第九十七話 紅蓮と白風Ⅱ
ステージ全体が、朱の光に包まれた。
結界が震え、観客席から熱風が押し寄せる。
焔堂カイの胸の中心――そこに、紅い結晶のような核が浮かび上がっていた。
それは心臓の鼓動に合わせ、ゆっくりと明滅する。
空気そのものが燃えるような圧を帯び、熱が観客の頬を刺した。
凪原リオが後退しながら低く呟く。
「紅心……感情の焔をそのまま力に変える、焔堂家の異能……でも今の彼のは暴走寸前」
次の瞬間、炎が輪郭を持った。
龍――。
焔堂の背後から立ち上がる炎が、形を取り、空を這うように蠢く。
その炎龍がうねりながら、風悪の風を喰らおうと迫ってきた。
観客席のざわめきをかき消すように、通信音が鳴る。
審判である教育庁異能管理局の職員が、緊迫した声でⅩⅢに報告した。
「出力上限値を超過。危険領域に突入!」
場外モニターに映る炎の波形が、限界を超えて跳ね上がる。
ⅩⅢから派遣された代表教員の声が、通信を通して響く。
「止められるか、風悪?」
だが風悪は応えなかった。
静かに目を閉じ、風の流れを読む。
焦げる匂い、熱の鼓動、空気のうねり――
そのすべてを“風”として捉える。
鳩絵が描いていた風の分身が、焔龍の吐息に触れた瞬間、一瞬で焼き尽くされた。
白い紙が黒く焦げ、鳩絵の叫びがアリーナに響く。
「きゃあっ!」
辻がすかさず前へ出る。
風を纏い、爪を伸ばし、鎌鼬の刃を生み出した。
だがその斬撃は、熱に押されて軌道を逸らされた。
「風が焼かれる……!? こんなの――!」
灼熱の気流の中、風悪の翅が光を増していく。
羽根のような透明な膜が輝きを放ち、風の粒が集まる。
周囲の砂塵が舞い、白い渦が形を成していった。
風悪は目を開け、静かに呟く。
「風は、形を変えるだけだ」
――その瞬間、風が白光を帯びた。
「辻! 足元!」
風悪の声に、辻が即座に反応する。
「!」
辻は振り向きざまに、足元に散らばる水縛の鎖の残骸を斬った。
砕けた氷片が宙に舞い、蒸気が風に乗って白く広がる。
その冷気を、風悪が取り込んだ。
風が冷え、光を帯び、渦の中心で純粋な“白風”へと変わっていく。
熱と冷が拮抗する。
焔堂の炎が唸り、風悪の白風がそれを押し返す。
紅蓮と白光がぶつかり合い、闘技場の空気が爆ぜた。
誰もが息を呑む。
それは、ただの異能の衝突ではなかった。
――意志と意志が、正面からぶつかり合っていた。
炎龍と風嵐が正面からぶつかった。
轟音が空を裂き、結界が波打つ。
観客席の透明膜が軋み、光と熱が反転するように視界を奪った。
熱が風を押し、風が炎を裂く。
赤と白の奔流が絡み合い、世界そのものが歪んで見えた。
焔堂が、灼けた笑みを浮かべて叫ぶ。
「お前、面白ぇな! 風で炎を殺す気か!」
風悪は風の中に立ち、静かに答える。
「風は殺さない。――ただ、通り抜けるだけだ」
鳩絵が悲鳴のように叫んだ。
「二人ともやめて! 結界が持たない!」
だが、二人の戦いは止まらない。
互いの力が極限に達し、ただ衝突の未来しかなかった。
辻が鳩絵の肩に手を置く。
その掌の温度は、風の中でも確かに温かい。
「大丈夫」
短く、それだけを告げた。
次の瞬間、炎が爆ぜ、風が吠える。
耳を塞ぎたくなるほどの轟音が――消えた。
音が消え、光だけが世界を満たす。
白と朱。
交わるはずのない二色が、今、ひとつの球体を作っていた。
そのすきを突くように、影沼が床の影から出現する。
刃のような影が風悪の背を狙った。
しかし――
鳩絵のスケッチブックが閃き、影沼の動きが止まる。
描かれた“影封じの紋”が光り、足元の影を拘束した。
「動かないで!」
その声と同時に、辻の風刃が走る。
疾風の斬撃が影沼を弾き飛ばし、アリーナの外壁へ叩きつけた。
「やった……」鳩絵の肩が小さく震えた。
その時――
風悪の翅が震え、白風の渦が焔堂の炎核に触れる。
世界が、一瞬だけ止まった。
触れた瞬間、風悪の意識に“記憶”が流れ込む。
──焦げた街。
燃え上がる研究施設。
瓦礫の中で泣き叫ぶ少年。
「お前の炎は、破壊じゃない。守るための力だ」
女性の声が響く。
――母親か、研究者か。
焔堂に関わった、誰かの声だった。
焔堂の瞳が揺らいだ。
炎の色が一瞬、赤から橙へと変わる。
風悪はその一瞬を逃さなかった。
両腕を広げ、渦を強める。
白風が炎を包み込み、結界のように閉じていく。
紅の炎龍が呻きを上げながら、風の檻の中で静かに縮んでいく。
轟音が消え、ただ白い光が残った。
凪原が必死に叫ぶ。
「まだだ!」
水縛の鎖を形成し、応戦しようとする。
しかし、辻の風刃がそれを断ち切った。
冷気を帯びた鎖が砕け、光の粒となって消える。
そして、すべてが止まった。
焔堂は肩で息をしながら、微笑んだ。
その顔には敗北の影ではなく、むしろ晴れやかさがあった。
「……あぁ、負けた。けど楽しかったぜ、切ノ札」
彼の炎が消え、胸の紅心が静かに沈む。
ステージ中央には、白い風が残るだけだった。
審判が手を上げる。
「勝者――切ノ札学園チーム!」
その瞬間、観客席から大歓声が湧き上がった。
歓声がアリーナを震わせ、白い風がそれに答えるように吹いた。
鳩絵はその場に膝をつき、燃え焦げたスケッチブックを抱きしめて泣き笑う。
辻は汗をぬぐいながら、風悪に向かって手を振った。
「やったな!」
風悪は空を見上げ、静かに息を吐く。
風の流れは穏やかで、どこか懐かしい温かさを帯びていた。
観客席の前列――
A組の仲間たちが立ち上がり、手を振りながら叫んでいた。
「やったな!」
「一勝!!!」
笑顔、涙、拍手。
風悪の胸に、ゆっくりと風が通り抜けていく。
焔堂が退場しようとしたその時、足を止めた。
そして振り向き、風悪へと歩み寄る。
「なぁ、“風の妖精”。教えてくれ。――“お前の風”は、誰のために吹くんだ?」
風悪はしばらく黙って考えた。
やがて、穏やかな声で答える。
「……まだ分からない。でも、探してる」
焔堂は目を細め、笑った。
「そっか」
その一言を残し、焔堂カイは静かにステージを去っていった。
そのころ、ⅩⅢの監視席。
宮中潤のモニターに、封印監視波形が表示されていた。
“B組封印エリア”――その数値が、ほんのわずかに上昇している。
宮中は呟いた。
「……何かが、突き動かした……?」
画面の奥で、白い波形が脈打つ。
終幕の熱が冷めぬまま、
第二試合の幕が、静かに上がろうとしていた。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




