第八十四話 文化祭、風が笑う日
――切ノ札学園。
門の上には、鋭く光る校章が掲げられていた。
異能保有者特別育成校。通称〈異能学園〉
その朝は、いつもよりも早く校門が開いた。
「復興記念文化祭」の横断幕が風に揺れ、校庭には色とりどりのテントが立ち並ぶ。
焼き菓子の匂い、ペンキの匂い、風船のきしむ音。
学園全体が、久しぶりの“平和なざわめき”に包まれていた。
校舎の放送室から、宮中潤の落ち着いた声が響く。
『――生徒諸君、本日は文化祭を楽しむように。
ただし、異能の使用は安全管理の範囲内で頼む。暴走は禁止だ。以上』
その声に続いて、ざわめきと拍手が広がった。
教師陣の目は穏やかだが、どこか緊張を含んでいる。
――この学園では、“何も起きない”日こそが特別なのだ。
生徒たちはそれぞれの出し物へと散っていった。
A組は〈異能アート&幻想展示館〉。
B組は〈異能メイドカフェ “B’s♡Charm”〉。
他にもバンド、演劇、屋台など、校舎中が祭りのような熱気に包まれる。
そんな中、校舎の一角――A組とB組の出店が並ぶ廊下は、まるで戦場のような喧騒だった。
「いらっしゃいませーっ! A組の“幻想展示館”ですよーっ!」
五戸このしろが声を張り上げる。
その向かい側で、東風心地が同じくらいの勢いで叫んだ。
「異能メイドカフェ“B’s♡Charm”へようこそ! 本日限定、特製スイーツつきですわ!」
両者の視線がぶつかる。火花が散る。
「……出たわね、東風!」
「ふふ、またお会いしましたわね、五戸さん」
互いに笑顔を浮かべながら、まったく譲らない。
どちらのクラスも観客を引き寄せようと必死だ。
背後では妃がパンフレットを手に、優雅に立っていた。
その隣では風悪が看板を支えている。
「すごいな……これ、文化祭っていうより戦場だな」
「そう、これが文化祭!」
妃が満足そうに笑った。
そして次の瞬間――
「ミスターコンやってるやん! 夜騎士行け!」
五戸が突然、向かいの中庭を指さして叫んだ。
そこでは有志による“ミスター切ノ札コンテスト”のステージが始まっていた。
観客席には女子生徒たちがぎっしりと詰めかけている。
「なんでオレ?」
夜騎士は眉をひそめた。
顔立ちは整っているが、本人にその自覚はない。
「優勝したら商品頂戴よ! あんたならいける!」
五戸の勢いに押され、夜騎士は困ったように頭をかいた。
「……こういうの苦手なんだけどな」
「顔がいいのは罪よ、行ってらっしゃい」
五戸に背中を押され、夜騎士はステージ方向へと歩かされていく。
夜騎士の登場に会場が湧き、三井野と東風の心肺が停止した。
「興奮しすぎだよ」
王位が肩をすくめた。
文化祭のテンションは一気に最高潮に達した。
風悪はそんな喧騒を見つめながら、小さく笑った。
風が頬を撫で、校舎の上を抜けていく。
――久しぶりに、“風が笑っている”。
A組の展示会場は、薄暗い照明に包まれていた。
足を踏み入れた瞬間、温度がひとつ下がる。
天井から流れる風が、光を導き、音を揺らし、
映像の粒が空間の中でゆっくりと漂っていた。
「動く絵画」「空に漂う音」「風の触感を感じるアート」――
まるで夢の中を歩いているようだった。
三井野の澄んだ歌声に、七乃の精霊光が重なる。
一ノ瀬が菌糸で描く模様が床を走り、
その上を風悪の風が優しく通り抜ける。
光と風が調和し、ひとつの“生きた景色”が生まれていた。
「すごい……!」
「これが生徒の作品なのか?」
来場者の歓声が絶えない。
SNSでは「#A組やばい」「#異能アート革命」などのタグが広まり、
一時的にB組のカフェを上回る人気を博していた。
一ノ瀬はタブレットを操作し、来場データを確認する。
数字が上がるたびに、口元に柔らかな笑みが浮かんだ。
「風が……本当に笑ってるみたいだな」
隣で風悪が、映像を見つめながら呟いた。
柔らかな風が彼の頬を撫で、
一ノ瀬の髪をふわりと揺らす。
――穏やかな時間。
その光景はまさに、“風が笑う日”と呼ぶにふさわしかった。
だが、平穏は長く続かなかった。
展示の終盤、スクリーンの映像がふっと乱れた。
色の粒が歪み、光が逆流する。
風の流れが逆向きに変わり、室内の空気がざわついた。
次の瞬間――
チリン……
誰も触れていないのに、風鈴の音が鳴った。
映像の中にも、確かに風鈴が映っていた。
だが、それは設定していないはずのものだった。
「……え?」
「何の音?」
観客たちがざわめく。
音が止まり、風が荒れる。
精霊光が弾け飛び、菌糸のラインが黒く染まり始めた。
(制御装置が……反応しない!?)
一ノ瀬がタブレットを操作するが、画面が点滅して動かない。
黒八が一歩前へ出る。
「何かが……反応しています!」
その声に、会場が凍りつく。
風悪は中央で立ちすくんでいた。
だが――彼の周囲だけは、静かだった。
風の流れも、光の乱れも、彼の身体を避けていく。
他の生徒たちの影が揺らぎ始めた。
瞳に一瞬、赤黒い光が宿る。
次の瞬間、生徒たちの前に武器が、
まるで意思を持つように舞い降りてきた。
刃先がゆらりと震え、光の粒が黒く染まっていく。
「やばい……動いてる……!」
二階堂が声を上げる。
B組の生徒数名が逃げ込んできたが、状況を理解できずに立ち止まる。
――その時、声が響いた。
『ね、これを使って』
誰の声かは分からない。
高く、柔らかく、だが底のない闇を孕んだ声だった。
『これに魂を集めて。
集めきったら――あなたの願いを叶えてあげる』
その囁きと同時に、生徒たちは武器を手にする。
武器に触れた生徒たちが、その手を伸ばした瞬間、
目の色が変わった。
暴走ではない。
それは、“誘い”だった。
――風は笑っている。
だが、その笑いの奥に、確かに“泣き声”が混じっていた。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




