪魔?」

「悪魔に大雑把な階級をつけていまして、悪魔王、大悪魔、壊悪魔、塵悪魔と四階級があります。それぞれ略して悪王、大魔、壊魔、塵魔と呼ぶこともあります。

 大悪魔一匹で国一つ陥落させることが可能らしいです」


 戦略兵器クラスの化け物に良く勝てたな。きっと英雄が揃ってたんだろう。


「その悪魔を弱らせ封印した七人のうち、五人がこの国に留まりました。

 リーダーは王子と結婚し、残り四人は公爵家や侯爵家の子息と結婚したのです」


 扱いに困った英雄を取り込んだのかな。英雄たちも用済みと殺されないだけ運が良かったんだろう。

 というかこの家にも英雄の血が流れてたのか。


「この家の先祖が英雄の一人?」

「ええ、そうですよ。

 リーダーの幼馴染だそうで、戦いの時はリーダーの身辺警護をしていたそうです。

 宝物庫に姿絵がありますから、興味があるならばお父上に頼んでみるといいのではないでしょうか」

「今度聞いてみる」

 

 先祖が男だったら、実はリーダーのことが好きで王子と三角関係だったとか想像できるね。

 戦いの裏に隠された恋愛模様とか、人々が好きそうだし案外演劇とかあったりするかも。


「そういえば封印って言ってた? 大悪魔倒せなかった?」

「はい。封印するので精一杯だったようですね。今も王族が封印の儀式を行っています。

 城の庭に祠があり、悪魔はそこに封じられています」

「祠の中って見たことある?」

「一度だけあります。

 私には理解不能な魔法陣が床に描かれていて、その中心に剣が刺さっていました」

「その剣って悪魔を封印にする時に使われたものだよね?」


 抜いたら悪魔復活とかあり得そうだ。


「いえ、違います」


 違うのかよ。


「本物はオーラバラハ山国にあります。もともと英雄たちに貸し出されただけのものでして、戦いが終わったあと返却したのです。

 ですから祠に刺さっているのは、形と材質が同じだけのレプリカ。

 まあ、本物もすでに力はなくなっているそうですから、たいした違いはないと言ってもいいと思います」

「なんでレプリカなんか作ったの」

「宝剣祭と名付けた祭の象徴がないのは寂しいからだとか」


 そんな理由なのか。もっとこう有事の際に使えるよう準備しておいたとか,ましな理由はないのか。


「ほかに起きた大きな出来事というと、双子の嵐という自然災害です」


 大悪魔襲来の話をここまでとして、家庭教師はほかに目立って大きな出来事を話していく。

 自然が原因のこともあれば、貴族間の争いといった人災の話もある。

 前世で受けた授業のように、歴史上起きたことを大まかに話していき、細かな部分までは語られない。

 まだ幼く理解できないだろうという判断か、もしくは必要のない話だと切り捨てたのか。

 俺としては、当時の人間の考えとか行動といったものを織り交ぜたドラマのような話が聞きたい。そのほうが興味もそそられる。


「ここらで終わりとしましょう。きりがいいですからね。

 今日覚えたものを忘れないようにしてください」

「はい」


 適度に忘れたふりしよう。


「ありがとうございました」


 資料などをまとめて手に持った家庭教師に頭を下げ、午前の勉強は終わる。

 昼食までもう少し時間があり、することがない。部屋を出て暇潰しってのも、呼びに来るシャイネに探す一手間っていう余計な負担かけるからできないし。本を読もうにも、読み書きまだ完璧じゃないし、


「筋トレでもしてよっかな」


 小さい頃から鍛えていれば、大きくなってから役立ちそうだ。健康にもよさげだしね。

 それにこの体のスペックは、前世のものよりも上っぽい。これは俺の体だけにかぎったことじゃなく、この世界の住人が当たり前に持ち合わせているものらしい。地球の女の人たちだと持つのが難しそうな代物も、メイドさんたちは苦もなく持ち運びしている。そんな様子を何度も見てきた。メイドだけではなく、家臣たちも似たような様子だった。

 腕立て、腹筋、スクワットと休憩を入れつつをこなしているうちに、シャイネが昼食だと呼びに来た。

 父さんはまだ仕事中らしく、食堂にいなかった。朝食と同じように美味しいご飯を食べて、一時間ほどのんびりしたあと、動きやすい服装に着替えて庭に出る。

 庭では、訓練中のホルクトーケ家の常備兵たちが汗を流している。

 俺はそこから離れた場所で、ゆっくりと準備運動をしながら、運動関連の家庭教師を待つ。

 長く待つことなく、家庭教師がやってくる。この人も元は常備兵だったのだが、そろそろ年で引退を考えていた時、家庭教師役としての誘いを受け、うちに留まったのだ。

 

「お待たせしました若様」

「そんなに待ってないよ」

「そうですか。では早速始めましょう」


 そう言って家庭教師はサイズの小さい木剣を渡してくる。普通サイズだと今の俺には大きすぎるのだ。

 それを受け取って、いつものように振り下ろす素振りから始める。


「いいですぞ。しっかりと切っ先まで止められるようになりましたな」


 素振りが五十を超えると、次は袈裟斬りの素振りに変わる。右上と左上からの振り下ろしを交互にやっていき、腕だけではなく腰も使って振るなどちょっとしたアドバイスをもらい、これも五十振って止める。


「ふぅー」


 最近は軽く息が切れる程度で澄むようになってきた。

 始めた当初は最初の振り下ろしをやり終わって、少し休憩をする必要があった。病弱だった身としては、それだけでもできれば上々なのかもしれない。


「少し休憩しましょう」

「うん」


 木剣を支えにして、休息を取る。

 隣からは兵たちの激しく打ち合う音が聞こえてくる。家庭教師はその様子を見ている。

 五分ほど休んで、再開する。


「次は突きです。いつものように最初は両手突き、次に片手突き。

 では始め!」


 パンっという手を叩く合図とともに、木剣を突き出す。

 斬るってことに比べて、突きっていまいち得意じゃない。上手く力が入っているか、わからないのだ。

 言われた通りにして、注意されてないので、それほど間違った突き方をしてはないんだろうけど。


「五十っと」

「はい、お疲れ様です。両手突きの時踏み込みが少し甘かったですね。もう少し大きく踏み込むようにしたほうがいいでしょう」

「わかった」


 次はそこを意識してみよう。

 また休憩を取り、次は防御を行う。


「頭上」

「はいっ」


 家庭教師が言った個所に木剣をかざして、そこに振るわれた家庭教師の木剣を防ぐ。

 カンっと木同士がぶつかる音が次々に鳴っていく。

 家庭教師は俺に負担がかからないよう、ある程度力を抜いて木剣を叩きつけてくる。だけど次第に震動で手が痺れてきて、ついに木剣を弾き飛ばされた。


「防ぐのはここまでですね。次は避けの訓練です」

「はい」

 

 防ぐ訓練と同じように、どこを狙うか宣言され、それを避けていく。

 どのように避けてもいいのだが、一手先二手先を考えた上で避けないと当てるように攻めてくる。最初は何度も読み違いをして、パコンパコンと木剣が体に当たっていた。最近ではその回数も減っていて、手加減されているとはわかっていても成長が感じられ嬉しい。

 いずれは宣言なしに防ぐ訓練に移っていくらしい。


「防御はここまでとしましょう。

 最後は攻めです。好きなように攻撃してきてください」

「はい!」


 これは訓練というよりは、遊びにも近い。俺は本気だけど、家庭教師にとっては取るに足らない攻撃ということもあるし、家庭教師が攻撃よりも防御に重きを置いているためでもある。

 俺のことを考えて、そういった方針になっているとのこと。

 地位が高い俺が将来戦場にでる機会があるとしたら、兵のように戦場で剣を振るう立場ではない。後方で兵を指揮する立場での参戦となるだろう。戦場に出てもやはり、兵に守られての指揮役となる。そんな俺に剣の腕はあまり必要ないのだ。

 守りを教えるのは自身を守ることができるように。強固に守り、時間を稼ぎ、味方が来るまで生き残ることが可能なように教えられているのだ。

 俺としては攻撃も指導してほしいんだけどなぁ。まあ、今は満足に体も出来上がっていない状態だから、指導に不満を持っても仕方ない。でもいずれはどうにかしたいな。指導してくれる人を見つけたい、もしくはこの人にきちんと指導してもらいたい。


「はい、これまで」


 俺の突きを木剣の腹で受け止めて、剣の稽古の終わりを告げる。

 切れる息を整えて、家庭教師に頭を下げる。


「ありがとうございました」


 むう、今日も全部防がれた。経験と技量の差があるのはわかってるけど、一度くらいは驚かすような一撃を見舞いたい。

 当面の目標は、この家庭教師に当てるってとこだな。

 着替えるため部屋に戻ると、シャイネがすでに待っていた。テーブルの上には水の入った桶と布が置いてある。

 汗をふくために、稽古が終わる時間を予測し待機しているのだ。


「今日は当てることできましたか?」


 絞った布を手に持ち、シャイネが聞いてくる。世話をしてくれるシャイネには継承権以外のことは色々と話していて、俺が家庭教師に一撃当てることを目標としていることも知っている。


「駄目だったよ」

「そうですか。残念ですね」

「うん。当てられるのはいつかな」

「剣を扱ったことのない私にはなんとも言えませんね。動かないでください。拭きづらいですよ」

「くすぐったくて」

  

 脇の下はくすぐったい。

 最後に顔を拭いてもらい、終わる。


「さっぱりした」

「どうぞ」

 

 手渡してもらった服を受け取り、着ていく。

 脱いだ服を手に持つシャイネはそれらを洗うため、部屋を出て行った。

 さて次は礼儀作法だったか、めんどいな。

 五分ほど経ち、シャイネの代わりに礼儀を教える家庭教師がやってくる。


「若様、今日は挨拶の仕方を教えます。

 挨拶と一口に言っても、対する相手次第でいくつもの作法があります。地位が上の者、同格の者、下の者。それに加えて年齢の違い、出身地の違い、役職の違い。

 これらに気を使い、適切な挨拶を行えるようになりましょう。

 そんな顔しても駄目です。貴族ならば誰もが当たり前に行えることなのですから」


 思わず、めんどくさいといった表情が浮かんだみたいだ。


「それらが本当にいるのかわからない」

「まあ、はっきり言ってしまえば無駄な部分もあるでしょう。

 ですが貴族にはこういった見栄も必要なのです。でないと軽く見られてしまいます。

 特に若様は公爵家跡取り。偉ぶることを覚える必要が必ずあります」


 本人に継ぐ気がないんで覚えなくていい、と言えたらすごい楽なんだろうけどなぁ。

 この先の演技の参考になると思って、めんどくさがらず学ぼう。

 態度と作法だけが貴族っぽい能力のない跡取りが完成すれば、誰もが失望するよね。


「覚える必要があると言っても、今日一日で全て覚えろと言うつもりはありません。

 今は一つずつ覚えていってください。

 ではまずは……」


 最初に口頭で三種類の説明を受けて、実践する。そしてすぐに駄目だしされた。

 頭を下げる角度が浅いとか、もう少しゆっくりと曲げるとか、色々と修正箇所があった。

 一般人出身の俺からすれば、たかが挨拶にここまでせんでもという思いなんだけど、本当に貴族ってめんどい。

 教えられた三つの挨拶が完璧になるまで、作法講座は続けられた。


「今日のところはこんなものでしょう。

 意識せずにできるようになるのが目標です。頑張ってください」

「長く続けてればできそうだけど」

「慣れるしかないですからね」


 家庭教師が部屋を出て行き、これからは完全に自由な時間になる。

 

「夕食まではまだまだ時間があるし、なにしようかな」


 屋敷からは出られないし、屋敷内に遊べるような施設があるわけもなく、暇を潰すことが難しい。

 本でも読めればいいんだけど、英語を完全取得してるわけじゃないから読めないんだよね。

 またいつもと同じように屋敷内散歩でもしようかね。なんて思ってたら、扉をノックする音が聞こえてきた。


「どうぞ」

「にいさま、おべんきょうおわった?」


 両手で扉を開けてレアが入ってくる。とことこと俺に近づき、小首を傾げて聞いてくる。

 本っ当にっうちの妹はかわいいな! 写真があったらこの動作だけでフィルム使い切りそうだ。特にわくわくとした感情を込めて見上げてくる様子なんかベストショットだと思う。

 即頷きそうになるのをなんとか耐えて、用件はわかっているけど聞く。


「終わったけど、なにか用事?」

「あそぼ」

「んー」


 迷うそぶりを見せると、途端に悲しげな表情になる。

 うぐっ、心にボディブローが……。小さく深呼吸して心を落ち着かせる。

 渋ってる演技、演技っと。


「だ、駄目じゃない。しょうがないから遊ぶよ」


 これだけでレアの表情がパァっと光り輝いた。眩しいわぁ。

 脳内ハードディスクにしっかりと記録保存して、差し出された手をとって部屋を出る。


「なにがしたい?」

「すなあそび!」

「また怒られそうだなぁ」


 屋敷内に公園のような砂場はない。けれども砂遊びはできる。どこで、どのようにやるのかというと兵たちの訓練場を隅を使い、局地訓練用資材を少し持ち出すのだ。

 以前、いつもやっている遊びに飽きたレアを誘って遊んだことがある。山を作り、トンネルを掘って遊んだ。よほど楽しかったのか、お気に入りの遊びの一つになったのだ。

 以来何度も遊んでいるのだが、そのたび服を汚し、屋敷内に入ることになるので、何度も叱られているのだ。まあ最近では、事前に砂遊びをすると言っておけば、メイドたちが遊び終えた頃を見計らって迎えに来て、汚れを落としてくれる。そして服を汚したことだけを、父さんや母上に注意されて終わりとなる。


「はやくはやく!」

「はいはい、そんな急いでも砂は逃げんから」


 レアに手を引かれて、兵たちの訓練用資材置き場に向かう。その途中で会った掃除中のメイドに、砂で遊ぶことを告げておく。

 資材置き場も近くにいる兵に声をかけておけば、勝手に入って叱れることはない。

 資材を入れている小屋、そのすぐそばに砂が大量に置かれている。その隣に石と岩が積まれている。

 砂を砂山から持ち出し近くに盛る。これを何度か繰り返す。


「これくらいかな」

「にいさま、おやまー」

「はいはい」


 レアと一緒に砂を集めて山を作る。

 腰の辺りまでの高さの山を作り、それにトンネルを掘っていく。

 夢中になって砂をかきだすレアは脳内ハードディスクの記録のどれにも劣らず可愛く、それを見ることを重視する俺の掘るペースは遅い。

 遅くとも二人がかりだし、いつかは開通する。砂の中でレアの手に触れて、開通したことを知る。


「トンネルできた!」


 そう言ってレアは穴を通して、こちらを見てくる。

 そのレアに手を振って、見ていることをアピールする。

 できた山とトンネルはそのままに、俺たちは次に砂に水を含ませ簡単な像を作っていく。

 そうやって一時間近く遊び、シャイネたちが迎えにきた。


「若様、お嬢様、お屋敷に戻りましょう」

「わかった。ほらレアも立って」


 何かわからないものを作っていたレアを立たせて、服についた砂を払っていく。俺の服の砂はシャイネが払っていた。

 その間にメイドたちがトンボやチリトリを使い、砂を元の場所に押しやっていく。作ったものが壊されていくその様子を見て、レアが残念そうな声を上げる。また作ればいいと声をかける。もっとも遊ぶ頻度は減らしていくつもりだから、次はいつになることやら。

 砂でざらついた手で、レアの手を取り歩き出す。それだけで残念そうな表情は消え、上機嫌になる。

 俺とただ手を繋ぐだけで機嫌がよくなる。安上がりだけど、俺としても好かれているとわかって嬉しかったりする。


 砂遊びで汚れた俺たちの汚れを落とすため、メイドたちと風呂場に移動した。

 ささっと服を脱いで、籠に入れていく。まだ一人で脱げないレアはメイドが手伝っている。そしてメイドたちも服を濡らさないよう脱いでいる。

 俺は男だけど、メイドたちから見れば子供だ。だからメイドたちに恥じらいなんかなく、堂々と脱いでいる。プルンと揺れる胸、きゅっと締まったお尻、それらを堂々と見ることができて役得なんだけど、幼い体はなんの反応も見せてくれず、ちょっと物悲しくなる。こんな時は早く大人になりたいと思う。


「若様、お湯をかけますので目を閉じてください」


 まだ風呂には湯ははられておらず、メイドの一人が大きめの桶に水を入れ、魔法で湯に変えた。

 手桶を持ち声をかけてきたシャイネに頷きを返すと、すぐにお湯が頭上から注がれる。

 俺の世話はシャイネがして、レアはもう一人のメイドがしている。


「このまま洗いますから、目は閉じたままでいてくださいね」

「わかった」


 優しい手つきで、まずは髪が洗われて、次に体が洗われていく。


「動かないでください」

「くすぐったいよ」

 

 手つきが優しすぎるせいで、くすぐったい。

 俺が動くのはいつものことなので、シャイネも慣れた様子で声には微笑ましいといった感情が込められている。

 隣からはレアの笑い声が聞こえる。レアも同じようにくすぐったいのだろう。

 くすぐりの時間は終わり、またお湯をかけられる。


「はい、目を開けて大丈夫ですよ」


 目を開けると、笑みを浮かべたシャイネがドアップで視界に入ってくる。

 

「体の泡を流すので、もう少しじっとしていてくださいね」

「うん」


 三度お湯をかけて、シャイネは全部の泡が流れたと判断し、俺を着替え場で待機していたメイドに渡す。

 布で包まれあっというまに水を拭き取られていく。

 俺が拭かれている間に、シャイネは自身についた泡を流し、手早く水を拭いて着替えていく。

 俺が丁寧に水を拭かれて着替え終わる頃には、シャイネも着替え終わっていた。


「若様、これからどうされますか? 部屋に戻られます?」

「そうしよっかな」

「お嬢様はどうされますか?」


 シャイネの問いに少し考えたレアは俺を見て口を開く。


「にいさまにごほんよんでもらうー」

「わかりました」


 服の後始末をほかのメイドに頼み、シャイネは俺とレアを部屋まで送り、去っていった。

 レアは本棚に駆け寄り、隅にある絵本を取り出し、俺に差し出してくる。


「これよんで?」


 本を受け取り、ベッドに腰掛ける。レアは隣に座り、目を輝かせて今か今かと待っている。

 

「これはまだ神様が姿を見せていた頃のことです」


 物語の始まりとして定番の語り口で始まる文を、ゆっくりめに喋っていく。小説などの文字の多い本はまだ読めないが、絵本程度ならばなんとか読める。レアにせがまれ読み聞かせは何度もしているので、ペースはわかっている。

 しばらく俺の声だけが部屋に響き、物語が後半に入った時、部屋の扉がノックされ母上が入ってきた。

 一時中断して、母上に視線を向ける。


「ディノに本を読んでもらっていたのですね」

「うん!」


 にこーと文字で表示されそうな笑顔だなぁ。


「私も一緒に聞かせてもらいましょう。かまわないかしら?」

「はい、どうぞ」


 椅子を持ってきてベッド近くに座る母上。俺たちの仲が良いのが嬉しいのか、レアに似た笑みを浮かべて俺たちを見ている。

 一冊読み終わって、次は母上が読むと言うので、俺は聞く側に回る。

 そうやって本を読んだり、雑談をしていくうちに時間が流れ、夕食の時間となった。

 呼びに来たメイドの後ろを、レアを真ん中にして手を繋いでついていく。すれ違った使用人たちは微笑ましいものを見たという顔をしていた。

 父さんは仕事を無事終わらせたようで、夕食は家族全員揃って食べることができた。

 マナーを守って食べるため静かな食事風景となる。といっても静かなのはデザートを食べ始めるまでなのだが。

 デザートくらいは気を抜いて食べたいと父さんが言って、賑やかとまではいかないが、笑い声も聞こえる風景が何度も見られる。今日は服を汚したことを少し怒られたけど。

 夕食が終わったあとは、いつもは風呂に入る。でももう入ったからあとはパジャマに着替えて寝るだけ。

 

「正確な時間はわからないけど、まだ八時にもなってないから眠くない」

 

 一人自室で呟いても返事はない。当たり前だな。

 結局はいつものごとく、こっそり持ち込んだ棒を振って、型の復習を始める。

 部屋は広いし俺の体は小さいから棒を振ってもなにかにぶつかる心配はない。この部屋だけで、死ぬ前に住んでたアパートとほぼ同じ広さがある。家賃節約のために少し狭い部屋を借りてたとはいえ、子供の部屋と同じ広さってのはちょっと複雑だ。

 ゆっくりと型を体にしみこませるように棒を振っていき、その次に数をこなしていく。寝る前に汗はかきたくないから、激しくは動かない。

 しばらく続けていると、扉がノックされてシャイネが入ってきた。扉が開く前に棒を振るのは止める。


「まだ起きてらしたのですね」


 ちらりと持っている棒に視線が向けられるが、それについては触れずに話しかけてくる。棒を使ってなにかを壊すわけでもないので、持ち込んだことを注意されたことはない。


「そろそろ寝るよ。脱いだ服はそこに置いてあるから」


 テーブルに置いていた服をシャイネは回収し、おやすみなさいませと一礼して部屋から出て行った。

 小さくあくびが出る。九時頃には眠くなるのはさすがお子様ボディだ。

 棒を定位置に戻し、ベッドに入る。

 おやすみなさいと、今は亡き産んでくれた母に言って目を閉じる。

 魔法が存在する世界なので、幽霊もいるかもしれない。なのでそばにいて見守ってくれているかもしれない母さんに毎日挨拶している。

 レアを産んだ母上は育ての親だ。産みの親は、俺が二歳になったかならないかくらいの時に病死してしまった。その時の父さんの落ち込みぶりは激しく、その父さんを親身に励ましたのが、取引をしていた商家の娘だった母上なのだ。別に玉の輿狙いだったわけではないようで、心の底から父さんを心配しての行動だったらしい。

 ちなみに母上のことを母さんと呼ばないのは、隔意があるわけじゃない。母さんは俺にとって一人で、母上も俺にとって一人。ただ区別するために言い分けているだけだ。産みの親にも育ての親にも感謝している。

 こうして起伏などない俺の日常は、今日も穏やかに過ぎていった。


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