表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第七章・風鈴と鬼火

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/107

第七十七話 悪魔と人の誓い

 夜が深い。

 雨は止んだが、空にはまだ重い雲が垂れ込めていた。

 廃校の外壁を伝う水滴の音だけが、世界に残された鼓動のように響く。


 四月(しづき)レンは、冷たい床に膝を抱えて座っていた。

 灯りもない小部屋。

 窓の外には、誰もいない校庭。


 生き残ったのは――自分ひとり。


(このまま、自分だけ生きるのか……)


 胸の奥が、ひどく空っぽだった。

 助けられなかった声が耳に残る。

 泣き声。笑い声。

 そして、最後に聞いた「ありがとう」という囁き。


(生きて……どうなる……)


 どんなに考えても答えは出ない。

 生きることすら、罰のように感じていた。


 だが――そのとき、

 ふと、脳裏に“あの声”が浮かんだ。


『生きろ。お前には、まだやることがある』


 あの見学に来ていた男――宮中(みやうち)潤。

 悪魔と呼ばれた者。

 外の世界で、神に抗い、そして追放された男。


(そうだ……私は……あいつのために、ここへ来たんだ)


 思い出す。

 この世界に降り立った理由を。


 四月レンは分体。

 その本体は、外の世界にいる“悪の主”――エヴィリー。

 かつて悪魔たちの主として君臨し、

 迫害された仲間たちを救おうとした存在。


 彼女は、はじき出された仲間――宮中潤を探すため、

 この世界に自身の分体を送り込んでいたのだ。


(……忘れていた)

(私は、本体の意思を継いでいる)


 だからこそ――


「私は、生きなければならない」


 小さく、だが確かな声で呟く。

 自分の心に言い聞かせるように。


「私は、背負わなければならない」


 消えていった仲間たちの痛みを。

 あの日、名もなく死んだ子供たちの声を。


「私は、守らなければならない」


 もう二度と、誰かが泣かないように。


「私は、強くならなければならない」


 それが、“悪”と呼ばれてでも進むということ。


 四月は立ち上がった。

 小さな足で、ゆっくりと窓の方へ歩く。


 曇ったガラスに、ぼんやりと自分の顔が映った。

 涙の跡。血の跡。

 それでも、その瞳には確かな光が宿っていた。


(仲間のために。死んでいった子たちのために。

 そして、これから出会う誰かのために)


 彼女は、すべてを受け入れると決めた。

 痛みも、罪も、哀しみも。

 それを背負い――強くなるために。


 その瞬間、

 胸の奥で“何か”が静かに燃え始めた。


 祈りでも、怒りでもない。

 それは、“決意”という名の熱だった。


 ――四月レン。

 この夜、ひとりの少女は、悪の主──エヴィリーとしての“道”を歩み始めた。


 * * *


 六年生の三月。

 雪混じりの雨が、山の校舎の屋根を叩いていた。


 卒業式。

 だが、式場に並ぶ椅子は、たった一つだけだった。


 壇上には白い布がかけられたままの机。

 その前で、ひとりの少女が立っていた。


 四月レン。

 この地獄のような訓練を、たった一人生き延びた少女。


「四月レン――ⅩⅢ(サーティーン)へ、ようこそ」


 淡々とした男の声が響く。

 拍手はない。

 返事もない。


 ただ、静寂。


 四月はまっすぐに前を見た。

 その目には涙も笑みもなく、

 ただ、決意だけがあった。


(私は――生きる)


 四百九十九の命を背負い、彼女は歩き出した。

 それは祈りのようであり、呪いのようでもあった。


「死ぬ時は、戦いの中で、だ」


 その小さな呟きは、誰の耳にも届かず、

 空虚な体育館の中で、静かに溶けていった。


 ――一人ぼっちの卒業式が、終わった。


 だが、それは終わりではなく、

 新たな地獄の幕開けだった。


 * * *


 年月が流れた。


 四月は成長し、

 ⅩⅢの一員として数多の任務をこなしていた。


 彼女の隣には、いつも黒いマスクの男――宮中潤。

 ふたりは前衛と後衛として組み、

 幾度も死線を越えた。


 四月が敵の前線を切り裂き、

 宮中が銃を構えて支援する。

 互いに一歩も引かず、

 息を合わせた戦いぶりは、組織内でも評判だった。


 ある夜の帰投中、宮中がぽつりと言った。


「お前……よく生き残ったな」


 その声には、憐れみでも称賛でもなく、

 ただ“理解”の響きがあった。


 四月は短く答える。


「君のためでもあるからな」

「……はあ!?」


 あまりに唐突な答えに、宮中は思わず素っ頓狂な声を上げた。


 四月は口元に微かな笑みを浮かべる。


「外の世界での私は、“悪の主≪エヴィリー≫” そう呼ばれていたよ」

「……何故、その名を知っている」


 宮中の瞳が見開かれた。

 その名は、外の世界でしか知られていないはずのもの。

 悪魔を統べる存在、そして――神に抗った者の名。


「外の世界で、私は君を見ていた。

 “神”に抗い、そして捨てられた君を。

 ……君をひとりにしたくなかった」


 四月の声は、優しく、それでいて底の見えない深さを持っていた。

 宮中は言葉を失った。


「向こうでは……済まないと思っている。

 君たちが捕らえられたのは――」


「悪いのは神です」


 宮中が四月の言葉を遮った。

 それは叫びだった。


 外の世界――そこでは、神と呼ばれる存在が絶対だった。

 彼は弟とともに捕らえられ、拷問を受け、そして自分だけが“外”へと捨てられた。


 世界の狭間をさまよい、偶然この世界に取り込まれた。

 ――黒八の中に宿る“太陽”と同じように。


「済まないついでに、この身体では本体ほどの力が出せなくてな。

 君を元の世界に返せない」


 四月は静かに言った。

 その表情には、どこか人間らしい後悔が滲んでいた。


 宮中は首を振る。


「……それは別にいいんです。

 弟のことは……気になりますけど」


 彼は苦笑した。

 それは、ようやく見せた“人”の表情だった。


「宮中」


 四月はまっすぐにその名を呼んだ。


「宮中、私は君を一人にはしないよ」


「どうして……そこまで」


 宮中の問いは、素朴だった。

 外の世界で縁があったとしても、

 別世界に分体を送るなど常軌を逸している。


 四月は少しだけ微笑み、

 静かに言葉を紡ぐ。


「私の信条だよ」


「信条……?」


「仲間のためなら悪にでもなる。

 それが、私の生き方だ。

 もしできることなら――この世界も、あの世界も壊して、

 理想郷を作るほどにね」


 その声は淡々としていたが、

 そこには祈りのような優しさと、深い悲しみが混ざっていた。

 

 四月は知っている。

 外の世界で、神に虐げられた“悪魔”たちの末路を。

 そして、この世界で――無垢な子供たちが犠牲になった現実を。


 どちらも、理不尽で。

 どちらも、哀しかった。


 見捨てるという選択肢は、彼女にはなかった。


 そんな四月を見て、宮中は少しだけ目を伏せた。

 胸の奥に、熱のようなものが灯る。


「……かっこいいですね」


 ぽつりとこぼしたその言葉に、四月が片眉を上げる。


「師と、させていただいても?」


 宮中は冗談めかして笑った。


「学校では言うなよ」


 四月もまた、肩をすくめて笑った。


 その夜、二人の影がゆっくりと並んで歩いていった。

 かつて地獄を見た者と、悪魔を救おうとした者。

 世界の外から弾かれた二つの魂が、

 今、ひとつの道を歩き始めていた。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ