第10節 図書室の変質と、静かに広がる救済 結衣の不思議な落ち着きに惹かれ、図書室を訪れる生徒が増え始める。階級社会の壁が、少しずつ溶け出す。
第10節 図書室の変質と、静かに広がる救済 結衣の不思議な落ち着きに惹かれ、図書室を訪れる生徒が増え始める。階級社会の壁が、少しずつ溶け出す。
晩餐会の準備を通じて、結衣の実力を認める生徒が少しずつ増え始めていた。
そして何より、今の結衣が放つ「何者にも動じない空気」に惹かれる人々が現れたのだ。
「あの……白瀬さん。ここ、座ってもいいかしら」
ある日、麗華の取り巻きの一人である令嬢が、おずおずと図書室にやってきた。
彼女の目は、少し腫れている。
「もちろんです。お好きな席へどうぞ。……お疲れのようですね。カモミールの香りのしおりを作ったのですが、使いませんか?」
「……え?」
結衣は、彼女の心の奥にある「痩せなければならない」「完璧でなければならない」という強迫観念を、そっと見抜いていた。
「これを本に挟んでおくだけで、少しだけ呼吸が楽になりますよ。本も、呼吸をしているんです。人間と同じで、あまり無理をさせると傷んでしまいますから」
結衣の何気ない言葉に、令嬢の目から涙がこぼれた。
「私……ずっと、麗華様に嫌われないように、親に失望されないようにって……。でも、ここに来ると、自分が何者でもなくていいような気がして」
「ここは、誰でも自分に戻れる場所ですから」
結衣は、彼女に一冊の詩集を差し出した。
それは、失意の中にあったかつての文豪が、ただ「今そこにある自然」だけを讃えた美しい本だった。
一人、また一人と。
ギスギスしたカースト制度の中で息苦しさを感じていた令嬢たちが、結衣のいる図書室に「避難」しにくるようになる。
そこでは、親の総資産も、ブランド物のバッグも関係ない。
ただ静かに本を読み、結衣が淹れるお茶を飲み、「心の自由」時間を共有する。
図書室は、もはや「寄生虫の掃き溜め」ではなかった。
そこは、学園という過酷な階級社会の中に現れた、唯一の「オアシス」へと変貌しつつあった。
そして、その中心にいる結衣は、相変わらず無自覚のまま、ボロボロになった本を丁寧に修復し続けている。
彼女の手によって、本だけでなく、傷ついた生徒たちの心までもが、少しずつ「再生」されていることに気づかぬまま——。
その様子を、扉の陰から見つめる尊の瞳には、強い独占欲と、深い尊敬が混ざり合っていた。
「……白瀬。君は本当に、私が手放したくない宝物だ」
カーストの崩壊は、もはや誰にも止められない速度で始まっていた。




