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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第16話 改善が広がるほど、例外は牙をむく

ここから、改善したから終わりではなく、「改善したことで次の弱点が見えてくる」段階に入っていきます。

派手さはありませんが、こういう地味な積み重ねこそ現場では大事だったりします。

第二試験棟の空気は、第一試験棟とは少し違っていた。


同じ試験場の中でも、こちらはどこか慌ただしい。

机の上に並ぶ機材も、記録台の紙も、整ってはいる。

だが第一試験棟のような“静かな緊張”ではなく、問題が起きた直後のざわつきがそのまま残っている。


「これです」


若い兵が、試験台の上の個体を指した。


乙型。

搬送後確認を入れた一台。

昨日の時点では問題なし。

だが再設置後、初期揺れが規定より大きくなったという。


伊集院がすぐに記録表を取り上げる。


「搬送前は良好。搬送後再設置、通電直後から揺れ増加……熱が入る前からか」


「はい」


「昨日とは違うな」


葛城が低く言う。


「昨日は熱が入った後の悪化が主だった」


榊も頷いた。


それが気にかかった。

前回は熱と位置関係が中心だった。

だが今回は、熱が入る前から揺れが出ている。

なら、同じ理屈だけでは説明しきれないかもしれない。


黒川が短く言った。


「見ろ」


榊はすぐ試験台へ近づいた。


再設置直後。

まだ十分に温まっていない。

なのに表示の揺れは、たしかに昨日より大きい。

完全な故障ではない。

だが見たくない種類の不安定さだった。


「搬送後の固定崩れ……じゃないな」


榊は低く呟いた。


伊集院がすぐに反応する。


「何が違う」


「崩れ方が違います」


「曖昧だな」


「まだ見始めたばかりですから」


榊は装置の横へ回り、外装を慎重に開けた。

昨日まで重点的に見ていた配線位置、遮り板、固定具の角度。

そこはむしろ、予想より保たれている。


「印の位置も、逃がし方も大きくは戻ってない……」


葛城が問う。


「なら原因は別か」


「その可能性が高いです」


そこで、頭の奥にあの“声”が響いた。


――《前提条件が異なります》――

――《熱要因ではなく、搬送に伴う機械的ストレス要因を優先してください》――


(機械的ストレス、か)


榊は装置全体を見渡した。


熱の影響でじわじわ崩れるのではなく、

運んだ時点で少しずつズレるもの。

再設置した瞬間に既に不安定になっているもの。


「……支持側だ」


「何だと」


伊集院が顔を上げる。


榊は表示部へ繋がる支持金具の一つを指差した。


「ここ、わずかに遊んでる」


葛城が身を乗り出す。


「そんなところか?」


「そんなところ、です」


榊は答えた。


「こういうのは“そんなところ”が一番まずい」


伊集院が工具を取って自分で触れる。

数秒のあと、顔つきが変わった。


「……本当だ。締まってはいるが、わずかに逃げる」


「搬送前は出なかったんですよね?」


「少なくとも、記録には出ていない」


「なら搬送で出た可能性が高い」


黒川が低く問う。


「それだけでここまで揺れるか」


榊はすぐには答えず、支持部から周辺配線の動き方を目で追った。

支持が一箇所でも甘くなると、微妙な位置関係が崩れる。

配線そのものは切れなくても、相対位置が変わる。

熱の問題とは別に、“揃えていたはずの距離”が崩れる。


「揺れます」


榊は言った。


「これは部品不良というより、“支えている前提”が崩れてる」


伊集院が低く言う。


「つまり、改善した構造そのものは正しくても、それを維持する側が追いついてない」


「そういうことです」


葛城が小さく息を吐く。


「厄介だな」


「かなり」


榊も同意した。


ここまでは、

熱。

配線。

遮り板。

記録。

再設置確認。

そこに筋が通り始めていた。


だが改善が広がるほど、今度は“改善した状態を保持する仕組み”そのものが問題になる。


無線機でも同じだった。

真空管ソケットだけを見ても駄目で、組み込みの癖、工程のばらつき、整備順序まで含めて見なければいけなかった。


電探もやはり同じだ。


「一個直すと、次の穴が見えるわけか」


森本がいればそう言いそうだ、と榊はふと思った。

そしてそれはまったくその通りだった。


伊集院が不機嫌そうに言う。


「終わりが見えんな」


「見えなくて普通です」


榊は答えた。


「兵器になりきれてない状態って、そういうものだと思います」


「慰めになってない」


「慰めてません」


そのやり取りに、葛城がかすかに笑った。

黒川は変わらず無表情だったが、少なくとも話を止める気はない。


榊は支持金具の固定状態を見ながら、次の言葉を慎重に選んだ。


「前の改善が間違ってたわけじゃないです」


伊集院が眉をひそめる。


「分かっている」


「でも、前の改善が正しかったからこそ、今度は別の弱いところが目立ち始めた」


葛城が頷く。


「改善が広がるほど、隠れていた例外が前へ出る」


「はい」


榊は続けた。


「前なら全部ひっくるめて“調子が悪い”で終わっていた。今は、少なくとも崩れ方の違いが見える」


黒川が短く言う。


「前進ではあるな」


それはたしかにそうだった。


面倒は増えた。

問題も増えたように見える。

だが実際には、前からあった問題が見えるようになっただけだ。

見えなければ直せない。

なら、見えるようになったこと自体は前進だ。


伊集院が支持部を見下ろしながらぼそりと言った。


「……嫌な前進だがな」


「たぶん、こういうのが一番大事なんです」


榊は静かに言った。


「派手な性能向上じゃなくて、崩れる理由を一つずつ潰すことが」


伊集院は返事をしなかった。

だが否定もしなかった。


葛城が記録係へ向く。


「欄を増やせ」


「何を追加しますか」


「支持部の固定状態。搬送前後比較。再設置時の遊び確認」


榊が補足する。


「あと、できれば“どの段階で気づいたか”も。通電前なのか、初期反応なのか、熱後なのか」


記録係がすぐに書き込む。


その様子を見ながら、榊は奇妙な感覚を覚えていた。


また一つ、見るべき項目が増えた。

また一つ、確認票が重くなる。

現場は嫌がるかもしれない。

上はまた渋い顔をするかもしれない。


それでも、足さなければならない。

今見つかった弱点を、見なかったことにはできないからだ。


――《改善の副作用ではありません》――

――《解像度が上がった結果です》――


(言い換えれば、面倒が増えたってことだろ)


――《はい》――


榊は危うく笑いそうになった。


それでいい。

面倒が増えたのではない。

本当は最初から面倒だったのだ。

ただ見えていなかっただけで。


伊集院が立ち上がる。


「支持部の仮補強をやる」


葛城が問う。


「すぐか」


「すぐだ。熱の話でも配線の話でもないなら、比較は早い方がいい」


「同感だ」


黒川も短く同意する。


榊は支持部の遊びをもう一度確認しながら、胸の奥で静かに確信していた。


改善が広がるほど、例外は牙をむく。

だが、その牙が見えるようになったなら、次は折ればいい。


問題は減っていないように見える。

むしろ増えているように見える。

けれどそれは、ここに来てようやく“負け筋”の姿が輪郭を持ち始めたということでもあった。


兵器は、強ければいいわけじゃない。

揃って、届いて、崩れにくくて、崩れても戻せること。

そのために必要な手間は、思った以上に多い。


だが榊は、そこにこそ勝ち目があると感じ始めていた。

不具合を一つ潰すと、今まで隠れていた別の不具合が前に出てくる。

技術屋としては嫌ですが、たぶん一番リアルな流れでもあります。

次は「改善が増えるほど、今度は人間側が追いつけるのか」という話に入っていきます。

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