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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第21話 見えるだけでは足りない、通らなければ意味がない

試験場へ戻る道すがら、榊は胸元の紙を何度も指で確かめていた。


南方からの追加報告。

機材改善の効果はあり。

だが見張り、電探員、報告先の判断基準が揃わず、反応の扱いに遅延あり。


予想していた。

だが、こうして文字で返ってくると重さが違う。


機械は少しずつ良くなっている。

無線も、電探も、前よりは“兵器に近づいている”。

それなのに、その先で詰まる。


見えた。

でも通らない。

拾えた。

でも届かない。


結局、最初に工場で榊が思ったことへ戻ってくる。

届かない命令は、最初の敗因になる。

その構造は、無線でも、電探でも、報告でも同じだった。


試験場へ着くと、いつもの静けさの中に、はっきりとした苛立ちが混じっていた。


葛城は記録台の前で腕を組んでいた。

伊集院はすでに何枚かの報告書を開き、机へ並べている。

黒川は窓際に立ったまま、まだ何も言わない。


榊が入ってくると、葛城が短く言った。


「来たか」


「はい」


「読んだな」


「読みました」


「どう思う」


榊は一拍だけ置いて答えた。


「機械の改善が、ようやく次の詰まりを見せ始めたんだと思います」


伊集院が報告書を指先で叩く。


「達観した言い方だな」


「達観じゃありません。嫌になるほどよくある話です」


伊集院は苦い顔をしたが、反論はしなかった。


葛城が一枚の報告書を差し出す。


「これを見ろ」


榊は受け取った。


夜間。

反応あり。

見張りと電探員の認識が揃わず、再確認。

報告先へ上げるまでに遅延。

後刻、同方向に別報あり。


数字は少ない。

文も短い。

だが問題は十分見える。


「“見えたかどうか”じゃなくて、“上げていいかどうか”で止まってる」


榊がそう言うと、葛城が頷いた。


「そこだ」


黒川が窓際から離れ、机へ近づいた。


「見張りは目視を優先する。電探員は反応を見ている。だが両者の間に“どの状態なら報告へ上げるか”の共通線がない」


伊集院が続ける。


「結果、慎重な方へ引っ張られる。もう一度見る。もう一度確認する。その間に時間が消える」


榊は報告書を置いた。


「機械を信用しきれていない」


「それもある」


葛城は答える。


「だが、それだけじゃない。信じたとしても、“ここまで見たら上げろ”がない」


そこが本質だった。


装置を良くする。

ノイズを減らす。

ゴーストを薄くする。

搬送後でも崩れにくくする。


それで“見える”確率は上がる。

だが、見えたあとに何をどう上げるかが曖昧なら、結局情報は詰まる。


――《装置側のS/N改善に対し、組織側の判定基準が未整備です》――

――《結果として全体系の応答が律速されています》――


(うまいこと言うな)


――《観察結果です》――


榊は内心で苦笑しつつ、報告書の並びを見た。


電探員が悪いわけではない。

見張りが悪いわけでもない。

むしろ慎重なのだ。

だが慎重さが毎回別の形で出れば、組織としては遅れる。


「報告票を作ります」


榊がそう言うと、伊集院が即座に聞き返した。


「前に言っていたやつか」


「はい。でも、ただの様式じゃ駄目です」


葛城が目を細める。


「どうする」


榊は紙へ手を伸ばし、空白の用紙を引いた。


「“何を書けばいいか”じゃなく、“ここまで確認したら上げていい”を組み込みます」


黒川が短く言う。


「条件付き報告票か」


「近いです」


榊は鉛筆を走らせる。


時刻

方位

反応の強弱

尾の有無

見張り確認済/未確認

再確認中/即報推奨


そして、下へ一行。


次のいずれかに該当する場合、即報可


伊集院が身を乗り出した。


「条件を切るのか」


「切らないと、また“どうしよう”で止まります」


「だが条件が厳しすぎれば上がらん。緩すぎれば誤報が増える」


「だから最初は荒くていいです」


榊は答えた。


「完璧な基準を最初から作るんじゃなく、現場で使って修正する前提で組む」


葛城が小さく笑った。


「最近のお前は、その手の言い方が板についてきたな」


「現場補記欄が効いてます」


「それは認める」


榊は条件欄へ書き足した。


一、反応が連続して確認できる

二、尾が小さい、または前回より明らかに改善している

三、見張り未確認でも再確認に値すると判断した場合は速報可

四、見張り確認済なら即報優先


伊集院がその三番目を指した。


「ここ、未確認でも上げるのか」


「上げます」


「誤報を増やすぞ」


「増える可能性はあります」


榊は頷いた。


「でも今は、誤報を恐れて報告が遅れてる。なら“未確認でも速報可”の逃げ道を一つ作った方がいい」


黒川が言う。


「速報と確報を分けるわけだな」


「そうです」


榊はそこで紙の余白へ、さらに二つの欄を書いた。


速報

追認/取消


葛城が、その文字を見て頷いた。


「なるほど。最初の報告に完全性を求めないのか」


「求めすぎると、現場は黙ります」


榊は答える。


「まず上げる。その後で追認でも取消でもできるようにする。そうすれば“今は確信が薄いが、報告を遅らせるよりまし”が扱える」


伊集院は腕を組んだまま黙っていた。

しばらくしてから、ぽつりと言う。


「機械の確認票と同じだな」


「同じです」


榊はすぐに返した。


「“ここまで見たら次へ行っていい”を作ってるだけです」


葛城が報告書の束へ視線を戻す。


「……結局、全部同じ構造か」


「だと思います」


工場では、どこまで見たら次の工程へ行っていいか。

試験場では、どこまで揃ったら兵器として扱っていいか。

現場では、どこまで確認したら上へ上げていいか。


全部、“次へ進む条件”の話だった。


そこへ、若い記録係の兵が戸口から顔を出した。


「失礼します。第二棟での搬送後比較、まとまりました」


葛城が受け取ってざっと目を通す。


「改良型、固定状態の目印を入れた個体は崩れが少ない……」


伊集院が続けて読む。


「再設置時のばらつきも減っているな」


黒川が短く言った。


「よし。機械側は前進している」


そして榊の目の前には、今まさに組み始めた報告票の草案がある。


機械が少し前へ進んだ。

なら次は、報告も前へ進める。


「これ、誰に試しますか」


榊が問うと、葛城は迷わなかった。


「南方へは時間がかかる。まずは近場の訓練部隊だ」


黒川も頷く。


「見張りと電探員が同席する環境で、速報と追認の流れを一度回す」


伊集院が低く言う。


「誤報が出ても、訓練なら潰せる」


「そういうことです」


榊は紙を見下ろした。


機械を良くする。

記録を揃える。

現場補記を返す。

そして今度は、報告を通しやすくする。


やっていることは一見ばらばらだ。

だが本当は全部一本の線で繋がっている。


届くべき情報が、届く。

それだけのために、どれだけ多くの“余計な詰まり”を減らさなければいけないのか。

それがようやく見え始めていた。


――《主信号の改善は進んでいます》――

――《次は伝達経路の雑音低減です》――


(お前、本当にそういうまとめ方好きだな)


――《分かりやすいからです》――


榊は小さく息を吐いた。


分かりやすい。

たしかにそうだ。


足すより、消す。

強くするより、通しやすくする。

そして、迷った時に止まらないよう“次へ進む条件”を揃える。


試験棟の外では、夕方の風が窓を鳴らしていた。

ここから先は、もう真空管や配線だけの話ではない。

人の判断、報告、指揮、その全部が改善の対象になる。


だが榊は、不思議と前より迷っていなかった。


見えるようになったのなら、次は通せばいい。

通るようにするには、また余計な雑音を減らせばいい。


やることは、案外ずっと変わっていないのかもしれない。

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