第八十八話 増えた生徒
――ⅩⅢ監視棟。
薄暗い部屋に、電子音と機器の微かな唸りだけが響いていた。
壁面の大型モニターには、切ノ札学園・一年B組の映像が映し出されている。
宮中潤は腕を組んだまま、端末に映る生徒名簿を見つめていた。
そこに一人、存在しないはずの名前がある――いや、正確には“存在していない名前”が映っていた。
「――認識干渉型の異能か、それとも“願いによる生成体”か」
宮中が眉をひそめ、低く呟く。
隣で椅子に腰かけていた四月レンは、視線を端末に走らせながら答えた。
「自然発生ではない。人為的だ。」
宮中は無言で頷き、通信端末を取り出す。
指先で数回の操作をすると、モニター上に十三部の紋章が浮かび上がった。
「対象確認任務。風悪を中心に――対象“ユイ”へ接近する。
構成員は現場班に任せる。」
短く告げて通信を切る。
端末の光が消えると同時に、宮中は息をひそめた。
午前。授業の合間。
風悪たち十三部は、「視察の名目」で一年B組へと足を運んでいた。
昼前の教室は穏やかで、騒がしいほどに平和だった。
窓から差し込む光。笑い声。
誰もが昨日の騒動など忘れたかのように、普通の日常を過ごしている。
しかし――四月の過去視で見た“増えた席”は、確かに存在していた。
そこに、一人の少女が座っている。
誰も不思議がらない。教師も、生徒も、彼女を当然のように認識している。
まるで最初からそこにいたかのように。
少女の名は、ユイ。
白い髪が肩で揺れ、淡い赤の瞳が光を反射している。
その表情は静かで、感情をほとんど感じさせない。
だが――どこか、既視感があった。
風悪が視線を合わせた瞬間、頭の奥がざわめく。
頭の翅が、かすかに震えた。
生理的な拒絶ではない。
むしろ、“同じもの”を感じた。
横で三井野が小声で呟く。
「……ちょっとだけ、風悪君みたい……」
その言葉に、ユイがゆっくりと首を傾げた。
薄い唇が動く。
「……こんにちは、“先輩”。」
その声は、柔らかく、それでいてどこか冷たい響きを持っていた。
風悪たちの視線が一斉に向く。
ユイは椅子から立ち上がり、まっすぐに彼らの方へ歩いてきた。
その動作には無駄がなく、まるで“誰かの手順”をなぞるようだった。
風悪は息を詰めた。
直感的に悟る。
――この子も、自分と同じ。
人工的に“作られた人間”だ、と。
夜騎士が一歩前に出る。
青い瞳がユイを射抜いた。
「お前が“願い”の……元凶か?」
直線的な問いに、ユイは一瞬だけ目を細めた。
そして――ふっと微笑む。
「ふふふ。“魔”は素晴らしい方です」
その言い方に、場の空気が一気に張り詰めた。
王位が眉をひそめる。
「方……?」
その響きには、明らかな“敬意”が含まれていた。
ユイは小さく頷く。
白い指先を胸に当て、淡々と告げる。
「私は、あの方のようになりたいのです」
その一言に、全員の呼吸が止まる。
――“あの方”。
それが誰を指すのか、想像するだけで、空気が冷たくなった。
風悪の翅が、静かに鳴った。
その微かな音が、まるで警鐘のように響いた。
「あの方が世界を回す……そして、私も同じように――」
ユイの言葉は、まるで祈りのようだった。
だが、その内容が意味するものは明らかに異常だ。
「それで殺し合いをさせるってのか!?」
風悪の声が教室を裂いた。
空気が震え、周囲の生徒たちが一斉に振り返る。
B組の視線が集まる中、ユイだけは微動だにしなかった。
「私は、ただ“願い”を叶えるお手伝いをしているだけです」
その笑みは、あまりにも薄く、あまりにも冷たい。
感情の欠片すら宿っていない“人形の微笑”だった。
「こんなやり方──」
辻が言いかけたその瞬間、ユイの唇が静かに開いた。
「……私を、殺しに来たのですね?」
その一言が、空気を凍らせた。
ユイは後ろ手でドアの縁に触れ、軽く指先で叩く。
――とん、とん、とん。
まるで合図のように、B組の生徒たちの瞳が一斉に濁る。
その場にいた全員が立ち上がり、無言のままポケットからハサミやカッターを取り出した。
そして、それらを――自分の首元に当てる。
「私を殺すなら……B組の皆さんも道連れです」
ユイの声は穏やかで、まるで優しい教師が注意を促すようだった。
その優しさが、かえって異様な寒気を伴う。
「卑怯な……!」
風悪が奥歯を噛み締め、低く唸った。
ユイは小さく首を傾け、くすりと笑った。
「ふふ……“魔”なら、こんなことをしなくても済むのですけれど」
「どういう意味だ」
夜騎士が鋭く問い返す。
ユイは視線を夜騎士に向け、まるで“当然の理”を語るように答えた。
「“魔”は殺せません。あなた方には、絶対に。
そして――あなた方に、私も殺せません」
挑発するような、けれど一片の嘘も含まれない声音。
その微笑の奥に、確信めいた“構造”が見え隠れしていた。
「一旦、戻ろう」
王位が冷静に言い、十三部のメンバーは目を合わせて頷いた。
風悪が最後にユイを睨みつけ、教室を出る。
背中に、淡い声が追いかけてきた。
「賢明な判断ですね。……感謝します。」
その言葉に、誰も振り返らなかった。
特別対策部室。
十三部のメンバーとⅩⅢの四月が、緊張の面持ちで集まっていた。
壁面モニターには、先ほどの現場映像が静止画で映し出されている。
「どうする?」
王位が沈んだ声で問う。
四月は腕を組み、映像から視線を外さず答えた。
「ユイに直接手を出せば、B組全員が自殺行動を取る可能性が高い。
あれは単なる暗示ではない。“連結型支配”だ」
「一ノ瀬の菌糸で制御できないか?」
夜騎士が提案する。
「一番現実的だと思う」
辻が即答した。
四月も短く頷く。
「……それには賛成だが」
四月がわずかに目を細める。
「――あの口ぶり。
何かある、そう言っていた。」
沈黙が落ちた。
机の上に置かれた端末の光が、誰の顔にも届かない。
風悪は椅子に座り、腕を組んで考え込んでいた。
胸の奥に、鈍いざわめきが残る。
(“あの方”……多分、“魔”を宿す者のことを指しているんだろう。
“魔は殺せない”って、どういう意味だ?)
彼の翅がかすかに震え、空気が微かに揺れる。
「風悪君?」
三井野が心配そうに覗き込む。
「……何でもない」
風悪は小さく首を振り、息を整えた。
「今は一ノ瀬に協力を頼もう。
あのユイって奴を、何とかしなきゃいけない」
誰もが頷く。
しかし――その場を流れる空気は、どこか冷たかった。
窓の外では、風が木々を撫でていた。
その風は穏やかでありながら、どこか“異質な香り”を含んでいた。
それは、まるで誰かが笑いながら囁くような――
不穏な予感を運ぶ風だった。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




