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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第47話 勝てる数ではなく、飛べる数を揃えろ

朝の冷え込みが、格納庫の鉄骨にまで染み込んでいた。


工場や試験棟とは違う匂いがある。

油、排気、布、革、冷えた金属。

そこへ人の緊張が混ざると、空気は少し硬くなる。


沿岸飛行隊の待機所で、榊は並んだ機体を見ていた。

同じ型の戦闘機が数機、静かに並んでいる。

ぱっと見では大きな違いはない。

だが近くへ寄ると、整備の跡、細かな傷、金具の癖、布張りの張り具合、そういう小さな差が目に入る。


同じ数が並んでいても、同じだけ飛べるわけではない。

そのことは、榊にももう分かっていた。


出迎えたのは、飛行隊付きの整備長らしい軍曹と、若い中尉だった。

さらにその奥には、年かさの飛行長らしい少佐が立っている。


葛城が簡潔に言った。


「電探から一次報告が上がった後、発進までの流れを見たい」


若い中尉は榊を一瞥し、少しだけ眉を寄せた。


「民間人まで来る必要がありますか」


伊集院が横から低く返す。


「不満か」


「不満というより、飛行隊の話まで工場や試験場の延長で見られても困るというだけです」


その言い方には棘があった。

だが榊は、むしろ安心した。

現場が本気であればあるほど、簡単には頷かないものだからだ。


「そうだと思います」


榊がそう言うと、中尉は少しだけ意外そうな顔をした。


「理解があるんですね」


「現場が対立するのは普通です。責任があるならなおさら」


飛行長の少佐が、そこで初めて小さく口元を動かした。

笑ったわけではない。

ただ、話を切る気はないと分かる表情だった。


整備長が腕を組む。


「それで、何を見るんです」


「飛ぶまでです」


榊は答えた。


「電探が拾う。一次報告が上がる。受理卓が捨てない。その先で、戦闘機隊がどこで止まるかを見たい」


整備長は低く息を吐いた。


「どこで、というより、どこでも止まれますよ」


その一言で、何人かがわずかに笑った。

だがそれは冗談ではなく、現場の実感だった。



飛行隊側の流れを聞くだけで、問題はすぐ見えた。


電探から上がる一次報告。

それを受ける当直。

飛行隊への連絡。

暖機。

搭乗員の呼び出し。

滑走路寄りへの移動。

離陸判断。


紙の上に書けば数行で済む。

だが実際には、その間に細かなためらいと確認がいくつも挟まる。


「一次報告の段階で、毎回全部を動かすわけにはいきません」


若い中尉が言う。


「空振りが続けば、機体も人も疲弊します。整備の手も足りない。燃料も無限ではない」


「それはそうですね」


榊は素直に頷いた。


整備長が続ける。


「結局、何機あるかより、何機が本当に飛べるかですから」


その言葉に、榊は少しだけ身を乗り出した。


「そこです」


整備長が目を細める。


「何がです」


「いま日本に必要なのは、保有数の見栄えじゃなくて“飛べる数”を揃えることだと思います」


待機所の空気が少し変わった。


若い中尉が口を開く。


「飛べる数」


「はい。百機持っていても、半分が不調で、残りも上げる判断が遅れて、戻ってきたあと次に出せないなら意味がない。六十機でも、五十機がすぐ飛べて、戻ってもまた出せる方が強い」


整備長は黙って聞いていた。

飛行長の少佐も何も言わない。

だが、誰も話を切らない。


榊は続けた。


「電探や一次報告をやってきたのも、結局そこへ繋がります。無駄に全部を飛ばさない。でも飛ばすべき時には迷わせない。そのための流れを作る」


若い中尉が低く言う。


「理屈は分かります。ですが、問題は結局そこから先です。一次報告の段階で暖機に入るのか、見張り追認まで待つのか、飛行長判断まで引っ張るのか。その線が曖昧だから現場が揉める」


「そうでしょうね」


榊はすぐに答えた。


「だから段階を切った方がいい」


飛行長の少佐がそこで口を開いた。


「どんなふうに」


「一次報告で、まず暖機開始。

追認が来たら離陸準備完了。

さらに上で条件が揃ったら発進。

最初の一報で全部を動かすんじゃなく、準備の段階を分けるんです」


整備長がすぐ反応した。


「……それなら整備側も助かる」


若い中尉が振り向く。


「軍曹?」


「全部を最初から回す必要がなくなる。暖機機と予備機を分けられる。追認が来てから滑走路寄りへ寄せるなら、無駄な疲れ方も減る」


飛行長は少し考え込むように黙った。

やがて静かに言う。


「面白い」


若い中尉は少しだけ不満そうに見えたが、すぐに問い直した。


「ですが、それでも最初の一報をどこまで信じるかという問題は残ります」


飛行長が先に答える。


「残る」


「なら」


「だが、“信じるか否か”だけで二つに切るから苦しい」


少佐は榊を見た。


「君は、機械を全面的に信じろと言っているわけではないな」


「はい」


「信じ切れないなら、その不確実さに合わせて段階を刻め、と言っている」


「そのつもりです」


少佐は小さく頷いた。


「なら分かる」


その一言が重かった。


機械を嫌っているわけではない。

だが見えないものへ、部下をいきなり全力で投じたくない。

その感覚は、飛ぶ側としてごく自然だ。


だからこそ、榊が差し出せるのは“信じろ”ではなく、信じ切れない前提でも動ける流れだった。



飛行隊の机を借りて、榊はその場で簡単な段階表を書いた。


一次報告 暖機開始

追認 離陸準備完了

上位確認 発進


さらに整備側向けに、短く書き足す。


暖機機

予備機

滑走路寄せ対象


若い中尉がその紙を見ながら言う。


「ずいぶん単純ですね」


「単純じゃないと回らないと思います」


「現場を甘く見ていませんか」


「逆です。現場が忙しいから単純にします」


整備長が低く笑った。


「それは正しい」


飛行長も続ける。


「長い理屈は、戦闘機の横では消える」


その言葉で、中尉もそれ以上は言い返さなかった。


代わりに紙へ視線を落とし、しばらくしてから言う。


「……一次報告の段階で暖機だけなら、たしかに無茶ではない」


「追認まで待ってから全部を始めるよりは早いです」


「発進判断そのものは残せる」


「はい」


飛行長が紙を指で軽く叩いた。


「よし。まず一隊で回す」


整備長が頷く。


「整備側は暖機機と予備機を切ります」


若い中尉も、最後には小さく息を吐いて言った。


「……やるなら、言葉も固定しましょう」


榊が顔を上げる。


「どうします」


中尉は少し考えてから言う。


「一次報告で“暖機”、追認で“前へ”、上で“発進”。それだけなら通ります」


飛行長が即答する。


「それでいい」


整備長も頷いた。


「短い方が助かります」


現場は対立する。

だが対立するからこそ、そこで残った言葉は強い。

榊はそのことを、もう知っていた。



試験棟へ戻ると、葛城たちは机を囲んで待っていた。


「どうだった」


葛城が聞く。


榊は新しい紙を机へ置いた。


迎撃準備段階表(案)

一次報告:暖機

追認:前へ

上位確認:発進


伊集院が見て、少しだけ笑う。


「また短くなったな」


「そうなりました」


「だが、いい」


村瀬少佐も頷いた。


「電探で拾う。報告で止めない。受理で捨てない。その先で、ようやく飛行隊が段階的に動ける」


黒川が短く言う。


「一本になったな」


その一言がうれしかった。


まだ完璧ではない。

全部の隊に通るわけでもない。

だが少なくとも、いままで別々に見えていた改善が、やっと一本の線へ繋がり始めている。


「ただ」


榊は少しだけ苦笑した。


「やっぱり現場は揉めますね」


葛城が笑う。


「揉めるだろうな」


「でもその方がいい気もしてます」


「なぜだ」


「反発がある方が、本当に使える形まで削れるので」


伊集院が鼻で笑った。


「だいぶ分かってきたな」


「現場は対立するもんだし」


その言葉に、葛城も少しだけ笑った。


「違いない」



夜、榊は新しい段階表を他の紙と一緒に束ねていた。


一次報告。

追認。

取消。

一時情報列。

弱反応時確認。

そして今度は、暖機、前へ、発進。


戦争に勝てるかどうかは分からない。

だが、飛べる数は変えられる。

動ける隊の密度は変えられる。

それは、物量で劣る側が戦うための、ごく現代的なやり方なのかもしれない。


一機の名機より、次も飛べる十機。

一人の名人より、平均で動ける隊。

そこへ少しでも近づけるなら、やる意味はある。


机の上の束へ目を落としながら、榊は静かに思った。


この流れが、戦争のあとにも残ればいい。

戦うためだけではなく、作るために。

飛ばすためだけではなく、産業を支えるために。


そういう考えが、もう自然に胸の奥へ生まれてきていた。


今回は、電探や報告の流れがようやく戦闘機隊の運用へ繋がるところを書いてみました。

機体そのものを急に強くするのではなく、「何機あるか」より「何機すぐ飛べるか」「次も飛べるか」を揃える方へ寄せています。


現場同士が簡単に噛み合わないことや、旧来のやり方にちゃんと理由があることも、できるだけ大事にしたいと思っています。

そのうえで、対立しながら少しずつ“使える形”へ削れていく流れを書いていけたらと思っています。


読んでいただきありがとうございました。

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