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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第26話 受け取る側は、自分の曖昧さを認めたがらない

通信監理部の執務室は、試験場とも工場とも違う静けさを持っていた。


物音がないわけではない。

紙をめくる音。

ペン先が走る音。

机の引き出しが閉まる音。

それらは確かにある。


だが、ここには工場のような熱も、試験場のような緊張もない。

代わりにあるのは、整っていることそのものが圧力になる空気だった。


榊は葛城、黒川とともに、村瀬少佐の後ろを歩いていた。

部屋の並ぶ廊下は磨かれていて、足音がよく響く。

ここでは、雑に置かれた紙一枚や、乱れた配線一本すら場違いに見える。


「顔が硬いな」


村瀬が振り向きもせずに言った。


「慣れてない場所なので」


榊が答えると、村瀬は小さく鼻で息を抜いた。


「それはお互い様だ。こちらも民間人を連れて説明に回るのは慣れていない」


葛城が横から口を挟む。


「榊君を外せば、細部で話が崩れる」


「分かっている」


村瀬の答えは短かった。


今日の目的は単純だ。

試験場側で作った

速報受理時初動要領(案)

を、通信監理側の実務にどう落とし込むか。


言い換えれば、

“未確定情報を未確定のまま受け取る”

という、言うほど簡単ではないことを、書類と運用に変える日だった。


通された部屋には、すでに数人の士官が集まっていた。


少佐クラスが二人。

中尉が一人。

あとは記録係らしい下士官。


どの顔にも、歓迎の色は薄い。

むしろ「なぜ試験場の都合をこちらへ持ってくる」という空気の方が強かった。


村瀬が席へ着き、言った。


「始めよう。先日の速報票運用の結果、受理側の初動判断が不統一であることが確認された」


その言い方は、きわめて事務的だった。

“誰が悪い”ではなく、“不統一が確認された”。

この人はこういう言葉の置き方がうまい。


向かいに座った角ばった顔の少佐が、すぐに反応する。


「不統一というが、むしろ当然ではないか」


声はよく通った。

年齢は村瀬より少し上か。

表情には、自分の側こそが常識だという落ち着きがある。


村瀬が名を呼ぶ。


「岩倉少佐」


「はい」


「意見を」


岩倉少佐は机上の速報票を摘まんだ。


「そもそも、未確認の一報を“速報”として上げる運用そのものに無理がある。受け手によって保留と警戒継続が分かれるのは、票が曖昧だからではなく、票の前提が曖昧だからだ」


葛城がすぐに言う。


「その曖昧さを減らすための初動要領です」


「違う」


岩倉は首を振った。


「曖昧なものを曖昧なまま上げるから、受け手が迷う。なら最初からもっと確認してから上げればいい」


その言葉に、榊は内心で小さく息を吐いた。


来ると思っていた。

そして一番強い反発も、やはりここだった。


一度で正しくあれ。

最初から確実であれ。

未確定なら上げるな。


美しい。

そして、現場ではたいてい止まる。


村瀬が榊を一瞥する。

言え、という視線だった。


榊は一度だけ頷き、口を開いた。


「確認してから上げればいい、は正しいです」


岩倉が少しだけ顎を上げる。

当然だろう、という顔だった。


「ただ、その“確認”がどこで終わるのかが現場で揃っていない」


岩倉は表情を変えない。


「だから確認不足だと言っている」


「不足ではなく、終点の不統一です」


榊は言った。


「見張り確認が要るのか。電探の再確認が要るのか。上へ上げる前にどこまで揃えればいいのか。それが受け手側でも揃っていないから、同じ速報が警戒継続にも保留にもなる」


部屋の空気が少しだけ変わる。

言葉の矛先が、“現場の未熟さ”ではなく“受け手側の不統一”にも向いたからだ。


岩倉少佐は、すぐには返さなかった。

その代わり、隣の中尉が口を開く。


「だが、受け手側は当然、確度の低い情報に慎重になる」


「そうあるべきです」


榊は頷いた。


「ただ、慎重であることと、扱いがばらばらなのは別です」


村瀬がそこで口を挟む。


「今回の問題はそこだ。慎重なのはいい。だが慎重さの出方が受理者ごとに違うと、前線は“どこへ当たるかで扱いが変わる”と学習する」


黒川が短く続けた。


「それは報告の質を落とす」


岩倉少佐が眉をひそめる。


「なぜだ」


榊が答える。


「止められると分かるからです」


「止められる?」


「はい。速報を上げても保留にされる側へ当たるなら、現場は次から“もっと確認してから”と自分で重くなる」


榊はそこで、訓練部隊で若い電探員の手が止まった場面を思い出していた。


見張り未確認。

誤報への恐れ。

紙があっても止まる。

そこへ“受け取る側も止める”が重なれば、流れは簡単に死ぬ。


葛城が静かに言う。


「速報票は“誤っていても許される”ための紙ではない。“未確定なものを未確定として扱う”ための紙だ」


伊集院がいれば、ここでたぶんもっと棘のある言い方をしただろう。

だが葛城の言い方は、制度へ寄せる時に強い。


岩倉はなおも納得しきらない顔だった。


「なら、受け手側に何を求める」


村瀬が机上の紙を押し出す。


「これだ」


速報受理時初動要領(案)


岩倉はそれを読み始める。


一、見張り未確認でも直ちに棄却しない

二、追認待ちの間は該当方位の警戒を維持

三、取消票到着までは“一時情報”として扱う

四、確報扱いは追認後とする


読み終えた岩倉は、ゆっくり紙を置いた。


「……結局、“捨てるな”ということか」


「はい」


榊は答えた。


「少なくとも、その場で捨てない」


「それでは上位側の負担が増える」


「増えます」


榊は即答した。


「でも今も負担はあります。ただ、その負担が現場の躊躇と遅延として外へ出ていないだけです」


部屋が静まる。


この手の部屋では、

“あなたたちの負担は今も見えない形で存在している”

という言い方が一番嫌われる。

だが、それでも言わなければならないことだった。


村瀬はそこで、あえて榊の言葉を補強した。


「言い換える。現在は受理者ごとの判断差が、前線側の停止時間と再確認負担へ押し戻されている」


その言い方なら、ここでは通りやすい。

村瀬はやはり、この部屋の言葉を知っている。


岩倉少佐の隣にいた中尉が、慎重に聞いた。


「では、速報はすべて警戒継続扱いにするのですか」


黒川が短く答える。


「すべて“確報”にはしない。だが、すべて“棄却”にもせん」


「中間か」


「そうだ」


榊が続ける。


「だから“一時情報”なんです。判断を止めるためでも、断定するためでもない。追認か取消まで、捨てずに持つ」


岩倉はまた紙へ視線を落とした。


その沈黙は、前より少し違う。

ただ拒否しているのではない。

飲み込める言葉かどうかを測っている。


やがて彼は言った。


「問題は、この“持つ”がどの程度を意味するかだ」


榊は少し身を乗り出した。


「それは重要です」


「曖昧にするな」


「しません」


榊は紙へ新しく線を引いた。


一時情報受理後の基本動作


その下へ書く。


一、該当方位の警戒継続

二、直近関連報の有無確認

三、追認・取消待ちとして保留表示

四、次報到着までは棄却せず


岩倉がそれを見る。


「保留表示?」


「上の卓上でも、“いま何が未確定で置かれているか”が見えないと、結局埋もれます」


中尉が頷く。


「……たしかに、机上では確報と未確定が混ざりやすい」


村瀬がその言葉を拾う。


「だから表示を分ける。確報の列と、一時情報の列だ」


榊はそこで初めて、この部屋の空気が少しだけ動いたのを感じた。


抵抗はまだある。

だが、“できるできない”ではなく、“どう組むか”へ少しずつ話が寄り始めている。


それだけで十分、大きい。


――《受け手側の曖昧さが、ようやく可視化されています》――


(ほんと、そういう一言まとめはうまいな)


――《要点だからです》――


最終的に、その場で全面的な承認が出たわけではなかった。

だが、村瀬少佐は

試験的に通信監理部内の一部卓上で、一時情報列と初動要領を併用する

ところまで話を進めた。


それは十分すぎる前進だった。


部屋を出たあと、葛城が小さく息を吐く。


「思ったより通ったな」


黒川も短く頷いた。


「村瀬が“確認軽視”の話にさせなかったのが大きい」


榊は少しだけ肩の力を抜いた。


「でも、まだ途中ですね」


「当たり前だ」


葛城が笑う。


「ここから先は、受け手側が自分たちの曖昧さを認めるかどうかの戦いだ」


それはまさにそうだった。


現場の躊躇は見えやすい。

若い電探員の手が止まるのは、誰の目にも分かる。

だが上位側の躊躇は、もっと見えにくい。

なぜならそれは、“慎重な判断”というきれいな形をして現れるからだ。


だからこそ、そこを紙に落とし、列に分け、表示にする必要がある。


受け取る側は、自分の曖昧さを認めたがらない。

だが認めなければ、結局また情報はどこかで詰まる。


榊は廊下の窓から外を見た。

夕方の空は低く、重かった。


やることは増えるばかりだ。

だが、詰まりの場所が見えるようになっただけ前よりましだと思えた。


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