第四十六話 夢の中の創造者
──風の音がする。
それは囁くようでいて、誰かの呼吸のようでもあった。
まぶたの裏に、やわらかな光が差し込む。
けれど、それは朝日ではない。
世界の外側から流れ込む、“始まりの光”だった。
風悪は、ゆっくりと目を開けた。
そこは――何もない場所だった。
空も地もない。
ただ、白と黒の境界がゆらゆらと混ざり合い、空間の輪郭すら曖昧な“無”の世界。
風悪はゆっくりと立ち上がり、周囲を見回した。
「……ここは、どこだ」
その声に、空気が微かに震える。
すると、遠くで誰かが笑った。
「また会えたな」
懐かしい声だった。
耳の奥で響くその声に、風悪は息を詰める。
――夢の中で何度も見た、黒い妖精。
透明な翅を持ち、黒い光を纏った存在。
その姿が、霧の向こうからゆっくりと現れる。
あの電車の夢で、あの教室で、いつも遠くから彼を見ていた“誰か”。
「お前……黒い妖精……」
「そうだな。だが、“向こう”での名で呼ぶなら――ラウロス、だ」
黒い妖精は、穏やかに笑った。
その微笑みはどこか人間的で、同時に底知れぬものを孕んでいた。
「お前が……“創造者”なのか」
「ああ。
この世界を作ったのは自分だ」
風悪は黙り込む。
胸の奥で何かがざわめく。
怒りでも恐怖でもない。
ただ、得体の知れない“懐かしさ”があった。
「お前については、“外の奴ら”が勝手に手を加えた」
「……“外の奴ら”?」
「“外の世界”ではな――神を殺すには、“人”をやめなければならなんだ」
ラウロスは手を広げ、軽く笑った。
その声には冗談のような軽さと、背筋を冷やすような真実味があった。
「何を言って……」
風悪の言葉は途中で途切れた。
ラウロスの瞳が、やわらかくも鋭く光を宿す。
「まあ、“向こう”の話は今はどうでもいい。
話すべきは“ここ”のことだ。
――俺を基に作られた改造体、それがお前だ。
そして俺は、一ノ瀬をそそのかして“繋げ”、お前をこの世界へ呼んだ」
「……そそのかした? お前……!」
風悪が一歩踏み出した瞬間、足元の空間が波紋のように揺れた。
“地面”という概念がなくても、確かに世界が震えた。
ラウロスは一歩も動かず、ただ静かに見つめていた。
その瞳はどこか哀しげで、けれど興味を隠そうともしなかった。
「怒っていい。
それでいい。
――お前の“感情”が動くのを見るのは、何より楽しい」
沈黙。
風悪の胸の奥で、熱が静かに燃え上がる。
(……一ノ瀬は、そそのかされて……オレを……?)
怒りが言葉になるよりも先に、ラウロスは微笑んだ。
そして、彼の額へと指先を伸ばす。
「お前がここに“呼ばれた”理由――知りたいか?」
その言葉に、風悪は息を呑んだ。
空気が震え、世界が再び光を帯び始める。
ラウロスの瞳が、どこか懐かしげに細められた。
白と黒の光が絡み合い、視界が反転する。
風悪の身体が浮かび上がり、記憶が渦のように流れ込む。
――外の世界。
風悪が“生まれた”場所へ。
* * *
外の世界――拾参の国、〈妖精の国〉。
それは、妖精たちが静かに息づく、穏やかで美しい国だった。
風は澄み、水は歌い、空はいつも透き通っていた。
人間が侵攻してくるまでは。
ある時、その平和は唐突に崩れた。
一人の妖精が、人間たちに囁いたのだ。
――“妖精には、願いを叶える力がある”と。
その言葉は毒だった。
欲に飢えた人々は、次々に森を焼き、妖精たちを捕らえた。
願いの力を奪い、手に入れようとしたのだ。
そして、妖精をそそのかした“黒い妖精”こそ、ラウロスだった。
彼は人間に協力し、妖精たちを裏切った。
だが、それは信念ではなく――純粋な“興味”だった。
人の心が壊れていく様が見たかった。
愛が恐怖に変わる瞬間を、この目で観測したかった。
それが、彼にとっての“美”だった。
やがて、人間はさらなる愚行に手を伸ばした。
人を“妖精”へと改造し、神々に抗う兵器を造ろうとしたのだ。
ラウロスはその計画に加担した。
彼の提供した“妖精の核”によって、
人間の魂は分解され、再構成される――
それが、人工妖精の始まりだった。
しかし、その行いはやがて神の怒りを買った。
ラウロスは世界の理から追放され、
光と闇の狭間――“世界の外”へと放逐された。
彼は一人きりだった。
何もない虚無の中で、ただ“人の感情”という現象だけを恋い焦がれた。
そして、彼は願った。
――自らの手で、もう一度、世界を作りたい。
その願いに応じて、彼の中の“妖精の力”が反応した。
本来、妖精だけが行使できる願いの力――それは確かに本物だった。
ラウロスはそれを使い、ひとつの新しい世界を作り出した。
彼が望んだのは、終わりのない観測。
人の心が変化し続ける“舞台”だった。
だから彼は、その世界に“魔”を置いた。
恐怖と欲望、怒りと憎しみ――
それらを増幅する装置として、“魔”を舞台装置に設定したのだ。
そして、彼は考え始める。
――あの時、自分が造りかけた“人工妖精”を、こちらに呼べないだろうか。
かつて自分が壊した存在を、この世界に引きずり込み、
もう一度、その“心”を観察してみたかった。
ラウロスは微笑んだ。
それは神の真似事をする者の笑みだった。
「そうだ……弄んでやろう。
あの妖精を、この世界で。」
風悪の視界が歪む。
血のような黒い光が流れ、記憶の底に沈んでいく。
――そこに映ったのは、
ラウロスが、虚空に手を伸ばし、
“何か”をこちら側へ呼び寄せる光景だった。
その“何か”――それが、風悪。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




