表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/50

第33話 回る部隊と、止まる部隊

第一段階の配布が始まってから十日ほどで、差はもう隠せなくなっていた。


同じ紙。

同じ補足資料。

同じ説明用の一枚。


それでも、うまく回り始める部隊と、ほとんど前に進まない部隊がはっきり分かれた。


「ここは早いな」


葛城がそう言ったのは、沿岸警備寄りの監視所から返ってきた報告を見た時だった。


速報。

追認。

取消。

どれも短いが、閉じ方がきれいだ。

現場補記欄にも余計な愚痴ではなく、ちゃんと運用の癖が返ってきている。


弱+尾小の扱い、現場で判断しやすい。

見張りとの口頭確認文を短く統一するとさらに早い。

受理卓側の一時情報列も混乱少なし。


伊集院が紙を見ながら言う。


「……ここはもう、自分たちで回し始めてる」


「説明員が一度入った後、班長が噛み砕いてるんでしょうね」


榊も頷いた。


記録の書きぶりだけで分かる。

紙をそのまま読むのではなく、部隊の言葉に落としている。

こういうところは強い。


黒川が短く言う。


「節になれる隊だ」


その評価は重かった。


一方で、別の束は明らかに空気が違った。


同じ第一段階の対象に入れたはずなのに、返ってくる紙が荒れている。

速報票はある。

追認票もある。

だが、閉じが遅い。取消が雑だ。現場補記欄には、内容より不満が先に出ている。


速報を上げたが、当直士官より“確認不足で騒ぐな”と叱責あり。

追認前報告を嫌がる者あり。

従来手順を優先すべしとの口頭指示により、現場混乱。


榊はその一文を見た瞬間、小さく息を吐いた。


「来ましたね」


葛城も苦い顔で頷く。


「来たな」


伊集院が紙を指で叩く。


「結局これだ。紙より上の口頭が強い」


そこが、この手の改善の一番厄介なところだった。


票を作る。

記録を揃える。

初動を明記する。

それでも、現場で一番強いのはしばしば“その場の一言”だ。


しかも、その一言が古いやり方を背負っている時、紙は簡単に負ける。


「部隊長か、当直士官か」


村瀬少佐が記録を見ながら言った。


「たぶん両方です」


榊が答える。


「少なくとも、“速報を出すな”ではなく、“騒ぐな”で止めてる」


黒川が短く言う。


「形を守って、中身を殺してるな」


まさにその通りだった。


表向きは新しい票も受け取っている。

だが実際には、旧来の“確実になるまで上げるな”が口頭で生きている。

そうなると現場は一番困る。


紙では上げていいと書いてある。

だが、その場では嫌な顔をされる。

叱責もされる。

なら、結局誰も上げなくなる。


「同じ海の上でも、ずいぶん違うな」


森本がここにいればそう言うだろう、と榊は思った。

そしてその違いは、機械よりも人の方に強く出ている。


葛城が報告の束を二つに分ける。


「うまく回ってる隊と、止まってる隊。今はっきり切れるな」


伊集院が頷く。


「前者は紙を使っている。後者は紙を“持っている”だけだ」


その言い方は、嫌になるほど正確だった。


使っている部隊は、

自分たちの言葉で噛み砕き、補記し、閉じて返してくる。


持っているだけの部隊は、

紙の表面だけを受け取って、実際には口頭の古い感覚で動く。


榊は、荒れた補記欄の一文をもう一度読んだ。


“従来手順を優先すべしとの口頭指示”


そこに滲んでいるのは、たぶん悪意ではない。

むしろ責任感だ。

確実なものだけを上げたい。

中途半端な情報で混乱させたくない。

そういう、ある意味で真面目な感覚が旧来のやり方を支えている。


だから厄介なのだ。


「間違ってるわけじゃないんですよね」


榊がそう言うと、村瀬少佐が少しだけ目を細めた。


「何がだ」


「その士官の感覚です。“確実になるまで上げるな”っていうのは、たぶん本人なりに部隊を守ろうとしてる」


黒川が低く言う。


「だが今は、それが遅れを生む」


「はい」


榊は頷いた。


「だから単純に“古い考えは捨てろ”だと反発だけが残る」


葛城が机を指で叩いた。


「ならどうする」


榊は少しだけ考えた。


問題は、その部隊の士官が新しい手順を知らないことではない。

知っていても、自分の責任感覚に馴染まないから口頭で潰しているのだ。


なら必要なのは、票の再配布ではなく、

“その士官自身の責任の置き方を変える説明”

だ。


「現場じゃなく、士官向けの説明が要ります」


伊集院が顔を上げる。


「今さらか」


「今だからです」


榊は答えた。


「電探員や見張り員は、票を使えばある程度動きます。でも止めているのはその上にいる人間です」


村瀬少佐が頷いた。


「つまり、当直士官向けの一枚か」


「一枚で足りるなら一枚でいいです」


榊は言った。


「要点は三つ。“速報は断定ではない”“速報を止めることの損失”“追認・取消で閉じれば責任は整理できる”。そこだけです」


葛城が少し笑う。


「また三つだな」


「三つくらいがちょうどいいので」


その時、記録係の兵が別の報告束を持ってきた。


「沿岸警備隊から補記追加です」


葛城が受け取り、ざっと見る。

そして紙を榊へ差し出した。


「こっちは逆だ」


そこに書かれていたのは、さっきの“回っている隊”からの補記だった。


速報・追認の流れ自体は有効。

ただし見張りと電探員の間で、短い口頭確認文を決めたことでさらに早くなった。

“方位〇八、速報、見張り確認未了”のように言い方を揃えると混乱少なし。


榊は思わず、その一文を何度も読み返した。


「……やっぱり自分たちで作り始めてる」


伊集院が頷く。


「こっちはもう、紙を土台にして次の工夫へ行ってるな」


黒川も短く言う。


「強い隊だ」


それが、何よりはっきりした対比だった。


同じ紙を受け取っても、ある隊はそれを使って次の工夫を生む。

別の隊は口頭の古いやり方で紙を殺す。


結局、差は機械だけでは生まれない。

人の層。

上にいる人間の考え方。

それがそのまま、部隊の速さになる。



その夜、榊は試験棟の外で、訓練部隊から返ってきた補記と、止まっている部隊の補記を交互に見ていた。


夜風は冷たかった。

波の音は低く、遠い。


海は一つだ。

だが、その上に浮かぶ部隊は一つではない。

同じ機材を持ち、同じ票を配られても、届く速さも、流れ方も、全然違う。


「考え込んでいるな」


振り向くと、葛城がいた。


「少しだけ」


「少し、で済む顔じゃない」


榊は苦笑した。


「回る隊と止まる隊、ここまで違うとは思ってなかったので」


葛城は隣に立つ。


「私は思っていた」


「そうですか」


「訓練を見ていれば分かる。強い隊は、新しいものを“自分たちの言葉”に変える。弱い隊は、紙が来ても“上の顔色”に戻る」


榊は、荒れた補記欄の一文をもう一度見た。


“確認不足で騒ぐな”


たったそれだけで、せっかく作った流れが止まる。

そう考えると嫌になる。


「どうすれば変わりますかね」


葛城は少しだけ考えてから答えた。


「全部は変わらん」


「ですよね」


「だが、止まる理由がその隊の中にあると見えたなら、今度はそこを狙える」


榊は顔を上げる。


「当直士官向けの説明、ですか」


「それもある」


葛城は頷く。


「もう一つは、回る隊のやり方を“例”として見せることだ」


榊はその言葉に少しだけ目を細めた。


「成功例を、そのまま流す」


「そうだ。紙だけではなく、“この隊ではこう回った”を渡す。人は抽象論より、同じ立場の成功例の方を飲み込みやすい」


たしかにそうだ。


“速報は断定ではない”

と百回書くより、

“この隊ではこう言い換えて速くなった”

の方が現場には届く。


「……それ、効きそうですね」


「効くだろうな」


葛城は静かに言った。


「戦争前の空気は、意外とそういう小さい真似から変わる」


その言葉が、夜の海の冷たさと一緒に胸へ入ってきた。


いきなり宣戦布告は来ない。

いきなり全部が戦争の形になるわけでもない。


その前に、こうして

回る隊と止まる隊が分かれ、

届く紙と届かない紙が分かれ、

同じ海の上で速さが変わっていく。


たぶん、戦争前夜というのはこういうものなのだろう。



翌朝、榊は新しい一枚を作り始めた。


運用例:速報・追認の実際


内容は単純だ。

沿岸警備隊で実際にうまく回った流れ。

見張りと電探員の短い口頭確認文。

速報から追認、取消までの閉じ方。

当直卓での一時情報列の扱い。


理屈ではない。

成功した形の見本だ。


それを見ながら、榊は静かに息を吐いた。


回る部隊と、止まる部隊。

その差がある以上、やるべきことは一つしかない。


止まっている側へ、回る形を見せることだ。


それで全部が変わるわけではない。

だが、少なくとも次の一歩は作れる。


そしてたぶん、今この時期に必要なのは、そういう“次の一歩”を絶やさないことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ