スライム-slime-
ピピッ 指紋を認証いたしました。
どうぞ、お入りください。
冷たい認証装置に指をかざすと、冷たい声でAIが言った。
ウィィィン...
この扉が開く音ももううんざりするほど聞いた。
なぜかこの部屋にいるやつは、何度も私を指名してくるらしい。
「×月1×日...今日は緑なんですね」
「あ!今日は君なんだね!また会えてうれしいよ」
私が来ただけでなぜか跳ねるほど喜んでいるこの生物はスライムだ。
そう、スライム。誰しもが聞いたことのある言葉だろう。
フィクションでは序盤に出てくる雑魚敵とかいろんな色がいるぐにゃぐにゃしたやつってイメージかな。
「そうですか」
「ねえねえ、この前の色とどっちがいいかなぁ??」
そういえば、前は青っぽい感じだったっけ?うーん、まあ色的には...
「緑は好きですよ」
このスライムには自我がある。言葉も話す。所謂ボスキャラみたいに。
そして、このスライムは弱くない。今の収容方法じゃあ、いつ脱走されてもおかしくないだろう。
それでもこいつがここにいるのは、こいつが人間のことを好いているからだそうだ。
「やったあ!じゃあもうずっとこの色でいるね~」
「はぁ、お好きにしてください」
こいつの能天気にはいつもいつもため息が出るばかり。こいつ、わかってるのかな?
人間の私とモンスターのスライムじゃ、そもそも住む世界が違うんだから。
3年前、やつらは突然現れた。空から降ってくる大量の災害に世界は浸食されていった。
幸い、銃器が有効であったためほとんどのモンスターを殲滅することができた。
しかし、その被害はどの国でも大きく、また今後一切起きないという保証もないため混乱は収まりきらなかった。
そこで、政府は生き残ったモンスターを捕獲、または交渉によって研究することを決定した。
私はモンスターに家をつぶされて生活補助を条件に研究に参加している。自分の家が木片と肉片になった時の気持ちなんてやつらには絶対にわからない。私はモンスターが大っ嫌いだ。
「ねえねえ、君、なんでたまにしかこないの?なんでボクは外に出れないの?ボク、何もしないよ?」
「あなたがどう思うかではありません。モンスターとは一貫して危険な存在なのです」
どんなモンスターも人を脅かし、殺している。つぶして、切って、喰らって、投げ捨てて。
「そっか。」
...!驚いた。モンスターが寂しそうな顔をするのか。なぜそんな顔をする?同情してほしいのか?
「...あと、私がたまにしかこないのは、ローテーションというものがあるからです。あなたの場合、特別にローテーションを速めていますので、多いほうです。私は求めていませんが。」
「ふーん...あ、なんだか元気がないね。面白いもの見せてあげる!」
どこからそんな話になった?私が元気がないのはモンスターと接するのが疲れるからだ。
「ほら見てー!どうどう?そっくりでしょ」
「これは...わ、わた...し?」
何が起きた...?今の今まで前にいたのは形の定まらない粘性のバケモノだっただろう。それが少しこねくり回しただけで私になったと?...いやしかし、それができるのなら...!
「これにはなれる!?」
おもむろに個人用の端末を取り出し推しアイドルの顔を見せるとすぐに私の形は崩れ粘性のバケモノに戻る。そしてまたすぐに形が定まり、目の前には推しアイドルがそこにいた。
「そっくりそのまま、そこにいるみたい...!!」
「ねえねえ、ちょっとは元気になった?」
その言葉で我に返った。私はモンスターに、こんなスライムに、頼みごとをしたのだ。すごいと思ってしまったのだ。
「ま、まあ...一応、ありがとうございます...」
「えっと...人間はこういう時なんていうの?」
「どういたしまして、です」
「わかった、どういたしまして!」
ああ、モンスターに礼を言った。そんな時が来るとは。いやしかし、こいつはほかのモンスターとは何かが違う気がする。それがなにかは...わからない。
ウィィィン...
聞き馴染んだ扉の音が後ろから聞こえた。誰か入ってきたようだ。
それと同時にスライムはもとの粘性のバケモノに戻った。私にしか見せない、とでも言いたいのだろうか。
「やぁ、エリート研究員君。スライムの調子はどうかな?」
「所長、なぜいつも名前で呼ばないんですか?」
「だって君、モンスターに名前聞かれたくないだろう?」
「それはまあ...そうですけど」
「ほらねぇ」
やけに馴れ馴れしく話しかけてくるのはこの研究所の所長のドラゴンさん。名前を呼んだことはないし、呼ばれたこともない。
「それで、今日の分は終わったかい?」
「はい。滞りなく」
「さっすが優秀だね。じゃあちょっと、ついてきてくれるかな」
相変わらず人を連れまわすのが好きな人だ。でもまあ、モンスターから離れられるからいいんだけど。
「えー、いっちゃうのー?」
「はい。それでは」
「うん...またねぇ...ねえねえ!次はいつにーーー」
扉が閉まり最後のほうは聞こえなかったが、どうしてそんなに私にこだわる?なにを考えている?私にはわからない。モンスターには人間の感情がわからないように、人間もまた、モンスターの感情などわかりもしない。当たり前だしそれでよかったのに。
「...先に言っておくよ。ごめんね」
目的地に向かいながら所長が言う。今日は珍しく誠実らしい。
つまりこの後別のモンスターのところに行かせるということだろう。そろそろ彼の考えもわかってきている。
「構いません。いつものことですので」
「...いつもとは違うんだ。新しい実験のことを話しておこうと思ってね。ただ...」
口をつぐむ。足を止める。どうやら予想とは違ったらしい。
「...今回の実験は君にとって非常に酷だ。今ならまだ知らないままにもできる」
「今更です。...いきましょう」
一本道を少し進んだ先にある新技術開発室、通称実験室。その扉の前からすでに、あの時と同じ肉片の匂いがしている。
所長の配慮もわかる。が...まったくもって、今更だ。
「最後にもう一度聞くよ。いいんだね?」
「はい、覚悟はできています」
「わかった。じゃあ開くよ」
ピピッ
上位権限を持つ指紋を確認しました。扉を開けます...
ウィィィ......ゴゴゴゴゴゴ...プシュゥゥ...
厳重な扉の煩い音はまだ慣れない。
「さ、どうぞ」
所長は軽い声でそう言ったが、明らかに”惨劇”だった。
飛び散った肉片とその匂い。気絶、或いは死んだ職員。割れた保管ケース、中身の液体。
真っ白な研究室の半分が赤く染まっている。
巨大な保管ケースがあったはずの部屋の中心には、ガラスの破片、培養液、そして、知らないイキモノの死体。
「見せたかったものはこれだよ」
所長はその死体を指さして言った。明らかに一つだけおかしいのだ。言われなくてもわかる。問題はそんなことじゃない...これは一体なんだ?腐敗臭に青緑の体色、まるで...まるで...
「ゾンビだよ。失敗したけどね」
本当にゾンビなのか。どうやらこの世界はどんどんフィクションに近づいているらしい...。
「すみません、所長。確かにこれは酷で奇異な状態ですが、なぜ私にとって酷なんですか?」
「そうだね。説明が必要だ」
所長は質問されるのをわかっていたみたいに言葉を並べていく。
「まずこれは、間違いなくゾンビだ。実験が失敗してすぐに死んでしまったが、ゾンビを生むということ自体は成功していた。...このゾンビのもとになったのはモンスターだ。以前問題を起こしたサラマンダーを素材にしてね」
「有効活用ができていいんじゃないですか?」
「...ゾンビになる瞬間、体の組成が変わりサラマンダーの体内にあったエネルギーがすべて放出されたんだ」
確かにそれなら有効活用どころか研究員に被害が及ぶことが確定して難しいだろう。しかしそれは私にとっては酷ではない。
「君にとって酷だと言ったのは、この惨状が一つ。それともう一つが、次のゾンビ生成実験に使うモンスターをもともとエネルギーの少ないスライムにしようとしていることを伝えるからだよ」
「......スライムなら好きに使ってください。一方的に懐かれているだけなので」
「本当にいいのかい?」
「...私にはモンスターが考えていることはわからないので」
私はモンスターが嫌いだ。...私はモンスターが嫌いなはずだ。
「さてエリート君、今日は×月2×日。明日が例の実験日だから、今日はスライムのところに行ってね。彼も最後は君がいいだろうし」
「所長はモンスターにも優しいですよね。...了解しました」
...今日聞かなければ、もう聞けないことがある。
ピピッ 指紋を認証いたしました。
どうぞ、お入りください。
今日も冷たい認証装置に指をかざす、冷たい声でAIが言う。
ウィィィン...
この扉が開く音も最後になるだろう。
「×月2×日...今日も緑なんですね」
「あ!やっと来てくれたぁ...ずっっと待ってたんだよ?」
やっぱりこいつは...
「ねぇ、スライムさん。」
初めてスライムと呼んでみた。なんだかしっくり来た。
「どうしたのー?...えっと...」
「...ム」
「...なんて言ったの?」
「私は、ライム」
今この時まで、モンスターに名乗るなんて思わなかった。
「ほとんどボクと一緒だー!」
はぁ...だから言いたくなかったのに。特にこのスライムには。
「じゃあ、ライム。どうしたの?」
初めてモンスターに名前を呼ばれた。でも、嫌ではなかった。
「あなたは何故私にこだわるのですか?」
これだけは聞かなければいけない。絶対に心残りになってしまうから。
「なんでだろうね。うーん...初めて見たときからこの人だなって思ったの」
「は...?一目惚れっていうこと...?モンスターが人間に...そんな、いやでも...」
「ひとめぼれ?って言うんだ!いいね!」
...私の中の世界が変わった。モンスターにも人と同じ心があった。人間と同じ様なことを考えていた。
...いや、きっとこいつが特別なんだ。それはわかっている。わかっていた。でも、もう止められない。
「スライム」
「なに?ライム」
「そこ、出れるんですよね」
「出ようと思えばね」
「一緒に出ませんか?」
「...ライムはそれでいいの?」
「あなたが姿を変えられるのを知っているのは私だけ。あなたはこの研究所にいるどのモンスターよりも強い。つまり、”私たち”は止まらない」
言った。言ってやった!
私はもう過去に囚われない。今を見るんだ。
偏見の壁を壊すんだ。
私たちは、自由だ。
その日、一体のモンスターと一人の研究員が行方不明になり、ついに発見されることはなかった。
「ねえねえ、ライム。外に出てよかったね!」
「そうね。ありがとう、スライム」
「どういたしまして、ライム」
お読みいただきありがとうございます!
本作品が初投稿になります。くらげ宮 海玖と申します。
月1~2以上の投稿頻度を目指していますので、もしこの作品を気に入っていただけましたら、来月の作品もよろしくお願いいたします。




