趣味が同じだけの「生ごみ元婚約者」を秒速でゴミ箱に捨てた話
「趣味が合う『最高のパートナー』と結婚したい!」
そう夢見ていた時期が、私にもありました。
でもね、世の中には趣味の感想は合っても、中身が「リサイクル不能な生ごみ」のような男もいるのです。
うわべだけの勘違い男をすっぱり断捨離して、最高の幸せを掴んだ令嬢の、ちょっと笑えてスカッとする物語
「いいかい、シルヴィア。
僕の趣味を理解しない君の伯爵家は、はっきり言って野蛮だよ。
これほど素晴らしい芸術を理解できないなんて、貴族としての教養を疑うね」
ローレンツ伯爵邸の応接室で、婚約者である子爵令息のジュリアンは、
前髪をいじりながら大真面目な顔でそう言い放ちました。
彼の前には、テーブルいっぱいに広げられた、
劇場の花形役者たちの美しい肖像画や、豪華な衣装の記念品の数々。
私は手にしたお茶にそっと目を落とし、心の中で深くため息をつきました。
(……我が家が野蛮、ですか。
身の丈に合わない買い物のために、あなたの子爵家が破産しかけている現実から目を背けているあなたに、言われたくはありませんわ)
私、シルヴィア・ローレンツとジュリアンは、
もともと「王都の劇場で歌劇を観るのが好き」
という共通の趣味がきっかけで婚約しました。
最初の頃は、お互いに好きな舞台の感想を語り合える、
楽しい相手だと思っていたのです。
ですが、ジュリアンの熱狂は、だんだんと常軌を逸していきました。
「聞いておくれよシルヴィア!
今回の新作舞台で、主役の歌姫が身につける衣装のスポンサーに、
我が子爵家が名乗りを上げたんだ! 」
「まあ…」
国を代表する歌姫のスポンサーだなんて。
ちょっとした国家予算規模の出費じゃないのかしら…
なんてことを考えていたらジュリアンの得意そうな声が思考に割り込んできた。
「その額、なんと我が家の領地予算の半年分さ! 素晴らしいだろう!」
誇らしげに胸を張るジュリアンに、私は耳を疑いました。
「……ジュリアン様。半年分の予算といえば、領民たちの冬の備えや、道路の補修に使う大切なお金ではありませんか。それをたった数日間の舞台のために使い果たすなど、正気の沙汰とは思えません。今すぐおやめになってください」
私が真顔で諭すと、ジュリアンは心底がっかりしたように首を振ったのです。
それが、冒頭の言葉でした。
「これだから、現実的なことしか言えない地味な女は困る。
美を愛でる心こそが、高貴な貴族の証じゃないか。
それを渋るなんて、君の実家はケチで教養がないと言っているようなものさ」
彼は自分の言葉に酔いしれるように、手鏡で自分の前髪を整えています。
『前髪クネ男のくせに…』
侍女が私にだけ聞こえるか聞こえないくらいの声でつぶやく。
乳姉妹でもあるこの侍女はジュリアンのことをあからさまに嫌っている。
婚約を前提に伯爵家からの多額の援助を受けている子爵家には
使用人の間にもいろいろ思うところがあるようだ。
さらに呆れたことに、ジュリアンは
「芸術のパッション(情熱)」を高めるためと称して、自分のお屋敷で働く使用人たちの今月のお給料を勝手に半分にカットし、その分を劇場の特別席の年間パスポート代に回したというのです。
「ジュリアン様、いくら同じ趣味を持っているとはいえ、私はそのような不誠実な行いは絶対に許せません。汗を流して働いてくれる使用人への支払いをケチって、自分の娯楽に費やすなんて、人の上に立つ者のすることではありませんわ」
「ははは、シルヴィアは本当に頭が固いな。
僕たちは趣味の合う最高の二人のはずなのに、そんな細かいことで怒るなんて……。
そんな狭い器では、この僕の『最高のパートナー』としての資格はないぞ?
君も僕にふさわしい高尚な女になりたいなら、もっと視野を広く持ちなさい」
ジュリアンは、私の怒りを1ミリも理解していない様子で、
また新しく届いた役者の肖像画をうっとりと眺め始めました。
趣味や好きな話題が同じなら、それだけで幸せになれる。
かつてはそう信じていた私ですが、ジュリアンの横顔を見つめながら、背筋がすうっと冷たくなっていくのを感じていました。
お金の使い方、他人への思いやり、人間として「何が正しくて、何が許せないか」という根っこの部分。
そこが決定的にズレている人間と一緒にいることが、これほど恐ろしく、不快なものだとは、思いもしなかったのです。
あの一件から数日後。
王都にある我が家の屋敷に、ジュリアンが突然やってきました。
それも、これでもかと派手な宝石をジャラジャラと飾り立てた、見慣れない令嬢の手を引いて。
よく見れば、彼女のドレスのレースは安物ですし、
宝石もガラス玉が混ざっています。
ですが二人にとっては、この「張りぼての豪華さ」こそが正義であり、貴族の証と考えているようでした。
「よくお聞き、シルヴィア。
僕のように美を愛する高貴な男には、やはりそれに見合う『最高のパートナー』が必要なのだよ。
残念ながら、現実的な説教ばかりで器の狭い君は、僕の隣に立つ資格を失った。
――よって、君との婚約は今日限りで破棄させてもらう!」
ジュリアンは、格上の伯爵令嬢である私に向かって、信じられないほど偉そうに胸を張りました。
そして、隣の令嬢の肩を抱き寄せ、うっとりと目を輝かせたのです。
「紹介しよう! 彼女こそがロザリア、僕の新しい婚約者だ!
僕の芸術の心を理解してくれる『僕のミューズ(芸術の女神)』であり、
本物の『女神』、そして『魂の片割れ』さ!」
「まあ、ジュリアン様……」
ロザリアとやらは、頬を赤らめるどころか、それが当然であるかのように傲然と微笑み、扇子で胸元を仰ぎました。
「当然ですわ、ジュリアン様。
私たちのように、美しく教養があり、きらびやかで、豪華なものこそが貴族の証!
たとえそれが一時の幻であっても、美しければそれが正義ですもの!
使用人の給料だの、領地の予算だのといった『はしたないお金の計算』でジュリアン様の芸術を邪魔するなんて、シルヴィア様は本当に教養がなくてかわいそうですわね。おーっほっほ!」
「その通りだ、僕の女神!」
ジュリアンはロザリアの手を恭しく取り、指先に口づけを落としました。
「分かっただろう、シルヴィア。
君と僕は、趣味の感想こそ合っても、魂の格が違いすぎたんだ。
そんな狭い器では、この僕の最高のパートナーとしての資格はないぞ?
僕は文化薫る王都でしか生きられない真の貴族。
共に生きるのは君にとっても苦痛だろう。
この婚約は無かった事にしてあげるから、感謝しておとなしく田舎へ帰りなさい」
どこまでも上から目線で、張りぼての宮殿に閉じこもっているかのような二人。
(……ああ、神様。この世にこれほど息の合った『バカップル』が存在したのですね)
私は、溢れそうになる笑いを噛み殺すのに必死でした。
彼が身につけている派手な上着も、今日乗ってきた馬車も、
すべて我が伯爵家が「未来の婿への投資」として援助してあげたお金で用意されたもの。
それを何一つ分かっていないのです。
私はすっと背筋を伸ばし、一ミリの未練もない、極上の淑女の笑を浮かべました。
「承知いたしました、バルトリ子爵令息さま。
その素晴らしいご提案。喜んで、今この瞬間に、秒速でお受けいたしますわ!」
「え……?」
ジュリアンが、間の抜けた顔で瞬きをしました。
私が泣き崩れるとでも思っていたのでしょう。
「これまで我が家があなたに貸し付けていたお衣装代、馬車代、そして劇場の特別席の費用。
これらはすべて『婚約者』としての援助でしたので、明日中に全額、我が家の公認会計士から子爵家へ一括請求させていただきますね。
貴族の中の貴族!大層『きらびやかで豪華な』お二人ですもの、お支払いなど造作もないことですわよね?」
「な、何だと……!? せ、請求……!?」
ジュリアンと「魂の片割れ」のロザリアの顔が、一瞬で紙のように真っ白になりました。
「それでは、お幸せに。さようなら!」
私は二人に向かって、これ以上ないほど優雅に一礼をすると、振り返り、
弾むような足取りで部屋を後にしました。
あのアホのお守りから永遠に解放された解放感で、
心の中はもう、お祭り騒ぎの大スキップ状態でした。
バルトリ子爵令息を見事に心のゴミ箱へと投げ捨て、
スッキリした気持ちで実家のローレンツ伯爵領に戻った私は、
お父様の勧めで新しいお見合いをすることになりました。
お相手は、隣の領地を治めるラインハルト伯爵閣下。
噂では「真面目で不器用、芸術には一切興味がない堅物」とのこと。
(バルトリ子爵令息のようなおバカさんは懲り懲りだけど、趣味が全く合わないというのも、少し不安かしら……)
そんな緊張を抱えながら、私たちは領地にある落ち着いたハーブ園のテラス席で、お茶の時間を迎えていました。
「……シルヴィア嬢。大変申し訳ない」
席につくなり、ラインハルト様は深く頭を下げられました。
見事な体躯に、誠実そうな切れ長の瞳。
ですが、その表情はガチガチに緊張していました。
「事前に、あなたが歌劇がお好きだと伺いました。
ですが不甲斐ないことに、私はいくら美しい歌声を聴いても『よく響く声だな』としか思えず、お芝居を観に行けば開始五分で寝てしまうような、ひどく退屈な男なのです。
あなたのような教養ある令嬢のお相手としては、あまりに力不足かと……」
彼は本当に申し訳なさそうに、耳まで赤くしてうつむきました。
(まあ……! なんて素直で、謙虚な方かしら)
かつて、頼みもしないのに「これぞ王都の最高峰の芸術!」「君の教養を疑うね」と、張りぼての知識をこれでもかと語り散らし、偉そうに講釈を垂れていたバルトリ子爵令息の顔が頭をよぎります。
それに比べて、自分の分からないことを素直に認め、私を気遣ってくれるラインハルト様のなんと高潔なことでしょう。
「いいえ、ラインハルト様。お気になさらないでください。
趣味など、違っていて当然ですわ。それよりも――」
私が微笑みかけた、その時でした。
すぐ近くの植え込みのほうから、バシャシャッ!
という間抜けな音と、男の甲高い悲鳴が響き渡りました。
「冷たっ!? な、なんだこれは!
僕の最高級のブーツが泥まみれじゃないか!」
見れば、テラス席のすぐ横にあるバラの植え込みの中に、
見覚えのある男が片足を深く突っ込んでいました。
バルトリ子爵令息ジュリアンです。
どうやら隣のロザリアに「王都の洗練された庭園文化」について、
偉そうに教養を披露しながら歩くのに夢中になり、
足元を見ずに自分から泥の中に突っ込んだようでした。
あまりの格好悪さに呆れていると、ジュリアンはちょうどお盆を持って通りかかっただけの、何も知らない給仕の青年をものすごい剣幕で怒鳴りつけはじめました。
「おい、そこの平民! 君がそんなところに立って僕の視界を遮ったせいで、僕は足元を狂わされたぞ! この『真の貴族』たる僕の衣装を汚させた責任をどう取るつもりだ! 今すぐひざまずいて床を舐め、許しを請え!」
それはあまりにも無茶苦茶な、完全なる言いがかりでした。
ただの通りすがりで、まさに交通事故にでも遭ったかのような給仕の青年は、状況がつかめずお盆を抱えたまま、今にも泣きそうな顔でガタガタと震えています。
(まあ……! 自分が前を見ていなかっただけですのに、無関係の働く人を身代わりにしようなんて……!)
私が激しい不快感に眉をひそめ、立ち上がろうとした、その瞬間。
ピキリ、と、隣に座るラインハルト様の空気があきらかに変わりました。
「……給仕をこちらへ。今すぐその男から離れなさい」
地響きのような、低く冷徹な声が響きました。
ラインハルト様がゆっくりと立ち上がると、その圧倒的な威圧感に、バルトリ子爵令息の言葉がピタリと止まります。
「な、何だお前は……! 僕は文化薫る王都の――」
「黙りなさい」
ラインハルト様は、植え込みに足を突っ込んだままのバルトリ子爵令息を、ゴミを見るような目で見下ろしました。
「私は、額に汗して一生懸命に働く人を、自分の八つ当たりで無下に扱う人間が、この世で一番大嫌いなのです。自分のくだらない見栄と失敗のために、他人の尊厳を平気で踏みにじるような人間は――貴族を名乗る資格などない。恥を知れ」
その言葉は、冷たく、けれど一点のブレもない、鋼のような「正義」でした。
その背中を見つめながら、私はハッと胸を突かれ、同時に心の奥底から激しい喜びが湧き上がるのを感じていました。
(あ……! 私と同じだわ……!)
好きな趣味や、共通の話題なんて、いくらでも合わせられます。
でも、「何が許せないか」「何が大嫌いか」という、人間としての根っこの価値観だけは、誤魔化すことができません。
他人の努力を鼻で笑い、自分の非を認めない人間なんて、あのバルトリという令息、リサイクル不能な地上において存在価値ゼロどころかマイナスの存在ですわ。
宇宙のチリになって消え失せてほしいわ……!
他人の痛みを想像できない者が大嫌いな私。
大嫌いなものが完全一致した旦那様(今日が初対面の殿方だけど)が、目の前で同じ方向を向いて激怒してくれているのです。
「き、君たち、由緒正しい貴族である僕の言い分を聞きなさい……!」
なおも泥の中で震えながら言い訳しようとするバルトリ子爵令息を、ラインハルト様は容赦なく領地の衛兵に命じて叩き出させました。
泥水がはねたのか、ジュリアンの前髪は今日も元気にクネっていた。
再び静けさが戻ったテラス席で、ラインハルト様は「見苦しいものをお見せしました」と、また元の不器用な顔に戻って頭を下げました。
私はそんな彼の大きな手を、思わずぎゅっと握りしめました。
「いいえ、ラインハルト様! 私、あなた様のことが、とっても、とっても大好きになりましたわ! ぜひ、私と結婚してください!」
「ええっ!? し、シルヴィア嬢!?」
趣味は1ミリも合わないけれど、私たちは世界で一番確実な絆で結ばれたのです。
そこからの展開は、まさにジェットコースター。
私たちは出会ってからわずか数ヶ月という驚異的なハイスピードで、幸せな結婚式へと爆走していくことになりました。
私とラインハルト様の結婚から、わずか3ヶ月後のこと。
王都にいる友人から届いた手紙には、バルトリ子爵令息ジュリアンとロザリアの、あまりにもお粗末な結末が綴られていました。
二人は結婚した後、周囲が呆れるほどのスピードで自滅したというのです。
決して「歌劇が好き」という趣味自体が悪かったわけではありません。
世の中には、お互いの趣味を尊重しながら、慎ましくも幸せに暮らしている愛好家のご夫婦など、いくらでもいらっしゃいます。
問題は、彼らの「中身のなさ」と「人格の破綻」にありました。
二人は「真の貴族の教養」「美の追求」と言い訳をしながら、自分たちの収入を遥かに超える高額な記念品や衣装を買い漁りました。
かつて私が注意したように、領民のための予算や、屋敷で働く使用人たちのお給料にまで手をつけ、最後には「必ず返すから」と嘘をついて、あちこちの商人から多額の借金を重ねていたのです。
他人の生活を脅かし、騙してまで通す「趣味」など、もはや芸術への愛でも何でもありません。
ただの利己的な物欲です。
貴族だろうが平民だろうが関係ないわ。
当然、そんな不誠実な行いが長く続くはずもありません。
借金が返せなくなったバルトリ子爵家は、ついに裁判所から資産の差し押さえを受け、実質的な自己破産へと追い込まれたのです。
王都の豪華な屋敷を追い出され、自慢だったきらびやかな衣装や、買い集めた劇場の品々がすべて目の前で没収された瞬間。
二人の「魂の片割れ」という張りぼての魔法は、あっけなく弾け飛びました。
「あなたがもっと私にふさわしい稼ぎを持ってこないからよ! 頼りない男ね!」
「なんだと!? 君が僕の顔色も見ずにあれこれ買い漁るからだろう! 強欲な悪妻め!」
狭い裏路地のアパートへ転がり込んだ二人は、毎日そう言って互いに怒鳴り合っているそうです。
自分の失敗はすべて他人のせい。
あのハーブ園で、自分が前を見ずに泥に突っ込んだのを給仕の青年のせいにした時のように、今度はその醜い八つ当たりを、夫婦の間でぶつけ合っているだけのこと。
他人の痛みを想像できない二人が一緒にいれば、いずれお互いを傷つけ合うのは当然の結末でした。
大口のスポンサーのこのような形での撤退に、
大恥をかかされた興行主と歌姫関係者の怒りは大変なもので
公にはできない闇の取立人の追手がかかったとも耳にします。
彼らは手段を選ばず必ず利子をたっぷりつけて回収すると専らの噂です。
「――シルヴィアさま、どうなさいました? 美味しいお茶が入りましたよ」
実家からついてきてくれた乳姉妹の侍女が銀のトレイを胸の前で持ち、声をかけてきた。
「旦那様がお待ちかねです」
ハッと我に返ると、目の前には、私を優しい目で見つめる旦那様、ラインハルト様の姿がありました。
私たちの趣味は、今でも驚くほど合いません。
旦那様は相変わらず歌劇の良さが分からないと言って、私が劇場の話をすると「ふむ……難しいな」と真面目な顔で首をひねっています。
ですが、旦那様は私の趣味を決して否定しません。
それどころか、「シルヴィアが楽しそうに話している姿を見るのが、私の最高の幸せだよ」と、
私の時間をとても大切にしてくれるのです。
お互いに好きなものは違っても、人間として「他人の努力を尊び、人を傷つけない」という一番大切な根っこの教養が同じだからこそ、私たちは毎日を笑顔で過ごすことができています。
「いいえ、あなた。今日も本当にお茶が美味しいですわ。
私、あなたと結婚できて、世界一幸せです」
「私もです、シルヴィア」
趣味が同じだけの「張りぼてのパートナー」を秒速で脱ぎ捨てた私は、価値観が同じ「本物の旦那様」と並んで、今日も同じ未来に向かって、仲良く爆走を続けているのです。
初めての投稿、たくさんの方にお読みいただきありがとうございます!
同じ世界を舞台にした新しい『笑えるざまあ話』を近日中に投稿予定です。どうぞお楽しみに!




