第八十七話 過去視の間で
――文化祭の翌日。
校庭には、まだ祭りの名残が残っていた。
色褪せた風船、折れた旗、紙コップが風に転がる。
A組の教室でも、装飾の片づけが続いていた。
昨日の騒動が嘘のように、空気は穏やかだった。
生徒たちは口々に、「夢みたいだったね」と笑っていた。
――武器を持った生徒同士が戦い合うなんて、常識では考えられない。
だが、この学園では“非常識”が日常に混じるのは、珍しいことではなかった。
結局、A組対B組の売り上げ勝負もいつの間にか立ち消えになっていた。
騒動の後では、順位を競うことすら意味を失っていたからだ。
そんな中、登校してきた風悪は校門をくぐり、ふと立ち止まる。
頬を撫でる風を感じながら、小さく呟いた。
「……また笑ってるな」
風は穏やかで、昨日の混乱がまるで遠い昔のことのようだった。
教室。
まだ机が半分ほど片付いていない。
風悪が席につくと、隣の黒八が顔を上げた。
「おはよう」
「おはようございます」
静かな挨拶が交わされる。
いつもの日常が戻ってきたように思えた。
「昨日は……大変だったな」
「はい。でも、被害者は軽傷だったそうです」
黒八は少し安堵したように微笑む。
けれど、その瞳にはわずかな不安が残っていた。
「しかし、あれはいったい何だったんだ……?」
風悪は視線を落とす。
魔による暴走――それとは何か別のもの。
生徒たちが武器を取り、互いを傷つけ合った光景が、頭から離れなかった。
そして、あの映像に映った“風鈴”。
繋がりそうで繋がらない謎が、胸の奥をざらつかせる。
「魔の模造品だ」
前の席に座っていた四月が、淡々と口を開いた。
「昨夜、波形の観測をしたところ、沈静化した」
「魔の……模造品?」
風悪が目を見開く。
黒八も驚いたように四月の方を見た。
四月は机に肘をつき、端末を軽く操作しながら続ける。
「願いを媒介に人を操作する。魔に似て、しかし魔とは異なる因子だ。
消えたわけじゃない。一時的に、身を潜めたと言っていい」
その声は冷静で、どこか緊張を含んでいた。
「――あいつ、絶対に許さない!」
机を叩く音が響いた。
五戸このしろが立ち上がり、拳を握りしめる。
「あいつが友達を狂わせたんだ……!」
その表情には、かつての痛みがまだ刻まれていた。
六澄はそんな五戸を見つめながら、相変わらず無表情に黙っている。
一ノ瀬は隣でタブレットに指を走らせ、静かに頷いた。
彼女の瞳もまた、確かな怒りを宿していた。
鳩絵は机の上で、昨日“絵に変えた武器”を一枚ずつファイルに挟み込んでいた。
その手つきは丁寧で、どこか祈りにも似ていた。
「……十三部にできることは?」
辻がぽつりと呟いた。
その声に、教室の空気が少しだけ引き締まる。
夜騎士が腕を組み、椅子を軋ませながら立ち上がった。
「そうだな。魔とは違うって言っても、
学園の平和を守るのがオレたちだろ」
低く、落ち着いた声だった。
「問題は“身を潜めた”ってところだ。
元凶がどこにいるか分からないんじゃ、手の打ちようが……」
王位は目を閉じたまま、眉をわずかに寄せる。
「でも……放置はできないし……」
三井野が不安げに呟く。
二階堂は喉元のチョーカーに手を当て、
七乃は心配そうにその様子を見守っていた。
沈黙が落ちる。
そして、その静寂を破るように――
「なら! 見つけるしかないっしょ!」
妃が勢いよく立ち上がり、腰に手を当てて宣言した。
その明るい声に、張り詰めた空気が少しだけ和らぐ。
誰かが小さく笑った。
ほんの一瞬、風が教室を抜けていった。
監視棟・特別会議室。
蛍光灯の白い光が机に反射し、無機質な静寂を作っていた。
十三部のメンバーが一堂に会している。
昨日の騒動の報告と、今後の対応のためだ。
宮中が端末を開き、波形データを映す。
風悪、辻、夜騎士、四月、黒八、王位、三井野――
全員の視線が、淡い青の光を見つめていた。
「昨夜観測した反応だが……魔因子とは異なる。」
宮中の低い声が響く。
「願いを媒介とした干渉因子――模造願因と呼ぶべきものだろう。」
その言葉に、全員の表情が引き締まった。
願いを利用し、人の魂を操る。
それは、“魔”の模倣でありながら、より悪質なもの。
「魔に似て非なるもの……放置はできない」
夜騎士が短く言い、腕を組む。
「十三部の任務は、学園の異能秩序の維持だ。
ならば、この“願いの影”も排除するべきだろう」
彼の冷静な言葉に、誰も異を唱えなかった。
その時、四月が眉根を寄せた。
わずかに呼吸を整え、机の縁を指で一度、コンと叩く。
――空気が止まった。
時計の針が一瞬だけ遅れたように感じられる。
四月の瞳が淡く光を帯びた。
過去視の異能――
四月の異能が静かに作動していた。
彼女の視界に、淡い残像が広がる。
教室。名簿。生徒たちの影。
その中に、見覚えのない少女が“自然に”座っていた。
誰も違和感を持たない。誰も気づかない。
だが確かに――ひとり“増えている”。
四月の瞳から光が消える。
深く息を吐き、額にわずかな汗がにじむ。
「四月……?」
風悪が変化を察知し、声をかけた。
「……すまない。今、視た。大体のことが分かった。」
その声には重さがあった。
室内の視線が四月に集まる。
「悪いが、私の異能は過去視だ。未来視じゃない。
“予見”はできない――だが、“痕跡”は追える。」
短く前置きし、四月は端末に映像を呼び出す。
淡いノイズが走る画面の中に、学園の教室が映っていた。
「……お前たちが知りたがっている“人物”。
今、過去視で確認した。」
辻が首を傾げる。
「どういうこと?」
四月は静かに言葉を落とした。
「――増えているんだよ、生徒が。
一年B組に。しかも、最近になって。」
室内の空気が一変した。
誰もが息をのむ。
「名簿にも、記録にも、入学データにも存在しない。
なのに、普通に席に座り、授業を受けている。」
「なにそれ……」
三井野が震え声で呟いた。
夜騎士が一歩前に出る。
「知らぬ間に増えている生徒、か……誰なんだ?」
四月の指が端末を滑り、最後にひとつの名前が表示された。
「一年B組――ユイ。
苗字のない生徒だ。」
その名が告げられた瞬間、室内の空気が凍りつく。
「っ、苗字なしですか? 風悪君と同じ……?」
黒八の驚きが、静寂を裂いた。
風悪の胸の奥に、ざらりとした感覚が広がる。
自分の内にある“何か”と呼応するような、微かな共鳴。
誰かが、自分の“設計”を模倣して造られた――そんな感触。
沈黙の中で、四月が最後に言葉を落とす。
「名簿にも履歴にも、痕跡はほとんどない。
だが――“いる”。
『願い』と『道具』の配り手として、確かに存在している。」
風悪は静かに息を吸い、目を閉じた。
翅がかすかに震え、空気がわずかに熱を帯びる。
「……会う必要があるな。」
その呟きが、会議の終わりを告げる合図になった。
誰もが黙り込み、互いに視線を交わす。
その奥で――
誰にも届かない、小さな風の音が鳴った。
まるで、“誰か”が笑っているように。
雨と書いてユイと読む、そんな感じ。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




