第1節 黄金の学園と、地下牢に例えられる聖域 資産と権力が支配する御影学園で、本の修復に没頭する特待生・白瀬結衣の静かな日常。
第1章 図書室の隠れ聖女
第1節 黄金の学園と、地下牢に例えられる聖域 資産と権力が支配する御影学園で、本の修復に没頭する特待生・白瀬結衣の静かな日常。
私立御影学園。
そこは、現代日本に残された数少ない「聖域」であり、同時に「魔窟」でもある。
校門をくぐれば、手入れの行き届いた英国風庭園が広がり、校舎は重要文化財指定を受けてもおかしくない壮麗な赤レンガ造り。
しかし、その優雅な外見の内側には、血の通わない冷酷な階級社会が構築されていた。
親の総資産、家柄、そして将来約束された権力。
それがこの学園における「偏差値」であり、生徒たちの価値を決める唯一の尺度だ。
「……よし、これで大丈夫」
放課後の図書室。
西日の差し込むカウンターの隅で、白瀬結衣は小さく息を吐いた。
彼女の指先には、薄い和紙と特別な糊がある。
百年以上前に発行された、今は絶版となっている詩集。
ページの端がボロボロに崩れかけていたそれを、結衣は魔法のような手際で修繕していた。
結衣はこの学園で「特待生」と呼ばれる存在だ。
親が資産家でもなければ、政治家の家系でもない。
ただただ、学力が異常に高いという理由だけで、客寄せパンダとして入学を許可された一般人。
学園内での彼女の扱いは、人知れず廊下を這う虫と同じ。
「寄生虫」
それが、きらびやかな衣装に身を包んだ生徒たちが彼女に投げかける、ありふれた蔑称だった。
「誰でもできる雑用、ね……」
結衣は、図書委員としての自分の仕事をそう揶揄されることに慣れていた。
古い蔵書の目録を作り、湿気で傷んだ頁を乾かし、破れた背表紙を直す。
華やかなパーティーや乗馬の授業に明け暮れる彼らにとって、それは「価値のない労働」に見えるのだろう。
だが、結衣にとって、この図書室だけが、息のできる唯一の場所だった。
紙の匂い。静寂。
ここには、親の職業を尋ねてくる者も、腕時計のブランドを値踏みしてくる者もいない。
しかし、その静寂は、乱暴に開けられた扉の音によって、あっけなく打ち砕かれた。




