第五十九話 昼の影、観察者
真昼のショッピングモールは、冷房の風と人の熱気が入り混じっていた。
ガラス張りの天井からは白い陽光が差し込み、フロアの反射が眩しい。
風悪と黒八、夜騎士、王位、辻の五人は、賑やかに通路を歩いていた。
映画館のチケットを握りしめ、ポップコーンの香りを漂わせながら。
「いやぁ~、夏休みってこういうもんだよな!」
夜騎士が声を上げる。
「買い物して、食べて、また遊んで……最高だよな」
王位は飲み物片手に軽く笑う。
「風悪君、夏休み初体験だもんね」
黒八が言うと、風悪は少し照れくさそうに頷いた。
「こんなに人が多いのに……みんな笑ってるんだな」
風悪にとって、それは“初めて見る景色”だった。
外の世界から来た彼にとって、夏休みという言葉はまだ異国のような響きを持つ。
映画を観て笑い、ゲームセンターでは点数を競い、
ファストフード店でハンバーガーを頬張る。
風悪は、そのどれもが新鮮だった。
――こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
ふと、視界の端に違和感がよぎる。
人波の向こう、店の柱の影。
黒いシルエット。
静かに立ち、通りを見渡している人物がいた。
「……あれ、六澄じゃないか?」
風悪が指を差す。
視線の先、黒髪に黒縁眼鏡、爪まで黒く塗られた少年がいた。
服装もモノトーンで統一され、まるで“影”そのもののようだった。
「ほんとだ。何してんだ、あいつ」
夜騎士が眉をひそめる。
「買い物じゃないですか?」
黒八が小首をかしげた。
「……にしては、動かないな」
辻がぽつりと言う。
六澄は人の流れの中に立ちながら、ただ黙って“誰か”を見ていた。
まるで観察するように。
風悪は小さく息を吸い、歩み出した。
「六澄! 何してんだ?」
呼びかけに、六澄はゆっくりと顔を向ける。
光の反射を受けたレンズの奥、瞳は冷たく静かだった。
「……最近、大人しいからな。やることがない」
「やること?」
風悪が聞き返す。
六澄は一瞬だけ黙り、それから短く答えた。
「“観察”だよ。人の流れを見てる」
彼の声は低く、感情の色をほとんど含まない。
「人を見てると、心の動きが透ける。
“群れ”の中にある揺らぎが、いちばん面白い」
風悪は、なんと言葉を返していいのか分からなかった。
笑っているようにも、泣いているようにも見えないその表情。
明るいモールの中で、六澄だけが“夜”のように見えた。
「……なんか、らしいな」
辻が肩をすくめる。
六澄は答えず、ただ群衆の方へ目を戻した。
その瞳は、まるで“人の奥”を覗くように深かった。
風悪はその横顔を見ながら、胸の奥に微かなざわめきを感じていた。
理由はわからない。
ただ、彼には“何か”がある、自分たちの知らない領域にある気がした。
(六澄……お前、いったい……?)
人の波が再び流れ、音楽がかかる。
夏の午後の日差しの中で、五人の笑い声と、ひとりの沈黙が交わった。
*
その日の夕方、風悪たちはフードコートでジュースを飲みながら休憩していた。
けれど、さっき見た六澄の姿が、風悪の心から離れなかった。
――あの目は、何を映していたのだろう。
風悪が遠くの空を見上げると、
モールの外では、雷雲がゆっくりと形を変えていた。
同時刻。
ⅩⅢ本部・観察棟。
無数のモニターの光が、白衣の少女の頬を照らしていた。
四月レン。
その小さな手は端末の上を止まることなく動き続けている。
淡々と、報告書を作成する。
誰よりも正確に、誰よりも冷静に。
彼女の異能――《過去視》。
見えない時間を見通し、出来事の“裏”を知る。
しかし、それは証明できない。
だから彼女は、数値で、記録で、客観的に語らなければならなかった。
命令は明確だ。
「見たものを報告せよ」――だが、根拠がなければ意味を成さない。
四月は端末を操作しながら、小さく息を吐く。
「……-02およびL-13、依然として未特定。対象行動は観測範囲外」
淡々とした声が、無人の室内に響く。
だが、彼女は知っていた。
その因子が、誰に宿っているのかを。
知っていながら――沈黙を選んでいる。
(我々には、“打つ手”がない。)
彼女の心の奥で、冷たい理性がそう告げた。
見えすぎるということは、何もできないということ。
知ることが、時に最も重い枷になる。
四月は手を止め、天井を仰いだ。
観察棟の無機質な光が瞳に映り、彼女の輪郭を縁取る。
「風なら……しかし――」
小さな声で呟いた。
それは、誰にも届かない独り言だった。
風――
彼女の頭に浮かぶのは、学園の異能者、風悪の名。
彼なら、――。
思考を途切れさせるように、電子音が響いた。
――警報。
観測棟の照明が赤く切り替わる。
モニター群に、都市の地図と複数の警戒ライン。
「ⅩⅢ、始動……」
四月は椅子を離れ、端末を机に置き白衣を脱いだ。
黒い髪が揺れ、制服の裾が翻る。
誰にも見られないまま、彼女は廊下を走り出した。
無数の自動扉が、彼女の足音に合わせて開いていく。
任務の通知。
作戦区域:第二地区外縁。異能反応、レベルB。
四月は端末を開き、冷たく笑った。
「さて……行くか」
そして彼女は夜の街へと消えていった。
――この日もまた、一人の少女が、誰にも知られぬまま人々を守った。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




