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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第63話 早く渡された一報は、砲声のあとにも効き続ける

最初の砲声が響いたあと、世界は少しだけ早く回り始める。


それは派手な意味ではない。

誰かが急に英雄になるわけでもないし、海図の上の線が一気に塗り替わるわけでもない。

ただ、砲声が一度鳴ったあとの現場は、次から次へと判断を要求してくる。

その時になって初めて、さっきまでの一報がどれだけ重かったかが分かる。


艦上の作戦室では、初弾のあとも空気はほとんど変わらなかった。


変わったのは、人の視線の動く速さだけだ。

海図。

短報。

見張り。

電探。

射撃指揮。

その全部を行き来する目が、前より一拍ずつ速い。


若い参謀が新しい紙を置く。


「着弾観測、やや短。修正必要」


年かさの参謀が聞く。


「見張りは」


「煙と飛沫で不明瞭です」


「電探は」


「方位継続。大きくはずれていません」


艦長が短く言った。


「修正小。次を急ぐ」


命令は短い。

だがその短さの中に、すでに報告の意味の変化が入りきっている。


見張りが完全には見えていない。

それでも、電探と先の未確認方位報がつながっているなら、止まらない。

確かさが十分でないまま、次の一歩だけは出す。


年かさの参謀が低く言う。


「前なら、ここでもう一度整えてから撃ったかもしれんな」


若い参謀が答える。


「その間に向こうが先に整います」


「分かっている」


年かさの参謀は苦い顔のまま言った。


「分かっているから、嫌でも手を動かす」


その言葉には、いまだ消えないざらつきが残っていた。

だがもう、そのざらつきは流れを止めるものではない。

手触りの悪いままでも、扱う。

そういう段階に艦隊も入っている。



試験棟へ届く短報の束は、砲声のあとからむしろ厚みを増した。


最初の接敵までは、報告の価値は“間に合うかどうか”で見えた。

だが砲戦が始まると、その価値は“続けられるかどうか”へ変わる。


葛城が新しい二枚を榊へ寄せた。


一枚目。


未確認方位報先行上申。

補助索敵寄せ済。

初弾後修正小。

追跡継続。


二枚目。


見張り確認待ち長引く。

修正報遅延。

追跡線一時空白。


榊はその二枚を見比べ、静かに言った。


「最初の一報って、砲声の前だけじゃなく後にも効くんですね」


村瀬少佐が頷く。


「そうだ。

見えていないものを抱え込まなかった隊ほど、撃ったあとも次をつなぎやすい」


伊集院が腕を組んだまま続ける。


「逆に、最初に抱えた隊はその後も修正で詰まる」


黒川が短く言う。


「最初の遅れは、あとまで尾を引く」


その通りだった。


戦闘というと、最初の発見と最初の一撃ばかりが目立つ。

だが現実には、撃ったあとの修正、追跡、再投入の方が長い。

そこまで含めて見れば、未確認を未確認のまま流したことの価値はむしろ後半で大きくなる。



沿岸第一監視所では、いまや報告の呼吸が半ば反射になっていた。


若い電探員は、表示の揺れを見ながら口を開く。


「方位一〇、継続。前回方位と接続」


記録係がすぐ書く。

当直士官が返す。


「受理。補助側へ維持」


見張り員が叫ぶ。


「煙で見えん!」


「いい、そのまま追え!」


そのやり取りは、朝よりさらに短くなっていた。

理由は単純だ。

戦闘が始まったことで、誰も“完璧な確認”を待てなくなったからだ。


だが、待てなくなっただけではこうはならない。

待てなくなった時に使える型が、すでにあったからこそ短く回る。


記録係が紙を見ながら言う。


「今は、見えないって報告も前より軽くないな」


若い電探員は表示から目を離さずに答える。


「軽いんじゃない。

見えなくても流れの中に置けるようになった」


「同じじゃないのか」


「違う。

前は“見えない”で終わってた。

今は“見えないけど、ここにある”になる」


その一言に、当直士官が初めて小さく頷いた。


それで十分だった。



第二監視所でも、戦闘が始まったことで逆に迷いの置き場が少し変わっていた。


当直士官はなお慎重だ。

だが、砲声が一度響いたあとは、さすがに“確認してから上げる”だけでは追いつかないと理解せざるを得なかった。


反応。

見張り未確認。

電探継続あり。


「一次報告」


今度は、半拍の遅れがさらに短い。

記録係がすぐ書く。

見張り員が叫ぶ。


「視認なし!」


当直士官は言う。


「いい、補助側へ渡せ。暖機も回せ」


若い電探員は、その返答を聞いて一瞬だけ驚いた。

この人が、見えないまま暖機まで回すと言った。

それは、この監視所ではかなり大きな変化だった。


当直士官は苦い顔のまま続ける。


「見えてからでは遅い。

だが、未確認のまま全部を動かすほど愚かでもない。

なら途中までだ」


その言葉は不器用だった。

だが不器用なぶんだけ、本当に腹へ落ちた言葉にも聞こえた。


記録係がぼそりと言う。


「だいぶ変わりましたね」


当直士官は不機嫌そうに答える。


「変わらんと、後ろが死ぬ」


それ以上の説明はなかった。

それで十分だった。



飛行隊の待機所では、砲声のあとにこそ段階表の価値がはっきりした。


若い中尉が受話器を置く。


「継続。暖機維持二。前へ一」


整備長が即答する。


「予備はそのまま」


若い整備兵が動く。

飛行長の少佐は、戻り機の位置と前進機の位置を同時に見ていた。


「追加入りはまだか」


中尉が答える。


「未確認。方位はつながってます」


「なら暖機維持」


その会話の速さが、前とはまるで違う。

昔なら、未確認の継続報だけではここまで切れなかっただろう。

今は違う。

未確認でも維持できる。

だから待っているあいだの時間が死なない。


整備長がぽつりと言う。


「報告が早く届くようになると、機体の置き方まで変わるな」


若い中尉が聞き返す。


「置き方、ですか」


「そうだ。

前は全部を一か所へ寄せて、そこで詰まっていた。

今は、暖機の段階、前進の段階、予備の段階で置き方が変わる」


少佐が短く続ける。


「つまり、迷いの置き場まで変わる」


それは榊が試験棟で見ていたことと、まったく同じだった。


最初のところで止まらない隊は、その先でどこまで動かすかを選べる。

その差が、結局は戻る機数と再投入時間へつながる。



航空機メーカーでは、その変化がついに図面の引き方にまで出始めていた。


設計の技師が新しい改修案を前にして言う。


「この補強を入れれば、たしかに支持は安定する。

だが整備側の確認順が一手増える」


生産側の責任者が答える。


「一手増えても、現場で“どこを見るか”が揃うなら意味があります」


「揃わなければ」


「その時は、そこまでの改修だということです」


軍との連絡窓口の技官が紙を差し出す。


「飛行隊からです。

“振れ・熱・接点・電源”の順が崩れない範囲での補強を求む、と」


設計の技師がその文を見て、少しだけ笑った。


「だいぶ注文の仕方が変わったな」


責任者が頷く。


「機体の性能ではなく、機体をどう見るかの方へ寄ってきています」


技官が静かに言う。


「現場が欲しいのは、強い機体だけじゃない。

強くて、戻しやすくて、次も飛ばせる機体です」


設計の技師はしばらく黙っていたが、やがて低く言った。


「……だんだん、設計の夢が工場の言葉で削られていくな」


責任者はすぐに返した。


「削るんじゃありません。

回る厚さまで落としているんです」


その言葉は、いまの日本の戦い方そのものにも聞こえた。



試験棟で榊は、新しい短報の山を前に小さく目を閉じた。


艦上では、未確認方位報が砲戦の修正にまで効き始めた。

監視所では、見えないまま流すことが普通になりつつある。

飛行隊では、暖機維持そのものが時間を殺さない形になっている。

メーカーでは、性能より“戻しやすさ”を含めて設計を語り始めている。


全部が、同じ方向へ寄っている。


報告を早く渡す。

迷いを前の段階で止めない。

そのぶんだけ、次の段階へ進む余地を残す。


葛城が後ろから言う。


「何か見えたか」


榊は紙へ目を戻した。


「最初の一報って、撃つ前だけじゃなく撃った後にも効くんだなって」


「そうだ」


「それと……」


「何だ」


「戦場の都合で始まった流れが、工場の設計にまで戻ってきてます」


伊集院が腕を組んだまま笑う。


「面白い顔をするようになったな」


「そうですか」


「戦争の最中に、もう戦後の会社の話をしてる顔だ」


榊はすぐには返せなかった。

だが否定もしなかった。


黒川が短く言う。


「それでいい」


その一言が、いつもより深く落ちた。


いまここで見えているものは、ただの戦闘の結果ではない。

報告の流れ。

迷い方。

設計と現場の往復。

そういうものの方が、あとまで残る。


榊は新しい紙束へ手を伸ばした。


戦闘はまだ続いている。

だが、その中で何を残すかは、もう少しずつ見え始めていた。

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