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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第31話 同じ海の上でも、届く速さは揃わない

制度化へ向けた動きが始まってから、試験場の空気は前より忙しくなった。


慌ただしい、というより、静かに焦り始めたと言った方が近い。


今までは試験運用だった。

限定的で、局所的で、だからこそ動かせた。

だが制度へ寄せるとなれば話は変わる。


書き方を揃える必要がある。

説明の言葉も揃えなければならない。

誰に渡すか、どこまで渡すか、どの隊から先に回すか。

それを決めなければ、せっかくの改善も途中で薄まって消える。


葛城は机の上に地図と部隊一覧を並べながら、低く言った。


「問題は二つある」


伊集院が紙束を抱えたまま答える。


「いつも通りだな」


「一つ。どこから配るか。

二つ。全部に同じ速度では届かない」


榊はその地図を見下ろした。


訓練部隊。

沿岸の警備部隊。

小艦艇。

通信所。

整備拠点。

全部が同じ海の上にあるようでいて、実際には距離も、補給も、教育の速さも違う。


黒川が短く言う。


「理想を言えば全部だ」


「でも現実はそうはいかない」


榊も頷いた。


「紙を一斉に回すだけならできるかもしれない。でも、紙だけ届いて人が追いつかない部隊は必ず出ます」


村瀬少佐が、その言葉を静かに引き取る。


「だから順番が必要だ」


試験棟に来ていた村瀬は、以前より明らかにこの場へ馴染み始めていた。

相変わらず言葉は硬い。

だが今はもう、外から“止めに来る人間”ではない。

少なくとも、この改善をどう流すかを一緒に考える側へ移っている。


葛城が地図の一角を指した。


「まずは訓練で結果が出た隊と、その近傍。ここは話が早い」


伊集院が別の紙を叩く。


「問題はその先だ。紙が行っても、説明が届かないところが出る」


榊は、南方から返ってきた報告の束を思い出していた。


役立つ。

だが現場の順番と工場の順番が違う。

紙の余白へ勝手に書き足した補記。

使ってみて初めて出てきた条件。


現場は受け取るだけでは終わらない。

だが受け取るための土台がなければ、返してくることもできない。


「配るだけじゃ駄目です」


榊がそう言うと、村瀬少佐が頷いた。


「説明員が要る、か」


「全部の部隊に人を付けるのは無理です」


「当然だ」


「なら、最初に届く部隊を“教える側”にもするしかない」


伊集院が顔を上げる。


「どういう意味だ」


榊は地図の上へ指を置いた。


「訓練で回った部隊、改善の意味を理解してる整備拠点、速報と追認の流れを一度体で覚えた監視所。そこを“ただ受ける側”ではなく、“次へ渡す側”にするんです」


葛城が目を細める。


「……種を撒く位置を選ぶわけだな」


「はい」


黒川も短く言った。


「点ではなく、節にする」


その表現は分かりやすかった。


全部の部隊へ同じ速度で届かないなら、

先に届いた場所を節にして、そこから広げる

しかない。


それは回路にも似ていた。

長い配線を一本で無理に引くより、節点を置いて安定させた方がいい。

この戦争も、たぶん同じだ。


――《全面同時最適化は不可能です》――

――《局所拠点化による拡張が現実的です》――


(最近、お前の言うことがそのまま現場の言葉に変換しやすくなってきたな)


――《あなたが慣れただけです》――


榊は心の中でだけ笑った。


その時、試験棟の戸口から記録係の兵が入ってきた。


「葛城中尉、追加の返送資料です」


「どこからだ」


「沿岸警備隊と、南方経由が二件」


葛城が受け取り、中をざっと見る。

そのうちの一枚を読んだ瞬間、少しだけ顔が曇った。


「……やはり出たか」


「何です」


榊が聞くと、葛城は紙を差し出した。


沿岸の部隊からの報告だった。

内容は簡潔だが、問題は明白だった。


速報票・追認票を受領したが、電探員・見張り・当直卓の三者で説明の解釈がずれた。

“速報可”を“即時断定可”と誤解した例あり。

再説明を要す。


伊集院が舌打ちする。


「早速か」


村瀬少佐は表情を変えずに言った。


「予想の範囲内だ」


「そうですね」


榊も頷いた。


「紙だけ先に行くと、どこかで必ず起きる」


黒川が低く言う。


「だから節だ」


「はい」


榊はその紙を机へ置いた。


“速報可”

その短い言葉の意味が、部隊によって少しずつ違う。

あるところでは“まず上げてよい”。

別のところでは“ほぼ確実なら即時上げてよい”。

さらに別のところでは“迷ったら上げろ”になってしまう。


同じ文言でも、背景の理解が違えば別物になる。

そこが一番怖い。


葛城が苦く笑う。


「結局、また言い方の問題だな」


「言い方と、誰が説明したかです」


榊は答えた。


「紙の文面だけじゃなく、“その場でどう説明されたか”で意味が変わる」


村瀬少佐が机を指で叩く。


「なら、説明の型も要る」


伊集院がため息をついた。


「また増える」


「でも必要です」


榊はそう返した。


「確認票も、報告票も、初動要領も、結局そこでした。紙の形だけじゃなく、“何をさせたいのか”が揃ってないと意味がない」


黒川が短く言う。


「なら説明用の一枚だ」


葛城がすぐに拾う。


「配布用ではなく、説明者用」


「はい」


榊は頷く。


「“速報は断定ではない”“追認か取消で閉じる”“一時情報は捨てずに持つ”。その三つだけでも、先に口で揃えた方がいい」


伊集院が紙の束を見ながら、低く言った。


「つまり、票の前に講釈か」


「講釈じゃなく、意味の固定です」


「言い換えただけだな」


「たぶんそうです」


少しだけ、空気が緩む。


だが、問題はまだ残っていた。


葛城が地図の南方側を指した。


「それと、もう一つ」


「何です」


「時間差だ。ここで作ったものが、ある部隊にはもう効いている。別の部隊にはまだ届かない。さらに別の部隊には古い手順と新しい手順が混ざる」


榊はその言葉に、胸の奥が少し重くなるのを感じた。


それが一番現実だ。

制度化すると言っても、一夜で揃うわけがない。

むしろしばらくは、改善が届いた場所と届かない場所が同時に存在する。


同じ海の上にいるのに。

同じ戦争へ向かっているのに。

届く速さは揃わない。


村瀬少佐が静かに言う。


「ここから先は、届かなかった部隊の責任ではなく、届かせきれなかった側の責任も混ざる」


黒川も短く続けた。


「だから優先順位を誤るな」


その言葉が重かった。


全部を一度に救うことはできない。

全部を一度に変えることもできない。

なら、どこを先に通すかで意味が変わる。


榊は地図の上へ視線を落とした。


訓練で回った部隊。

沿岸で即応が求められる部隊。

情報が詰まると直接危ない小艦艇。

それらが、いまは点として散らばっている。


「先に通すのは」


榊はゆっくり言った。


「機械の改善が効いていて、なおかつ報告の遅れがそのまま危険になるところです」


葛城が頷く。


「沿岸、小艦艇、夜間警戒寄りの隊か」


「はい」


伊集院も腕を組んだまま言った。


「理屈は通る。効果も見えやすい」


「逆に、紙だけ先に送りつけても意味が薄いところは後回し」


黒川が短く言った。


「冷たいが、そうだな」


冷たい。

たしかにそうだ。

だが戦争の準備というのは、たぶんそういう冷たさを含む。


全部へ同じ速さでは届かない。

だから、どこへ先に届けるかを選ばなければならない。


その選び方を誤れば、せっかく通り始めた情報の流れも薄まって消える。


榊は試験棟の窓の外を見た。

夕方の光は、もう少しずつ冬に近い色になっている。


まだ開戦はしていない。

だが、時間だけは確実に減っていた。


同じ海の上でも、届く速さは揃わない。

ならせめて、先に届いた場所だけでも確実に“流れる形”へしていくしかない。


それが今の自分にできる、いちばん現実的な一手だと榊は理解していた。


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