表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第六章・夏風と残響 ―Summer Fragment―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/109

第五十六話 夏風と風鈴

 終業式の日。

 教室の空気は、真夏の熱気でゆるく歪んでいた。

 開け放たれた窓からは、蝉の声と、どこか遠くで鳴る風鈴の音。


「夏休み中も規則正しく生活するように。――休み明けには合宿だ」


 黒いマスクの教師・宮中(みやうち)潤が、教壇に立って言い放つ。

 その声にはいつもの凛とした響きがあるが、どこか穏やかだった。


 教室がざわめく。

 湿った熱気の中で、生徒たちの声が一気に弾けた。


「先生! 補習はどうなるんですか!」


 五戸(いつと)このしろが勢いよく手を上げる。


「なしだ。代わりに――合宿で鍛える。それまでは好きに過ごせ」


 宮中の答えに、教室の空気が一瞬で明るくなる。


「よっしゃああああ!! バイトして課金しまくるぞおお!!」


 五戸が机を叩いて立ち上がる。


「やめとけ。どうせ全部ガチャに溶かすだろ」


 王位富が淡々と突っ込む。


「ぐぬぬ……夢がないな!」


 笑いが起きる。


「夏休み……か」


 風悪(ふうお)は窓の外を見ながら小さく呟いた。

 “外の世界”からこちらへ来て間もない。

 記憶もまだ完全ではなく、

 「夏休み」という言葉に実感が伴わなかった。


「風悪君、もしかして夏休みの過ごし方、わかんないですか?」


 隣の席の黒八(くろや)空が、目を輝かせて尋ねる。

 お人よしな黒八の中で、“教えたい欲”に火がついた。


「よーし決まりだな!」


 前の席の夜騎士(よぎし)凶が笑う。


「人間社会の夏休み、妖精に叩き込むとしよう」


「それ、なんか怖い言い方なんだけど……」


 風悪は呆れたように返した。


 そのやり取りを、宮中が咳払いひとつで遮る。


「……十三部の活動についてはどうするか、気になっている者もいるだろう」


 辻がすかさず手を上げる。


「はい、それ、気になります」


「必要があれば召集する。基本は本組織――“ⅩⅢ(サーティーン)”の仕事になる」


 宮中は冷静に答えた。

 十三部は学園版のⅩⅢ。

 つまり、彼らもこの夏は一旦“休戦”というわけだ。


 教室の一番前の席では、四月(しづき)レンが単語帳を片手に黙々とページをめくっている。

 六澄(むすみ)わかしも机に肘をつき、無言で周囲の騒ぎを眺めていた。


秋枷(あきかせ)君と毎日会えないなんて……」


 七乃朝夏が、ため息まじりに肩を落とす。


「ちょ、ちょっと待って! ってことは、あたしも女子会できないってこと!?」


 妃愛主(あいす)が隣で悲鳴を上げる。


「……妃、何を開くつもりだったの」


 三井野(さん)がくすりと笑いながら答えた。


「かじかは、いっぱい漫画を描いて思い出に残します!」


 鳩絵(はとえ)かじかが胸を張って宣言する。


「はいはい、どうせ描かないんでしょ」


 五戸がすかさず切り返す。


「ぐぬぬ……!」


 悔しげに頬を膨らませるかじか。


 そんな賑やかなやり取りが、

 真夏の午後の光にきらめいていた。


 蝉の声がひときわ大きく鳴く。

 窓の外の空は、まるでこれから始まる物語を照らすようにまぶしい。


 ――それぞれの、夏休みが始まる。



 蝉の声が遠くで鳴いていた。

 学園を出た風悪は、門の前で立ち止まった。

 湿った風が頬を撫で、頭の翅がかすかに揺れる。

 夏の匂いは、どこか懐かしい――けれど、それが“どこの夏”なのかは思い出せない。


「風悪君!」


 背後から黒八空の声。

 手には、アイスキャンディーが二本。

 いつの間にか買ってきたらしい。


「一緒に帰りましょう。……はい、これ」

「ありがとう」


 受け取った瞬間、冷気が指先にしみた。

 冷たい。けれど、不思議と胸の奥が温かくなる。


「ねえ、風悪君。“外の世界”って、やっぱり違うんですか?」

「……うん。なんか……もっと、重かった気がする」


「重い?」

「とても奇妙な──感覚があった」


 風悪の言葉に、黒八は少し考えるような顔をした。


「じゃあ、ここは“軽い”んですね」

「……ああ、そうなのかも?」


 二人は歩き出す。

 坂道の先には、街と海が見えた。

 屋根の上を渡る風が、いくつもの風鈴を鳴らしている。


 チリン、チリン――。


 澄んだ音が夏空の下で連なり、波のように広がっていった。

 風悪は立ち止まり、空を見上げた。


(“風”が……笑ってる?)


 彼には、音の奥でかすかに誰かの笑い声が聞こえた気がした。

 懐かしいような、知らないような――そんな響き。


「風悪君?」

「いや、なんでもない」


 黒八は首をかしげたが、それ以上は追及しなかった。


 商店街では、店先にかき氷の旗が揺れていた。

 路地の奥からは焼きとうもろこしの匂い。

 どこかでラジオ体操の曲が流れている。


「……これが、“夏休み”か」

「はい! 遊び放題ですよ!」


 黒八が笑う。


 風悪はその笑顔を見ながら、少しだけ息を吐いた。

 こうして笑える時間が、どれだけ大切なのか――

 彼はまだ知らなかった。


 けれど、心のどこかでわかっていた。

 “いつか終わる”その瞬間まで、

 この風を、焼きつけておきたいと。


 チリン――。


 風鈴がもう一度、鳴った。

 誰のものともわからない風が、二人の間をやさしく通り抜けていった。


 空は青く、どこまでも高い。

 夏休みは、まだ始まったばかりだった。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ