第四十七話 目覚めの風
──風の音がする。
光が、まぶしい。
風悪はゆっくりと目を開けた。
視界の上には、見慣れない天井があった。
消毒液の匂いが鼻をくすぐる。――医療棟。
「風悪!」
「風悪君!」
声が重なる。
夜騎士、王位、黒八、辻。
みんながベッドの周囲に集まり、不安げにこちらを見つめていた。
「あれ……オレは……何を……」
言葉が途切れる。
夢と現実の境が、まだ曖昧だった。
世界の“線”が、ぼやけて見える。
「お前、暴走してたんだぞ」
夜騎士が短く言った。
その声には怒りよりも、安堵が混じっていた。
「……ごめん」
風悪は小さく謝った。
言葉以外に、今の自分にはできることがなかった。
その時、病室の扉が開いた。
四月レンと宮中潤が入ってくる。
「ⅩⅢがこの件を私に一任していなかったら、今ごろ――排除されてたぞ」
四月は静かに、けれど容赦なく告げた。
その声音に、誰もが息を呑んだ。
「まあまあ、落ち着いて下さい、師」
宮中がなだめるように手を上げる。
その表情には、教師としての苦い諦めも滲んでいた。
「ごめん……みんな」
風悪はまた謝った。
それしか、言葉が見つからなかった。
沈黙を破ったのは、王位だった。
「“魔”による暴走とは、違うんだよね?」
王位は目を閉じたまま、静かに問いかける。
「そうだ」
四月が短く答えた。
「風悪は改造されて“妖精”になった。その基となったのが――あの悪妖精」
その言葉に、全員の表情が固まる。
「あくようせい……?」
夜騎士が首を傾げる。
四月は少し考え、別の言葉を選んだ。
「もっと分かりやすく言うなら……“闇神”だ」
四月の視線が、窓の外へと流れる。
曇り空の向こうで、雨の雫が静かにガラスを叩いていた。
「やみ……がみ……?」
風悪が呟く。
四月はゆっくりと振り返り、淡々と告げた。
「奴の名はラウロス。
闇の妖精にして、闇を司る神。
“外の世界”で暗躍していた存在だ」
その声は冷ややかでありながら、どこか悲しげでもあった。
風悪は何も言えず、ただ拳を握った。
静寂の中で、辻がぽつりと尋ねた。
「四月は……何故それを?」
「私の本体は、“外の世界”にあるからな」
唐突な言葉に、空気が止まる。
「……え?」
黒八が目を瞬かせ、夜騎士が思わず叫んだ。
「えっ、なに!? 四月も“外から来た人系”!?」
空気が一瞬だけ緩む。
しかし、四月は苦笑すら見せず、ただ淡々と続けた。
「来たというより、“分体”だ。
本体ほどの出力はない」
その言葉に、風悪は息を呑む。
外の世界。
ラウロス。
そして、四月までもが“外”の存在。
病室の中に、言葉では説明できない緊張が走っていた。
「で、そのラウロスってのが、何かしたの?」
夜騎士が、当然の疑問を口にした。
「この世界を作ったのは、彼だからな」
あまりに淡々と告げる四月に、
その場の空気が一瞬、固まった。
「えー……」
夜騎士の気の抜けた声が響く。
それでも誰も笑わなかった。
「じゃあ、四月さんは……知ってたのに、黙ってたってこと?」
辻がぽつりと呟く。
その声音には、非難よりも“確かめたい”という思いが滲んでいた。
四月は何も答えなかった。
その瞳だけが、窓の向こうの雨を見つめていた。
――四月は知っていた。
異能によって、すべてを。
この世界の構造も、“魔”の正体も、救いの方法さえも。
だが、それを口にすることはできなかった。
知っているがゆえに、言えなかった。
ひとつでも間違えば、世界の均衡が崩れる。
静かな沈黙が流れた。
「すまないが、これ以上の詮索は無しだ」
四月は結局、それだけを言った。
声には、わずかに震えがあった。
話題を断ち切るように、四月は視線を風悪へと戻す。
「とにかく、風悪。お前はラウロスには気をつけろ」
「……気をつけろって言われても、どこにいるかも分からないし。
それに――今日みたいな暴走、止められる気がしない」
風悪の言葉は、どこか遠くを見つめるように淡かった。
だが、その言葉を遮るように、夜騎士が拳を握りしめた。
「何度でも止める。
だろ、王位?」
「ああ。十三部だしな」
王位が短く笑い、辻と黒八も小さくうなずいた。
その瞬間、空気が少しだけ軽くなった。
四月はその様子を見て、わずかに目を細めた。
小さく息を吐く。
「……そうか」
窓の外では、雨が静かに降り始めていた。
ガラスを伝う雫が、白い光を屈折させて揺れる。
まるで、世界の境界がゆっくりと溶けていくようだった。
――誰も気づいていなかった。
その瞬間、風悪の翅の奥で、かすかに黒い光が脈打ったことに。
* * *
一方その頃。
一ノ瀬さわらは、五戸、鳩絵、六澄と共に、
学園の外れの廃区画を歩いていた。
彼らは独自に、“魔”の痕跡を追っていた。
だが、一ノ瀬の顔には焦りの色が浮かんでいた。
(風悪君との繋がりが……切れた?
夢に、入れない……?)
掌を見つめる。
そこにあったはずの“糸”が、途切れていた。
胸の奥に、冷たい痛みが走る。
「一ノ瀬、どうした?」
六澄が問う。
「……」
沈黙のまま、彼女は歩き出す。
その足音には、怒りとも焦りともつかない熱がこもっていた。
* * *
同じ頃。
七乃は、校舎の屋上でひとり空を見上げていた。
雨雲の切れ間から、薄く光がこぼれる。
「……秋枷君」
その名を、静かに呼んだ。
風が吹く。
白い羽のような雨粒が、七乃の頬をかすめていく。
彼女の眼差しの先、
遠くの空で――
誰にも見えない“黒い羽”が、ゆっくりと揺れていた。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




