第九十五話 開幕を告げる時
神無月十日。
空は高く、澄んだ風が校庭を渡っていく。
切ノ札学園では、〈異能者間特例決闘調停制度〉――通称〈決闘システム〉を用いた体育祭が、いままさに幕を開けようとしていた。
B組封印から、およそ二週間。
校内を覆っていた重苦しい空気も、ようやく薄れてきた。
それでも、風悪の胸の奥には、あの“白い封印の光”の残像が、まだ微かに焼きついている。
──それでも、前へ進むしかない。
風悪は自分に言い聞かせるように、秋晴れの空を見上げた。
会場は、ⅩⅢ異能結界アリーナ第三層――〈闘技の演壇〉。
円形ステージの周囲には観客席が設けられ、透明な結界膜が淡く光を放っている。
歓声がどよめき、アリーナ全体に熱気が満ちていく。
結界の内側では、異能の衝撃波が漏れぬよう空間そのものが固定されていた。
この時期だけは、異能の光を堂々と解き放つことが許される――
年に一度の“戦いの祭典”である。
勝者には学園内ポイントの付与、そして特例異能許可証の発行が与えられる。
それは学生にとって、実質的な名誉と特権の証だった。
壇上にはⅩⅢから派遣された代表教員たちと、教育庁異能管理局の職員が整列していた。
中央に立つのは宮中潤。
黒いマスクを外し、黒のスーツを端正に着こなしている。
その姿に、生徒たちのざわめきが一瞬止む。
「――異能体育祭、決闘システム。
ただいまより、開会を宣言する」
宮中の静かな声が、拡声器を通して会場全体に響いた。
その一言で、歓声が一斉に爆発する。
「ルールはすでに伝えてあるが、改めて確認する。
一、殺傷を目的としない。
二、第三者への被害を出さない。
三、制限時間十五分以内に決着をつける。
――以上の三原則を守り、互いの“異能”を磨け」
その声は凛として、どこまでも響いた。
宮中の視線が、ステージ上の各代表たちを順に見渡す。
その瞳には、教師としての誇りと、兵としての覚悟が宿っていた。
「ルールを破る者が現れた場合――即座にⅩⅢが介入する。
いいな?」
張り詰めた静寂のあと、拍手が鳴り響いた。
次の瞬間、対戦カードが読み上げられる。
「第一試合――切ノ札学園 対 無名学園」
ざわり、と会場が揺れた。
無名学園。
異能学校群の中でも、ひときわ異質な存在。
組織的な教育機関というより、各地から“流れの異能者”を拾い集めて作られた寄せ集めの学園。
戦闘能力は高いが、規律はなく、何を考えているのか誰にも分からない。
「無名学園代表――焔堂カイ」
その名が呼ばれると同時に、炎がゆらりと舞い上がった。
赤い髪が風に揺れ、黒いマントが翻る。
その瞳はまるで紅蓮のように揺らめき、見る者すべてを射抜く熱を帯びていた。
対するように、アナウンスが続く。
「切ノ札学園代表――風悪」
白髪を揺らしながら、風悪が一歩前に出た。
頭の左側から伸びる透明な翅が、光を受けて淡く輝く。
赤い瞳が静かに燃え、彼の周囲で風がひとつ、円を描いた。
紅蓮と白風。
火と風――二つの異能が、アリーナの中央で交差する。
観客の歓声が、次第に低く、緊張に変わっていく。
戦いの幕が、今まさに上がろうとしていた。
「よろしく頼むよ、切ノ札。面白い風、吹かせてくれよな」
焔堂カイは笑みを浮かべながら、真っすぐ風悪の方へ手を差し出した。
その掌には、微かに熱が宿っている。
風悪は短く頷き、その手を取った。
――握手の瞬間、風と熱がぶつかり合う。
空気が一瞬だけ軋み、目に見えぬ衝撃波が走った。
互いの異能が、無言のうちに呼応したのだ。
ステージの端で王位が小さく呟く。
「風と炎、か。……面白い組み合わせだな」
隣で夜騎士が目を細め、二人の立つ中央を見据えた。
「決闘システムの本質は“異能の理解”だ。勝ち負けだけじゃない――
自分と相手を、どう見るか、だ」
夜騎士の言葉に、王位は口の端だけで微笑む。
試合開始の合図まで、あと五分。
観客席の熱気が高まり、風がアリーナ全体を駆け抜けた。
風悪は天井を仰ぐ。
天井には青空が映し出されていた――結界の反射による“空の投影”。
その空は高く、どこまでも澄んでいる。
けれどその青には、どこか不穏な予感も混じっていた。
「第一試合、チーム戦を行う。関係のある生徒だけ残れ」
宮中の声が響くと、ステージに立つ生徒たちはそれぞれの持ち場へと散っていった。
観客席からはざわめきと歓声が混じる。
「風悪君なら、やれますよね」
黒八が、少し緊張した笑みで声をかける。
「風と炎の相性って、どうなのでしょうか?」
七乃が心配そうに言い、隣の二階堂が「大丈夫」と小さく答えた。
その一言に、七乃はぱっと表情を明るくする。
「負けたら承知しないからね!」
妃の怒号が飛んだ。
その隣で、三井野が慌てて「落ち着いて」と宥めている。
「はーもう! 石切れた!」
五戸は相変わらずスマホをいじりながら、謎のゲームに熱中していた。
六澄、四月、一ノ瀬は無言のまま、観客席の前列へと静かに歩く。
ステージ中央に残るのは――辻、風悪、鳩絵の三人。
「うわー……緊張してきたー」
鳩絵はスケッチブックを抱えたまま、手元にペンを走らせていた。
緊張を紛らわせるように、何かを描き続けている。
「やれるかな?」
辻が不安げに呟く。
「やれるさ」
風悪は短く答え、自分に言い聞かせるように拳を握った。
対する無名学園のチーム――焔堂カイ、凪原リオ、影沼トウヤ。
それぞれが、静かな炎、水の鎖、影の揺らめきを纏いながらステージへ歩み出る。
観客席の前列に戻った四月が低く呟いた。
「いきなり紅蓮の三徒に当たるか」
「ぐれんなに?」
五戸が首を傾げる。
「まあ、無名で最強といわれる三人――そう思っておけ。
もっとも、それすら制圧できるのがⅩⅢだがな」
四月は冷静に言い放った。
その声音にはどこか脅しのような響きも混じる。
A組の面々は、少し怯えたように息をのむ。
同時に――心のどこかで実感する。
やはりⅩⅢとは、“異能の頂”に立つ存在なのだと。
ステージ中央、二つのチームが向かい合う。
熱と風が交錯し、アリーナの空気が震えた。
決闘の幕が、いま――上がる。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




