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太平洋戦争の時代に戻った俺、真空管から日本を立て直します  作者: Diamond ruler


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第12話 揺られて崩れる兵器は、最前線まで届かない

翌朝の試験場には、前日とは違う種類の緊張があった。


今日は性能を見る日ではない。

もっと地味で、もっと厄介なものを見る日だ。


搬送。

設置。

再通電。

その途中で、どれだけ“兵器だったもの”が“ただの壊れやすい機械”へ戻ってしまうのかを確かめる日だった。


試験棟の脇には、木箱が二つ置かれていた。

一つは昨日調整した電探の構成を反映した個体。

もう一つは、現行仕様のままの比較用だ。


伊集院が木箱を見下ろしたまま言う。


「ここまでやる必要があるとは思わなかった」


葛城が淡々と返す。


「思わなかったから、今まで見えていなかった」


黒川はそのやり取りに口を挟まず、箱の固定状態と運搬手順だけを見ていた。

やはりこの人は、余計な言葉を嫌う。


榊は木箱の留め具に手を触れながら考えていた。


試験場では整っている。

だが現場は整っていない。

それは兵器のせいではなく、人と段取りの問題だと片付けられがちだ。


けれど本当は、その“人と段取りの揺れ”まで含めて兵器は成立しなければならない。

そこを無視した時点で、試験場の成功は半分だけの成功になる。


――《本日の目的は“性能の確認”ではありません》――

――《性能維持条件の確認です》――


(分かってる)


榊は心の中で応じた。


要するに今日は、

どれだけ崩れるか

を見るのだ。


「始めるぞ」


葛城の一声で、搬送試験が始まった。


木箱は簡易な荷車へ積まれ、試験場敷地内の悪い路面を意図的に選んで運ばれる。

舗装の甘い道。わずかな段差。急な方向転換。

本物の前線搬送に比べれば、まだ優しい。

だが、それでも機械にとっては十分なストレスだ。


榊は荷車の揺れを見ながら、無線機工場で見た真空管ソケットを思い出していた。

あれも結局、揺れと熱と個体差の合わせ技だった。


なら電探だって同じだ。

むしろ部品点数が多く、調整前提の性格が強い分だけ、搬送で崩れやすい可能性がある。


伊集院が低く言う。


「正直、ここまでで大差が出るとは思えん」


「それならそれでいいんです」


榊は答えた。


「差が出ないなら安心材料になる」


「出たら?」


「改善点が増えます」


伊集院は苦い顔をした。


「君は嫌な言い方をする」


「技術って、そういうものじゃないですか」


その返しに、伊集院は何も言わなかった。

だが否定もなかった。


搬送後、二つの個体は同じ条件で設置され、再通電の準備に入る。

配線確認。

接続確認。

記録者配置。

前日までならここで“はい、試験再開”となっていたのだろう。


だが今日は違う。


榊はまず設置担当の手元を見た。

配線の戻し方。

締め方。

取り回し。

そこにもう、個人差が出ている。


「待ってください」


作業を止めると、設置担当の兵が少しむっとした顔をした。


「何ですか」


「そこ、配線の戻し方が違います」


「違うと言われても……入るようにしか入りませんが」


「入る、で終わらせると駄目です」


榊は近づいて指差した。


「そのままだと、昨日より寄ります」


伊集院が横から覗き込む。


「本当か」


「昨日ここを逃がしたはずです。搬送後の再設置で元に戻ったら意味がない」


葛城がすぐに記録係へ言う。


「書け。搬送後再設置で位置関係が崩れる可能性あり」


設置担当の兵は少し気まずそうに手を止めた。


「……そこまで見ないといけないんですか」


榊はその問いに、少しだけ答えを考えた。

責める言い方はしたくなかった。

悪いのは彼ではない。

そもそも“そこまで見なければいけない”構造が共有されていないことが問題なのだ。


「あなたが悪いわけじゃないです」


榊はできるだけ穏やかに言った。


「昨日の改善点が、設置時にどこまで維持されるべきかが共有されていないだけです」


兵は少し安心したような、しかし困ったような顔で頷いた。


「だったら……目印が要りますね」


榊は思わずその兵を見た。


たしかにそうだ。


言葉だけで“昨日と同じ位置関係を保て”と言っても無理がある。

誰が見ても分かる形で残しておかなければ、再現性は保てない。


「そうですね」


榊は小さく言った。


「印を付けましょう」


伊集院がそこで目を細める。


「印?」


「仮でもいい。配線の逃がし位置、固定具の向き、板の角度。再設置時に戻すべき位置へ印を打つ」


葛城が頷いた。


「悪くない」


黒川も短く言う。


「揃える、だな」


それはまさにそうだった。

優秀な調整者の勘に頼るのではなく、誰がやっても同じ位置へ戻せるようにする。

兵器にするとは、そういうことなのだろう。


通電が始まる。


まず現行仕様の個体。

表示は出る。

だが条件によって、やはりわずかな揺れが残る。

次に改良個体。

最初の反応は悪くない。

だが数分後、昨日よりわずかに尾が濃い。


「……出たな」


葛城の声は低い。


榊は表示部から目を離さず、慎重に答えた。


「昨日より悪いです」


伊集院が不機嫌そうに息を吐いた。


「搬送で崩れたか」


「それだけじゃありません」


榊は設置状態と内部の位置を見比べた。


「再設置の段階で、逃がした位置が微妙に戻ってる。改善した構造を維持できていない」


黒川が低く言った。


「つまり、改善が装置に固定されていない」


「はい」


榊は頷く。


「今のままだと、“分かってる人が丁寧にやれば良くなる”だけです。兵器には足りない」


伊集院が腕を組み直した。


「……そこまで言われると耳が痛いな」


「でも、そうじゃないですか」


「否定はせん」


その返事は、以前の伊集院からは考えにくいものだった。

悔しさはある。

だが、現実を前にして反発だけはしていない。


榊は改良個体の内部を見下ろしながら考えた。


試験場の改善が、そのまま現場へ届かない。

なら必要なのは、さらにもう一段だ。


改善の再現性そのものを設計すること。


配線の逃がし方に目印を付ける。

固定具の角度を基準化する。

再設置時の確認順を入れる。

つまり、“改善内容”ではなく“改善状態”を維持する仕組みを作らないといけない。


――《問題は技術ではなく保持です》――

――《改善後状態の再現手段が不足しています》――


(その通りだ)


榊は心の中で応じる。


技術は見えた。

だが仕組みが足りない。

それは、ここまで無線機でも電探でも同じだった。


葛城が言う。


「榊君、どう直す」


「改善そのものより、戻し方を固定します」


「具体的には」


「まず印です。配線の位置、板の角度、固定具の向き。再設置時に目で追える形で残す」


伊集院が続ける。


「それだけで足りるか?」


「足りません。だから確認表も要る」


榊は答えた。


「搬送後の再設置確認。昨日の工場でやった簡易点検の、電探版です」


葛城の目が鋭くなる。


「項目は」


榊は指を折っていく。


「一、配線位置。

二、固定具角度。

三、遮り板の向き。

四、通電後の初期揺れ。

五、熱が入った後の再確認」


伊集院が低く呟く。


「……結局、機械だけでは終わらんか」


「兵器ですから」


榊は静かに言った。


「人が触る以上、触った後まで含めて兵器にしないと」


黒川が短く笑った。

笑った、というより鼻で息を抜いた程度だったが、それでもこの人にしては十分な反応だった。


「試験場の中だけでは完成しない、か」


榊は頷く。


「むしろここからだと思います」


その言葉に、葛城は少しだけ満足そうな顔をした。


「ようやく同じ地図を見始めた気がするな」


試験記録係が、新しい用紙を持って寄ってくる。

そこには、榊が口にした項目をそのまま写し始めていた。


配線位置。

固定具角度。

遮り板方向。

初期揺れ。

熱後再確認。


さっきまで存在しなかった“見るべきもの”が、こうして紙の上に現れる。

それだけで、少し世界が変わった気がした。


榊は試験機を見つめた。


揺られて崩れる兵器は、最前線まで届かない。

そして、届かない兵器は存在しないのと同じだ。


ならば、次にやるべきことは決まっている。


兵器を強くする前に、崩れにくくする。

そして、崩れても戻せるようにする。


それが、真空管の時代における“勝てる土台”なのだと、今の榊にははっきり見えていた。


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