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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第35話 もう試す時間がない

止まっている隊の、止めている人間に会いに行く。


言葉にすると単純だ。

だがそれは、真空管のソケットを見るよりも、支持部の遊びを探すよりも、よほど疲れる仕事だった。


相手は故障していない。

数字が狂っているわけでもない。

間違っているとも限らない。

ただ、考え方の重さが違う。


その重さが、紙を殺し、流れを止める。


だからこそ、最後は会って話すしかなかった。


止まっている隊の一つは、沿岸寄りではあるが、旧来の確認重視が特に強い部隊だった。

速報票も配られている。

一時情報列の扱いも説明済み。

だが補記欄に返ってくるのは、


従来手順を優先。

不確定情報は上げるなとの口頭指示あり。

現場は票と口頭の間で混乱。


その繰り返しだった。


榊と葛城、黒川、そして村瀬少佐は、その部隊の監視所を兼ねた小さな指揮室へ入った。


空気が、最初から違う。


試験場のような“見て判断する”空気ではなく、

最初に“何を言われるか”を測っている空気だ。


迎えたのは、中年の少佐だった。

体格は良くないが、目に疲れがない。

疲れていないのではない。

疲れを表に出さない側の人間だった。


「村瀬少佐、黒川少佐」


形式的な敬礼のあと、その視線が榊へ向く。


「……そちらが、最近の紙を作っている民間人ですか」


「榊恒一です」


「当隊の当直運用に、かなり熱心なようだ」


言い方は丁寧だが、歓迎ではない。

むしろ“口を出すなら正面から来い”という空気がある。


葛城が先に言う。


「本日は、運用例と実際の詰まりを照合したい」


「詰まり、ですか」


少佐は淡々と返した。


「当隊では慎重を期しているだけです」


その一言に、榊はやはりそう来たかと思った。


悪意ではない。

怠慢でもない。

慎重なのだ。

だから厄介だ。


村瀬少佐が静かに言う。


「慎重であることと、止めることは別だ」


「止めてはいません」


「だが、速報票が生きていない」


部屋の空気が、少しだけ張る。


少佐は顔色一つ変えずに言う。


「未確認の一報を上げて混乱させるより、確認を一度挟む方がましです。当隊は沿岸警備隊とは違う。視界も、見張り位置も、当直の回しも異なる」


榊は、それを聞きながら小さく頷いていた。


間違っていない。

全部、もっともだ。

ここで「違います」と切ったら負ける。


「違うのは分かります」


榊がそう言うと、少佐の眉がわずかに動いた。


「ほう」


「沿岸警備隊のやり方をそのまま当てはめろとは思ってません」


「ならなぜ、同じ票を配る」


「骨格が同じだからです」


榊は答えた。


「速報・追認・取消で閉じる。一時情報は捨てない。確報扱いは追認後。この骨格だけは、部隊差があっても必要だと考えています」


少佐は腕を組んだ。


「そしてその上で、うちの運用はうちで決めるべきだと私は思っている」


「そこもそうだと思います」


「なら問題はないはずだが」


「問題はあります」


榊は、部屋の奥にある電探表示の方を一度だけ見た。


「票があるのに、現場が口頭で止められている」


少佐の目が、はっきりとこちらへ向く。


「それは、私の指示が悪いと?」


「悪いとは言っていません」


「では何だ」


「現場が二つの命令を同時に受けている状態です」


その一言で、部屋が静まり返る。


榊は続けた。


「紙には“速報可”とある。

でも口頭では“確認不足で騒ぐな”と言われる。

その時、現場はどちらを優先すればいいか分からなくなる」


少佐はしばらく何も言わなかった。

そして低く返す。


「なら、口頭を優先させるのが当然だ」


「そうなるでしょう」


「なら何が問題だ」


「その口頭が、現場に“また止まれ”と教えてしまうことです」


黒川が低く言う。


「現に止まっている」


少佐は黒川を見た。


「止まるべき時もあります」


「当然だ」


「なら」


「だが、弱反応でも主条件が揃い、一時情報として扱う価値があるものまで止めている」


黒川の声は平坦だったが、そこには明確な圧があった。


村瀬少佐がそこへ静かに重ねる。


「誤認を恐れる感覚は理解する。だが今問われているのは、“不確定情報をどう捨てずに持つか”だ。確報として押し上げろとは言っていない」


少佐は、その一言でようやく少しだけ表情を崩した。

怒りではない。

わずかな疲れだ。


「……結局そこです」


彼は小さく息を吐いた。


「こちらは、最初の一報で余計に艦を振り回したくない。現場の見張りはまだ目で納得したがる。電探員も若い。報告を上げるたびに空振りが続けば、今度は誰も信用しなくなる」


榊は、その言葉に初めて真正面から頷いた。


「そうですね」


少佐が少し驚いたようにこちらを見る。


「否定しないのか」


「しません。その怖さは本物だと思います」


ここで初めて、少しだけ空気が変わった。


正しさだけを押し込まれた相手は、身構える。

だが自分の恐れているものを“恐れていい”と言われると、少しだけ聞く耳を持つ。


榊は静かに続けた。


「ただ、その恐れがあるからこそ、“弱でも上げていい条件”と“上げた後にどう閉じるか”を揃えてきたんです」


「……」


「空振りをゼロにはできません。でも空振りを取消として閉じる流れがあるなら、少なくとも“上げたこと自体”が罪になりにくい」


少佐は黙ったまま電探表示の方を見た。


その沈黙のあいだ、部屋の隅にいた若い電探員が、ほんの少しだけこちらを見ていた。

たぶん彼はずっと、その両方に挟まれていたのだろう。

紙と口頭。

速報可と確認不足。

上げろと止まれ。


葛城がそこで口を開いた。


「我々は、沿岸警備隊の文言をそのまま使えとは言わない」


少佐が視線だけ向ける。


「では何を」


「この隊で使える“止まらない言い方”を作ってほしい」


その言葉は、思っていたより深く刺さったらしい。

少佐はすぐには返さなかった。


「止まらない……言い方」


「ええ」


葛城は頷く。


「沿岸の隊では、“方位〇八、速報、見張り確認未了”で回った。だがこの隊にはこの隊の言い方があるはずだ」


榊も続ける。


「骨格は同じでいい。

速報であること。

見張り未確認ならそう言うこと。

追認か取消で閉じること。

でも、その間の言い方は現場の言葉でいいと思ってます」


少佐は腕を組んだまま、長く黙っていた。


やがて、部屋の隅にいた若い電探員が、おそるおそる口を開いた。


「少佐」


全員の視線が向く。


「何だ」


「……言い方、決めてもらえるなら助かります」


少佐の目が少しだけ動く。


電探員は続けた。


「いまは票を見て、でも最後は顔色を見てる感じで……。どこまでなら上げていいか、短い言葉で揃うなら、その方が……」


そこまで言って、彼は慌てて黙った。

言い過ぎたと思ったのかもしれない。


だが、もう遅かった。

必要なことは言われた後だ。


黒川が低く言う。


「現場の声だ」


少佐は若い電探員を見たまま、小さく息を吐いた。


「……そうか」


そしてようやく、榊たちの方へ向き直る。


「条件がある」


「何でしょう」


「この隊では、“速報可”という言い方を前へ出さない」


榊は少しだけ目を細めた。

だがすぐに頷く。


「構いません」


「代わりに、“一次報告”とする」


葛城がゆっくり頷いた。


「なるほど」


少佐は続ける。


「“速報”だと、現場には軽く聞こえすぎる。“一次報告”なら、最初の報告だが閉じていないと伝わる」


榊は、その言葉がかなりうまいと思った。


速報。

追認。

取消。

その骨格は変えない。

だが現場の耳に入る言葉は、この隊に合うものへ変える。


まさに欲しかった形だった。


「それでいきましょう」


榊が言うと、少佐はさらに言った。


「もう一つ。当直士官が止めるのでなく、“一次報告受理、見張り確認待ち”と返す。そう返答を固定する」


葛城が笑う。


「自分で答えを作り始めたな」


少佐は苦く言う。


「そうでもしないと、部屋の空気が変わらんのでしょう」


その言い方に、榊は少しだけ救われた気がした。


変わらない人間ではない。

変わる言葉がまだなかっただけだ。



その夜、榊たちは試験棟へ戻っていた。


葛城がメモを見ながら言う。


「“速報”ではなく“一次報告”か。いい置き換えだな」


村瀬少佐も頷く。


「軽さへの警戒を吸える」


伊集院が腕を組む。


「結局、成功例をそのまま押しつけるより、骨格だけ持って行って現場で言い換えさせた方が早いということか」


「そうですね」


榊は静かに答えた。


「たぶん今の段階では、その方がずっと強いです」


黒川が短く言った。


「もう試す時間は少ない」


その一言に、全員が少しだけ黙った。


そうだ。

ここまでじわじわ積み上げてきた。

だが時間は無限ではない。

紙を直し、説明を変え、部隊ごとの言葉に落とし込む。

そういう地道な工程にも、もう終わりが近づいている気がした。


榊は、今日の若い電探員の顔を思い出していた。

票を見て、顔色も見て、止まっていたあの感じ。

あれが少しでも減るなら、それでいいと思えた。


そしてその先に、実戦がある。


まだ始まっていない。

けれど、始まる前の空気は確実に濃くなっている。


「次、いきますか」


榊がそう言うと、葛城が少しだけ笑った。


「当然だ」


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