第五十一話 開戦──AとB
* * *
転送開始、数分前。
会場前には緊張が満ちていた。
各ペアの確認を終え、最後に残るのは“リーダー”の選出。
「どうする?」
二階堂の問いに、七乃が答える。
「夜騎士さんのような、戦闘に長ける方が良いと思いますわ」
今回の試験は気絶=失格。
守りより攻めに強い者が有利。
ただし、ハンデとして四月をリーダーにはできない。
「夜騎士でいいんじゃね?」
五戸が気怠そうに言い、
黒八が明るく補う。
「でも、風悪君という手もありますよ」
「風悪はどうしたい?」
夜騎士の声。
風悪は少しの間、考え込んだ。
「そうだなー……」
答える前に、王位が夜騎士の肩に手を置いた。
小声で何かを耳打ちする。
夜騎士はわずかに口元を上げ、短く頷いた。
* * *
「風まで再現されてる……」
風悪は潮風を感じながら呟いた。
見渡す限りの海。
木々はざわめき、波が寄せては返す。
仮想空間とは思えぬほど、風が“生きて”いた。
隣には辻。
緊張した面持ちであたりを見渡す。
「相手のリーダー、誰だと思う?」
「あまりB組のこと知らないからなー……」
風悪は腕を組み、翅を揺らしながら答えた。
彼の頭の翅が淡く光り、周囲に微細な風流を散らす。
その風が地形を撫で、空気の層を読み取っていく。
「……風の流れが変だ」
「変?」
「誰かが“風”を操ってる」
辻が息を呑んだ。
森の向こうで、金色がちらりと光る。
木々を抜ける風が渦を巻き、草が逆立った。
「ようこそ、A組さん」
姿を現したのは――B組の少女。
金髪を陽光にきらめかる少女。
東風心地。
その隣には、黒髪の少年が立っていた。
掌に微かな雷光を灯し、無言で彼女の背を守っている。
「彼がペアの霜路雷馬。
……風を読むあなたたちなら、もうわかるでしょ?」
言葉と同時に、風が唸った。
砂が舞い上がり、空気が裂ける。
「行くぞ、辻!」
「うん!」
二人の声が重なった。
東風の指先が風を切る。
刹那、彼女の背後に旋風が生まれ、矢のように放たれた。
風悪は反射的に反対方向に風を流す。
風が衝突し、空間が鳴動した。
ドォン――ッ!
爆風が砂を吹き飛ばす。
辻が横に跳び、鎌鼬の刃を飛ばす。
目に見えぬ風の刃が東風をかすめ、服の端を切り裂いた。
「速い……!」
東風が息を呑む。
しかしその瞬間、背後の霜路が掌を突き出す。
――バチッ!
雷光がほとばしり、風悪たちの足元を焼いた。
地面の砂が電気を帯びて黒く焦げる。
「くっ……風で流す!」
風悪が、電気を巻き上げるように風圧で拡散させる。
雷と風が交錯し、周囲に小さな竜巻がいくつも生まれた。
辻がその隙を狙い、低く滑り込む。
鎌鼬の軌跡が砂を切り裂き、霜路の腕をはじいた。
「風悪、今!」
風悪は一瞬で距離を詰め、掌をかざす。
風が渦となり、東風の真正面で弾けた。
――空気が逆巻く。
互いの風が、まるで生き物のように噛み合った。
「同じ“風”でも……あなたの風は軽い!」
東風が叫ぶ。
風悪の風が、東風の旋風を上から押し潰した。
風圧が大地をえぐり、砂が吹き飛ぶ。
「……っ!」
東風は体勢を崩し、霜路が慌てて支える。
「撤退するわ、霜路!」
「了解!」
風の幕を張り、二人は一気に森の中へと消えた。
追おうとする風悪の前で、風の壁が弾ける。
「逃げられたか……」
「でも、位置は掴んだ。」
辻の言葉に、風悪は頷いた。
空を見上げる。
仮想空間の“太陽”が熱く光っていた。
* * *
――その頃、別の地点。
木漏れ日の差し込む丘の上。
風に草が揺れ、鳥の鳴き声が仮想空間とは思えぬほど自然に響いていた。
二階堂秋枷は、ため息をひとつついて立ち止まった。
「これ、大丈夫かな……?
いくら四月さんと言えど、異能なしって……」
横で歩く四月レンは、腕を組みながら平然と返した。
「心配すんなって。ま、七乃のところに行こう」
「え?」
二階堂が目を丸くする。
四月は肩越しに軽く振り返った。
「見えるんだろ?かわいい精霊たちが」
「えっ、もしかして……四月さん、見えるの?」
「見えない。」
あっさりと言われ、二階堂は肩を落とした。
「でも、お前、いや……君が見えるならそれで十分だ。
七乃のことだ、きっと精霊たちに“秋枷君を探して”って頼んでる」
「あ、そっか。……そうだよね」
二階堂は小さく笑い、納得したように頷いた。
精霊たちの淡い光が、遠くの木々の間でゆらゆらと瞬いている。
その時、草の陰から影が飛び出した。
「――そこまでだ、A組!」
B組の生徒ふたり。
片方は腕に鉄の輪を巻いた格闘型、もう一方は木の根を操る異能者。
彼らが二人を取り囲むように立ちはだかった。
「囲まれた……!」
二階堂が思わず後ずさる。
だが四月は、まるで散歩の途中のように肩を回して言った。
「異能は封じられてるけど、身体は使える」
次の瞬間、四月の姿が霞んだ。
バンッ――ッ!
拳が空気を裂き、鉄輪をつけた男の腹に直撃する。
続けざまに回し蹴り。
足元の土がえぐれ、木の根を操るもう一人が吹き飛んだ。
「な……に、これ……」
二階堂は目を見開いた。
四月は髪をかき上げながら息を吐く。
「ⅩⅢのフィジカルトレーニング、舐めんなよ」
その声に、どこか自信と余裕が混じっていた。
倒れた相手たちは仮想制御により安全に転送され、光の粒となって消える。
二階堂はただ呆然と、その背中を見つめていた。
「やっぱ……すご……」
小さく漏れたその声を、四月は聞こえないふりをして前を向いた。
一方その頃。
深い森の中。
きのこの胞子がふわりと舞い、白い霧のように漂っていた。
(――菌糸展開、完了)
一ノ瀬さわらが静かに思う。
足元から広がる白い菌糸が地面を覆い、侵入者の気配を感知する防御結界のように働いていた。
傍らでは黒八空が手を組み、太陽のような柔らかな微笑みを浮かべていた。
「一ノ瀬さんの能力、こうして見ると綺麗ですね」
一ノ瀬は遠くを見つめたままだった。
その頃、砂浜の反対側。
「わかし~、かじかちゃ~ん、さわらちゃ~ん、いない~?」
五戸このしろが、気だるげに木陰を歩きながら叫んでいた。
その隣で妃愛主は、どこか上の空だった。
「ねぇ、妃?聞いてる?」
「え?……あ、うん。聞いてる」
妃の返事は曖昧だった。
彼女の瞳は少し曇っている。
試験に集中しているというより――別の何かを考えているようだった。
妃の指先が震える。
山側。
七乃朝夏と六澄わかしのペアは、丘を越えて探索を続けていた。
七乃の周囲には、小さな光の粒――精霊たちが舞っている。
「六澄君、もっとちゃんと探してください!」
「えー……自分、疲れた」
六澄は影の中に半分沈みながら、怠そうに答えた。
七乃は頬をふくらませ、手を構える。
「精霊さんたち! 秋枷君を探してください!」
光の粒が四方に散り、森の中を駆け抜けていく。
その様子を見て、六澄は小さく笑った。
「キミってほんと、真面目だよね」
「心配なんですの!」
七乃が少し涙ぐみながら言うと、六澄は肩をすくめた。
「大丈夫だよ。あいつの隣に四月がいるんだ。
……あの人、たぶん“異能なしでも最強”だし」
七乃はハッとして、思わず笑った。
木々のざわめきが風に溶けていく。
それぞれのペアが、それぞれの思いを胸に動き始めていた。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




