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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第8話 優秀な兵器より、揃った兵器の方が強い

午後の空は高く、乾いていた。


工場を出た榊は、黒川とその部下の下士官に連れられて、海軍の技術試験場へ向かっていた。

横須賀近郊の道はまだ舗装が甘く、車体は小刻みに揺れる。

その振動だけでも、榊にはさっきまで見ていた真空管ソケットのことが頭をよぎった。


電探もきっと同じだ。

机上で性能を出すことと、現場で動くことは別だ。


黒川は移動中ほとんど喋らなかった。

だが無口というより、必要がなければ言葉を削るタイプらしい。

その代わり、榊に向ける視線は時おり鋭かった。


「緊張しているか」


不意にそう問われ、榊は少しだけ笑った。


「してます」


「素直だな」


「工場の無線機ならまだ分かります。でも電探は、さすがに軽口を叩ける相手じゃない」


黒川は小さく頷いた。


「それでいい。分からんものを分かった顔で語る人間は、技術畑にはいらん」


その言い方は、どこか少しだけ好意的にも聞こえた。


試験場に着くと、空気が工場とはまるで違った。

同じ技術の現場でも、こちらは静かすぎるくらい静かだ。

工場のような怒声も、木箱の移動音もない。

その代わり、建物全体に妙な緊張がある。

一つの数字、一つの記録、一つの不調が、そのまま評価に繋がる場所の空気だった。


案内された建屋の中には、大型の装置が置かれていた。

受信部、表示部、配線、補助電源、調整用の機器。

榊が現代の資料でしか知らなかった“電波探信儀”が、目の前に実体としてある。


だが、最初の感想は「思ったより大きい」でも「意外と精密だ」でもなかった。


「……揃ってない」


思わず出た呟きに、黒川が目を向けた。


「何がだ」


榊は視線を機材の群れに向けたまま答える。


「同じ装置の一式に見えて、細部の作り込みが揃ってません」


黒川は何も言わなかった。

代わりに、近くにいた技術士官が一歩前へ出た。


三十代前半くらいだろうか。

細身で、軍服の着こなしはきっちりしている。

だが顔つきは軍人というより研究者に近く、目の奥に疲れがある。


「君が榊君か」


「はい」


「私は葛城真司中尉。ここの立ち会いを任されている」


榊はその名を心の中で繰り返した。

昨日、黒川の口から少しだけ出ていた名だ。

技術畑の将校。現場軽視に疑問を持っている側の人間。


葛城は装置の一角を指した。


「見学だけのつもりだったが、黒川少佐が“面白い目をする民間人がいる”と言うのでな」


「褒められてるのか分かりませんね」


「分からなくていい」


葛城は淡々と言ったあと、ふっと口元を緩めた。


「どうせ君も、目の前の機材に対して言いたいことがある顔をしている」


榊は苦笑した。


「……あります」


「なら後で聞こう。まずは見ろ」


試験はまもなく始まった。


送信。

反応確認。

表示の揺れ。

記録係の筆記。

調整担当のやり取り。


榊は黙って一連の流れを見ていた。

性能自体は、思っていたより悪くない。

理論上の有用性も明らかだ。

少なくとも「使い物にならない玩具」ではない。


だが同時に、問題点も見えた。


第一に、扱える人間が限られすぎる。

調整の手順が複雑で、熟練者の勘に依存している部分が多い。

第二に、構成が繊細すぎる。

現場での振動、湿気、搬送の荒さに耐える設計思想になりきっていない。

第三に、結果の読み方が統一されていない。


同じ反応を見ても、受け取る側によって判断が揺れる。

それでは兵器として運用しづらい。


――《理論性能と運用性能が乖離しています》――

――《兵器化に必要なのは、性能の高さだけではありません》――


(ああ、まさにそれだ)


榊は内心で応じる。


試験が一段落すると、葛城が言った。


「さて、君の感想を聞こう」


周囲の技術者たちの視線が集まる。

その中には歓迎もあれば、露骨な警戒もあった。

民間人が何を言うつもりか。そういう目だ。


榊は少しだけ言葉を選んだ。


「性能が悪いわけじゃないと思います」


「ほう」


「でも、兵器としてはまだ弱いです」


一人の技術者がすぐに顔をしかめた。


「どこを見てそう言う」


「揃っていないからです」


榊は装置一式を見回した。


「構成の精度も、調整の難易度も、結果の読み方も。理論上は有用でも、扱う人と整備する人と報告する人が変わった時に、同じ性能を維持できる感じがしません」


技術者の一人が反発する。


「高性能な装置に繊細さはつきものだ」


「高性能であることと、運用できることは別です」


「またその理屈か」


「理屈じゃなくて前提です」


場の空気がわずかに硬くなる。


だが葛城はむしろ興味を深めたようだった。


「具体的に言え」


「たとえば結果の読み方です」


榊は表示部を指した。


「これ、慣れた人なら分かる。でも慣れてない人が見た時、どこまでを有効反応として扱うか揺れませんか」


葛城は少しだけ目を細める。


「……揺れる」


「調整も同じです。人によって“この程度ならいい”が違う。つまり性能が個人に属してる」


技術者たちの顔色が微妙に変わる。

図星なのだろう。


榊はさらに続けた。


「兵器って、優秀な人が一人いれば動くものじゃ駄目です。平均的な人が、平均的に扱えて、平均的に整備できる方が強い」


黒川が後ろで小さく頷く気配がした。


だが一人の技術者が強い口調で言い返す。


「平均に合わせていたら、高度な装備など実用にならん」


「違います」


榊は即座に否定した。


「性能を落とせと言ってるんじゃない。揃えろと言ってるんです」


その一言で、場がしんとした。


榊自身、そこでようやく自分の言いたいことがはっきりした気がした。


工場で見た無線機もそうだった。

個体差。組み込みの癖。整備性のばらつき。

それが前線で曖昧な故障になる。


電探も同じだ。


理論性能が高いだけでは足りない。

同じように作れ、同じように調整でき、同じように読めること。

つまり、“揃っていること”が必要なのだ。


「優秀な一台より、揃った十台の方が兵器としては強い」


榊は静かに言った。


「どれか一台だけ当たりが出る装備より、全部が八割で動く装備の方が現場では信用されるはずです」


葛城が、そこで初めてはっきりと笑った。


「なるほど。工場帰りの視点だな」


「そうかもしれません」


「だが正しい」


反発していた技術者が口を開きかけたが、葛城が先に続けた。


「我々はどうしても“出た最高性能”で評価したがる。だが現場が必要とするのは“再現できる性能”だ」


黒川も短く言った。


「記録の取り方も見直すべきだな」


そこで榊は、さらにもう一つ気になっていたことを口にした。


「あと、搬送です」


葛城が眉を上げる。


「搬送?」


「はい。これ、試験場では丁寧に扱われてる。でも実戦では違うでしょう。運ぶ途中の振動、湿気、据え付けの雑さ、それ込みで基準を考えないと、現場で別物になります」


技術者の一人がぼそりと呟く。


「そんなところまで想定したら、いくら時間があっても足りん」


「だから優先順位が必要なんです」


榊は言った。


「何が一番ずれるのか。何が一番壊れやすいのか。全部を理想にするんじゃなく、兵器に必要なところから揃える」


葛城はしばらく黙っていたが、やがて試験記録の紙束を持ち上げた。


「榊君」


「はい」


「君、これを読めるか」


「全部は無理です」


「全部読めとは言わん。試験結果の書き方を見て、どこが揃っていないかだけでも洗い出してくれ」


周囲がざわついた。

民間人にそこまで見せるのか、という空気だった。


だが葛城は構わなかった。


「いま必要なのは、内部の常識に慣れた人間の視点ではない」


黒川も異論を挟まない。

それどころか、榊に向ける目はむしろ“ここからだぞ”とでも言いたげだった。


榊は紙束を受け取った。

試験条件。調整値。反応の記述。判定。備考。

数字そのものはまだ読みきれない部分もある。

だが、記録のばらつきはすぐに見えた。


書き手ごとに注目点が違う。

同じ反応でも表現が違う。

条件の切り方が揃っていない。

これでは後で比べる時に、比較そのものが曖昧になる。


「……これも、揃ってない」


葛城が頷く。


「だろうな」


「記録の段階で揃ってないなら、現場で揃うわけがない」


黒川がぼそりと言った。


「兵器になる前に、試験で止まる」


その言葉は、妙に重かった。


榊は紙束を見下ろしながら、工場での無線機を思い出した。

真空管ソケット。

電源部。

戻り品の曖昧な報告。

今目の前にある電探も、同じ構造の問題を抱えている。


優秀な技術者はいる。

優秀な装置もある。

だが、それが兵器として揃わない。


なら、負け筋はそこだ。


――《中核問題を確認しました》――

――《個別性能ではなく、規格・記録・運用の不統一がボトルネックです》――


(ああ)


榊は心の中で応じた。


そして同時に、少しだけ背筋が寒くなった。

見えてしまったからだ。


日本が負ける理由は、何か一つの致命傷ではない。

こういう“小さな揃わなさ”の積み重ねが、戦争全体をじわじわと弱らせるのだ。


葛城が言う。


「明日、もう一度来てくれ。記録の見方と、現場で揃えるべき項目を整理したい」


「いいんですか」


「よくはない」


葛城はあっさり言った。


「だが必要だ」


黒川も一言だけ添える。


「ここから先は、口だけでは済まんぞ」


榊は小さく頷いた。


「そのつもりです」


試験場の窓の外では、傾き始めた日差しが建物の影を長くしていた。

工場とも研究室とも違う、兵器になる直前の場所。

そこに立って、榊はようやく少しずつ見え始めていた。


優秀な兵器より、揃った兵器の方が強い。

それは理想論ではない。

むしろ、勝つための最低条件だ。


そしてこの時代の日本には、その最低条件があまりにも足りていない。


榊は紙束を抱え直した。


次にやるべきことは、もうはっきりしていた。

性能を夢見る前に、揃える。

再現できる形にする。

記録と調整と運用を、兵器として成立する水準まで引き上げる。


それが、この時代で彼にできる次の一手だった。

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