第七十九話 安堵の風、残る影
一条会――久遠礼巳との戦闘が終わり、
清掃斑と医療班の手によって、生徒たちは順に救出されていった。
学校もまた、破壊された箇所の整備が進められている。
とはいえ、被害は甚大。
結界や設備の再構築が終わるまで、学園は数日の休校措置となった。
* * *
医療棟の窓辺。
白いカーテンが静かに揺れる。
ベッドの上では、風悪たちA組の面々が点滴を受けながら談笑していた。
毒の後遺症も、もうほとんど残っていない。
「師――四月の動きを封じるための群集熱だったとはな」
黒いマスクを外した宮中が、静かに呟いた。
その声音には疲労と同時に、どこか悔しさが滲んでいた。
「先生がさ、四月のこと“師”って呼ぶ理由、やっと分かりました」
風悪がベッドの上で笑う。
口調は軽いが、どこか嬉しそうでもあった。
「オレはてっきり、“しづき”って言いにくくて、“し、し、し”って噛んでるのかと!」
隣のベッドで夜騎士が笑いをこらえきれずに言った。
「うるさい。減点にするぞ」
宮中の低い声が響く。
だが、誰も本気で怯えていない。
そのやり取りが、いつもの平穏を取り戻した証のようだった。
「でも……本当に、よかったです」
黒八が小さく息をついた。
「うん、解毒が間に合って……!」
「本当ですわ」
三井野と七乃が顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべる。
「……四月さんは?」
辻が尋ねた。
「まだⅩⅢの任務で外に出てる。一条会の残党を追ってるらしい」
王位が淡々と説明した。
声は落ち着いていたが、その表情はどこか険しい。
「わかしが、残党狩りは終わったって言ってたけど?」
五戸がスマホを弄りながら問いかける。
「あの場にいたのは、一部でしかないって」
妃が補足した。
「アイスの癖に、よく知ってるじゃないか」
王位が口を尖らせる。
「何を!?」
妃が机を叩き立ち上がる。
「まあまあ……」
二階堂が苦笑して手を上げた。
くだらない冗談。
けれど、その何気ない日常が今は愛おしかった。
皆が助かった――ただ、それだけで十分だった。
風悪は少し息をつき、スマホを手に取る。
画面に浮かぶ名前は、一ノ瀬さわら。
迷いなく、メッセージを送る。
『六澄が……黒い妖精、ラウロスのようなことを言っていた』
送信ボタンを押した瞬間、風悪の胸に小さな不安がよぎった。
一方その頃――
研究棟の一室で、一ノ瀬はそのメッセージを見て、目を伏せていた。
(……やっぱり。
わかし君は、ラウロス――
可能性は、高い……)
胸の奥が冷たくなる。
彼の無表情、その観察者のような眼差し。
全てが、あの“黒い妖精”を思わせた。
風悪の勘は、決して間違っていない。
* * *
「かじかは! この体験を漫画にします!
“学校に襲撃があったけど最強のオレが倒しました!”ってタイトルで!」
鳩絵が突然立ち上がり、腕を広げて宣言した。
「……描けるの?」
五戸が眉をひそめる。
「ぐ、ぐぐぐ……!」
鳩絵は口をへの字にして、悔しそうに唸った。
病室の中に笑い声が広がる。
窓の外では、夕陽が沈みかけていた。
オレンジ色の光が差し込み、彼らの影をゆっくりと伸ばしていく。
「……しかし、ⅩⅢの闇の部分、見ちゃったね。」
病室の空気を切るように、二階堂がぽつりと呟いた。
その声には、恐れと戸惑いが入り混じっていた。
ⅩⅢ――治安維持組織、“制裁機構”。
この国では、英雄として語られる存在だ。
だが、群集熱の夢で見た光景はあまりにも生々しかった。
英雄の裏にある、非人道的な悲劇。
理想を掲げたその手で、子供たちの命を奪ってきたという事実。
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
「……四月のやつ」
夜騎士が、静かにその名を口にした。
まるで胸の奥を押さえるような、重い声音。
だが、その沈黙を破るように――
夜騎士は顔を上げた。
「それでもオレは、ⅩⅢを目指すよ!」
その目はまっすぐ前を見ていた。
驚いた視線が彼に集まる。
「四月みたいな子を、二度と増やさないためにもな。」
その言葉には、悲しみよりも決意が宿っていた。
王位は黙ってうなずく。
拳を握りしめ、目を伏せたまま。
彼もまた、胸の中で同じ決意を固めていた。
「……先生は、止められなかったんですか?」
辻が尋ねた。
その声は静かだが、確信を突いていた。
宮中は少しだけ目を伏せ、息を吐いた。
「オレは末席だからな。知った時にはもう、手遅れだった。」
唇を噛み、拳を握る。
その目には怒りと悔しさ、そして深い悲しみが滲んでいた。
「先生は……どうしてⅩⅢに?」
黒八が小さく尋ねた。
宮中は天井を見上げ、しばし沈黙する。
そして、かすれた声で言った。
「此処へ来た時、何もなかったんだ。
行く当ても、名前も、居場所も。
……ⅩⅢに居れば、全てが保証される。
だから入った。ただ、それだけだ。」
その言葉は、どこか自嘲めいていた。
彼がこの世界にどうやって来たのか――
誰にも詳しくは知られていない。
だが、少なくとも今の彼は“教師”であり、
生徒たちを守るために立っている。
「私は、お金のために入ろっかな~」
沈んだ空気を破るように、五戸が冗談めかして言った。
指先で髪をくるくると弄びながら、軽く笑う。
「全部課金で溶かすだろ」
六澄が冷静に突っ込む。
「やめときなって」
鳩絵が苦笑しながら肩を叩いた。
「ひどいっ!」
五戸が子供のように喚き、
病室には再び笑い声が戻る。
それはほんの一瞬の、平穏な時間。
嵐の後の静けさだった。
外では、風が吹いている。
戦いの熱が去り、秋の冷たい空気が窓を撫でた。
こうして――
一条会との騒動は幕を閉じた。
英雄たちは一息つき、
ほんの束の間の休息を与えられたのだった。
だがその風の中には、まだ微かな違和感が残っていた。
闇を見た者たちは、もう元の世界には戻れない。
それぞれの胸に、消えない影を抱えたまま――
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




