第四十三話 静寂の観測者
──電子の光が、薄暗い部屋の壁に反射していた。
モニターが並ぶ〈ⅩⅢ本部〉の観測室。
四月レンと宮中潤は、青白い光に照らされながら、黙々と端末に向かっていた。
流れるデータ。
風悪、夜騎士、三井野、辻――それぞれの異能波形が、淡い光の線となってスクリーンを走る。
無数の線が重なり合い、やがて静かに一つの“音”を奏でた。
彼らは波形を“読む”のではなく、“感じ取って”いた。
電子音の奥に潜む微かなノイズ。
それは異能の震えであり、魔因子の鼓動そのものだった。
「……おかしい」
宮中が、端末に伸ばした指を止める。
モニターの中央――風悪のデータ。
そこに、明らかに異質な“残響”が混ざっていた。
普通の魔因子ではない。もっと深く、黒い何か。
「干渉信号……? しかし、これは――」
解析装置が低く警告音を鳴らす。
次の瞬間、画面の端に新たなコードが浮かび上がった。
〈因子コード:L-13〉
四月の瞳がわずかに揺れる。
それは、本来存在しないはずの識別番号だった。
「師、これはいったい……?」
宮中の問いに、四月は無言でモニターを見つめ続けた。
彼女は“過去視”の力で、このデータの意味をすでに知っている。
それでも、今ここで語ることは躊躇われた。
宮中は焦りを押し隠しながら、彼女の反応を伺う。
「お前、あのクラスに――“集まりすぎている”とは思っているよな?」
四月声は穏やかだが、内には確かな圧があった。
「最初は学校側が、意図して組んだものかと思っていましたが……」
宮中の脳裏に、あの日の記憶がよぎる。
中間テストの実技試験。
試験官たちが“A組の異常さ”を口々に語っていた。
あれは偶然ではなかった――。
クラス編成は、学校ではなく〈ⅩⅢ〉の意志によるものだと、宮中はそのとき確信していた。
「……違うんだ」
静かな声。
四月が、ぽつりと呟いた。
「え?」
宮中が眉をひそめる。
「“この世界を作った奴”が、あのクラスを編成したんだ」
「まさか……」
宮中の瞳が大きく見開かれる。
そして、次にあるひとつの考えへと辿り着いた。
「この存在しない因子コードは──」
「“この世界を作った奴”のもの。
そして……その“奴”は、あのクラスにいる」
「!」
室内の空気が一瞬止まる。
モニターの光が、まるで警告のように壁を淡く照らしていた。
「待ってください! このコードは、あのクラスの誰のものとも一致しません!」
宮中は声を荒げる。
生徒を守りたいという想いが、理性を越えて溢れた。
担任として、あのクラスの中に“世界を作った者”がいるなど、信じられるはずがなかった。
四月は、静かに視線を落とす。
そして、淡々と告げた。
「前にも言ったはずだ。
“魔”はこの世界の舞台装置。
そして世界の形成と共に“それ”は作られた。
何のためにか? 決まっている――
自分が動かずとも、勝手に周囲が混乱し、狂気に飲まれていく。
その光景を見て楽しむためだ」
宮中は言葉を失った。
胸の奥が、冷たい現実で締め付けられる。
「……何故、もっと教えて下さらないのですか?」
彼は問いかけた。
焦燥というよりも、もはや祈りに近い声音で。
四月は、しばらく沈黙したのち、小さく息を吐いた。
「打つ手が、ないんだ」
「貴方ほどの方でも?」
宮中の声が震える。
それに対し、四月は微笑にも似た無表情で言葉を返した。
「“本体の私”がここにいさえすれば──」
そこまで言って、彼女は口を閉ざした。
沈黙が落ちる。
ただ、電子音だけが規則正しく響いていた。
モニターには、いまだ揺れるコードの残光が残っている。
〈L-13〉――持ち主、不明。
四月の瞳が、どこか遠くを見つめていた。
まるで、過去と未来、その両方を同時に見ているかのように。
モニターに走るノイズが、再び光を放った。
その中心に、もうひとつのコードが浮かび上がる。
〈因子コード:-02〉
四月のまなざしが僅かに細まった。
辻と夜騎士のデータ――二人の波形に、同時にそのコードが反応していた。
「……“魔”で暴走した結果、因子そのものが変質した、か」
宮中が低く呟く。
だが、四月は首を横に振る。
「違う。“魔”は、ただの状態異常ではない。
これは――“誰かの中に在るもの”」
言葉の重さが、観測室の空気を鈍く震わせた。
モニターに映る-02の波形は、まるで脈打つように微弱な光を放ち続けている。
「微かに残る“魔”の残滓……それが-02」
四月は静かに呟いた。
けれど、またしても新たな疑問が浮かぶ。
――このコードは“誰のもの”なのか。
夜騎士の暴走。
辻の罪悪感。
風悪の中に眠る影。
すべての線が、ひとつの点で交わっていくようだった。
宮中には-02の意味が理解できなかった。
彼の頭には、過去の戦闘データ、学園の記録、そして生徒たちの顔が次々に浮かんでは消えていく。
だが、どれも決定的な答えには繋がらなかった。
「……まさか、“魔”が生きていると?」
宮中の問いに、四月は沈黙で返した。
そしてほんの一瞬、モニターの映すA組の名簿に視線を送る。
その中に、“L-13”――創造者の因子を持つ誰かがいる。
そして、“-02”――“魔”の因子を宿す者も、同じ教室にいる。
世界を作った者と、舞台装置。
どちらもこの世界の内部に組み込まれた“根幹”のように存在していた。
四月は、卯月のはじめ――風悪と交戦したあの日の記憶を思い出す。
夜の公園、風の切れ間に、確かに言葉を放っていた。
『“魔”は誰かの中に』
それは推測ではなく、確信だった。
だが、『クラスの中の誰か』──
それを告げることはできない。
宮中にそれを言えば――
彼はクラスの誰かを疑い、守るべき“日常”が壊れてしまう。
だから四月は、黙っていた。
その沈黙を、宮中は違う意味に受け取る。
彼女が言葉を選んでいるのだと思い、苦い笑みを浮かべた。
「……師、まだ何か隠して──」
冗談めかした言葉。
だが四月は、その冗談に返す言葉を見つけられなかった。
彼女の沈黙が、逆に真実を物語っていた。
「宮中」
四月は、わずかに声を震わせた。
それは祈りにも似た響きだった。
「お前は、生徒を信じろ」
宮中は、その意味を完全には理解できず、ただうなずく。
だが、彼の心には妙な寒気が走っていた。
モニターには、二つのコードが並ぶ。
〈L-13〉:創造の因子。
〈-02〉:魔の因子。
四月は目を閉じ、わずかに息を吐いた。
(……方法があるとしたら、風悪だけか)
その思いは、まるで祈りのように。
静かな電子音の中で、ひっそりと消えていった。
主なキャラ
・風悪…主人公。頭の左側に妖精の翅が生えている少年。
・一ノ瀬さわら(いちのせ)…鼻と首に傷のあるおさげの少女。
・二階堂秋枷…黒いチョーカーをつけている少年。
・三井野燦…左側にサイドテールのある少女。
・四月レン(しづき)…左腕にアームカバーをしている少女。
・五戸このしろ(いつと)…大きなリボンが特徴の廃課金少女。
・六澄わかし(むすみ)…黒髪に黒い瞳、黒い額縁の眼鏡に黒い爪の少年。
・七乃朝夏…軽くウェーブのかかった黒髪の少女。
・黒八空…長い黒髪の少女。お人よし。
・鳩絵かじか(はとえ)…赤いベレー帽が特徴的な少女。
・辻颭…物静かにしている少年。
・夜騎士凶…左眼を前髪で隠している顔の整った少年。
・妃愛主…亜麻色の髪を束ねる少女。
・王位富…普段は目を閉じ生活している少年。
・宮中潤…黒いマスクで顔下半分を覆う男性。担任。




