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造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第七章・風鈴と鬼火

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第六十四話 星祭りの下で、売られる道具

 その夜、街はいつになく熱を帯びていた。

 提灯が軒を埋め、風鈴が道すがら揺れている。

 太鼓と囃子とざわめきが、重なって一つの“波”になっていた。


 ――群集熱。

 人の願いが音になり、夜空の底を押し上げていく。


 A組の誰もが、それをただ“夏祭り”だと思っていた。

 けれど、四人だけは違った。


 一ノ瀬さわら。

 五戸(いつと)このしろ。

 鳩絵(はとえ)かじか。

 六澄(むすみ)わかし。


 彼女たちは、他の誰にも言わずに街へ出ていた。

 風鈴寺で感じた“逆鳴り”の原因を確かめるために。


 五戸が足を止めたのは、通りの角だった。

 赤い垂れ幕に墨の三文字――「願い札」

 棚には白い短冊、細い鈴、鏡、櫛、紙刀。

 まるで玩具のような品々。

 しかし、提灯の明かりが当たると、影だけが光と噛み合わなかった。


 ――そこだけ、空気が違う。


 五戸の心臓が跳ねる。

 忘れもしない感覚。

 “あの日”と同じ、肌の裏側を撫でるような風。


「……ここ、だ」


 喉がひとつ鳴った。

 売り子は若い女に見えた。

 だが顔はぼやけて、掴めない。

 左手で品を渡し、右手で短冊に印を押す。

 そして、渡す直前に――とん、とん、とんと台を三度叩く。


 五戸はその癖を、知っていた。


 かつて、友達と言ったあの日。

 同じ間合い、同じ音を聞いた。

 あの時も、願い札が風に揺れていた。


 一ノ瀬がスマホを取り出し、文字を打つ。


『夢の残り香。個別の“呼び水(声)”が混ざってる』


 鳩絵が頷き、スケッチブックを広げた。


 「輪郭だけ、描く。動く絵にして、軌跡を残す」


 六澄は店の影を見て言う。


 「棚の中、空洞。何か“器”を置いてる。……魂の流れを集めてる」


 売り子の声が流れた。


「お疲れね。これ、鏡。

 寝る前に覗いて“自分の目”を三度合わせて。

 願いは、声に出さずに――心の中で唱えるの」


 鏡を受け取った女性客の肩が、少しだけ軽くなる。

 光が漏れたように見えた。

 その瞬間、鏡の奥で白い糸がゆらりと動いた。


 隣では、別の客が紙刀を撫でている。


「切らないで、撫でて。いらないものを削げるから」


 紙の刃が空気をなぞると、影のような薄膜が削がれ、刀の根元に吸い込まれた。


「……見たろ」


 五戸が唇を噛んだ。


 鳩絵が小さく問う。「誰?」


「わかんない」


 一ノ瀬が文字を打つ。

『魔に憧れる“狂信者”』


 六澄が小さく付け加える。


「……“魔の模倣”した人間」


 売り子は客を捌きながら、笑っていた。

 顔は見えない。

 しかし、その笑みの形だけが、なぜか懐かしかった。


 ――やっと、ここまで来た。


 一ノ瀬のスマホが震える。


 視線を上げると、売り子の唇がわずかに動いていた。

 囁くように。


 ――「もっと、見て」


 風鈴が一斉に鳴る。

 群集熱が跳ねた。

 空気が熱を帯び、短冊の文字が浮かび上がる。


「来てる……!」


 五戸が身構える。

 六澄は冷静に答えた。


「祭りの波そのものが“呼び水”に変わってる。

 “願い”が、まだ終わってない」


 一ノ瀬が画面に新しい文字を走らせる。


『今は、見つけるだけ』

『次で、止める』


 鳩絵が描いたスケッチには、赤い線が伸びていた。

 屋台の裏、裏路地の先。

 そこが、すべての“入口”だ。


 「花火が上がった瞬間、抜けるよ」


 鳩絵が言う。


 空に大輪の花が開いた。

 光の中、売り子の影が一瞬だけ人の形を超えた。


 五戸の背を汗が伝う。

 一ノ瀬の指が袖を引く。


 ――その瞬間、彼女の声が届いた。


 「じゃあ、次の夢でね」


 花火の光が消え、屋台も、売り子も、煙のように消えていた。


 夜が深まり、祭りの音が遠のいていく。

 群集の波が静まったそのあとで、

 風鈴の列だけがまだ、かすかに鳴っていた。


 誰もいない通りの隅で、

 一つの短冊が、逆さまに揺れていた。


 ――『叶えたい願い、ありますか?』



 同時刻・ⅩⅢ分室。


 夜の風が、山をなでていた。

 分室の灯は少なく、虫の声と風の音だけが響く。

 遠く、谷の下――祭りの囃子が微かに届いていた。

 それは本来、ここまで聞こえるはずのない距離だった。


「……あれ? 一ノ瀬たち、居ない?」


 風悪(ふうお)が気づいたのは、何気ない瞬間だった。

 宿舎の廊下を歩いても、食堂を覗いても、

 どこにも四人の姿が見えない。


 妃がアイスティーの缶をくるくる回しながら答える。


「そーいや、研修の夜も抜け出してたよね? あの子たち」


「“魔”を追ってるって言ってたな」


 夜騎士(よぎし)が窓の外を見ながら言う。

 低く、重い声だった。


 黒八(くろや)が心配そうに眉を寄せる。


「また……何かあったんですか?」


 風悪は答えなかった。

 代わりに、翅がふるふると震える。

 微細な音が、空気を震わせた。


「……嫌な風が動いてる」


 その声に、王位が反応した。

 表情が引き締まり、手元の端末を開く。


宮中(みやうち)先生にも伝える。

 今夜は“熱”の再燃が起きる可能性がある」


 風悪が窓際へ歩み寄る。

 カーテンの隙間から、夜空を見上げた。

 霧を透かして、遠くの空に赤い光。

 ――花火。


 夜風が遅れて届く。

 その中に、微かな“声”が混じっていた。


 ――「もっと、見て」


 風悪の喉がひとつ鳴る。

 背中の翅が、かすかに音を立てて閉じた。


「……一ノ瀬たち、下にいる」


「え?」黒八が驚く。


 風悪は振り向かずに言った。


「風の筋が“裂けてる”。下から“音”が上がってきてる」


 夜騎士が立ち上がる。


「先生を呼べ。準備を整える」


 その時、二階堂が勢いよく立ち上がった。


「オレ、行く!」


秋枷(あきかせ)君、危ないですわ!」七乃が叫ぶ。


「わかってる! でも、あいつら放っとけない!」


 七乃は一瞬迷い――けれどすぐに頷いた。


「……わたくしも行きますわ!」


 二人は駆け出した。

 廊下の奥で、扉が開き、夜の空気が流れ込む。

 風悪の翅が共鳴するように震えた。


 山の上空で、風が一度だけ渦を巻いた。

 その渦は谷へと降り、祭りの熱に混じって消えた。


 ――遠くで風鈴が鳴る。

 逆鳴り。

 音が、山を伝って“戻ってくる”。


 風悪はその音を追いながら、

 心の奥で確かに感じ取っていた。


 これは、ただの風ではない。

 “誰か”が、呼んでいる。


 山を撫でる風はまだ、熱を帯びていた。

 その熱は、やがて彼らをひとつの場所へと導く――。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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