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造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第七章・風鈴と鬼火

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第六十九話 噂の中の“高み”

「ねぇねぇ、聞いた?」

「すごいらしいよ」

「“一段階上の存在”になれるって」


 翌朝。

 切ノ札(きりのふだ)学園の廊下では、生徒たちがそんな話をしていた。

 声は小さいが、あちこちで同じ言葉が囁かれている。

 ――“高みに上がる”“異能が進化する”“願いが叶う”。

 誰かが流した噂。

 けれど、奇妙に具体的だった。


 教室の扉が開く。


「おはよう」


 風悪(ふうお)がいつものように入ってくる。


「おはよ」夜騎士(よぎし)が短く返す。


 だが、教室の空気がどこかざわついていた。

 耳を澄ませば、そこにも“高み”という言葉が混じっている。


「なんか……噂、立ってる?」

「知らないのか?」

 夜騎士の声が低い。

 風悪は首を傾げた。


「なんかさ、“高みに上がれば異能が強化される”って。

 ……それで盛り上がってる」

「高み……?」


 風悪が繰り返す。

 夜騎士は机に拳を当て、苦々しく呟いた。


「要するに、“魔堕ち”だよ」


 その一言で、空気が一瞬凍った。


 “魔堕ち”――理性を保ったまま魔と契約する行為。

 普通の人間が踏み込めば、精神は崩壊し、異能は暴走する。

 だが、成功すれば力は倍増し、“人を超える”。


 夜騎士が怒っている理由を、風悪はすぐに察した。

 ――海豚悪天(いるか あくてん)

 理性を保ちながら魔と契約し、“成功例”と呼ばれた男。

 夜騎士にとって、忘れようにも忘れられない相手。


「……一条会」


 静かに口を開いたのは王位だった。


「一条会……!」


 風悪は思わず立ち上がり、椅子が大きな音を立てた。


「どうした?」


 夜騎士が眉をひそめる。


「昨日、校門の前でチラシ配ってた。

 その後……集会を見たんだ」


 教室がざわめく。

 風悪の言葉に、黒八(くろや)も頷いた。


「“祈りは熱、熱は魔、魔は力”って……。

 集団で唱えてて、数人が突然“魔”で暴走したんです」


「……暴走?」


 王位の声が低くなる。


「しかも、人為的に見えた」


 風悪は手を握りしめながら言った。


「誰かが“意図的に”魔を混ぜてた。

 あれは偶発じゃない」


 夜騎士の拳が、机の縁を叩いた。


「つまり、奴らは“魔堕ち”を起こそうとしてる。

 成功すれば――理性を保ったまま、強化されるってわけか」


「そういや四月(しづき)も言ってたっけ……」


 風悪が言った。


 静寂。

 誰もが息を飲む。


「どうする?」


 辻が割って入った。

 声には焦りと警戒が混じっている。


「辻……。でも、俺たちにできること、あるかな」

 風悪は頭を押さえ、深く息をついた。


 夜騎士が顔を上げる。


「“動く”しかない。

 後手に回ってたら、今度こそ誰かが喰われる」


 その言葉に、王位もうなずく。


「十三部としての対応、早めたほうがいい。

 学園に潜伏者がいる可能性もある」


 風悪は窓の外に目をやる。

 青空が広がっていた。

 けれど、翅の根がざらりと波打つ。


 ――嫌な風が、吹いている。


 どうしても後手に回るのは、彼ら十三部も同じだった。

 だが、この時、誰も気づいていなかった。


 “その噂を流した本人が、すでに学園の中にいることを。”


 *


 六澄(むすみ)わかしは廊下を歩いていた。

 足音もなく、姿勢はまっすぐ。

 その歩みには、躊躇も迷いもない。


 淡々と、無表情に、無感動に、無意味に。

 まるで“生きている”という行為そのものが、

 ただの手順でしかないかのように。


(……魔は、舞台装置だ)


 ふと、彼は口角をわずかに上げた。

 冷たい笑みだった。

 何かを企むというより、すでに“手を打っている”者の笑い。


(せっかくだ、装置は活用しないとな)


 廊下を抜けた六澄の姿は、

 夕陽の影に溶けるように掻き消えた。


(さて、どう出る……?)


 その声は誰にも聞こえない。

 そして、誰にも届かない。


 ――ただ、空気だけが凍りついた。


 *監視棟


 その頃、ⅩⅢ(サーティーン)監視棟。

 モニターの光が夜の室内を青く染めていた。


 黒いマスクの教師、宮中潤が、

 端末の記録を前に腕を組んでいた。


「……この噂。おそらく、誰かが意図的に流している」


 低い声。

 焦りではなく、慎重さの滲む口調だった。


「だろうな」


 四月レンが隣で応じる。

 画面に反射した瞳は、冷静そのもの。


 宮中はわずかに息を吸い、切り出した。


「師の過去視なら、何か見えたはずですよね?」


 問いには、淡い期待と不安が混じっていた。


 四月は端末に指を走らせ、映像を一枚固定する。

 教室の一角――一年B組。


「一条会の信者が一年B組にいる。

 ……奴だ」


 宮中の眉が動く。


「まさか……生徒の中に?」

「それだけじゃない」


 四月は一拍置いて、静かに言葉を落とした。


「信者に“堕とした”のは――六澄わかしだ」

「なっ……!?」


 宮中が思わず立ち上がる。

 マスクの奥で息を呑む音がした。


「彼が……なぜ……?」


 四月は少しだけ視線を逸らす。

 迷うように、しかしどこか諦めたように言った。


「見たいんだろう。人が狂気にのまれる瞬間を」

「見たい……?」


 宮中が繰り返す。

 その言葉の意味を測りかねて。


「そうだ。

 六澄わかしは“観察者”だ。

 自分が直接壊すことより、壊れていく過程を観たいタイプだ」


 四月は天井を見上げ、短く息を吐いた。

 青白い照明が、瞳の奥で反射する。


「……人の理性が軋む音に、美を感じる。

 そんな奴なんだよ」


 沈黙が落ちた。

 機械の駆動音だけが静かに続く。


 宮中は拳を握り、低く言った。


「師、それは――」


「言うな」


 四月は遮った。

 表情は変わらないが、その声には一瞬だけ痛みがあった。


「十三部の面々にも伝えておけ。

 六澄わかし、要注意人物――重要参考人だ」


 その言葉は、

 観察棟の冷たい空気を一段と張り詰めさせた。


 窓の外、風が一度だけ吹いた。

 木々がざわめき、夜の雲が流れる。


 四月の端末に残った最後の映像――

 それは、廊下を歩く六澄わかしの後ろ姿。


 微かな笑みを浮かべながら、

 まるで“誰かの悲劇”を待ち望むように消えていった。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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