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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第43話 最後に残すのは、長い説明ではなく骨だ

最後に現場へ出す紙は、結局いちばん薄くなった。


皮肉なものだと榊は思った。

ここまで何十枚も紙を作り、削り、分け、補い、また削ってきた。

確認票。

補足観察欄。

現場補記欄。

一次報告。

追認。

取消。

一時情報列。

弱反応時確認。

受理側初動要領。

部隊向け言い換え例。

当直士官向け説明用一枚。


積み上げた時は、どれも必要だった。

今も必要だ。

だが最後に前へ出すものは、そこからさらに削られた。


短い定型。

最低条件。

見れば分かる印。

順番を迷わない矢印。


長い説明は、もう残しても届かない。

残るのは、状況が崩れても生き残る骨だけだった。


試験棟の机の上には、その“最後の紙”が並んでいた。


一次報告時定型

追認時定型

取消時定型

弱反応時確認(主条件のみ抜粋)

受理卓初動三項


どれも、以前の資料に比べれば拍子抜けするほど短い。

だが、いま必要なのはたぶんそれだった。


葛城がその束を指先で揃える。


「ここまで削ると、最初にお前が作っていた説明票とは別物だな」


「別物ですね」


榊も頷く。


「でも、たぶん今残るのはこっちです」


伊集院が鼻で笑う。


「分かりやすくて腹が立つな」


「褒めてます?」


「半分だけだ」


そのやり取りすら、前より少しだけ静かだった。


村瀬少佐が一枚を持ち上げる。


「一次報告時定型、見張り確認未了、追認待ち。これだけで流れが死なないなら十分だ」


黒川も短く言う。


「骨としてはな」


「ええ」


榊はそう返しながら、その“骨”という言葉が前よりずっと重くなっていることを感じていた。


骨だけでは生き物にならない。

肉も、血も、息も要る。

だが骨がなければ、そもそも形にならない。


いま自分たちが辛うじて前へ通せたのは、その骨だ。

それだけは、もう認めるしかなかった。


午後、工場から森本が来た。


いつものように挨拶もなく、机の端へ木箱を一つ置く。

中には、印の位置見本、支持部補強済み乙型の写真代わりの簡略図、そして現場用にさらに薄くした確認順の紙が入っていた。


「真田が寄越した」


森本が言う。


榊は中身を見て、少しだけ目を見開いた。


「……ここまで削ったんですか」


「削った」


「これ、ほとんど札ですね」


「札でいいんだよ」


森本はあっさり言った。


箱の内蓋へ貼る用なのだろう。

紙ですらない。

短冊みたいなものだ。


先に固定確認

次に真空管・接点

熱後再確認

印位置をずらすな


それだけ。


「説明しなくていいんですか」


榊がそう聞くと、森本は少しだけ呆れたようにこちらを見る。


「説明できる相手ばかりなら苦労しねえだろ」


その一言で、全部片づいてしまった。


できるなら説明した方がいい。

だが、できない時に残るものを用意する方が先。

それは工場でも試験場でも、もう何度も見てきたはずだった。


真田も、そこまで分かってここへ来ているのだろう。


「……ありがたいです」


榊がそう言うと、森本は少しだけ肩をすくめた。


「礼はいい。使えりゃそれでいい」


その言い方のまま去っていく背中を見ながら、榊はふと思った。


ここで動いている人間たちは、誰も“後で歴史に残る仕事をしている”とは思っていない。

ただ、目の前の詰まりを少しでも減らしたいだけだ。

だが、たぶんそういうものが後で一番残るのだろう。


夕方、沿岸の節になっている隊から、さらに短い補記が返ってきた。


定型のみ配布でも維持可。

言い換え減少。

交代後も骨格は崩れず。


葛城がそれを読んで、珍しくはっきり笑った。


「勝ったな」


伊集院がすぐに返す。


「そこだけ切り取ればな」


「そこだけで十分だ」


榊は、そのやり取りを聞きながら少しだけ救われた。


全部じゃない。

たしかに全部じゃない。

でも、交代後も骨格が崩れないなら、それは大きい。


人が替わっても。

説明が薄くなっても。

短い定型だけで最低限が回る。


そこまで来たのなら、残した意味はある。


だが、そのすぐ後に別の紙も届いた。


こちらはまだ止まり気味の隊からだ。


定型受領。

だが当直側はなお独自判断強く、一次報告前に再確認要求あり。

骨格は認識されるも、優先順位の転換に至らず。


黒川が短く言う。


「止まるところは止まるな」


「はい」


榊も頷く。


「でも、前よりは“どこで止まってるか”が見えます」


「そうだ」


それだけでも、前よりましだと思うしかなかった。


昔なら、“どうも遅い”で終わっていた。

今は、当直側が一次報告前に再確認を要求していると、はっきり書かれている。

つまり、どこを崩せば流れるかが前より分かる。


もうその隊へ説明員を入れる余裕はほとんどない。

それでも、止まっている場所が見えているだけ、次に残せるものがある。


夜、榊は一人で最後の紙束をまとめていた。


現場へ出す短い定型。

工場の箱へ入れる札。

試験場に残す比較記録。

どれを前へ出し、どれを手元へ残すかを仕分ける。


その手を動かしながら、ふと自分が“開戦後のこと”を考えているのに気づいた。


次の空襲。

次の敵襲。

次の哨戒。

だけではない。


そのさらに先だ。


この紙が、どこまで残るか。

誰が生きて、誰が死ぬか。

どの工場が焼け、どの記録が失われるか。

その時、何を残しておけば次に繋がるか。


――《視点が変化しています》――


(そうか)


――《短期損失低減から、長期継承の発想へ移りつつあります》――


榊はその言葉に、静かに息を吐いた。


たしかにそうだった。


最初は、目の前の故障を直したかった。

次に、同じ故障が別の個体でも出ないようにしたかった。

その次に、報告が止まらないようにしたかった。


そして今は、

この先、全部が崩れても何かを残すにはどうするか

を考え始めている。


戦争に勝つためだけではない。

戦争のあとへ何を繋ぐか。


その発想が、自分の中に自然に出てきたことに、榊は少しだけ戸惑った。

だが同時に、どこかで納得もしていた。


ここまで積んできたものを、全部その夜ごとの応急処置で終わらせたくなかった。

標準化。

記録。

再現性。

確認順。

短い定型。

そういうものは、本来、戦争だけのものではない。


「まだいたのか」


振り向くと、真田だった。

工場から戻る途中らしい。


「少しだけ」


「またそれか」


「便利なので」


真田は苦笑もしなかったが、否定もしなかった。

机の上の紙束を見て、短く言う。


「前へ出す分と、残す分を分けてるのか」


「はい」


「残す分?」


榊は少し迷ってから答えた。


「比較記録とか、どこで止まったかとか、補強前後の差とか……。あとで失いたくないものを」


真田は数秒だけ黙っていた。

やがて低く言う。


「いい」


「そうですか」


「戦争が終われば、残るのはそういうものだ」


その一言は、思っていたより深く響いた。


榊は真田の顔を見た。

この人ももう、どこかで“その先”を見始めているのかもしれない。


「会社でも作る気か」


不意にそう言われ、榊は一瞬だけ息を止めた。


「……なんでそう思うんです」


「こういう紙を残そうとする奴は、大抵どこかでそういうことを考える」


真田は淡々と言った。


「工場を動かすのも、製品を揃えるのも、結局は戦争だけのためじゃないからな」


榊は、うまく返事ができなかった。


会社。

その言葉はまだぼんやりしている。

だが、自分の中にすでに芽のようなものがあることを、完全には否定できなかった。


もしこの先、生きて終わったら。

もし工場と技術者と記録を少しでも残せたら。

その先で、また別の形で技術を繋げることはできるかもしれない。


戦争に勝てるかどうかとは別の話として。


真田はそれ以上何も言わず、紙束の一番上を見た。


一次報告時定型

その簡素な紙を指で軽く叩く。


「長い説明より、こういう骨の方が残る」


「ですね」


「なら、残せ」


その一言を残して、真田は去っていった。


榊はしばらくその背中を見送ったあと、机の上の束をもう一度見た。


最後に残すのは、長い説明ではなく骨だ。

そしてたぶん、その骨は戦争のあとにも使える。


そう思えたことが、今夜のいちばん大きな変化だった。

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