伝説のアイドルは今!?
家族三人で夕食を食べながらテレビを見ていたら、ふいに懐かしい歌声が聞こえてきた。その声に私はドキリとする。
「あ、この人! 昔流行ってたアイドルでしょ!」
中学生の娘がテレビを見ながら指さしている。
司会者が熱を入れながら、
『伝説のアイドルは今どこに!?』
なんて叫んでいる。
私の夫は、
「ああ、そんなアイドルいたっけ」
興味なさそうに、おかずに箸を延ばしている。
「すごいよね、伝説のアイドル! 人気絶頂の時に引退しちゃって今どうしてるかもわからないんでしょ?」
娘が言ったことを、今まさにテレビでも話している。
「もったいないなぁ。私だったら、絶対にそんなところでやめないのにな。だって、伝説だよ、伝説。私だって、みんなから伝説級の可愛さとか言われてみたいよ」
娘がうっとりとため息をつく。
そのとき、夫が言った。
「別に、アイドルじゃなくてもうちの娘なんだら伝説級の可愛さに決まってるだろ! それに、テレビなんかに出たら誰に狙われるかわからなんいんだから、ダメだダメだ!」
「えー、お父さんに言われてもなぁ。しかも、まだなりたいって言ったわけでもないのに反対するとか最悪」
頭ごなしに言われて、娘は不服そうな顔だ。
でも、
「うんうん。私もやめた方がいいと思うよ。アイドルなんかになったら大変に決まってるし」
私も夫に続く。
「そう? 絶対楽しそうなんだけど。それにしても、この伝説のアイドルってお母さんにちょっと似てない?」
「え、全然似てないって!」
テレビを見ながら首を傾げる娘に、思わず私は慌てて首を振る。
「なに慌ててるの。冗談に決まってるのに。お母さんって、どっちかと言えば地味だもん。アイドルとは全然違うって」
あはは、と娘が笑って私はほっと息を吐く。
「いやー、でも伝説のアイドルよりもお母さんの方が綺麗だと僕は思うな」
「えー、もう! 何言ってるの」
夫に言われて私は思わず照れてしまう。
「うわー、のろけ」
娘はやれやれと首をすくめている。そして、テレビに向き直る。
「本当にこの伝説のアイドルって、今なにしてるかわかんないんだね。本人が出るかと思ったのに。でも、もうおばさんか。お母さんと同じくらい? 今はどんな感じかちょっと気になったんだけど」
娘がテレビを見ながら、残念そうに呟く。夫は興味なさそうにもりもりとご飯を食べている。
そんな二人の様子を見ながら私は、心の中で思う。
伝説のアイドルがテレビに出るわけがない。だって、そのアイドルは今ここにいる、この私なのだから。
アイドルになったはいいが、多忙すぎて、しかも偶像としての私しか見てもらえないのが嫌で、やめたくなった。
そこに現れたのが、アイドルに全く興味が無かった今の夫だ。夫はアイドルのメイクをする前の地味めの私(実はアイドルをやっていたときは、メイクでかなり別人になっていた)を好きだと言ってくれた。本当の私を見てくれたようで嬉しくて、私は彼を好きになってしまった。
そして、唐突に引退して彼と結婚したのだ。未だに彼は私が伝説のアイドルだったことは知らない。というか、未だに気付いてすらいない。それはそれで、ちょっぴりさみしいんだけど、鈍感なところも結構好きだったりするから仕方ない。
それに、忙しかったアイドル時代に憧れていた普通の穏やかな生活が、私はとても気に入っている。
「ま、伝説のアイドルとは違うけど、確かにお母さんってすっぴんでも肌とか綺麗だよね。私も、お母さんに似て可愛いし」
えへへ、と娘が私を見て笑う。
伝説のアイドルがこんなところで平凡で普通の主婦をやっているなんて、きっと誰も気付かない。
だけど、私はそれでいい。
可愛い娘と大好きな夫がいる今の生活は、誰も知らなくても私にとっては伝説級の幸せなんだから。




