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造られた妖精の少年は、異能学園で“見えない敵”と戦う。 ― ⅩⅢ 現代群像戦線 ―  作者: 神野あさぎ
第五章・風が還る日

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第五十三話 風、融けて

 * * *


 ――それは、ひときわ強い風の渦から始まった。


「なにこれ!」

「いったい……!」


 東風心地(こち ここち)の悲鳴に重なるように、妃と五戸(いつと)の声が響いた。

 少女の周囲で風がねじれ、黒く濁った渦を巻き上げていく。

 それは風というより、“影の嵐”だった。


 空間そのものが悲鳴をあげる。

 地面が削れ、木々が倒れ、砂粒が光を帯びて舞い上がる。


「風が……暴れてる!?」


 三井野が歌を放ち、鎮めの旋律を空気に流す。

 しかし、黒い風はまるで意思を持つようにその歌を拒絶した。


「全員、下がれ!」


 夜騎士(よぎし)が叫び、影を展開して女子たちを守る。

 その身体が風圧で軋むほどの暴力的な風だった。


 そこへ、駆けつける影がひとつ。


「どうした!?」


 辻の声が風を裂く。

 続いて風悪(ふうお)が地を蹴り、渦の中心を見据えた。


「この風……何とかしてみる!」


 風悪は腕を前に突き出し、翅を震わせる。

 透明な風が彼の周囲で螺旋を描き、黒い嵐へとぶつかった。


 * * *


 一方その頃――。


 別のエリアでは、七乃と六澄(むすみ)が、二階堂と四月(しづき)に合流していた。


秋枷(あきかせ)君っ!」


 七乃が泣きそうな声で駆け寄る。


「大丈夫だよ、七乃さん」


 二階堂は少し照れたように微笑む。


「それより……すごい風だな」


 六澄が遠くを見ながら呟く。

 その表情には焦りも恐れもなかった。


「ああ」


 四月が目を細める。

 その瞳には、遠くの空で暴れる“黒い竜巻”が映っていた。



 * * *


 場所を戻して、暴風の中心。


 風悪は風の制御を試みる。

 しかし、東風の風は暴力的で、意思を持つように跳ね返してくる。


「くっ……これじゃ、止まらない!」


 風悪は一瞬だけ迷い、そして決意した。

 制御を諦め、自分の“風”をぶつける。


「なら、上書きしてやる!」


 翅が光を放ち、風悪の周囲に白い風が展開する。

 純粋な風と、黒い風がぶつかり合う。

 衝突の瞬間、空が鳴った。


 轟音とともに、空気が弾ける。

 黒と白の風が押し合い、世界を二つに割るように広がった。


 風悪の頭の翅が、眩く光る。


「え……なんで……!」


 その声が震える。


 次の瞬間、風悪の風も暴走を始めた。

 空間が歪み、世界の線が崩れていく。



 * * *


 〈監察棟〉


「ダメです、生徒たちを転送できません!」

「異常事態発生、空間制御が効かない!」


 監察官たちの声が飛び交う。

 モニターには複数のコードが点滅していた。


「これは……まさか……」

 担任の宮中(みやうち)潤が眉をひそめる。


 スクリーンに浮かぶコードがひとつ、

 明滅していた。


 〈因子コード:-02y〉


 -02でも、L-13でもない。

 しかし、確かに“それらに近い波形”だった。


「風悪……何が起きている……」


 宮中が呟いた。


 * * *


「このままじゃ……みんなが……!」


 風悪は叫び、歯を食いしばる。

 風の奔流の中で、意識が霞みそうになる。


 その時――

 仲間たちの声が、風の中で響いた。


「風悪! 負けるな!」

「お前の風、信じてるからな!」

「大丈夫、風は“優しい”ものだよ!」


 夜騎士、辻、三井野の声。

 その声が、確かに届いていた。


 風悪の胸の奥で何かが灯る。

 暴風の中心に、柔らかな光が生まれた。


「オレは……ひとりじゃない」


 翅が淡く輝き、風が凪いでいく。

 黒い風が白に溶け、東風の暴走を包み込むように消していった。


 暴風はやがて、穏やかな“そよ風”へと変わった。


 東風の身体が、ふわりと宙を舞い、ゆっくりと地面へ降りていく。

 風悪もまた、風を止めた。


 東風は意識を失い、静かに眠るように倒れ込んだ。


 風悪は彼女の傍に膝をつき、そっと空を見上げる。

 空は――澄み渡っていた。


 * * *


 その瞬間、アナウンスが流れる。


『――試験、終了。A組の勝利です』


 どっと歓声が上がった。

 仲間たちは互いに顔を見合わせ、安堵の息を吐く。


 妃が胸を押さえ、三井野は微笑む。

 夜騎士は風悪の背中を軽く叩いた。


「……よくやったな」


 風悪は照れたように笑い、頷いた。


 風が、静かに吹き抜ける。

 その風は優しく、どこか懐かしい匂いがした。


 B組のリーダー――東風心地。

 気を失った彼女の身体が静かに転送されていく。

 試験システムがようやく安定し、崩壊しかけた仮想空間は再構築を始めていた。

 生徒たちは一人、また一人と元の教室へと戻されていく。


 風悪は東風の方を一瞥した。

 あの風も、もう穏やかだ。

 勝敗は決した。A組の勝利だった。


 * * *


「……すみませんでした」


 妃愛主が唇を尖らせ、所在なげに夜騎士へ頭を下げる。

 その声には、いつもの強気さよりもわずかに湿った響きがあった。


「別に」


 夜騎士は短く返す。

 だが隣では、三井野が代わりにと言わんばかりに必死で頭を下げていた。


「てか、あたし、そんなに信用ない?」


 妃が冗談めかして笑う。

 しかしその笑みにはどこか寂しさが混じっていた。


「信じていたからこそ、異能を悪用すると思った」


 そう言ったのは王位富だった。

 瞼を閉じたまま、淡々と事実を述べる。


「……どういうこと?」


 妃が眉をひそめる。


「お前が東風と話しているのを見た。

 妃愛主なら、欲のために異能を使う女だと」


 その言葉に妃は一瞬固まった。

 隣で五戸が噴き出す。


「ははっ、どんな信頼のされ方してんの、あんた」


 妃はむっとして頬を膨らませたが、

 その表情はどこか――子供のように素直だった。


 * * *


 妃愛主は、自分の異能が嫌いだった。


 小さいころ、制御ができず、無意識のうちに男子を惹きつけてしまった。

 彼女の周りには、いつも男たちが群がった。


「妃さん、かわいいね」

 そんな言葉は、ただの呪いのように聞こえた。


 ――だから、男が嫌いだった。


 だが小学校のある日。

 一人の少年と出会う。


 王位富。


 彼だけは、妃の異能がまったく効かなかった。


「なんで、あんたには効かないの?」


 妃の問いに、王位は平然と答えた。


「家の事情でね。呪い耐性がなきゃ生きていけない」


 要領を得ない答えだった。

 けれど、その次に言われた言葉が、

 今でも心に焼きついている。


「そんなに嫌なら、ちゃんと制御しろよ」


 単純で、でも真っすぐな言葉。

 妃は悔しくて、泣きながら制御訓練を続けた。

 それ以来、二人は幼なじみになった。


 ――彼だけには、いつも“本音”で話せる。


 * * *


 時は、現在。


 校舎へ戻った生徒たちはそれぞれに疲れ切った表情をしていた。

 その中で、一ノ瀬さわらは少し離れた場所からその光景を見つめていた。

 彼女の手に握られたスマホが微かに震えている。


 東風心地の暴走。

 その“異能の乱れ”が、一ノ瀬の胸に何かを刺した。


(……魔、なの? あれも……)


 彼女の瞳が細く揺れる。

 風悪の暴走の記憶。

 そして、魔に蝕まれた世界の断片。


(……魔を、滅ぼさなきゃ)


 静かな決意がその胸に宿る。

 けれど、彼女の知らぬところで、別の影も動いていた。


「……変だな」


 六澄わかしがぽつりと呟いた。

 声のトーンはいつも通り淡々としていたが、その眼差しはどこか遠くを見ていた。


「何がよ」


 五戸が眉をひそめる。


「魔の暴走にしては変だったろ? 

 “人間の意志”が消えてたわけじゃない。

 異能だけが、暴走した」


 その分析に、五戸は目を丸くした。


「……あんた、それ、見てたの?」


 六澄は視線を逸らした。

 何も答えない。

 一ノ瀬の背筋がぞくりと震える。


(まさか……)


 彼女が息を呑むその背後で――


 誰もいないはずの影が、

 小さく笑った。


 それは確かに、“誰か”の声だった。


主なキャラ

風悪ふうお…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。

・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。

二階堂秋枷にかいどう あきかせ…黒いチョーカーをつけている少年。

三井野燦みいの さん…左側にサイドテールのある少女。

・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。

・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。

・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。

七乃朝夏ななの あさか…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。

黒八空くろや そら…長い黒髪の少女。お人よし。

・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。

辻颭つじ せん…物静かにしている少年。

夜騎士凶よぎし きょう…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。

妃愛主きさき あいす…亜麻色の髪を束ねる少女。

王位富おうい とみ…普段は目を閉じ生活している少年。

宮中潤みやうち じゅん…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。

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