第五十話 異能出力制御
期末テスト当日の朝。
夏の日差しが、学園の門を白く照らしていた。
「はー……テストも嫌だけど、なんかなぁ……」
妃愛主は頭を掻きながら登校していた。
異能学園に入って以来、これといった「見せ場」がない。
女の子にかっこいいところを見せられないまま期末――
それが、彼女にとって何よりも気がかりだった。
「妃さん……ですわよね?」
背後から声がかかる。
金色の髪を緩く巻き、朝の光を受けてきらりと揺らす少女。
B組の東風心地だった。
「あ、あんたは……」
心地は微笑むと、涼しげに髪を払った。
その様子を遠くから見ていた王位が、軽くため息をつく。
* * *
「うわ……この日が来たか」
教室に入った風悪が、机に突っ伏して呟いた。
期末テスト。
中間とは違い、筆記に加え、実技、異能測定まで組み込まれた“総合評価”。
それが、今日から二日間にわたって行われる。
「そこまで!」
一日目の筆記試験が終わり、教員の声が響く。
教室全体が一斉に安堵の息を漏らした。
「げっ、何!? クラス対抗?」
「そんなの聞いてない!」
休憩に入るや否や、廊下には新しい張り紙が貼られていた。
『期末試験 第二項目:実技・異能測定』
『午前:身体測定・出力試験 午後:連携戦術試験(A組 vs B組)』
「……A組 vs B組?」
妃が目を丸くして叫ぶ。
「ええー! 期末で対抗戦とか聞いてないんですけど!」
「A組とB組、どっちが優秀かって話だな」
王位が淡々と呟く。
「面倒……勝ってもギフトカードないし」
五戸が気怠そうに言い、周囲が笑う。
だが、笑っていられたのもそこまでだった。
* * *
――特別演習棟・第Ⅲ観測室。
白い壁、無機質な照明。
中央には、円形のガラス床に囲まれた巨大な測定台が設置されていた。
その上に、A組の生徒たちが一人ずつ呼び出されていく。
周囲の壁面には無数のホログラムモニター。
心拍、異能波長、精神波、魔因子濃度――
すべてがリアルタイムで数値化され、分析官たちの端末に送られていく。
宮中潤が観測官として端末の前に立ち、冷静に記録を取っていた。
四月レンは背後で腕を組み、全員の様子を見つめる。
「――A組一番。一ノ瀬さわら」
一ノ瀬は静かに台の中央へ歩み出た。
足元に淡い光が広がる。
次の瞬間、床のガラスの下から白い菌糸が伸び出し、周囲を包み込む。
まるで花が咲くように、淡い胞子が宙に浮かんだ。
「異能、菌糸系。制御値、安定」
宮中が即座に報告する。
菌糸の動きは穏やかで、波形は滑らか。
画面に表示される「安定率」は92%。
会場からは静かな感嘆の声が漏れた。
「次、二階堂秋枷」
彼は不安げに台に立った。
しかし、測定装置は反応しない。
「異能反応、ゼロ。判定不可」
「……まあ、そうなるよね」
二階堂は肩をすくめ、苦笑した。
「次、三井野燦」
彼女が立った瞬間、室内に微かな旋律が流れた。
音もなく響く“歌”が空気を震わせ、光が波紋のように広がる。
測定台の上の水晶が淡く光り、データの波形が安定曲線を描いた。
「異能、共鳴系。制御率――非常に安定」
「流石、癒し担当だな」
宮中が口元をわずかに緩めた。
続いて、四月レン。
台に立った彼女の周囲で、青い放電が細く走る。
しかし、波形は一切乱れない。
完璧な出力制御。
「異能、電撃・過去視複合。制御率、異常に安定」
「異常にって……」
妃が小声で呟き、王位が苦笑した。
その後も次々と名前が呼ばれる。
五戸このしろ。
漆黒の縄が空間を裂き、宙に浮かぶダミーターゲットを縛り上げた。
「制御:安定」
六澄わかし。
暗闇が空間を包み、光を呑み込む。
測定器が一瞬ブラックアウトを起こす。
「制御:判定不能」
七乃朝夏。
精霊の光が舞い、柔らかな風が流れる。
「制御:安定」
黒八空。
太陽の因子が反応するが、本人の異能ではないため測定不能。
「制御:測定不可」
鳩絵かじか。
スケッチブックに描いた剣が現実に出現し、数秒後に霧散。
「制御:安定」
辻颭。
鎌鼬の刃風が走り、壁面を軽く切り裂く。
「制御:やや安定」
夜騎士凶。
蒼黒いオーラが身体を包み、鋭い風圧を生み出す。
「制御:安定」
妃愛主。
ターゲットAIに視線を向けると、システム音声が即座に「従属」モードに切り替わった。
「制御:安定」
王位富。
角から聖光が漏れ、実体化した剣が床に触れた瞬間、波形が一瞬だけ跳ねる。
「制御:非常に安定」
そして――最後に
「十四番、風悪」
宮中が呼ぶ。
風悪は静かに立ち上がり、測定台へと歩いた。
透明な翅が、光を受けて揺れる。
ガラス床に足を置いた瞬間、風が動いた。
空気が揺れ、測定装置が一斉に反応する。
モニターの波形が、不規則に跳ねた。
「出力、上昇――異常反応!」
観測官が叫ぶ。
風悪は必死に呼吸を整える。
「……なんで、制御が……?」
風が螺旋を描き、測定台の周囲に渦を生んだ。
翅が微かに震える。
宮中が即座に遮断装置を起動し、光が収束する。
「測定終了」
宮中が眉をひそめた。
モニターには、見慣れぬコードが一瞬だけ表示されていた。
〈L-13:創造因子反応〉
「……因子の影響が出ている、か」
宮中は低く呟いた。
四月が腕を組み、モニターから目を離さない。
「風悪、何か感じたか?」
「……分からない。ただ、風が……勝手に動いた」
風悪は小さく答えた。
翅の奥で、まだ微かに光が脈打っていた。
評価項目、〈連携戦術試験〉
会場――異能演習棟地下、仮想空間ドーム。
舞台は、仮想空間ドームで再現された“無人島”。
白い光が明滅し、床面のホログラムが波紋のように広がる。
空間の温度、湿度、音、すべてが現実と寸分違わぬほど精密に構築されていた。
生徒たちは、それぞれの端末に転送情報とルールを確認していた。
〈試験ルール〉
・生徒は“ペア単位”でランダム転送される。
・転送前、クラスから1名をリーダーに指定、申請すること。
・失格条件:気絶。
・ペアの片方が気絶した場合、相方も失格。
ただしリーダーのみ例外とする。
・勝利条件:相手クラスのリーダーを特定し、気絶させること。
・殺害および生命損傷行為は禁止。
黒八が長い黒髪を揺らしながら、端末の文字を追っていた。
「ペアの片方が気絶で相方も失格……気が抜けませんね」
自分が足を引っ張らないようにと、黒八は息を整える。
そんな彼女の肩を、王位が軽く叩いた。
「ランダム転送ってことは、まず合流方法を決めるべきだな」
冷静な分析。
その声に、夜騎士が腕を組んで応じた。
「オレと三井野の音があれば、ある程度は位置を探せる」
「頑張ります!」
三井野が両手を握り、明るく答えた。
夜騎士はそんな彼女を見て、軽く頷く。
短い会話だったが、A組の信頼の空気がそこにあった。
「……てか、四月をリーダーに据えたらオレら勝てるんじゃ?」
風悪がぽつりと呟いた。
それは誰もが一度は思った疑問。
現役のⅩⅢメンバーであり、A組の一員でもある――四月レン。
その存在は、まさに“切り札”だった。
だが四月は即座に首を横に振る。
「流石に異能も特異体質も使用禁止。リーダーにもなるな、と言われた」
「え!?」
教室のときのように、A組の声が揃って上がる。
四月は小さく息を吐き、淡々と続けた。
「公平を保つためのハンデだそうだ。
もっとも……」
その瞳に、一瞬だけ鋭い光が宿る。
「足は引っ張らない。むしろ丁度いい」
その言葉には確かな自信と――
どこか、生徒たちを背中で守るような頼もしさがあった。
風悪は、その横顔を見つめながら心の中で息を吐く。
(……クラスメイトには電撃打ったじゃん)
四月の言葉ひとつで、緊張していた空気が少しだけ引き締まった。
――まもなく、仮想空間の転送準備が完了する。
ドームの光が変わり、低い振動音が響く。
床下から風が立ち上がり、足元のホログラムが砂浜の色に変化した。
「転送開始。各ペア、心構えをしておけ」
宮中の声が響いた瞬間、視界が白く染まる。
風が渦巻き、足元の世界が崩れる。
身体がふっと浮き上がり、光の粒が全身を包み込む。
――次の瞬間。
風悪は、波の音で目を覚ました。
見渡す限りの青い海と白い砂浜。
真夏のような陽射しが降り注ぎ、潮風が頬を撫でた。
「……無人島、ってこういうことか」
隣には辻の姿があった。
遠く、別の方角で爆音と光が上がる。
「どうやら、始まったみたい」
辻の言葉に、風悪は頷いた。
空にはドームの光が微かに揺れ、
その中心に浮かぶホログラムが、対戦クラス――〈B組〉の文字を映していた。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




