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ⅩⅢ〜thirteen〜 現代異能学園戦線  作者: 神野あさぎ
第一章・風が目覚める日

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第七話 風が眠る森

 夜。

 風悪(ふうお)は、またあの夢を見ていた。

 底なしの闇。湿った地面。

 妖しく光る茸が、呼吸のように明滅する。


「なあ……キミは誰で、“魔”ってのは何だ?」


 ここへ来るたび、風悪は同じ問いを投げる。

 少女の顔は、相変わらず霞んで見えない。

 だが涙だけは、はっきりと光った。


『私も詳しくは知らない。──ただ、近くにいる。私の大事な人を奪った存在』


 声には怒りが混じり、表情には深い悲しみが差す。


「大事な人を?」


『巻き込んで、すまないと思っている……』


 少女の言葉に、茸がいっせいに脈打つ。紫の光が闇にじわりと広がった。


『“魔”の影響を受けないのは、“外”から来た存在のみ……だから貴方に頼んだ』


 伸ばされた指先が闇に溶け、風が止む。

 視界は真っ黒に塗り潰された。



 ──朝。

 目覚めた天井はいつも通りで、やけに遠かった。


「そういや四月(しづき)が言ってたな。“魔”が誰かの中にって……」


 言いそびれた、と風悪は額を押さえる。

 胸の奥に、もやのような後悔だけが残った。


 気づけば暦は皐月。

 夏の匂いがそこかしこに混じり始め、けれど風にはまだ春の柔らかさが残っていた。


 教室はいつもと変わらないざわめき。

 その穏やかさが、いまはやけに心地よい。


「四月がⅩⅢ(サーティーン)!?」


 妃愛主(きさき あいす)の声が、壁をびりつかせる勢いで響いた。


「声が大きいよ」


 王位富(おうい とみ)が眉をひそめて制す。


「しっかし……なんで高校生なんてやってんだよ」


 夜騎士凶(よぎし きょう)が半分興味、半分羨望で口にする。


 今日の四月レンは、机の上の錠剤を睨みつけていた。


「“最終学歴、高卒必須”。──って上に言われた」


 不機嫌なまま薬を摘み、口に投げ込む。


「ん? じゃあ、正式なメンバーじゃないってわけ?」


 風悪が訊く。


「いや。私は中学の時点でⅩⅢの一員。君たちがはしゃいでた“選ばれた子どもたち”の一人」


 四月は夜騎士たちの会話を思い出すように、乾いた声で続ける。


「“上”が金で買った子ども、だよ」


 冗談めかして言ったそのひと言が、空気を冷たくした。

 風悪は胸の奥がちくりと痛む。(あの時──オレ、地雷踏み抜いてた?)

 夜騎士と王位が、言葉のないまま風悪を見る。


「順番が逆になったが、“高校には行け”ってことだ。……まあ、気にするな」


 四月は軽く言い捨てる。けれど、その声には影が混じっていた。


「なにそれ? いつの間に仲良くなってんの? あたしを差し置いて?」


 妃が空気を壊した。


「別に仲良くはなっていない。──黙っとれ」


 王位の一蹴で、いつもの教室が戻る。



 ホームルーム。


「明日から宿泊研修。忘れ物がないように」


 宮中潤(みやうち じゅん)が簡潔に告げる。


「はい! 先生!」

「なんだ、五戸(いつと)


「ログボとデイリー捨てられないので休みま──」

「来い。」

「先生! 日々の積み重ねが大事なんですよ! 少しでも課金額を減らすには──」

「休むな。」


 五戸このしろは机に突っ伏す。


「わっかし~何とかして~」

「無理」


 六澄(むすみ)わかしは即答した。


秋枷(あきかせ)君と一つ屋根の下!?」


 七乃朝夏(ななの あさか)が歓喜で震え、風悪は胸に小さな不安が芽吹くのを自覚する。


「ってかバイト──いや、いいや」


 五戸がぽそり。

 表情のない独り言は、風悪と黒八空(くろや そら)の耳に引っかかった。



 そして当日。

 宿泊研修地・風ヶ森。


 生徒は体操服に身を包みバスを降り、荷物を抱え、ひたすら森を山を登らされていた。


「なんで山を登るんだあ? ああ?」


 前を歩く六澄の背に、五戸が不機嫌をぶつける。

 すぐ後ろで鳩絵(はとえ)かじかがよろけ、


「かじか……もう、無理……」


「大丈夫かよ」


 夜騎士が手を貸す。

 その後ろに王位、一ノ瀬さわらが続く。


 さらに後方、風悪と黒八が並んだ。


「五戸の言う通りかも……」

「でも、風が心地よいですよー」

 

 黒八はこんな時でも笑顔だ。


「黒八、大丈夫か?」

「大丈夫ですよ」


 そのやり取りを、少し離れて辻颭が無表情に見ていた。


「なら、いいけど……」


 風悪は息を整え、一ノ瀬の背を追う。


 先頭で茂みが揺れた。

 黒い影が飛び出す。裂けた口、鈍い爪──野生の“魔物”。


 四月が左手を突き出した。

 ドンッ。

 炸裂する音とともに、魔物は紙片のように吹き飛び霧散する。


「ここは野生の魔物が出やがる」


 四月はそれだけ言って歩を進めた。

 直後、二階堂秋枷と七乃が目を丸くする。


「今の、四月が!?」

「流石に強いな」


 後方で夜騎士が親指を立て、王位が小さく呟く。


「にしても……このタイプは本来、人を襲うほど獰猛ではない。──“魔”の影響が、森の個体にまで」


 風悪が黙り込むと、黒八がそっと寄った。


「気をつけて行きましょう」

「……うん」


 最後尾を行く三井野燦(みいの さん)と妃。


「どうしたの愛主? 元気ない?」

「え? いや……」


 妃は一瞬驚き、すぐに笑顔を作る。


「元気だよ~! 心配してくれるの? かわいいねえ!」


 本当に、ただの“考え事”。

 彼女は体調を崩しているわけではなかった。


 山頂の宿屋。

 ロビーで鳩絵が椅子にだらしなく座り込む。


「は~! 疲れたあ! でも、かじかはこの経験を糧に漫画を描く!」

「かじかちゃん、描かないじゃん漫画は」


 五戸の一言で、鳩絵はするりと床に滑り落ちた。


「ちなみに、バイトあるよ」


 五戸がにやり。


「え!? こんな時まで……いや、相手は待ってくれないか~」


 驚愕からの自己説得。妙に納得してしまう鳩絵。


「ふふふ、稼ぐわよ!」


 五戸が不敵に笑った、その時。


「お風呂おおおおおおっ!」


 妃の大音声が旅館中に木霊した。


「天国じゃね?」


 女の子が好きな彼女にとって、願ってもない状況だ。


「あ、私らちょっと抜けるわ」

「え」


 五戸の宣言に、妃が目を剥く。


「そのうち戻るから! 先生には適当にごまかしといて!」

「ちょ、待って!」


 妃の制止も虚しく、五戸は鳩絵の腕を引いて風のように消えた。


「覗きイベントとか、これからが面白いところだったのに!」


 妃が腰に手を当てて吠える。

 隣で三井野は若干引いていた。


「私は見放題だけど!」


 妃は胸を張る。


「むしろ男子側を覗き見……秋枷君! きゃ~! わたくしはなんてことを!」


 七乃が鼻血を出してのたうつ。


「男子はない!」


 妃はぴしゃりと切った。


 笑い声が、梁の上でほどけていく。

 窓の外、森を渡る風が、ふと逆流した。

 その微かな変化に、誰も気づかない。


 ──夜は、静かに満ちていく。

 風が眠る森で、“何か”が目を覚ます。



主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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