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造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第七章・風鈴と鬼火

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第六十三話 風の迷いと結界の揺らぎ

 翌朝、山は深い霧に包まれていた。

 夜の雨が上がり、結界の灯籠は水滴をまとって光っている。

 蝉の声が遠く、まるで霧の外側から響いているようだった。


「昨日の夜より静かだね」


 黒八(くろや)空が言う。

 風悪(ふうお)は頷きながら、風の流れを確かめた。

 翅の根に微かなざらつき――空気が正しく回っていない。


「湿気で風が重い。昨日の封印が湿気を吸ってる」


 風悪の声に、夜騎士(よぎし)が短く応じる。


四月(しづき)が確認中だ。符が膨張してたら一度焼き直すって」


 四月レンはすでに現場を見ていた。

 封印札は夜露を吸い、わずかに滲んでいた。

 だが、問題はその“にじみ方”だった。

 墨の線が自然に薄まるのではなく――

 まるで、何かに吸われて“食われている”。


「……これは湿気じゃない」


 四月が小さく呟く。


「符の内側に、異能の波形が残ってる」


「誰のですか?」


 宮中(みやうち)が尋ねる。


「昨日の残響。……“声”の主」


 四月は端末に表示された波形を見せた。

 規則的な律動、だが途中で不自然に乱れている。

 まるで“囁き声”が音として刻まれたような、波のゆらぎ。


 その頃、実技班は結界の再設置作業に入っていた。

 王位は結界核の“芯”を担当し、風悪と連携して風路の調整を行う。


「昨日より流れが鈍い。

 無理に押すと結界が裂ける」


「わかってる」


 風悪が息を整え、翅を一度だけ大きく震わせる。

 その瞬間、風が一気に吹き抜け――

 森の奥から、低い音が響いた。


 カラン。

 風鈴が鳴ったような音。だが、近くには何も吊るされていない。


「……いまの、どこから?」


 妃愛主が眉をひそめた。


 黒八が辺りを見回す。


「音、反響してないです。空間そのものが鳴ってる?」


 王位は剣を抜いた。


「風悪、止め。一度、風を閉じて」


 風悪は即座に風を収束させたが、

 音は止まらなかった。


 空気の底――

 封印の中心で、“風の鳴き声”が蠢いていた。


 四月と宮中が現場へ駆けつける。

 四月は端末の波形を再確認し、目を細めた。


「やっぱり。これは“夢”の波だ。

 現実の音じゃない。

 群集熱に残った夢の残響が、結界に侵食してる」


「つまり、祭りで撒かれた“願い札”の波が、ここまで届いてるってことか」


 王位の言葉に、四月は無言で頷いた。


「封じ切れなかった……ってこと?」


 三井野が不安げに言う。


「違う。これは“呼び水”。

 誰かが、もう一度“群集”を作ろうとしている」


 その瞬間、風鈴の音が二度、三度と重なった。

 だが、それは逆方向――音が外から“戻ってくる”。


 黒八が耳を押さえる。


「逆鳴り……風が、戻ってきてます」


 四月は風鈴寺の方角を見た。


「まだ“終わってない”んだ。あの夜の群集熱は」


 風は止まった。

 だが、音だけが残っていた。

 まるで風そのものが意識を持ち、呼吸しているように。


 ――チリン。


 結界杭の一本が、音もなく折れた。

 風鈴のような響きと共に、光の筋がふっと消える。


「やばい、結界が逆流してる!」

 王位が即座に剣と符を展開する。

 青白い光が地面に走り、杭の残滓を押さえ込む。


 妃が短く叫ぶ。

「群集熱の波形が強まってる! “願いの音”がまた集まり始めた!」


「再燃――!」宮中の声が重なる。


 鳩絵(はとえ)かじかが筆を抜いた。

「“絵”で押さえる! 風の流れ、かじかに見せて!」


「了解!」風悪が翅を震わせた。

 淡い光が風の軌跡を浮かび上がらせる。

 その線を追うように、鳩絵は筆を走らせた。

 紙面の上で、線が風鈴の形を描き出す。


「“鳴りを還せ”!」


 鳩絵の絵から、かすかな風が流れ出した。

 現実の空気と混ざり、封印の裂け目を塞ぐ。

 音が低く沈み、やがて静かに消えた。


 ……だが、完全には止まっていない。

 風悪の翅が再び震えた。


「風が、まだ揺れてる」


 夜騎士が目を細める。

「お前の風が“反応”してるのか?」


 風悪は答えなかった。

 代わりに、胸の奥の熱がひとつ脈を打つ。

 風が、自分の中で誰かを探すように回っている。


 ――“還ってこい”。


 声とも風ともつかない響きが、耳の奥で弾けた。

 その瞬間、周囲の風鈴が一斉に鳴った。

 音の波が山全体を包み、光の粒が宙に舞い上がる。


 三井野が顔を上げる。

「……共鳴波、収束! 結界、安定しました!」


 王位が剣を収め、息を吐いた。

「ふぅ……間に合ったか」


 風悪はゆっくりと手を開いた。

 指先に、微かな光の欠片。

 それは風鈴の舌のように揺れ、やがて溶けて消えた。


「風悪君、それ……」黒八が小さく声をかける。


「“声”の残り。まだ、ほんの少しだけ残ってる」

 風悪は空を見上げた。

 霧の切れ間から、淡い青空がのぞいている。


「また……来るかもしれない」


 宮中は短く頷き、腕時計を見た。

「群集熱は封じた。だが“音”の残響までは消えない。

 忘れるな――封印とは、終わりではなく“始まり”だ」


 その言葉に、誰も返さなかった。

 風鈴がひとつ、逆鳴りする。

 それは、静かな夜明けの合図のようでもあり、

 新しい風の目覚めのようでもあった。


 夜。

 分室の屋上では、風悪と夜騎士が残っていた。

 吹き返す風が熱を帯び、遠雷が響く。

 台風が近づいている。


「また“風”がざわついてるのか」

「うん。でも……今は怖くない」


 風悪は微笑んだ。


「みんながいる。

 今は、自分で止められる気がする」


「ならいい」


 夜騎士は手すりにもたれながら、空を見上げた。


「風は、誰かの声を運ぶ。

 でも、お前の風は――お前の意志で吹かせ」


 風が二人の間を通り抜け、

 遠くで、風鈴寺の鈴棚が一瞬だけ鳴り返した。


 音が“空へ戻る”。

 それは、まだ残る群集熱の“証”だった。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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