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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第34話 うまく回った例は、薬にもなるし言い訳にもなる

運用例:速報・追認の実際

という一枚を流してから、反応は予想以上に分かれた。


うまく噛み合った隊は、それをほとんどそのまま使った。

見張りと電探員の口頭確認文を短く揃え、速報票の文言を自分たちなりの言い回しに落とし、当直卓でも一時情報列の扱いが前より明らかに安定した。


補記欄も変わる。


口頭確認文を固定したことで、見張りとのやり取りが短くなった。

速報→追認の閉じが速くなった。

弱反応でも、主条件に引っかかれば迷いが減る。


読んでいて気持ちがいいほど、流れが見える。


「効いてるな」


葛城がそう言うと、榊も頷いた。


「はい」


伊集院は少しだけ口元を緩めた。


「見本が一つあるだけで違うものだな」


「理屈より、自分たちと同じ場所の話の方が入りますから」


榊はそう答えながら、別の束へ視線を移した。


そちらは、逆に読むだけで空気が重くなる。


当隊は艦種・勤務体制が異なり、単純比較は不適。

沿岸警備隊の例をそのまま持ち込むのは現実的でない。

現行の確認重視運用を優先。


「……来ましたね」


榊がそう言うと、村瀬少佐が無表情のまま頷いた。


「来ると思っていた」


黒川が短く言う。


「うちは違う、だな」


まさにその通りだった。


成功例は薬になる。

だが同時に、受け入れたくない側にとっては

“あれは特殊だから、自分たちには当てはまらない”

という言い訳にもなる。


葛城が紙をめくりながら言う。


「厄介だな。成功例を出せば全員が動くわけではない」


「むしろ逆です」


榊は答えた。


「成功例がはっきりすると、飲みたくない側は“自分たちは違う”と言いやすくなる」


伊集院が腕を組む。


「気持ちは分からんでもないがな」


「分かるんですよね」


「分かる」


伊集院のその即答が、かえって重かった。


現場はそれぞれ違う。

艦種も違えば、見張り位置も違う。

人員の練度も、当直の回し方も違う。

だから“うちは違う”は完全な嘘ではない。


嘘ではないから厄介なのだ。


――《局所最適の成功例は、適用範囲の争点を生みます》――


(その通りだな)


なら必要なのは、

同じようにやれ

ではなく、

どこまで同じで、どこから違っていいかを切ること

だ。


「成功例を、そのまま配るんじゃなくて注釈付きにしましょう」


榊がそう言うと、葛城が聞き返す。


「注釈?」


「はい。“この部分は共通”“この部分は部隊差あり”を切る」


村瀬少佐が少しだけ目を細めた。


「どう切る」


榊は成功例の紙を机へ広げた。


「たとえば、速報・追認・取消で閉じる流れ自体は共通です。

一時情報列へ置くことも共通。

でも、見張りとの口頭確認文の長さや、弱反応の主条件のうちどれを見やすいかは、部隊差が出る」


黒川が短く言う。


「骨格と、肉付けを分けるわけだな」


「そうです」


葛城も頷いた。


「“流れは共通、文言や順番は現場調整可”と明記するのか」


「その方が反発は減ると思います」


伊集院はなおも難しい顔だった。


「だが、それを認めすぎると今度はまた各隊ばらばらにならんか」


「全部自由にしたら、そうなります」


榊は答えた。


「だから変えていいところと、変えちゃいけないところを分ける」


そこで榊は新しい紙へ二本の線を引いた。


共通必須

部隊調整可


その下へ書く。


共通必須

•速報・追認・取消で閉じること

•一時情報として扱うこと

•受理側で直ちに棄却しないこと

•追認前は確報扱いしないこと


部隊調整可

•見張りとの口頭確認文

•弱反応時の補助条件の言い回し

•当直卓での表示・呼称

•現場補記欄の運用順


葛城がその紙を見ながら言う。


「……これなら“全部押しつけられた”感は減るな」


「減ると思います」


村瀬少佐は紙を手に取り、しばらく黙って読んでいた。

やがて低く言う。


「悪くない」


伊集院が半歩遅れて続ける。


「少なくとも、“沿岸警備隊の真似をしろ”よりはましだな」


「それを言うと、また突っぱねる隊が出ます」


「だろうな」


少しだけ空気が緩む。


だが、そのとき記録係の兵が、さらに別の報告束を持ってきた。


「南方から追加です」


葛城が受け取り、一通目を開く。

読んだ瞬間、眉が動いた。


「……こっちは、うまく回り始めている」


「どれです」


榊が問うと、葛城は紙を差し出した。


補記欄に、こう書いてある。


当隊は沿岸警備隊の例と条件が異なるため、見張り確認文のみ短縮して採用。

速報・追認の流れ自体は維持。結果、従来より当直での再確認待ちが減少。


榊は小さく息を吐いた。


「……いいですね」


黒川が短く言う。


「使っている」


「はい。真似じゃなく、自分たち用にしてる」


それが欲しかった形だった。


成功例をそのままコピーするのではない。

骨格だけを残し、部隊ごとに言葉と順番を調整していく。

それなら“うちは違う”を、そのまま“だから使えない”ではなく、“だからこう変える”へ持っていける。


だが、その一方で別の報告はもっと露骨だった。


部隊調整可の範囲が広すぎ、従来手順へ戻した。

混乱防止のため。


伊集院がその紙を見て、露骨に顔をしかめる。


「これは逃げたな」


村瀬少佐も無表情のまま言う。


「戻した理由を“混乱防止”と書けば、通ると思っている」


榊は、その一文を見つめた。


間違ってはいない。

実際、新旧が混ざれば混乱は起こる。

だがそこから先が違う。


混乱するから整理するのではなく、

混乱するから元へ戻す。

それは一番安全で、一番変わらないやり方だ。


「……やっぱり、ここまで来ると人ですね」


榊がそう言うと、黒川が短く頷いた。


「最初からそうだ」


葛城が静かに続ける。


「機械の差は、いまやかなり埋まり始めている。だが、人の差は簡単には埋まらん」


その言葉に、榊は小さく頷いた。


真空管。

配線。

支持部。

搬送後のズレ。

速報・追認。

受理側初動。


そこまでは、少なくとも仕組みでかなり触れた。

だが最後に残るのは、人間の癖と、部隊の空気だ。


それは見えにくいし、変えにくい。

しかも時間がかかる。


そして時間は、たぶんもうあまり残っていない。



その夜、榊は新しい整理表を作っていた。


運用展開区分


共通必須運用が定着した隊

部隊調整を伴って展開可能な隊

旧来運用への戻りが強く、追加説明を要する隊


葛城が後ろから覗き込む。


「また分類か」


「必要なので」


「最近そればかりだな」


「最近じゃなく、最初からそうでした」


葛城は少しだけ笑った。


「違いない」


榊は紙へさらに書き足す。


追加説明対象:当直士官・部隊長級


そこを押さえないと、現場の紙はまた口頭の一言で死ぬ。

もうそれは嫌というほど分かっていた。


「結局、次は人を見に行くしかないですね」


榊が言うと、葛城も頷く。


「そうなるな」


「止まってる隊に、ですか」


「いや」


葛城は少しだけ目を細めた。


「止まってる隊の、止めてる人間にだ」


その言葉が、静かに重かった。


うまく回った例は、薬にもなる。

だが同時に、“うちは違う”という言い訳にもなる。


それを崩すには、紙だけでは足りない。

最後はやはり、人と人の話になる。


夜は静かだった。

だがその静けさの中に、もう“始まる前の重さ”が確かに混じっている気がした。


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