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ⅩⅢ〜thirteen〜 現代異能学園戦線  作者: 神野あさぎ
第一章・風が目覚める日

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第九話 雷が裂く森

 宿泊研修の夜。

 風ヶ森を包む闇はまだ深く、焦げた匂いと雷光の残滓だけが漂っていた。


 無数の魔物に襲われていた一行の前に、ひとりの少女が再び降り立つ。

 ⅩⅢ(サーティーン)の任務を終え、四月(しづき)レンが舞い戻ってきた。


 靴底が地を蹴る。

 四月は腰のポーチから、黒色のペンを五本取り出した。

 それを宙へ放る。


 次の瞬間、ペンへと雷が走った。

 放たれた五本のペンを媒介に、五つの細い“雷の爪”が形を成す。


 紫電が閃き、夜気が震える。


「ペン……? を媒介に……何を──」


 黒八空(くろや そら)は目を丸くした。

 先ほどの炎の少女ではなく、いつもの明るく無垢な少女の声。

 その横で風悪(ふうお)は、地に膝をつきながらも見入っていた。


 四月の動きは速かった。

 雷の爪が、まるで意志を持つかのように魔物を切り裂いていく。

 誰一人として巻き込まぬよう、出力を緻密に調整しながら。


 瞬く間に無数の魔物が倒れ、地面に黒い残骸を晒した。


「一人でこれを全部……しかも、息も乱してない……」


 黒八が呟く。

 その声には驚愕と畏敬の入り混じった色があった。


 四月は最後の魔物を斬り払うと、静かに地面へ降り立つ。

 その表情には疲れの影一つない。


「他にも湧いてるな。行ってくる」


 短く言い、再び跳躍。

 彼女の姿は、雷光の尾を残して闇に消えた。


 残されたのは、荒れた地面と血の匂い。

 そこへ、黒いマスクの男が音もなく現れる。


「……悪いな。ⅩⅢの仕事が入ってな」


 宮中潤(みやうち じゅん)だ。

 いつもの無表情、無機質な声。

 背中には黒光りする銃。


「先生……!」


 風悪は地面に座り込み、荒い息を吐いた。


「まあ、師──四月がいる限り、もう大丈夫だ。」


 宮中は穏やかに言いながら、風悪の頭に手を置いた。


「つ、疲れた……もう動けねぇ……」


 風悪は力なく笑い、地面に仰向けになる。


「風悪君、大丈夫ですか?」

「黒八こそ」

「私は大丈夫ですよ」


 黒八は小さく笑った。

 そのやり取りを、宮中はただ黙って見守っていた。

 口元の奥で、誰にも聞こえぬ小さな溜息を漏らしながら。


 そして、その様子を少し離れた場所から見つめる影があった。

 辻颭(つじ せん)


 明かりの届かぬ木陰に立ち、静かに二人を見ていた。

 その眼差しには、暗く沈んだ光が宿っている。


 ──何かを考えている。

 けれど言わない。


 そんな気配だけが、闇の中に滲んでいた。


 やがて四月が全ての魔物を掃討し、生徒たちの安全は確保された。

 破壊された建物はわずか。

 人的被害──ゼロ。


 夜が明ける前に、森を覆っていた黒雲も嘘のように晴れていた。

 遠くで鳥が鳴く。

 風が優しく吹き抜ける。


 それでも、生徒たちの胸に残るのは“恐怖”ではなく──“敬意”だった。


 部屋に戻った妃愛主(きさき あいす)は、布団に潜り込みながら

 隣の三井野燦(みいの さん)に小さく呟いた。


「ごめん……」


 声はかすれ、震えていた。


「なにが?」


 三井野が優しく問い返す。


「庇ったの、カッコつけたかっただけかも……」


「そんなことないよ。ありがとう、愛主」


 三井野の微笑みが、夜の灯のように優しく光った。


 風悪はベッドの上で、窓の外を見ていた。


 静かに呟く。


「風が……あったかい」


 ──嵐は去った。

 だが、森の奥にはまだ風が渦巻いていた。

 誰にも見えぬ“何か”が、微かに笑ったように感じた。



 さらに夜が更けていく。

 森の静寂が、どこか不気味に感じられた。

 あれほど騒がしかったはずの夜が、今はまるで世界そのものが息を潜めているようだった。


(……駄目だ。眠れん!)


 風悪はベッドの上で寝返りを打った。

 何度目を閉じても、あの戦いの光景が脳裏を過る。

 “魔”は誰かの中にいる──その言葉が頭から離れなかった。


 考えたくない。けれど考えてしまう。

 もし、本当に身近な誰かがそうだとしたら。

 誰も疑いたくないのに、心が勝手に名前を探してしまう。


 耐えきれずに風悪は布団を抜け出し、静かに部屋を出た。


 ロビーの明かりは落とされ、薄闇の中にひとりの影があった。

 六澄(むすみ)わかし。

 無機質な姿勢でソファに座り、ただ一点を見つめていた。


「あれ……六澄?」


 風悪は背後から声をかける。


「眠れないのか?」

「六澄こそ」


 淡々とした会話。

 けれど、六澄の存在からはどこか異質な気配が漂っていた。


「自分は、人間の“普通”より睡眠時間を必要としない」


 表情を変えずに言う六澄。

 その言葉の調子が妙に硬い。


「ショートスリーパーってこと? ……いや、今の言い方、変じゃね?」


 風悪は首を傾げた。

 まるで“自分は人間ではない”と暗に示すような口調だったからだ。


「今は、その認識でいい」


 六澄の瞳は虚空を映したまま、どこを見ているのか分からなかった。


「しかし、今回は近くで見られなくて残念だ」


「え?」


 唐突な言葉に風悪が戸惑う。


「たくさんの魔物と戦って、考えたんだろう?」


 六澄は黒縁の眼鏡を指で押し上げる。

 その黒い瞳が、まるで奥底を覗き込むように風悪を射抜いた。


「魔物が“魔”によって暴走し、人を襲った。

 中には、人を襲わない大人しい個体もいた。

 ……となれば当然、たどり着く結論はひとつだ」


 風悪の胸がざわめいた。

 その言葉は核心だった。


 “魔”が近くにいる。

 そのせいで、魔物が引き寄せられ、暴走した。

 ならば──“魔”は、この学年の中にいる。


 六澄はそれ以上言わなかった。

 ただ、無表情のまま立ち上がる。


「まあ……今後、どんな結論を出すのか。楽しみにしている」


 そう言い残して、廊下の奥へと消えていった。


 残された風悪は、ただ立ち尽くしていた。

 胸の奥に、得体の知れぬ冷たさが宿る。


 一方、女子部屋。


 一ノ瀬(いちのせ)さわら、五戸(いつと)このしろ、鳩絵(はとえ)かじかが戻ってきたところだった。

 寝巻のまま、妃愛主が腕を組んで待ち構えていた。


「ちょっと、あんたらどこ行ってたのよ!」


 妃の声が夜の静けさを破る。


「バイトだよ、バ・イ・ト!」


 五戸がどや顔で言う。

 鳩絵はスケッチブックを掲げ、得意げにピースサインをした。


「はあ!? 何言ってんのよ!」


 妃は呆れと怒りが入り混じったような声を上げる。


「……まあ、事件に巻き込まれてないならいいけど」


 すぐに安堵の表情に変わる妃。


「事件?」

「かじか、知らな~い。」

「魔物がたっくさん現れて、大変だったの!」


 妃が身振り手振りを交えて説明する。


 五戸は腕を組み、ふっと笑った。


「そりゃ大変。でもバイトも大事なんだから。あたしたちも、”魔”関連の仕事よ」


「”魔”関連?」


 七乃朝夏(ななの あさか)が首を傾げる。


「雇い主は~……さわらちゃんです!」


 五戸が嬉しそうに一ノ瀬を指さした。


「え?」


 妃、七乃、三井野燦、黒八空が一斉に一ノ瀬を見た。


 一ノ瀬は静かにスマホの画面を見せた。

 そこには短いメッセージが表示されている。


『居なくてごめんなさい。でも、私は”魔”が許せない。こちらの件も見過ごせない』


 淡い光に照らされた文字。

 その下に並ぶのは、幾つもの現場写真──異形の痕跡。


 一ノ瀬の指が小さく震えていた。

 それでも、目の奥は静かな怒りに燃えている。


 かつて、“魔”によって友を失った少女。

 彼女にとって、それは憎しみの対象であり、祈りのような誓いだった。


『絶対に滅ぼしてやる』


 その言葉が、部屋の空気を凍らせた。


 誰も、何も言えなかった。

 ただ、四月レンが部屋の外から淡々と呟く。


「いいから寝ろよ、お前ら」


 その声はいつも通り、無機質で冷たい。

 けれど、どこか優しさが滲んでいた。


 廊下の窓際。


 ひとり、少年が佇んでいた。

 辻颭(つじ せん)


 ガラス越しに見える夜の森は、静まり返っている。

 黒い影が、どこまでも続いていた。


 辻は右手を窓に当て、かすかに呟く。


「あいつは善で……」


 脳裏に浮かぶのは、中学時代の黒八の姿。

 そして、雷を纏う四月、風を起こす風悪。


「あいつらも、同じ──」


 手が震える。

 胸の奥から、黒い何かがゆっくりと這い上がってくる。


「善人……オレは、あいつらを──」


 言葉の途中で、辻は目を閉じた。

 それ以上、考えてはいけないと分かっている。

 けれど、もう“何か”が動き始めていた。


 夜風が吹く。

 その風だけが、彼の中に生まれた影を知っているかのようだった。



主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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