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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第18話 紙が増えた日、現場は先にため息をつく

工場へ戻った榊を待っていたのは、歓迎ではなく、露骨な沈黙だった。


無理もない。

試験場で整理された新しい確認票は、結果として工場の工程にも影響する。

設置時確認。

通電直後確認。

熱後再確認。

搬送後重点確認。


試験場で見るだけならまだいい。

だがそれが工場へ降りてくれば、現場の手は確実に増える。


森本は新しい紙束を受け取ると、最初の一枚をめくってすぐ顔をしかめた。


「……増えたな」


「増えました」


榊も素直に答えた。


久世はその横で腕を組む。


「分けたぶん、一つ一つは短い」


「短いけど、枚数は増えた」


森本の言い方は正確だった。

まさにそこが問題なのだ。


一枚が長くて誰も読まない紙より、短くて役割ごとに分かれた紙の方がいい。

だが、現場から見れば“紙が増えた”ことに変わりはない。


そして、そういう時の反応は決まっている。


「またかよ」


通りがかった工員の一人が、小さくそう漏らした。

聞こえないふりもできたが、榊はあえて無視しなかった。


「またです」


その返事に工員は少し驚いた顔をした。

反発されると思ったのだろう。


榊は紙束を机へ置いた。


「ただ、今回は全部を全部読ませるつもりはありません。設置する人、通電を見る人、整備する人で持つ紙が違います」


森本が紙を振る。


「そこは分かる。問題は、現場がそこまで分けて回るかどうかだ」


「回さないと、今度は“誰がどこまで見るか”でまた曖昧になります」


久世が唸る。


「結局そこだな」


工場という場所は、善意だけでは回らない。

誰がやるのか。

いつやるのか。

どこまでやるのか。

そこが曖昧なままでは、どんな改善も“余計な手間”として嫌われる。


榊は作業台の並びを見回した。


今までここで見てきた問題は、ほとんど同じ構造だった。

ばらつき。

癖。

確認不足。

責任の曖昧さ。


なら今回も、技術の話だけでは足りない。


「工程の中へ埋め込みましょう」


真田がすぐに反応した。


「埋め込む?」


今日は工場に戻ってきていた真田も、その場にいた。

試験場側の改善が工場へどう響くかを見に来たのだろう。

相変わらず表情は硬いが、もう完全な外野ではない。


「はい」


榊は紙を一枚引き抜く。


「今のままだと、“誰かが追加でやる仕事”に見える。だから嫌がられる。そうじゃなくて、今の工程の区切りごとに一枚ずつ差し込むんです」


森本が目を細める。


「……たとえば」


「組み上がり後に設置時確認。通電試験の最初に通電直後確認。連続運転試験がある個体には熱後再確認。搬送対象だけ搬送後重点確認」


久世が頷く。


「独立した仕事じゃなく、工程票の途中に噛ませるわけか」


「そうです。今ある流れの外に出すから嫌がられる。流れの中に入れれば、少なくとも“余計な横仕事”には見えにくい」


真田が腕を組んだまま言う。


「理屈は分かる。だがその分、工程票そのものを作り直す必要がある」


「全部じゃなくていいです」


榊は答えた。


「不具合の出やすい型から。乙型と、戻り品の多い機種だけでも先にやる」


森本が工員たちの方を見る。


「重点だけなら、まだ回るか」


そこで、さっき「またかよ」と漏らした工員が、少し気まずそうに口を開いた。


「……一個いいですか」


全員の目が向き、工員は一瞬だけひるんだが、続けた。


「増えるのが嫌なんじゃなくて、どれをいつ見ればいいか分からんのが嫌なんです」


榊は思わず小さく息を呑んだ。


まさにその通りだった。


工員は言葉を探しながら続ける。


「紙が増えるなら増えるでいいんです。でも、“これをやったら次は何を見る”って並んでないと、結局誰かに聞かないといけない」


久世が低く言う。


「聞ける相手がいればな」


「いない時もありますから」


工員はそう答えた。


真田がそこで初めて、少しだけ表情を変えた。


「つまり、お前たちは項目の数より、順番が欲しいのか」


「はい」


工員は即答した。


「あと、どこまで見れば終わりかも」


榊はその言葉に、胸の奥で何かが繋がるのを感じた。


試験場では、

何を見るか。

どこを揃えるか。

そればかり考えていた。


だが現場に必要なのは、それに加えて

どこまでやれば“終わり”なのかが見えること

なのだ。


終わりの見えない確認は、人を疲れさせる。

疲れた人間は、いずれ雑になる。

雑になれば、またばらつく。

その繰り返しだ。


――《現場が求めているのは、情報量ではなく完了条件です》――


(……ほんと、そういう言い方はうまいな)


榊は心の中で返しながら、すぐに久世へ向いた。


「確認票に、終わりを書きます」


「終わり?」


「はい。たとえば“ここまで見て異常なしなら次へ”を明記する。どこまで見れば一区切りかを示す」


森本が紙を見ながら頷く。


「それなら回しやすい」


真田も静かに言う。


「設計側としても、その方が助かるな。見なくていい範囲まで勝手に触られる方が困る」


葛城や伊集院がここにいれば、きっと“兵器は機械だけではない”という話になるのだろう。

だが工場ではもっと直接的だった。


人が回せる形でなければ、改善は続かない。


久世が紙束を整える。


「榊、今日中に並べ替えろ」


「はい」


「順番、完了条件、重点機種。この三つを先に絞る」


「分かりました」


「あと」


久世は工員たちを見回した。


「文句はいい。だが使いにくいところは言え。黙って飛ばされるのが一番困る」


何人かが小さく頷いた。

露骨な返事はない。

だが、少なくとも聞く気はあるらしい。


榊は作業台の端へ寄り、紙を広げた。


設置時確認。

通電直後確認。

熱後再確認。

搬送後重点確認。


そこへ、新しく書き足す。


ここまで異常なしなら次へ

ここで異常ありなら担当呼出

この型は熱後確認必須

この型は搬送後確認省略可


一気に書き切るのではなく、誰が見ても迷わない短さで。

工場に必要なのは、説明の厚みより、順番の明瞭さだった。


森本が後ろから紙を覗き込む。


「少しマシになったな」


「まだ途中です」


「でもさっきよりは読める」


その一言が、今はありがたかった。


工場の奥では、また別の無線機へ通電が始まる音がする。

戦争は待ってくれない。

工程も止まれない。

だからこそ、改善は“理屈として正しい”だけじゃ駄目なのだ。


紙が増えた日、現場は先にため息をつく。

けれど、そのため息の理由が“分からないから”なら、そこは直せる。


榊は鉛筆を持つ手に少し力を込めた。


問題はまだ山ほどある。

だが、少なくとも今は見えている。

見えているなら、次は回せる形にするだけだ。


そしてそれもまた、兵器を兵器にするための仕事の一つだった。


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