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第2節 泥を投げられた日常と、奇妙な隣人の降臨  上位カーストの嫌がらせに心が折れかけた瞬間、負の感情を喰らう謎の存在が現れる。

第2節 泥を投げられた日常と、奇妙な隣人の降臨  上位カーストの嫌がらせに心が折れかけた瞬間、負の感情を喰らう謎の存在が現れる。


「あら、まだこんな陰気なところにいたの?」


 突き刺さるような高い声。

 入ってきたのは、学園の上位カースト「白百合会」に属する令嬢たちだった。

 中心に立つのは、西園寺麗華さいおんじ・れいか

 彼女の家は国内屈指の不動産王であり、彼女自身、自分の美しさと権力に絶対の自信を持っている。


 結衣は無言で立ち上がり、軽く頭を下げた。

 刺激してはいけない。それがこの学園で生き残るための鉄則だ。


「白瀬さん、だっけ? 特待生様が古本いじりなんて、お似合いだわ」

「掃除婦の仕事を取り上げないであげて? 彼女にはこれくらいしか、学園に貢献できることがないんだから」


 取り巻きたちがクスクスと笑う。

 麗華は結衣のデスクに歩み寄り、修繕を終えたばかりの詩集を見下ろした。


「これ、なあに? カビ臭い……。こんなゴミ、捨ててしまえばいいのに」

「あ……それは、貴重な初版本で……」

「あら、口答え?」


 麗華の手が、サイドテーブルにあった結衣の水筒に伸びた。

 そして、わざとらしく手を滑らせる。


 バシャッ、と。

 冷えたハーブティーが、結衣が丁寧に直したばかりのページを濡らした。


「……あ」

「ごめんなさい、手が滑ってしまったわ。でも、どうせゴミなんですもの、構わないわよね?」


 麗華たちは勝ち誇ったような笑みを残して、図書室を去っていった。

 

 後に残されたのは、茶色く染まった古い頁と、震える指先。

 結衣の胸に、どろりとした感情が湧き上がる。

 悲しみ、怒り、そして何より「自分が存在していることへの惨めさ」。

 生きていくことが、まるでものすごく重い荷物を背負わされているように感じられた。


(……どうして、私はここにいるんだろう)


 視界が涙で滲む。

 その時だった。


 視界の端に、何か「毛むくじゃら」なものが映った。


 それは、机の上にいた。

 大きさは手のひらサイズ。

 目も、口も、鼻もない。

 ただ、真っ白でふわふわした毛玉のような存在。


「……え?」


 結衣が呆然としていると、その「何か」が、結衣の胸元に飛び込んできた。

 不思議と衝撃はない。

 ただ、胸の奥に溜まっていた「苦しさ」が、掃除機で吸い取られるように、すうっと消えていく。


 その毛玉——「おつまみ」のような形の不思議な生き物は、結衣の感情を飲み込みながら、彼女の脳内に直接、声ではないイメージを送り込んできた。


『……生きていくのは苦しいか。だが、それはお前が「他人」という幻影に心を預けているからだ』


 結衣の思考が止まる。

 おつまみは、結衣の肩に乗り、優しく毛を揺らした。


『死んだ後に救われる「理想郷」など、どこにもない。期待するな。だが、絶望する必要もない。今、この体を持ったまま、心の平穏を掴み取れ。それが、「自己実現」だ』

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